#25 水の国へ
博士との通話を終え、俺達はホスピタルの支部を出た。
シャドウはせめてものお詫びにと、ホスピタルの優待券を渡してきた。これを持っている者に対し、ホスピタル側からは治療の優先対象となる、という証らしい。
その上で、俺達に処遇を任せるとのことだった。と言われてもなあ……。
「騎士団に引き渡しができないんじゃ、要はツバキが許すかどうかになるんだが」
「……結果としてコンサートは台無しにはならなかったし、再犯の可能性も多分無いわけだけど、微妙な話ね」
ツバキはしばらくうーんと考え込むと、はぁと溜め息を付いてシャドウの方を見た。
「じゃあ、冬の国に戻った時に"龍姫"の事をそれとなく噂として広めておいてくれない?」
それはいわゆるステマと言うやつでは。ツバキの方を見ると、ジト目で見てきた。
「私達みたいなのは、こういう宣伝活動も大切なのよ! グッズの売れ具合とか、うちの収益にも影響するからね」
と、胸を張って言ってきた。あのグッズ一応公式のものだったんだ……。
「くく、了解した……君たちの甘さが裏目に出ないことを祈るよ」
「余計なお世話だよファッキン」
シャドウは苦笑を浮かべつつ去っていった。
「さて、これから先はどうするんだ?」
具体的なプランを聞いてなかった気がするので、ツバキに聞いてみる。
「そうね、行く先々で歌聞かせながら適当に大陸中を回ろうかと思ったんだけれど……」
適当て。
「あ、その辺はマネージャーに一任すればいっか! 細かいとこはよろしくねカイ!」
「へーへー。まあ、予定通りならまずは南の"水の国"に向かう事になるかな……途中の町やら何やらで歌聞かせてく感じで。詳細は地図見て決めるからちょっと待ってな」
「水の国ねー」
「"ラグーン"って街が水の都って言われてて、とても綺麗なんだって! 楽しみだなあ」
ユートはニコニコしている。この笑顔はいつ見ても飽きない。
「水の国って言えば"遺跡港"も有名なのよねー。知ってる?」
遺跡港? どんなんだろ。
「とんでもなく大昔に作られた海底通路があるってとこね。わたしは実物は見たことないけど、南の大陸と大量の物資をやり取りできるのはそこのおかげって話よ」
エステルが解説してくれた。海底通路……! ヤバい、ちょっと行きたくなってきた。
「それ、中から海が見えたりしないのか?」
「はー? 見えるわけないでしょ。さすがに明かりくらいはあるだろうけどさ」
壁は透明な素材ではないようだ。残念。
「今回は南の大陸には行かないから、またの機会にね」
「志郎兄ぃが行くときは、ボクもついてくからね! エステルちゃんも!」
「はいはい。気が向いたらね」
またの機会、か。うん。楽しみは多い方がいいな。
ミーティアを出発し、マナの大森林を抜けて南へと向かう。竜車と並走したり歌を聞きながら過ごし、2日ほど経った。
「~♪」
ユート達が歌の練習をしているのを尻目に、外の風景を眺める。穏やかな雰囲気の牧草地帯だ。牛の集団が草を食んでいるのが見える……この辺はモンスターも出ないのだろうか。
「近くに村があるのかな……寄ってく?」
と、カイに訪ねてみる。
「ああ、地図だと向こうの丘を越えた先に村があるな……水の国との国境近くだ。今日はそこで公演やって泊まっていくのもいいかもしれん」
「わかった」
そんなわけで近くの村に寄っていくことになった。
歌の連中を終えたツバキがユートと話し込んでいる。
「合奏魔法だけど、あれちょっと演出過剰だし、なんだか魔法自体の効果も大きいみたいだから今回は控えめに行くわ。いい、ユート?」
「うん。ほんとは力いっぱいやりたいけど、ツバキさんがそういうならいいよ」
確かにあれ、物凄く目立ってたもんなあ……ユートは少し残念がっているが、魔法の効果自体が未知数なのもあるから、試し試しやっていくのがいいかもしれない……。実際に体験した身としては、決して悪いものではなかったとは思うが。ちなみにユートはダンスをやらずに後方に控えてボーカルに徹するらしい。いつもの黒いローブ姿でダンスっていうのも少し違う気がするしな。
丘を越えた先には、丘の上から見て視界に入りきる程度の大きさの村があった。町の周囲には麦畑が広がっている。
村の門に近づくと、衛兵の人が居たので竜車を止め、外に出る。
「おや、この村に何か御用ですかな、皆様方」
それなりに年季の入った人だ。あからさまではないが、少し警戒されているような気がする。
「俺達は旅の吟遊詩人とその護衛さ。龍姫って聞いたことあるかい。……ほれ、冒険者証だ」
一人ずつ冒険者証を見せていく。こんな時には便利だなあ。金級ともなると大抵はこれで通せるらしい。
「おお、あなた方が……! お噂はかねがね聞いております」
「道すがら、この村にも寄っていこうかって話になってね……入れてもらっても?」
「ええ、構いませんよ。公演に関しては村長にお伺いください。まあ、何せ普段は変わった出来事もない場所ですから……喜ばれると思いますよ」
村に入ると、あちこちで怪訝そうな目で見られた。馬車じゃなくて竜車だもんな。
比較的開けた場所で停車し、外に出る。
「じゃ、俺達は村長さんに話をしに行くから」
「了解」
カイとツバキは村長の家に向かっていった。……なんか周囲の視線を物凄く集めている。
俺達はどうしようか。冒険者ギルド……はここには無いみたいだな。
「カエデさんとクレスはどうする?」
「……買い物にでも行くのなら付き合うぞ」
「そうなると私もって事になるわねー」
「護衛のわたし達も行かないとね」
「たまにはミツキも行ってきたらどうだ?」
「いや、僕はいいよ。ここで待ってるから、見ておいで」
うーん、ミツキはあんまり竜車から動きたくないのだろうか。自分で結界の展開や調整もできるから適任ではあるんだけど。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「さっき美味しそうなパンを作ってるとこあったよ! そろそろお昼だから行ってみよ志郎兄ぃ!」
「ういうい。カエデさん達もそれでいい?」
「ええ」
「ああ」
「じゃあ、ミツキ達やカイ達の分も買ってくるよ」
「ありがとう、適当に選んで構わないよ」
ユートの言っていたパン屋に向かう。道すがら、何人かの村人とすれ違うと、物珍しそうな目で見られた。冒険者だからだろうか。
「いらっしゃいませー!」
パン屋に入ってみると、店員の女の子が溌剌とした声で迎えてくれた。品揃えは……意外とたくさんある!
