#30 水の国の王子
「せやあっ!」
「ぐわっ!」
剣撃を魔力を帯びた短刀で受け流し、前蹴りを叩き込んで吹き飛ばす。
背後から気配を感じ跳躍、背後から接近してきた相手の後ろを取り、バック宙の勢いのまま背中から蹴り飛ばした。
「ほらほら次行け次! 弛んどるぞお前ら!」
ガルドさんが激を飛ばし、次々と兵士達が投入されてくる。何でこんな多対一の状況になっているかと言えば、ユートが……
『ボクも頑張ってるつもりだけど、志郎兄ぃやエステルちゃんはボクよりずっと強いよ!』
なんて発言したせいである。後でほっぺたを摘んでやる。エステルは直接切った張ったするのは苦手だということを再度主張して難を逃れた。
こちらの得物が短刀一本ということもあって兵士達に火が付いたらしく、なんか半ば殺気立った様子の彼らを相手取る羽目になったわけだ。まあ、短刀一本だからって、魔力使いにとっては全くハンデにならないという事は叩き込んでやるつもりだが。
剣と盾を構えた兵士に対し、"魔力の手"を伸ばして盾を思いっきり掴み上げる。
この"魔力の手"は以前の修行中に思いついたものだ。魔力で長い手腕を形成し、肉体と連動させて動かしている。
「うわ、何だこりゃあ! くそっ離れねえ!」
「よっと!」
「があっ!?」
怯んだところに魔剣(刃無し仕様)で剣を外側に弾き飛ばし、前蹴りを胴体に入れて場外まで蹴り飛ばした。その間に別の兵士が後ろと右から斬りかかってくる。背中からの魔力放出に付随したバックファイアで背後にいた相手を怯ませ、急制動で左側から回り込んで蹴飛ばした。最近足癖が悪くなってる気がする。勢いのままもう一人に対し"魔力の手"を伸びる掌底として飛ばし、吹っ飛ばす。
残心し、周囲を見回すと、向かってくる兵士は居なくなっていた。一息ついたか……。
「冒険者らしいが誰だか知ってるか?」
「いや全然」
「とんでもねえ戦い方してるなー、どんだけ魔力がありゃあんな事できるんだか」
「いやー、なかなかの戦いぶりだったな」
いつの間にか見物客が色々増えていた。もうそんなに時間が経っていたのか。
エステルも野次馬から話しかけられていたりして鬱陶しそうにしていた。
「ねえねえ、君達も彼らの仲間でしょ? 冒険者ってのは皆こんなに強いの?」
「……まあピンキリとしか。あと戦闘力だけならあいつランク詐欺だから」
「志郎兄ぃは強い方だよ! ……きっと」
"だけ"とか"きっと"は余計だぞー、まったく。いやまあ比較対象が少ないからなんともなんだけど。……それにしても、エステルとユートに話しかけてるのが明らかに只者じゃないんだが。いかにも貴族層といった感じの豪華な衣服を着込んでいる。鮮やかな金髪で、ツンツンとした髪型と三つ編みにした長い後ろ髪が特徴的な美少年だ……男だよな?
するとガルドさんが少年の方を見て慌てた様子で傅いた。
「王子! お越しになっておられたのですか」
「うん。今回のはなかなかよかったねー」
へ、王子? マジで。エステル達も目を丸くしている。周囲の人達は特に騒然とはしていない。王子がそこに居ることが当たり前のようにしている。
驚いてる間に王子さんがこちらに寄ってきて話しかけてきた。何だか妙に人馴れしているというか、人懐っこい笑顔をしている。
「やあ、君の戦いぶりは見てて面白かったよ。俺はクルス・アクア。君は?」
「あ、ああ。俺は志郎だ。青級冒険者をやってる」
そう言うと、クルス王子はその青い目で興味深げに俺を見つめてきた。
「ふうん、本当に青級なんだ。ランク詐欺とか言われてたのもわかるねー」
「うん?」
「だって君、体内の魔力の量が凄いし……いつでも気配を察知できるように気を張ってる感じもするよ」
むむ。王子様はそういう"目"を持っていらっしゃるようだ。魔力視? それとも別の何かだろうか。それで……俺をどうしようというのだろう。面倒臭いことになりそうな予感がする。
「それじゃあ、俺と戦ってくれない?」
「へっ!?」
いきなり何を言っているんだこの王子様は。思わずガルドさんの方を向く。
「おやめください王子! 危ないですし、方々からお叱りを受けますよ」
「いいよ、別に。この人面白そうだし。それに……わかってるよね、ガルド?」
「……まあ私は口出しできる立場じゃありませんがね」
「そういうわけで、ちょっと付き合ってくれないかな、志郎?」
ガルドさんは物凄く顔をしかめているが、なんか俺に拒否権はなさそうだ。正直冷や汗ものなんだが。
訓練場の中央を挟んで向かいあう。王子はレイピアのような細身の剣を持って構えている。こちらはフリーハンドスタイルだ。王子の命を脅かすような事態は極力避けたい。勝負もなるべく短時間で終わらせたいところだ。
「武器を使わなくても結構やれるみたいだからね……油断はしてあげない…よっ!」
王子は言い終わるかどうかのタイミングで仕掛けてきた。電撃的速度の突進突き……いや、本当に電撃を纏っている!?
