夕があり、朝があった。第四日。
人が数えられる 年月など・・・神にとって
呼吸の一息に 過ぎない
神は仰せられた。「光る物が天の大空にあれ。昼と夜を分けよ。定められた時々のため、日と年のためのしるしとなれ。
また天の大空で光る物となり、地の上を照らすようになれ。」すると、そのようになった。
神は二つの大きな光る物を造られた。大きいほうの光る物には昼を治めさせ、小さいほうの光る物には夜を治めさせた。また星も造られた。
神はそれらを天の大空に置き、地の上を照らさせ、
また昼と夜を治めさせ、光と闇を分けるようにされた。神はそれを良しと見られた。
夕があり、朝があった。第四日。
創世記 1章14~18節
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会引用
◆
輝く星を眺める機会が
あったとするならば・・
それら全ては・・・
神が創造され 造られたものだ
最初の日・・・神が仰せられ
その存在が 全宇宙に煌びやかに
光を放ち続けている
時間の経過など・・・
僅かなものであり・・・今日に至る
地球は歴史を繰り返し・・・
争いは絶えず・・・
様々な文明が築かれてきたであろうが・・
銀河を超える
全宇宙の星々の数は
到底・・・数える事などできないが・・確かに言える事は
その存在意義である
神が創造され
確かに存在しており・・・
光を放ち続けている
我々人類が・・どのような努力を重ねようとも
確かめる事ができる術はわずかであり・・・
空を見上げ、月と太陽・・星々の強い存在感は
霞むことなど・・決してありえない
神はすべての存在を良しとされた
夕があり、朝があった。第四日。
神が良しとされる存在に
我々は 祈り以外に 向き合えない