ふわふわとした白パンから、干しフルーツを散りばめたもの、野菜と肉を挟んだものまで様々だ。チーズやバターを使っているのもある……牧草地で見た牛から取ったものだろうか。
「わあ、美味しそうだねー!」
「ふふ、ありがとうございます。冒険者の方々ですか?」
「ああ、この2人が吟遊詩人のグループでね。俺達はその護衛をやってるんだ」
「吟遊詩人……という事は、この村で歌ってくださるんですか?」
「他のメンバーが村長に確認しに行ってるから、それ次第だな……」
「まあ、多分やることになると思うわよー?」
カエデがそう言うと、店員の子はぱっと笑顔を浮かべた。
「本当ですか! ぜひ聴きに行きたいです!」
「ふふ、ありがとう。やるとしたら夜になるかしら」
「楽しみにしてますねー」
8人分という事で大人買いをし、パン屋を後にする。
竜車の方に戻ってみると、ミツキが数人の女の子に囲まれていた。
「……おや、仲間が戻ってきたからまた後でね」
「はーい!」
「演奏、楽しみにしてます!」
「はは、僕がやるわけじゃないけどね」
女の子たちは頬を薄く染めながら走り去っていった。ミツキは割とモテてるんだろうな……顔も美形だし。
「行く先々で女の子にモテてましたってアルテナに言いつけてやろーか。ヒヒヒ」
「おっとそれは勘弁してねエステルちゃんマジで」
「そんな意地悪言っちゃだめだよエステルちゃん!」
質の悪いエステルの脅しにタジタジになるミツキと、プンスカしているユートであった。
と、ちょうどそこにカイ達が戻ってきた。
「今日の夕方から広場でやっていいってよー。料理とかも出してくれるってさ」
「そういうわけだから昼食取ったら早速リハーサルやるわよ! ユート借りてくわね」
「あ、うん」
どうぞどうぞとユートを差し出す。
「今日は頑張るね志郎兄ぃ!」
ユートはにぱーっと笑顔を受かべてツバキ達の元に走っていった。
カイ、ミツキ、エステルと4人でもそもそとパンを食べる。ここのはなかなか美味しい。
「で、だ。ここからは公演とは別の話になるんだが」
「なんだい兄さん?」
「どうも困ってることがあるから手を貸してほしいんだとさ」
「へー」
エステルはなんか他人事みたいな反応してるな……しかし内容はどんなもんだろ。冒険者への依頼というなら積極的に受けておきたいけど。
「こっから少し行った山……あそこだな。近くの畑を荒らす魔猪が居るって話だ。それもちょっとした集団でな」
「魔猪? モンスター化した猪ってことか?」
「そうだ。モンスターなりにそこそこ魔力を持ってて、普通の猪とは比にならん危険度だ。冒険者ギルドから派遣されて来たのが何体か倒したらしいが、大怪我を負って撤退しちまったんだとさ」
「難易度で言えば黒~銅級ってところかな。少数ならともかく群れとなるとなかなか面倒だねえ」
「群れを統べる大魔猪も居るかもしれんからな。……で、エステルと志郎はどうする。いつも支援してくれるユート達が居ない状況で、やってみるか?」
ちょっと含みのある言い方に、エステルはちょっとカチンと来たようだ。俺はまあ、断る理由はない。
「よしその喧嘩買った。やるよ、志郎」
「おうともよ」
「ちょっとは迷えよお前ら。……まあ負けん気が強いのはいいことだ。夕方になるまでに片付けるぞ」
「了解」
時間的にはなかなかシビアだが、まあ何とかするとしよう。
■Tips
・魔猪
モンスター化した猪の一種。もともと猪自体がそれなりの頑健さを持っているが、それに加えて魔力による身体強化まで行うため、なかなか厄介な存在。稀に大型化した大魔猪がいる。