だが構わず、魔力を手に全力で集中させ、細剣を掴んで横に反らす。バシィと音が鳴り、手から肉の焼ける感触と激痛が伝わってくるが、歯を食いしばって気合で我慢する。魔力で電撃を遮断したため、手首から上には電撃は伝わってこない。狙い通りだ。見物人からどよめきの声が上がる。
「な、何を……うわっ!?」
呆気にとられている王子から細剣を無理矢理もぎ取り、脇の下を掴んでポイッと空高く放り投げる。
「う、わああああ」
宙に放り出されて悲鳴を上げる王子。自分も跳び、空中で王子を抱きとめて着地する。
「はい、俺の勝ちですよ王子様」
王子はキョトンとした目で見つめてきたが、一瞬後には顔を赤らめてジタバタと抵抗し始めた。
「な、何だよそれ! 俺は認めないぞ!」
「認めないも何も、動揺して即座に対応できなかった時点で俺の好きにできましたからねー。その気になれば空中に投げ飛ばす代わりに首を掻っ切る事だってできましたよ……いてて」
今更になって手の痛みが本格的に襲ってきた。切り傷と電撃による火傷のダブルショックで、ちょっと本気で痛い。泣きそう。片腕が震えているのを感じたのか、手が焼け爛れているのを見たのか、王子が抵抗を止め、慌てた顔をした。
「い、いいから下ろせ! 男に抱き抱えられる趣味はない!」
そういえばなんか見物人の中には頬を染めているご婦人方がいる……。慌てて王子を下ろしてやると、見物客の中からユートが飛び出してきた。
「志郎兄ぃ、大丈夫!? "魔術:ヒールライト"!」
手の傷がたちまち癒えていく。ユートの魔力の高さのおかげで、傷痕も残らないようで一安心だ。
「……なんであんな事したんだ」
王子がぶすーとした顔で訪ねてくる。
「まず相手を動揺させようとしたのと……俺の国には肉を切らせて骨を断つという言葉がありましてね、最小限の被害を敢えて受け、最大限の成果をもぎ取る事を考えたんですよ」
この場合の最大限の成果ってのは、王子を傷つけずに負かすことです、と付け加えた。
「あんな無茶をやったのは、俺の、せいか」
「一国の王子様を傷つけようとする程の度胸はないですからねー。……しかし、今までにも何度か同じようなことをされていたようですが、他の連中はどう相手をしたんですかね」
ショックを受けた様子の王子に、苦笑する。本人にしてみればお遊び気分だったのかもしれないが、色々と危険な行為だったのは間違いない。鉄砲玉みたいなのが差し向けられたら王子の殺害すら有り得そうなのだから。
「大抵は武器越しにちょっと電撃を食らわせてやれば隙ができたから、それで済んだんだ。……まさか似たようなことをされるとは思ってなかったけど」
なんとまあ。意外と実戦思考のようだ。あの突きの速度もちょっと洒落にならない勢いだったから、腕が立つのは本当なんだろう。
「あ、あのっ、王子様!」
それまで黙っていたユートが怒った表情で王子に声を上げる。
「こういうの、いけないと思います! みんな心配するし、怪我でもしたら大騒ぎになっちゃいます! そしたらみんな嫌な思いをしちゃいますよ!」
ぷりぷりと怒るユートに、王子を始めとして周囲の人間は呆気にとられた表情をしている。
「……うん、そうだね。君、名前は?」
「ユートです!」
「そこの志郎と一緒に覚えておくよ。さて、そろそろ逃げないと……げっ」
足早に立ち去ろうとした王子の前に、仁王の如き表情をした女性が立ち塞がる。
「クルス王子? このような事は二度としないようにと再三注意させて頂いたはずですが」
「いや、その、まあ……ごめんなさいっ!」
「お待ちなさい!」
謝ると同時に王子は電撃的速度で見物人を飛び越し、逃げ出していった。それをやはり物凄い速度で女性が追っていく。なんだったんだ一体。
「悪かったな、志郎にユート……うちの王子様はいつもあんな感じでな」
「ヒヤヒヤしたよこちらとしては」
「教育がなってないんじゃないの」
「駄目ですよー、ちゃんと言い聞かせないと!」
ユートやエステルからもガルドさんに抗議の声が上がる。
「すまない、王子には逆らえない身でな……」
何ぞ弱みでも握られているのだろうか。俺たち3人は揃って溜め息をつくのだった。




