#24 ホスピタル
公演が終わった後、俺達はユートに話を聞くことにした。
「で、何でいきなり歌いだしたんだ?」
「そうそう、あの時はびっくりしたわよ。あなたの歌が割と上手かったから合わせられたけど」
「えっとね、ツバキさんの歌を聞いてると身体がもぞもぞして、思わず歌いたくなっちゃうの」
歌いたくなってしまう、とは……。何なんだろう。
「わからないけど……それなら今回の旅では一緒に歌わせてあげてもいいわよ」
「本当!?」
「ボイストレーニングとかはしてもらうけどね。仮にも私たちと一緒に歌ってもらうんだから」
「それでもいいよ! ボク、頑張る!」
「あらあら、可愛らしい新人が入ってきちゃったわね」
「……しっかり歌えるなら、オレは文句はない」
そんなわけでユートはツバキ達のグループの仮メンバーになったようだ。ユートの歌声、綺麗だったしな……それに合奏魔法?の演出も凄かったし。
その後、騎士団側にシャドウを引き渡そうとしたのだが……。
「あー? そっちではしょっぴけないって?」
「はい……今回の公演で下手人が出た場合、公演者側に一任させるように、との事です」
「何だそれ。そう言いながら少なくとも騎士団への引き渡しはできないってか?」
「はい……引き渡しには応じられない状態です。……では、これで」
「うーん……よくわからないねえ」
なんだいそりゃ。まるで今回の事件が起こるのが分かっていたかのような……。
「で、あれば。君たちに付き合ってもらいたい場所がある。私の立場で言うことでもないが……」
とシャドウが言っている。
「何となく予想はつくけど……どこよ」
「この街のホスピタル支部だ」
「ホスピタル?」
なんのことだろう。病院? 疑問に思っているとエステルが答えてくれた。
「あー、天神教って宗教団体があるんだけどね、その中でも手広く医療の研究や実施をしてる機関だよ」
医療機関……それでホスピタル、か。
「わたしやミツキ達は、サークレットの機能と、ユートの反応や証言で、ホスピタルが関与してるんじゃないかって疑ってたわけよ」
となると、ユートのサークレットの事も最初から知ってたのか! 何で話してくれなかったんだろう。
「ごめん、聞かれなかったから……特に言う機会も必要もなかったんだよね」
「うん……志郎兄ぃは、何も言わずに受け入れてくれてたから」
それもそうか。しかしユートの重要な情報なんだから……いや、ここで知ったから良しとしよう。もやっとしたけどそれで色々考えても仕方ない。
「まあ、そういうことだ。ホスピタル支部で上に掛け合いたいと思う。出来うる限り、ユートピアの意志に添えるよう、証言をしたい」
むむ、シャドウ本人はユートに戻ってほしいというわけではないのか……?
