ミルクチョコさんとホワイトチョコちゃん
バレンタインを題材に、ちょっと書いてみました。
楽しんでいただけたら幸いです
私は板チョコである。名前は・・・具体的な商品名を出すと『大人の事情』がややこしいので、『一般的に売られているミルクチョコレート』とさせていただく。
そんな私は今、バレンタインという、人間の女性が男性にチョコを渡すという、謎の儀式に付き合わされている。正確には、スーパーのバレンタインセールで、チョコの叩き売りに出されている。本来の私の価値はもっと高い板チョコなので、『今だけ安くて美味しい女』みたいなイメージを植えつけられているようで、正直って不満しかない。が、誰かに食べられなければ、私たちチョコ。いや、食べ物全般は無価値同然。多少安く売られたり、まとめ売りされたり、賞味期限が切れかけの食べ物を特価で売られたりと、人間は様々な方法で私たちを安売りされているが、買って美味しく食べてもらえるなら、私たちに文句は言えない。というか、人間に私たちの言葉は通じない。通じないから、文句を言っても仕方がないという面もあるが。
(なに考え込んでいるの?ミルクチョコさん)
と、チョコや食べ物のあり方を意味も無く、ただ黙々と考えていると、同じ棚に陳列されているホワイトチョコに声をかけられた。
私たちミルクチョコとは違い、チョコは黒、または茶色という固定概念を見事に覆す白い体。甘さと苦味の絶妙なハーモニーで、食べた物に幸福を与える私たちとは違い、甘く、甘く、ただひたすらに甘い。苦いのが苦手なお子様に特に人気。そして、その白い体から希少性を見出したのか、『期間限定』という、人間にとっては魔性の言葉で、様々なお菓子に使われている。
これだけ見ると、甘さで人を堕落させる、魔性の女みたいなイメージがあるかもしれないが、中身は全然違う。穢れ無き白。世間を知らない子供。生まれて死ぬまでの短い期間だが、確かにある無邪気な時間。それらをすべて詰め込んだのが、ホワイトチョコの中身なのだ。
(ホワイトにはむずかしい事?分からない事?)
様々なチョコレートを作っていた私の製造工場で得た知識や、短い時間だが同じ棚に陳列された時の事を思い出し、ホワイトチョコのことを整理していると、恐る恐るといった感じで言葉を続けるホワイトチョコ。私の無言がホワイトチョコにとっては、自分の発言で怒っていると感じたのか、涙交じりの声でこちらに声をかけてきた。別に私は怒っては居ないし、よく無言になるのは考え事が多いからだ。そう思っても、言葉にしなければ伝わらないだろう。
そう結論付けた私は、ホワイトチョコに、出来るだけ優しい声音で声をかける。
(ホワイトちゃんにはちょっと難しい事かな?あと、私は怒ってないから、そんなに怯えた声で話さなくても大丈夫よ?)
そう私が声をかけると、明らかに安堵した声と、全身に張っていた緊張を吐き出すかのように、大きく息を吐いた。姿は見えなくても、とても分かりやすい子だなと、私は知らずに微笑んでいた。純真無垢で正直。他人にも自分にも甘い。その無知さ加減に怒りが沸くときもあるが、それ以上に、ホワイトチョコが作り出す甘く蕩ける雰囲気に、知らず知らず癒されていることが多いのだった。
そうして、私とホワイトチョコがのんびりとした雰囲気を楽しんでいる中、一人の人間が私たちの陳列されている棚に近づいてきた。
「えっと、渡すようのチョコは、ミルクチョコの板チョコと、ホワイトチョコの板チョコ・・・あとは私のオヤツにカカオ99%のビターチョコ!」
手に持ったメモの内容を、何故か口に出しながら買い物する人間の女性。声から判断すると、よく買い物に来る主婦とは違い、声に張りがある。かといって、変声期を過ぎていない子供に比べると、少し落ち着いた声。そこから察するに、中学生か高校生。いわゆる『年頃の女の子』だろう。数日後に控えたバレンタインに自分も参戦するため、普段は母親に任せ、特別なことが無い限りは通わないスーパーまで足を運んだのだろうか。その苦労と情熱を注ぐほど、人間にとってバレンタインとは、熱狂的なイベントなのだろうか?
