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花鳥風月

ここが全ての始まりだと述べておこう。

花は咲い、鳥は啼き、風は靡き、月は恥に顔を隠す。

 現実は少し夢心地だってことは生まれた時か死ぬ時に気付くだろうし、それまではぼんやりと生きていればいいんだよ。

 ほら、空だって底抜けに青いじゃないか。海だって底抜けに青いじゃないか。青過ぎるから羨ましくて、昇ってみたり、沈んでみたりしたくなるんだろう? だから、君はそうしたのだろう?

 夢みたいだと呟く度に、これが現実だと知らされてきた君は、無秩序なほどに冷たい青空のどっちつかずの距離に浮いて眠りたがるし、深い海に沈んで軟らかい泥のベッドに横になって眠りたがる。

 今日も眼を醒ませば、ただの白いマットレスに白いシーツ、白く塗装された金属の骨組み、窓から見える景色はつまらない灰色の文明群。夜になれば煌めくかと思えるが、ここからはただの煤けた換気扇しか見えない。あまりにも無残で、救われないじゃないか。

 今日も君は青い絵本を開く。閉じるまで開いたままにしておく。絵本には青過ぎる空と海が鮮やかに描かれている。その絵本の狭い紙の中だけが君の世界、夢のような世界だ。

 棚の上に置かれたネリネが可憐に咲いて、窓の外から聞こえてくるのは何処かの鳥籠から逃げ出したカナリアの自由を謳歌する声。仄かな春風が電線を揺らし、空には月の残骸が透明に残っている。

 君は小さな身体を曲げて、食い入るように絵本の鮮やかな、現実の何処かにある筈の景色を眺めていた。

 どうして自分には翼がないのだろうか。あれば飛んで何処までも行けるだろうに。花が咲う庭園にも、鳥が合唱する森にも、風の神様が住まう宮殿にも、月が眠る夜にも、自由に行けるのに。

 この世界の点景のひとつなんて咎めないで欲しい。誰でもいいから君のことを許してやって欲しい。何処にも行けない、羽を失くした白い烏を、どうかどうか許してやって欲しい。

 君は絵本を閉じた。

 君は眼を何度か瞬かせた。

 瞬かせたのだ。

 そして、流れるのは一筋の涙。

 君はベッドに倒れる。

 涙が乾く前に眠るのだ。

 夢を見るために。

 その夢は幸せな筈だ。何故なら、そうでなければ、夢とは言えないからだ。夢が幸せなものでなければ、誰が救われるのだろうか。

 今日も太陽が働いて帰るまで、君は幸せな世界に生きるのだ。

 ここは全ての始まり。

 直に夜になる。

 花は萎れ、鳥は眠り、風は凪ぎ、月は光り出す。

 それすらも君は見れないまま、今日という日々を終えていく。ぐるぐると回る換気扇の羽は話し相手にはならないし、自分の中にいるのは自分だけであることだって理解している。君は利口だろう。利口だから絶望できるんだ。でも、絶望できるということは、希望があるということに他ならないのだ。パンドラの箱にだって、希望はあったのだから。

 ここは全ての始まり。君の金色の髪が靡くのは春風のためではなく、君が空を切るためだ。君は統合を為す者。君だけが罪咎から逃れられる。

 花はまた咲い、鳥は眼を醒まし、風は遊び、月は自殺する。

 花はまた咲い、鳥は眼を醒まし、風は遊び、月は自殺する。

 花はまた咲い、鳥は眼を醒まし、風は遊び、月は自殺する。

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