「カイ、どうする?」
「ホスピタル自体は、裏がないとは言えないがまあ信用できる機関ではある。一度行ってみるとしようか」
あ、言動とは裏腹にいざとなったら暴れる気満々だなこれ。そういう顔をした。
「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件でしょうか」
「私だ。……上と連絡を取りたい」
シャドウが受付のお姉さんに身分証っぽいのを提示している。
「これは……失礼いたしました。……そちらの方々は?」
「待ってもらっていてほしい……恐らく"裏"に通すことになると思うが」
シャドウはそう言うと、受付の向こうにある階段に登っていった。
「では、あなた方はこちらでお待ち下さい」
俺達も、受付の向こうにある談話スペースらしき場所に案内された。
受付の向こう側から表側を見てみると、何というか、元の世界の病院とあまり変わりない光景だった。
魔術師や冒険者らしき格好の人達が多いくらいか。大怪我をしている人が担ぎ込まれ、急いでどこかに運ばれていくといった事もあった。
しばらくすると、シャドウが下に降りてきた。
「"上"が話をしたいとのことだ、ついて来てくれ。……それと済まないが、一応この先は機密エリアだ……中で見たものは出来れば他言無用でお願いしたい」
「まあ、変に言いふらしたりはしねえよ」
必要がない限りな、とカイは付け足した。
道中の廊下では、関係者用と書かれた部屋があるくらいで特に変わったものは無かった。強いて言えば、地下への階段があったくらいだろうか。
階段を何階分か上がると、その先にある部屋へと通された。会議室のような内装だ……部屋の中央には水晶玉が置かれており、壁にはプロジェクターのように映像が映し出されている。そこには、眼鏡を掛けた中年の男性が映っていた。
……映像音声通信! そんなものが、この世界でも実用化されているのか……。
「初めまして、皆さん。私は天神教医療研究部門のガストと申します」
「あ、博士さん!」
「久しぶりだね、ユート。色々積もる話もあるだろうが、まずは……」
映像の男性はこちらに頭を下げてきた。
「この度は、大変申し訳ございませんでした!」
見事な90度お辞儀だった。
「どうも情報の行き違いがあったようで……現在我々には強硬な手段を取る意志はありません」
「現在って事は、それまでは強硬手段を取る意志があったということか」
「はい……ユートの置かれている状況が不透明だったため、早期に取り戻すことを優先しておりました」
「そこまで重要な存在なのか? ユートは」
「そうよ、私達のライブをブチ壊しにしようとしたんだから、納得の行く説明をしてよね」
「学術的にも興味深いのですが……何より我々にとっては娘のようなものでした」
「娘、ね……」
娘のようなもの、か……。学術的にもってのは気になるが。
「すまない、手段については私の独断だ。非常時という認識故に拉致も同然の行動を取ってしまったが……申し訳ない」
と、シャドウは頭を下げた。
「そう。それで、何でユートがこんなサークレットなんて身に着ける羽目になったわけよ」
それは俺も聞きたかった。何らかの人体実験に付き合わされたんじゃないのか?
「彼女は、もともと発見された当時から魔力を全く扱えなかったのです。そこで、一般の方々でも使用されている魔力促進剤を投与したのですが……」
「魔力促進剤ね……魔力のない人でもある程度は魔力を生み出せるようになるってやつか。……だが、ユートの場合は本来備わっている魔力抑制のリミッターが解除されちまったって話だが」
「はい。通常は魔力に身体を慣らしながら、段階的に投与していくのですが……何度か投与した段階で、予想よりも遥かに膨大な魔力がユートから溢れ出し、苦しみ始めたのです」
そんな薬を投与したのか……! 一般でも使用されてる薬ってんなら信頼性はあったんだろうが……。
「頭のこれは気がついたら付けられてて、博士さんに絶対に外さないよう言われたんだよね……ボクはその時のこと、覚えてないなあ」
「ああ、君には当時の記憶が無いようだった……我々は非常時に備えて用意していた魔封じの輪を彼女に装着し、それで一旦事態は収まりました」
そういう経緯か……。しかし気になる言葉があった。
「ユートが発見された、とは……?」
「はい。彼女は"冬の国"の森林で我々が発見・保護し、コードネームとしてユートピアと名付けました。……言葉も文字も通じない、"放浪者"だったのです」
ユートが、俺と同じ放浪者……。
「ボクは……気がついたら博士たちと一緒に居たんだけど、本当はそうだったんだ……」
