第14話 洗礼
ガントレットで長剣をはじき返し、アインは数歩後退して敵を観察する。
若い女だ。歳は自分と同じぐらいか。フィアよりかは背丈があるが、それでも平均程度。黒い修道服を着ているあたり教会の人間なのは間違いないようだが、なぜ襲われるのか。
「フィア、知り合いなんだろ!? 止めてくれ!」
扉が開く前のやり取りを思い出してフィアに掛け合う。しかし、彼女は教会の横に置いてある粗末なベンチに腰掛けて、すでに観戦の姿勢を取っている。スナックでも取り出しそうな具合だ。
「すまないがそれは無理だ。アルミナがこうなると、わたしでも言うことを聞かせられない」
役立たず! 心の中で悪態をついて、目の前の女に向かい合う。アルミナというらしい。暗い茶髪をショートにした、外見に関してはいたって普通の修道女だ。少々、影を帯びた雰囲気だとは思うが。
しかし、アインの経験と勘が告げている。ただ者ではない。
じっとアルミナを観察する。先ほどからうつむいて動かない。いぶかしんでいると、なにやらブツブツとつぶやいていることに気が付いた。
「え? なに?」
「……ごときが」
わずかに聞き取れた部分だけでも嫌な予感がした。それでも言葉を待つ。
「夜人、ごときが……!」
「ああ……」
「夜人ごときが、お嬢様を呼び捨てに!」
「あ、そこ?」
人種に対する侮蔑かと思いきや、フィアをフィアと呼んだことに対する怒りだった。なんとなく拍子抜けしたところに、銀色の刃が襲いかかる。
とっさに弾いて後ろに退く。しかし、アルミナはさらに追いすがるように距離を詰めてきた。狙いは正中線。胸の中心めがけて切っ先が迫る。
「本気かよ……」
アインはため息を吐きながら腕を伸ばした。剣の横すれすれをすれ違った腕が、アルミナの手を絡めとる。そのまま関節を極めて脇に抱え込んだ。対格差と筋量差、なにより与えられている神力の差によって、もう抜け出すことはできない。
「なッ!」
「あんた、真正面から戦うタイプじゃないだろ? こういうやり方だと、おれには役者不足だ」
力不足を告げると、アルミナは見ていて寒気がするような憎悪のこもった表情でにらみつけてきた。そしてまだ抵抗の意思を見せたあたりで、フィアが声だけで割って入る。
「アルミナ、そのあたりにしておけ。きみの腕が折れたら、だれがわたしの世話をする」
その言葉に、アインはアルミナの抵抗が急速に弱まっていくのを感じた。もう大丈夫だと判断して離すと、彼女は弱弱しい足取りでフィアのもとへ向かい、
「申し訳ありません、お嬢様。機会をいただいたのに」
「仕方ない。彼の言った通り、きみの仕事はああやって正面切って戦うことではないのだから」
フィにねぎらわれながらも、アルミナはこの世の終わりのような雰囲気を出しながらうなだれている。どころか、どうも泣いているようだった。怖い。アインはすこし引いた。
「アイン、紹介しよう。彼女はアルミナ。わたしの使用人……まあ、メイドだな」
ベンチに座ったままのフィアがアルミナを紹介する。されたほうは居住まいを正してアインに向きなおった。
「ご紹介に預かりました。教皇庁闘務局代行省所属、アルミナ・ティーレでございます。以後お見知りおきを」
「あ、どうも……」
あまりの変わり身ぶりに、アインは呆然として適当な返事しかできなかった。先ほどまで本気で殺しにかかってきていたとはおもえない丁寧ぶりだ。
「先ほどは失礼いたしました。私は長らくお嬢様のそば仕えを務めておりまして、このたびの巡礼に当たって男性の供を付けるということでしたから、この手でどれほどの人物か確かめねばと思いまして、それはそれは勇壮なる戦士という話を伺っておりましたから、私ごときの剣技などでは──」
アルミナは持って回ったようにぺらぺらと先ほどの凶行について説明した。話を聞いているうちに、アインのほうもなんだかどうでもよくなってきた。
「と、言うわけだ。許してやってくれ」
フィアからそう言われればそれがとどめだ。アインは怒りをぶつける機会を完全に失ってしまった。
「まあ、もういいけど。気持ちもわからんでもないし……」
「寛大なご裁断に感謝を。あなたに始祖カルパの祝福があらんことを」
アルミナは手を組んで目を閉じた。薄く開いた唇からなにやら祈りの言葉が漏れている。耳を澄ませる。夜人ごときが私の崇高なる愛を理解などと──。よくない言葉が聞こえた気がしたが、聞かなかったことにした。
「じゃあ、そろそろ中に入らせてもらうとしよう。道中アクシデントがあってな。少し疲れているんだ」
「おや、それは大変でしたね。ではお嬢様、アイン様、どうぞこちらに」
アルミナが教会の門を開く。フィアはさっさと入って行ってしまった。アインはなんとなく重くなった気がする足でその背中を追いかけていく。




