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第2章 想定を上回る成功  第3話【 転送完了 】

「侵入なし。破壊なし」


彼はもう一度、

その言葉を口の中で反芻した。


日本の片隅では、

住人はまだ何も知らないまま、

深い眠りの中にいた。

翌朝、日本のある地方都市。


邸宅の主である資産家の男は、

いつも通りの時間に目を覚ました。


異変を告げるものは何一つなかった。


玄関の鍵はかかったまま、

防犯システムのステータス表示にも

「正常」の文字が並んでいる。


彼が異変に気づいたのは、

それから三日後のことだった。


定期的に確認している

暗号資産の管理アプリを開いた際、

残高の表示が、

見慣れない「0」という数字に

変わっていることに気づいたのだ。


「何かの表示エラーだろう」


彼は最初、そう思い込もうとした。


だが、

取引所のサポートに問い合わせても、

システム管理会社に確認しても、

返ってくる答えは同じだった。


資産は、正規の手続きを経て、

確かに「所有者本人の意志」によって

移転された記録が残っている、と。


彼にはまるで身に覚えのないことだった。


だが、そのログには寸分の矛盾もなかった。


まるで、

自分自身がその手続きを行ったかのような、

完璧な記録だけが残されていた。



一方、東南アジアのアジトでは、

フィクサーXが

実行結果のログを静かに確認していた。


〈転送完了。所有権ログ書き換え:

 異常検知なし。三日間、被害認知の兆候なし〉


モニターに並ぶ数値のすべてが、

彼の想定を上回る成功を示していた。


侵入なし、破壊なし、

暴言も流血も内輪揉めもない。


人間が関わる犯罪には必ず伴う

「乱雑さ」が、今回の実験には

一片たりとも存在しなかった。


「2024年の事案Aから、ここまで来た」


フィクサーXは長く息を吐いた。


案件屋という

泥臭い人間の悪知恵から始まり、

蜘蛛の時代の物理的な痕跡との格闘、

そして幾度の失敗。


そのすべてが、今この瞬間の

「完璧な静寂」へと収斂していた。


「人間という欠陥だらけの駒を、ついにパージした」


彼の言葉に、応える者は誰もいなかった。


モニターの前には、彼一人と、

静かに稼働を続ける

サーバー群があるだけだった。


だが、その孤独こそが、彼が

長年求め続けてきた到達点そのものでもあった。


彼は次の標的リストを呼び出した。


今回の成功は、

あくまで最初の一件に過ぎない。


この完全自動化されたシステムは、

これから先、日本中の、

そして世界中の「隙」を、静かに、

そして確実に飲み込んでいくはずだった。



数日後、

被害に気づいた資産家からの通報を受け、

事件は地方警察を経て、

警視庁サイバー犯罪対策課へと引き継がれた。


志村涼一は、

送られてきた被害報告書に目を通しながら、

静かに息を止めた。


侵入の痕跡なし、防犯カメラに異常なし、

住人の認証記録には矛盾なし。


それでいて、資産だけが消えている。


「……未来都市Kで防いだはずの

『盲点』の思想が、別の場所で、

すでに実行段階に達していたということか」


松永が隣で唇を噛んだ。


「しかも今回は、地方都市の

 一般的なセキュリティシステムです。

 国家プロジェクト級のインフラでなくても、

 同じ手口が通用するということは……」


「対象は、日本中のあらゆる場所になり得る」


志村は報告書を握りしめた。


フィクサーXという名を、彼はまだ知らない。


だが、

その存在が生み出した「完璧な静寂」は、

すでに確かな形で、

日本の各地に静かに忍び寄り始めていた。


窓の外、朝の光が差し込む中、

志村は新たな捜査本部の設置を、

上層部に進言する決意を固めていた。


©2026 [風風風]. All rights reserved.


新設された捜査本部で、

志村は

全国の類似事案の洗い出しを進めていた。


地方都市の資産家宅で起きた今回の一件を皮切りに、……。


明朝、7:40 に、第2章 第4話を投稿します。

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