「そうだよ、ユート。だから最初は君に言葉や文字を教えたのだけれど……ある程度の知識は持っていたが、自分の名前も含め、特に過去の記憶があるわけでもないようだった」
その辺りは俺とは違うのか。ますます不思議だ。
「それで、本やら何やらを読み聞かせたのか」
「ええ。そうしているうちに、彼女は外の世界への憧れが増していったようでしたので、我々としても何とか魔封じの輪を外せるようにしたかったのですが……」
「そうこうしているうちにどこかに転移してしまった、と」
「はい……魔力の痕跡から、彼女が転移魔法を発動させたいうことだけは分かったのですが、転移先は全く分かりませんでした。そこで世界各地の支部に情報を回すよう要請し、結果として星の国のサンライズに居るということが分かりました」
それで、ユートを連れ戻すために刺客を放ったと……。
と、そこでエステルが一歩前に出てガスト博士に質問をした。
「ひとついい? ユートは頭が急に痛みだして、気がついたら転移先に居たって話なんだけど、なんか心当たりはある?」
「それについては……申し訳ありません、我々にも……再び魔力が暴走したのかもしれませんが、魔封じの輪を外していないのであれば考えにくいことです」
「ユートは何か覚えてる?」
「ううん、ボクは何もしてない……と思う」
「詳しいことはなんもわかんないと。うーん……」
「何はともあれ、彼女が自身の魔力を上手く扱えるようになったというのは喜ばしいことです。こちらとしては、本当は危険な目にはあって欲しくはありませんし、彼女の身体ももっと精密にチェックしたいのですが……彼女の意志を尊重したいとは考えております」
「そう。ならそれはそれでいいんだけど」
うーん……。あ、そう言えば一つ気になる点があった。
「情報の行き違いがあるって言ってたけど、俺達やユートのことを誰が伝えたんだ?」
「俺だ」
映像にいきなり誰かが割り込んできた……と思ったらアストラルだった! あんたか!
「こちらとしてもホスピタルが怪しいってことでアルテナと一緒に色々探っていたんだが……直接話をしてみたらどうも誤解があったようなんでな」
「はい……ユートが信用のおける人物たちと共にいると知らされ、そこの"シャドウ"に指示をしようとしたのですが……」
「情報の伝達よりも先に作戦が実行されてしまった、というわけか」
「……はい。アストラル様とアルテナ様にはユートの指導までしていただいたと聞きまして、感謝の言葉もございません」
なるほど……アストラル達が直々に調べたのなら、本当に後ろ暗いところは無い、のかもしれない。
「ユート、お前さんはこの先どうする? 一度戻りたいって言うなら迎えに行くが」
「そっちは何処なんだ、アストラル?」
「ここは"冬の国"の首都アウローラだ。星の国から北の山脈を越えたところにある。"果の国"との間にあるところだな」
「進路にはあるけど、寄っていくにしてもかなり後になるわね……どうするの、ユート?」
「ボクは……」
ユートは下を向いてしばらく考え込んでいたが、やがて決心したのか顔を上げた。
「ボクは、このまま旅を続けたいと思います。それで、冬の国に行った時に、博士たちに冒険のお話をたくさんしたいです」
ユートがそう言うと、ガスト博士は眼鏡を外し、目を拭ってからかけなおした。
「そう、か……わかった。……皆さん、ユートの事をよろしくお願いいたします」
「ああ、任された」
「ユートの事は守るよ……マジックユーザーの称号にかけてね」
「俺も、彼女の事は絶対に守ります」
ユートには、帰りを待っている人がいる……これまで以上に、守り通さなければ、と強く思った。
◆
「……これでよろしかったのでしょうか?」
「まあ及第点ってとこだな……天神教の他の連中にとやかく言われなければ、だが」
「はい……話では合奏魔法が目撃されたとか。この天神教に限らず、変に担ぎ上げられなければいいのですが……」
「それに関しては今更どうにもなるまい。"龍姫"の新メンバーって話題になっちまったからなあ」
「せめて人々に親しまれる形であれば良いのですが……ああ、心配だ……」
「まあ、信じてやってくれ。出自も知れぬ彼女らを受け入れてくれた仲間たちをな」
「はい……」
■Tips
・冬の国
国土の多くが一年中冬の極寒の地。首都アウローラでは、空に虹のベールがかかる不思議な現象が見られるとして観光名所になっている。
・果の国
"世界の果てを模した壁"がある北の最果ての国。何故か砂漠のように暑く、世界の大きな謎の1つとなっている。この気候の影響で、冬の国との国境線に近い地域では一年を通して温かく、豊かな自然が見られる。




