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モラトリアム

あるぼんやりした夢で見たお話。

 僕は傾いた体育館の外で君と久々に出逢った。卒業以来、いや、卒業式の日に逢った記憶はないのだけれど、何しろ久々に出逢ったのだ。君はいつもの固定されたような顔ではなく、少し微笑みながら僕に話し掛けた。僕は周りの騒音に掻き消されて景色なんか見えていなかったから、その呼び掛けに吃驚した。何て言ったのかは憶えていないけれど、相変わらずの、慣れ親しんだ呼び掛けだったような気がする。

 僕らは制服を着ていた。狭っ苦しくて、檻の中にいるような感じだ。別に僕は嫌いではないのだが。僕の制服は三年間も埃に曝されて白っぽくなっていた。膝も何だかピカピカになっている。君の制服はそこまで汚れていなかったが、君は教室の隅で流れ行く事象を傍観するスタンスの人間だったから、それでも、埃くらいには曝されているように思うが、どうも黒々としている。きちんと洗ったのだろうか。どうせ、今日が終われば制服なんて用済みになって焼却炉行きだというのに。

 傾いた体育館で行われているのは、僕らからしたらどうでもいいことで、離任する教師を送るというイベントだ。大して世話にもなってないし、なったとしても恩義なんか感じていないような連中が出て行くのをどうして見送らねばならないのだろう。でも、このイベントが高校の同級生たちを見ることができる最後のタイミングであると言っても過言ではないので、仕方なく来たのだ。

 僕は遅刻気味で来たのだが、君もどうやら遅刻したようで、今ここは駐輪場だ。もう既に、当然のことだけれど、自転車がたくさん置いてあった。ふと、銀輪部隊というワードが浮かんだ。

「今、来たの? 遅刻じゃん」

「お前もな」

 何度も交わした記憶がある会話だ。

「お前、来たんだな」

「来ないと思ったんだね?」

「まぁね」

「それは君も同じだけどね。君こそ来ないと思った」

 空を見上げれば、まるで現実から乖離したように美しい桃色をしているのが見えたので、僕は何だか心が遠くへ行くような気持ちになった。

「何だかモラトリアムって感じ」

「え?」

「だってさ、何もかも許されているみたいでしょ?」

「いや、そうじゃなくて」

「え?」

 僕は君の顔を見つめた。相変わらずの表情だ。

「トラモリアムだろ?」

「え? モラトリアムでしょ?」

「は? トラモリアムだろ」

「えー、モラトリアムだって」

「トラモリアムじゃなかったっけ?」

「モラトリアムだったと思うけど……」

「トラモリアムでは……」

「いやぁ、モラトリアムだった気がするなぁ」

「……いや、トラモリアムだよ」

「モラトリアム……」

「いや」

「いや」

「トラモリアムだ」

「モラトリアムだ」

「埒が明かないな」

「そうだね。じゃあ、離任式なんか放って議論をしようか。モラトリアムなのか、トラモリアムなのか、この春の日に、時間を蔑ろにしてさ」

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