第12話 茶々
(会社? 私が社長? それはさすがに……ですが、他の方法を問われたなら)
突然の降って湧いた話に動揺するヘキサ。その前髪がそっと撫でられた。
顔を上げれば、クロウから伸びる小さなアームがカタカタ手を振る。
『落ち着きたまえ、私の可愛い市民。ルクス翁の言っていることは悪い話ではないよ。君にとっては当然のことながら、私にとってもね』
「……どういう意味ですか?」
『うん。今回のこと一つ取ってみても分かるように私の力は万能ではない。私の”目”は広く見渡せる代わりに、細かなところを見落としやすいんだ。だから君が、この街で私の手伝いをしてくれるのなら、私は協力を惜しまないよ』
飄々としたいつもの雰囲気はどこへやら、口調は柔らかくも真面目に言われる。
見たことのないクロウの様子に面食らっていれば、黒一色から苦笑が漏れた。
『実は前に、シハンへ打診したことがあるんだよ。君の恩恵を聞いた時に、ゆくゆくは私の手伝いにくれないかと。けれどシハンからは君の選択肢を狭めるような真似はできないと言われてしまってね』
「シハンらしいですね」
自分以外の中に息づく、シハンの言葉。
ヘキサの気持ちが落ち着くのに反して、眉間に皺を寄せたルクスが問う。
「昔話に花を咲かせているところ恐縮ではありますが。いかがですか、ヘキサ様。市長もこう言っていることですし、起業でもって就職と見なし、教授の推薦を退ける案は」
『何を苛立っているのやら』
「貴方には聞いておりません!」
一瞬だけ、ルクスの瞳が金に光る。
「まあまあ」
感情の高ぶりに伴う変化を再三見てきたヘキサはルクスを宥めつつ、今の会話のどこに怒るようなところがあったか考える。
(昔話……そう、ですね。ルクスにとって、ここは懐かしい場所ではありますが、クロエル自体は馴染みのないところ。それなのに、ここで会社を作ることを提案した。私のためということは分かりきっていますよね)
少し冷静になったが、やはり、起業というのは突拍子のないことのように思える。
反面、案としてはそう悪いものでもないように思い始めていた。
ルクスとクロウの言葉を反芻したヘキサは、こっそりため息をつく。
どちらにせよ、高位種族が提示してきた道を選ぶ未来しかないというのなら、せめて、ヘキサを知り、ヘキサのためを思ってくれた道を選びたい。
「分かりました。ルクス、貴方の提案に従います」
腕を掴んで目を合わせ、了承を伝えたなら、何故かルクスは狼狽えた。
「へ、ヘキサ様……私は別に、貴方の意思を蔑ろにするつもりは」
「分かっています。ああ、従うという言葉がよくありませんでしたね。すみません」
「い、いえ、こちらこそすみません……」
急にしおらしくなったルクスの態度を不思議に思っていれば、他方から笑い声。
『あまり突いてやるな、シハンの娘。ルクス翁は少々妬いているのだよ。君を思い、君に思われるシハンに』
「く、クロウ殿!?」
「はあ、そうなんですか、ルクス?」
「っ、クロウ殿!!」
言われてみれば、ルクスはシハンのことを知らない。
夢に見たシハンの言葉をなぞるように現れたルクス。そのためか、勝手に知っているものと思っていた自分にヘキサは気づいた。
今度、知ってもらう機会を設けるのも良いかもしれない。
クロウに食ってかかるルクスを横に、ヘキサはそんな未来を思い、ふわりと笑う。
『では、決まりだな。「院」には私から話を通しておこう。今回の報酬含め、会社の場所については後ほど。今日はもう帰るといい』
「はい。では、よろしくお願いします」
そんなクロウの言葉を受け、話が終わりかけた時。
「あれ? ヘキサじゃん。なんでここに?」
「リサ……?」
よく知る声に振り返れば、通りから近寄る親友リサの姿があった。
頭髪のない紅の鱗肌に、縦に長い瞳孔と金の虹彩を持つ瞳。覗く牙は鋭く、黒く尖った爪を携えた指はほっそりしているが、すらりとした長身につく筋力は見た目以上に凄まじい。
リサが属するのは、オウルよりも遥かに力の強い種族、リザードだ。
咄嗟に、オウルと同程度の種族しか好意的に見れないというルクスを伺うが、それよりも前に何かに気づいたリサが駆け寄ってきた。
「ちょっと!? 怪我してんじゃない! 何があったの?」
そうして伸びた手がヘキサの額へ翳される、直前。
「……何、このじーさん」
「る、ルクス」
阻むように間に入ったルクスが無表情にリサを見つめる。
「あの、リサは私の親友で……あ、リサ、この人はルクスと言いまして、私の……」
(私の……な、なんと紹介したら?)
長身二人の一触即発の雰囲気にヘキサが混乱していれば、黒一色が代わりに言う。
『そんなに警戒しなくても大丈夫だよ、リサ君。彼は私の可愛い市民の下僕だから』
「市長!?」
とんでもない紹介に目を剥くヘキサ。対し、リサは市長自体に「うげっ」と隠そうともしない嫌な顔をした。
「なんで市長がここに? まさか、またコイツに厄介事を押しつけられて――ん? 下僕? このじーさんが? ヘキサ、やっぱり何かに巻き込まれてたんじゃ」
「ほほう? ヘキサ様に厄介事? しかも”また”とは聞き捨てなりませんな」
心配と疑惑と。
市長の不用意な介入により、余計収拾がつかなくなりそうな話の広がりようを受け、ヘキサは掻い摘まんだ説明を余儀なくされるのだった。




