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#23 黄昏の歌

 公演の当日、星の国の首都ミーティアの大広場は人でごった返していた。

 人が多く集まったのには、ツバキの歌を聞きに来たのもそうだが、貴重な歌魔法や舞魔法を見てみたい、というこの街ならではの動機が多いようだ。ツバキ本人はやや憤慨しているようだが。ちなみに宣伝を行なったのはマネージャーをやらされているカイだ。


「こっちじゃ珍しい魔法目当てに何するかわからん輩もいるからねー、警備体制は厳重にしておいた方がいいかも」


 とはエステル談。今回は以前出会った"星空騎士団"のメンバーが治安維持のために警備に参加してくれている。俺達は騎士団とは別に既に群衆に紛れ込んでおり、舞台に近い位置で待機している。

 何やら妙な機器らしきものを持ち込んでいる輩も居たが、当然全て騎士団による安全チェックを受けていた。よくわからんが問題はなかったようだ。


 公演が始まった。それとなく周囲を探るが、特に怪しい挙動をしている人物は見当たらない。……ユートは相変わらず集中できてない様子だ。どうしたんだろう。


 ツバキの魔法で、辺り一帯に朱色の波と粒子が広がる。観客からはどよめきと歓声が上がる……持ち込んだ機器を注視している人もいる。何らかの計測機器なのかもしれない。


 しかし、ここまで魔術師や魔法使いが多いとなると事を起こす直前まで対応できなさそうなんだよな……魔力視は使ってはいるが、視界が非常にカラフルになるので上手く加減しないとチカチカする。




 事が起こったのは曲が終了する少し手前だった。エステルが索敵魔術に反応した際の合図を出す。身構えると同時に、"群衆の外側"の幾つかの地点から、一斉に舞台上に向けて魔力の光線が放たれる……!


 ミツキが即時対応し、瞬時に魔術障壁を複数展開させ、ピンポイントで光線を防いだ。舞台には魔術障壁の陣が元々備わってはいるが、その手前で防げるに越したことはない。更にユートが舞台前に躍り出て剣を地面に突き刺し、魔術障壁を前面に展開した。羽根はもう隠していない。


 周囲が一気に騒然となるが、ツバキ達は一瞬たりとも曲を途切れさせなかった。流石だ。


 俺はミツキの障壁が展開されると同時に跳躍し、射撃地点の1つへと魔力のブーストを吹かせて突撃した。

 射撃地点に居たフードを被った人影は、杖を突き出したままのポーズだった。訝しんでフードの下を見てみると……人形!?


(しまった、こいつはただの"砲台"か!)


 そう思った瞬間、群衆の真ん中から夥しい量の煙が発生し、辺り一帯を覆った。即座にミツキとエステルが風の魔法で吹き飛ばすが、既にユートの前に人影がいる……! 全身黒尽くめの装束を纏った正体不明の人物だ。

 俺は再び全力でブーストを吹かせてユートの元に向かう。……2人は何か会話をしているようだが、まずは取り押さえる……!

 ある程度近づいた時点で"魔力の手"を作り出し、それを伸ばして掴みかかった。……打ち払われた! だが次の瞬間にはカイが暴風のような勢いで襲いかかり、相手の頭を掴んだまま地面に叩きつけた。


「ガッ……!?」


 謎の人物が呻き声を上げる。……どうやら男性のようだ。そこに更にエステルが追撃をかけた。


「"魔法:罪人の十字架"」


 あれはエステルの"呪い"の魔法だ。杭で撃たれたような強烈な痛みを身体の各所に引き起こす効果がある。


「……ッ!!」


 ……謎の人物は呻き声すら発せられない様子で倒れ伏した。


「あんまりわたしたちを舐めないでよね。……さて、どうしてくれようか」

「待って、エステルちゃん!」


 ユートがエステルを引き止めた。


「どしたのユート」

「ごめんなさい……その人、知り合いなの。呪いだけでも解いてあげられないかな」

「知り合い? どういう事よ」

「前に私が居た施設に居た人なの……よく本を持ってきてくれた人」


 ユートはなんだかとても緊張しているようだ。しかしユートの転移前の知り合いか……。


「……じゃあ、話だけでもできるようにはしてあげるよ。カイ、しっかり縛りつけておいてよね」

「おうよ」


 カイが謎の人物を縛り上げると、エステルが呪いを解呪した。カイが覆面を剥がす。灰色の髪の男性だ。見た感じの年齢は30前後だろうか。


「……グッ、はあっ、はあ……少し見ないうちに様変わりしたな、"コード:ユートピア"」

「おじさんは、何のためにこんな事をしたの」

「無論、お前を連れ戻すためだ……探すのには苦労したぞ」

「そう……。ごめんなさい、私、今は戻りたくないの」

「そういうわけにもいかん……俺が命じられたのは手段を問わず生かして戻ってこさせる、という事だけだ」


 その言い草に思わず顔をしかめる。……質問するのは後でもいい。まずはユートが話したいだけ話させよう。


「大丈夫、大丈夫なの……ほら」


 そう言うとユートはいつも被っているサークレットを取り外した。


「ユート!?」


 エステルが驚いている。あのサークレットについては、確か魔力を抑制させる効果があると聞いた気が。いつも肌身離さず被っている以上、それを取り外したら何か良くないことが起こるのかも……というのは分かる。


