呪われた少女、織世ラクノ。
夕陽が沈む高台の公園で、私(織世ラクノ)は異形に追い詰められていた。
こんな状況なのに、世界は何故こうも綺麗なのだろう?と考えながら。
黄昏の風が吹き、私の朱色の髪が夕陽に輝いて目の前で揺れている。
「綺麗……」
私は目の前の異形より、呪われてこうなってしまった自分の髪の毛の色に見惚れている。
その異形は、背丈が三メートル程あり人型であるが四足歩行。
クロコダイルのような爬虫類顔で牙を乱雑に口から突き出している。
不気味に荒い息を吐きながら涎を垂らし、私にゆっくりと近寄って来る。
誰か助けて……なんて事は言わない。
天涯孤独の私が、ましてや、こんなひと気の無い場所で誰に助けて貰えると言うの だ……
全く馬鹿らしい……
異形はリズムよく左右に飛び跳ねてちょっとずつ接近する。こいつのこの移動は、まるでそうでもしなきゃ移動を許されないという条件のようで、真っ直ぐには走れないらしい。
そのおかげで時間稼ぎが出来て、今の夕暮れまではなんとか逃げ切れた。
私の気配を辿られ、結局追いつかれてしまったのだけれど……
戦えばよかったのかもしれないとも思う、既に得た能力で。
夕暮れにやっとたどり着いた場所は、まだ家族がいた時にみんなでよく来た見晴らしの良い公園。
寂しくなったり辛くなったりした時に来る想い出の場所。
目の前の異形は、そんな私の大切な場所で、私を食べようと長い舌をベロベロ出して笑っている。
……なんにも通じ無さそうだね君。やっぱり倒すべきかな?
そんな風に思ったら、たかだかまだ16歳のセーラー服を着ている女の子が、どうやって凶暴な異形に勝てるんだよ?と何処かから聞こえてきそうだが、出来ない訳でも無いんだよ?この相手ぐらいならね。後、背が高いから偶に大学生に見られる……こんな時にそんな見栄はいらないが。
問題は抵抗感なんだよね。
果たして、相手が凶暴そうな見た目だからと言って、簡単にやっつけていいのかなと私は思う。偏見と正義が合わさると暴力に繋がるってのが私の信条。
そしてこの気持ちは正しいだろうし大切にしたいとも思っている。
いずれ私にかかった呪いが、私の人間性を蝕み人ならざる者に変えてしまうだろうから余計に。
しかし、目の前の異形は私に対してそんな情は一欠けらも無いらしい。
目を見れば分かる、どこまでもいやらしくて欲深い目だ。
「勘弁してくれないかな?」
私は飄々とした声でそう言った。
私の声だけが、この高台に開けた公園に涼しく響く。
「……ゲルングアァ……ゲルガ……ムブィ」
全っ然意味不明だよ。
でも、舌なめずりしたから、「お前は俺が美味しく頂くぜ!イヒヒ!」みたいな感じじゃないかな?
「そっかそっか……」
目の前の異形は口を大きく広げ、鋭い歯を三倍程に伸ばし出した。
「あ、それが君の能力なんだね。走る速度を犠牲にして手に入れでもしたのかな……食いしん坊さんだね」
私がそう言うと、クロコダイルの異形は急激に目を吊り上げ、その目を呪いの水晶みたいに真っ赤に血走らせだした。
噛みつく一秒前じゃん……
……
沈む陽に染まる公園の沈黙が私と異形の間に流れる。
「じゃっ!おっさきー」
そう言った時には、私は既に奴の頭上十メートルの高さまで飛んでいた。
この跳躍の能力は、駆け足の小鬼とジャンプの小鬼の異形をダブルで倒して得た能力だ。
激弱な相手で、この能力を得られたのは運が良かった。
クロコダイルの異形は宙の私を見て、地にいながら剣山みたいな大口を開けてバックバクと噛む素振りをしている。
「ごめん!成敗!」
私は手に朱色の太刀を顕現した。
これは、深夜商店街で巨大ハンマーを持った鉄兵の異形に襲われた時、死に物狂いで出現させた武器だ。どうやらこれも呪いによって得た能力らしい。
威力は公園のジャングルジムを真っ二つに溶かして切断してしまうぐらいだ。
あの時は、斬った後もまだ燃えている断面の朱色の炎が眩しくて、ただ綺麗だと、ずっと見惚れていた。
私は宙で沈みゆく夕陽を一瞬だけ見た後、太刀を一気に振りかざした――
「ほほー……これが、今回獲得の能力ですかー」
朱色の太刀の刀身が鋭利さを増した事を確認する。
私の能力は倒した相手の能力を自分の能力にできる能力。代償は得体の知れない呪い。
得体が知れないと言っても、この髪色は気に入っているけど。
難点は、ずっと色んな異形に追いかけられている事。しかもタチの悪そうな奴等に。
「さて……お腹空いたから帰りますか」
私は結構独り言が多い。でも、喋る相手がいないのだから仕方無い。
その後は、すぐさま公園を後にし最寄り駅まで向かった。
一応記念にトワイライトに染まる夕陽をスマホで撮っておいた。
私は駅構内のトイレに入る。
過去のトラウマの後ぐらいから潔癖症で、動き回った後などは、手を洗わないと落ち着かない。
鏡を見つめる。自分が自分であり今日も生きているという事を確認した。
朱色の長い髪と青白い顔、雪白の腕、黒いセーラー服。目は切れ長で、瞳は黒……ってあれ?瞳も朱色になってきている……
あちゃー。
と思いつつ、切り揃えられたパッツン前髪を整える。
「まっ!今日も生きれたし、それで良し」
「なん食べよっかなー」
私は、晩御飯に想像を膨らませ鼻歌を歌いながらトイレを出て電車に乗った。
電車の車窓から、夜の明かりに彩る街並みを見て溜息をつく。
宝塚はやっぱり綺麗だよねー、越したいなぁ。
とは言っても、私が住んでいる兵庫県の西宮市も住みたい街ランキング上位なんだけど。
そんな穏やかな街の中で私はずっと一人孤独に暮らし、今では学校も行かず得体の知れない呪いにかかり異形に追われているのだ。
この呪いの真実に辿り着くには、倒して倒して倒して、強くなり、生き残らなければならならい。
生き残れなければ、何も知る事は出来ないから。
何も知れずに終わってしまうなんて嫌だ。
だから、私はこれからも戦い続ける。
心の奥底から湧き上がる誰にも聞こえない透明な悲鳴を、おちゃらけた仮面で覆いながら。
……
早く私を助けに来てよ……
誰に言ってるんだろ……?
ふふ。
夜に変わる美しい街を眺めながら、私は影のある物思いに耽っていた。
その時だった――
「あのぅ……」
車窓から振り返ると、薄水色の髪の神秘的な女の子が立っていた。年は同い年ぐらい。気が弱そうな感じで、とても不安そうな表情をしている。
「はい?」
私は他人行儀で返事をする。
その女の子は、キョロキョロと挙動不審に辺りを見渡した後、こっそり私に言ってきた。
「あなたも……そのぉ……えっと……呪われてるんですか?」
「え……?」
それが、ヒボシとの初めての出会いだった――




