レプリカの青
オリジナルってのは錯覚でしかない。
残骸ばかりが視界を覆うようになった。
私はレプリカ。誰かの模倣で、誰かのために生まれてきた。誰かの生き方だって模倣して、誰かのために死ぬまで働く。
誰も、誰も、私を褒めてくれない。認めてくれない。みんな、みんな、それくらいできて当然だ、って私を遇う。
私はレプリカ。最低限の教養しか持ち合わせてない。算数だって苦労するし、漢字だって書けない。これまでのことも知らないし、これからのこともわからない。頑張ってきたのに、どうしてもわからないのは、私がレプリカで、オリジナルに勝ったらいけないから。
宇宙は数学で書かれているらしい。だから、だから、私には何もわからないんだ。オリジナルはきっとわかるんだろうな。
今日は、今日も、天気がいい。多分、空が上機嫌だから。空って我が儘で、気紛れに顔を変える。機嫌がいいってことは、つまり、そういうことなんだろうし、私たちは機嫌を損なわないようにしないといけないらしい。もし損なうと、私たちは苦しめられてしまう。
でも、よくわからないけど、「恵みの雨」ってのもある。
雨って、どんな感情で降らせているんだろう。
慈悲って涙を伴うのかな。
よくわかんないけど、空もよくわからないやつってことなんだ。
でも、空が卑屈になるのはわかる。だって、空のあの青さはオリジナルではないから。レプリカの青さだから。
そもそも、空というものだってレプリカで、私たちはそのレプリカの下、それが落ちてこないという保証もないのに、楽観して息を吐いている。私は無知だけれど、「杞憂」という言葉を知っているし、空が落ちてくることだって知っている。
あの青が創られたものだったなんて、私は苦しかった。でも、周りを見てみると、空だけでなく、海も、山も、街も、生き物も、この地球だってレプリカなんだ。もしかしたら、宇宙だって。
私の横でコーラを飲んでいる眼鏡の人だってレプリカ。誰かのレプリカ。そう、オリジナルだってレプリカに過ぎない。レプリカのオリジナルには、やっぱり、オリジナルがいるんだ。そうやって、歴史は繰り返していくんだ。誰も彼も、みんな、模倣しているだけなんだ。
私だって、誰かのオリジナル。
だから、誰も褒めてくれないし、認めてくれない。だって、オリジナルなんてレプリカと同じ数だけいるのだから。
誰も褒めてくれなくたって、認めてくれなくたって、私は私なんだと生きていくことで、模倣の生にせめてもの抵抗を試みるんだ。
こうしてオリジナルでレプリカの文を綴ることで、私は私なんだと確かめていく。私はひとつも不安なんてないし、逆だってない。でも、周りを見れば、私以外もただのレプリカに過ぎないんだ。あの空も、海も、山も、街も、月も、太陽も、全部が全部、満ち足りている気がするだけのレプリカなんだ。レプリカなんだ。
土から作った稚拙な命が青くて堪らないのは、レプリカだからだ。