「やめろ、ユートピア! 」


 男が血相を変えて叫ぶ。


「……っ!」


 ユートは一瞬額を抑えると、何でも無いかのように表情を取り繕って微笑んだ。


「少し、痛いけど……もうここまで平気になったの。だから、大丈夫」

「……何だと……一体どういう事だ」

「単に魔術の修行をしたんだよ。ただそれだけだ」


 エステルがユートに代わって答える。アルテナさんの事はぼかしたまま。


「馬鹿な……ありえん。単純な魔力の行使すら覚束ない状態だった筈だ……まさか、魔力封じの輪そのものを弄ったとでも言うのか」

「そこら辺はご想像にお任せするよ……ともかく、ユートはもうあんたらの世話になる必要はないってわけだ」

「なるほど、な……くく……それはそれで良いのかもしれんな」


 苦笑を浮かべつつ男はうなだれる。……今回の行動については本意ではなかったのだろうか。結局、俺は今回の事態についてほぼ何も解ってないなあ。


「ユート」


 呼びかけると、ユートはこちらを向いて微笑んだ。


「志郎兄ぃ」


 小走りでこちらにやってきて、抱きついてきた。頭を撫でてやる。


「大丈夫か? 痛くないか」

「ううん……こうしてると、平気なの」


 ユートからはいつもよりも力強い魔力の波動を感じる。公衆の面前でこうしてるのは気恥ずかしいが……ユートがそう言うんなら、まあいくらでもしてあげよう。


「……で、結局どこの手先なんだいあんたは」

「言うと思うか」

「まあ予想は付いてるんだけどさ……結局話すことになると思うよ。しょっぴかれるにしろ、わたし達の預かりになるにしろね」


 自白させる手段は色々あるのさイヒヒ、とエステルが笑う。怖い怖い……。

 とりあえず、俺にも聞きたいことが山ほどある。


「……名前は何だ」

「悪いが答えられない。"シャドウ"とでも呼ぶんだな」


 "影"か……やり口といい格好といい、隠密部隊なのだろうか。


「あんたは結局……何がしたかったんだ?」

「そうだな……ユートピアの身を危険に晒そうという気はない。これは誓って言っておく。"我々"の総意だ」

「総意、ね……それにしちゃやり方が荒っぽくなかったかい」

「まさか警護役の1人として居るとは思わなくてな……本来なら煙幕を張った段階で回収するつもりだった」

「ふうん」

「そして、こうも言っておこう……"我々の目的は既に達成された"。今、この目で確認したからな」


 目的? ユートが何をしたかと言えば、サークレットを外したくらいだが……真偽はともかく、シャドウからはもう敵意や害意は感じられない。エステルの索敵魔術にも、いつも持ち歩いてるお守りにも反応がない。

 今はおとなしくしているようだが、この後どうするか……。このまま騎士団に引き渡すか?




 周囲はまだザワザワとしているが、騎士団の人達が落ち着かせてくれているようだ。歌い終えていたツバキがパンっと手を叩くと、広間中に音と朱色の波動が広がった。広場の人達が一斉にツバキの方を向く。


「なんだかアクシデントがあったけど、収まったようだから安心しなさい! ライブは中断しないわよ! もう一曲追加で歌わせてもらうわ!」


 ツバキがそう叫ぶと、疎らに拍手と歓声が聞こえてくる。


 そして、ツバキは再び歌い始めた。今回の曲はゆったりとした、落ち着かせるような調子の曲だ。

 と、その時、ユートが俺から離れて、祈るように両手を合わせた。目を閉じる。


「ユート……?」


 ユートは―――翼を広げて、歌い始めた。


「la――――」


 それは、ツバキの歌声に自然と染み込んでいくかのような声だった。ツバキは一瞬こちらを見たが、何やら得心した様子で、ユートを導くかのように歌を続けた。


 そしてツバキの魔法と同時に、ユートから紫と金のグラデーション模様をした魔力の波動と粒子が放たれる。ツバキの朱色の魔力と融合し、増幅していき……辺り一帯は黄昏時の空のような色彩に覆われた。


 ユートが歌いながらゆっくりと目をあける。……その色はいつもの紫色ではなく、金色に光り輝いていた。


「これは一体……」


 シャドウが呆然とした声で呟く。それは、この場にいる俺達全員が同じ気持ちだっただろう。


「天使……?」


 誰かが呟く。そう、今のユートはまるで天使のように見えた。そして、ツバキも……背から、朱色の翼のように魔力の波動が放たれている。


「これは……歌魔法を合わせた"合奏魔法"か! 快挙だぞこれは……!」


 近くで機器を注視していた研究者風の男が、感極まった様子で言う。そうか、ユートのこれも歌魔法なのか……!


 その音が、声が、魔力の波動が、まるで全身に染み渡るように俺達を覆う。……それは、優しく、温かく、そして力強い。心と体が安らぎ、嫌なものが消えていく感覚がする。その中で、夕暮れのビル街の風景が見えた気がした……。




 そして、歌が終わった時、俺達はただ拍手を飛ばす事しかできなかった。周囲からは空気が震えんばかりの大歓声が上がっていた。


 ユートの目が元の紫色に戻り……ふらりと倒れかけた。慌てて支えてやると、ユートはふにゃりとした顔で微笑んだ。……なんかやり遂げた顔してるけど、なんでこうしたのかはちゃんと聞かせてもらうからな、もう。

■Tips

・合奏魔法

 理論上存在するとされていた、複数の歌魔法が合わさった大魔法。しかし歌魔法の使い手そのものが希少であり、他者のそれと同調させなければいけないということもあって、公の場での目撃例は皆無だった。

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