(ミルクチョコさんミルクチョコさん!彼女、私たちのこと呼びましたよね?私達のこと食べてくれるのかなぁ?出来ればミルクチョコさんと一緒になりたいなぁ・・・なんて)
自分と、今話していたチョコのことを呼ばれたからか知らないが、ホワイトチョコは少し興奮した様子で話しかけてくる。そうやって素直な好意を向けてくれるホワイトチョコに、私も素直な好意で返す。
(えぇそうね。ホワイちゃんと一緒に、美味しく食べられたいわね)
そう答えると、ホワイトチョコは満面の笑みで笑ってくれた。姿が見えなくとも、彼女が嬉しそうな声で笑っていることから、容易に想像できる。だからか、私も自然な気持ちで笑うことが出来た。だからこの後も一緒になれると、自然にそう思っていたし、それが当然だと思っていた。
実際、その会話が終わるか終わらないかの時には、私はメモを持った彼女の手によって買い物カゴに入れられ、ホワイトチョコも彼女に手に取って貰った喜びを、大声で私に伝えてくれていたから。
「あら、あなた・・・部活以外で会うなんて、どんな風の吹き回しかしらね?」
その彼女の手が、次に現れた人間の女性によって止まってしまっていなければ。私とホワイトチョコは、一緒になれただろう。
「せ・・・先輩・・・」
「あらどうしたのかしら?そんなに怯えなくても、今は部活じゃないのよ?もっとフレンドリーに接して欲しいわね」
メモを楽しそうに朗読していたときとは違い、明らかに怯えた様子の彼女と、偶然出会った後輩に優しい言葉をかける先輩。表面上はそうだが、先輩が彼女に向かって放つ雰囲気は嫌悪。言葉の裏に、悪意という棘が剣山のように並んでいるのが、ミルクチョコの私にも伝わってくる。ただの部活の先輩後輩ではないと、私は感じたのだった。
「先輩も・・・チョコを・・・」
「えぇ。好きな人が居るのですから、バレンタインにはチョコを贈りたいのが、恋する女性というものでしょう?」
「そうです・・・よね」
明らかにビクビクしながら先輩と話す彼女と、普通の会話を装いながら、さっさと話を終わらせたい気持ちが見え見えな先輩。対照的な二人の会話に、ホワイトチョコも怯えながら私に話しかけてくる。
(ミルクチョコさん。ホワイト、この先輩怖いです。それに彼女、少しですけど震えています)
(えぇそうね。私も、多分彼女も先輩は好きじゃないわ。でも、私たち板チョコにはどうしようもないのよね)
そう。彼女が怯えていようと、先輩が嫌悪感丸出しで話していようと、ただの板チョコである私たちにはどうしようもない。手も足も、人間に何かを伝えるような口も手段も無い私たちは、ただただ今起きている現状を見守る事しかできない。そう私は達観できるが、ホワイトチョコは彼女の怯えが手の震えとして直にきている分。そして、自分にも他人にも甘い分。手に取ってくれた彼女の力になりたい気持ちは大きいだろうが、気持ちだけではどうしようもない。悲しいことに。
「まぁ、私も早く買い物を済ませて、家でチョコを作らないといけないのですから」
だがそのホワイトチョコの気持ちが伝わったのか、はたまた先輩が話を切るタイミングだと思ったのか、先輩は彼女の横を通って後ろにあった陳列棚に歩いていったらしい。
彼女の安堵のため息と、ホワイトチョコが彼女の震えが収まったと報告してくれたのと、陳列棚に並ぶチョコたちが(先輩嫌いだ!)とか(この意地悪女!)とか(お姉様・・・私を・・・)とか、一部おかしな発言をしているチョコたちの騒ぎを聞けば、現場の想像はつく。これで私とホワイトチョコは一緒に彼女の家で美味しいチョコになる。そう安堵した。
「あら?ホワイトチョコが一枚しかないわね。もう一枚欲しいのだけど・・・あなた、譲ってくれるかしら?」
先輩はどれだけの恨みが彼女にあるというのだ。そう私は思った。
別に他の店に行けばホワイトチョコぐらいあるだろう。この店の、彼女が持っているホワイトチョコじゃなければいけない理由など、普通に考えればどこにも無い。逆に考えれば、普通じゃない考えなら、理由など幾らでも思いつくのだが。
「え!?そんな・・・私が先に取った・・・」
当然、彼女は困惑する。私と同じ考えをしているだろうが、当事者である彼女は、すぐに先輩の考えている事が分かったのだろう。何度か声を出そうとしているが、それは声にならず、ただの息として吐き出されてしまう。そして、彼女は諦めたかのように小さくため息をつくと、出来るだけ明るい声になるよう努力しながら、先輩に答えた。
「先輩忙しいですもんね・・・これ・・・どうぞ」
「あら悪いわね。私もあなたと同じようにベンチ選手なら練習時間が短くて済むのに。あなたが羨ましいわ」
(え!?やだ!ホワイト、彼女がいい!ミルクチョコさんと離れたくない!!!)
ギリッと、彼女の歯軋りが聞こえた気がした。最後の言葉に悪意の塊を彼女に投げつけた先輩は、そのまま泣き叫ぶホワイトチョコを2枚持って、そのまま立ち去ってしまった。あとに残されたのは、溢れる涙を必死に堪える彼女と、買い物カゴの中から様子を見ることしか出来なかった、ただの板チョコだけだった。