第五十話 嗤う山東京伝
連日、戯作者や書物問屋の知人友人たちの見舞いに応じながら、四月朔日を越え、出頭日も二度過ぎた。浴衣の袖内を割いて紐を付けた姿でお菊を介添えに通りを歩く。
嗤う者、あえて無視する者、励ます声をかけてくれる者、哀れむ者さまざまだ。
共通しているのは、誰も真相を知らないという点。
どの瓦版も艶二郎を描くので、伝蔵も自宅で艶二郎の面を描いた紙を自分の顔に貼って対応したら大ウケした。
手鎖を架せられても紙を壁に貼れば筆は持てたが、天神机に向かって筆を走らせられない。翼を体に縛り付けられて生活する感覚がもどかしい。在宅で拷問を受けている気分だ。
三月に入って江戸市中の葵小僧の襲撃はぱたりと音沙汰がなくなった。
その日──。
「先生っ」
大きな声に驚いて振り返ると、庭に左七郎が飛びこんできた。
「きみは相変わらず聡いね。大栄山人」
「もう馬琴でよいです。それよりもこれをっ」
縁側に腰かけ、左七郎の差しだす紙を覗きこんだ。ひと目見て心臓が早鐘を打った。
「これ、いつのっ? どこの瓦版っ?」
左七郎は無感動にいった。
「今朝の、板橋宿らしいです」江戸の西端だ。
瓦版の画は、葵小僧。
山東京伝の手鎖や桜見の名所を報じていない。報じている襲撃被害の商家も二月と書かれていた。
日報が売りの瓦版があえて先々月の事件を報じる意味は、ない。
「左七郎は今日の蔦屋での仕事は、もういいのか?」
「旦那(重三郎)から、これを先生に見せてこいと仰せつかりました。あと、ツナギはもう出してあるから、先生が家から出ないよう見張っておけ、と」
重三郎も気づいて、小者を本所菊川町へ走らせたらしい。伝蔵は下唇の端をかんだ。
「先生、この板橋の瓦版、一体どういう意味があるのですか?」
「景気づけだよ。葵小僧のね」
「景気づけ?」滝澤左七郎は逞しい眉をひそめた。
伝蔵は固定交差された両腕を抱えて落ち着きなく廊下を往復し始めた。
「ある日突然、自分に興味を持たれなくなった千両役者が、他へ向いた世間の目をもう一度自分に引き戻そうとしているのさ。長谷川様が撒いた餌にようやく食いついたんだ」
左七郎は瓦版を改めて見ても首を傾げた。
読み取れなくても無理はない、葵小僧の〝悪癖〟を読み切れたのはごくわずかなのだから。
伝蔵は背中から廊下にひっくり返って、軒を見上げた。
「さすが邪智暴虐の凶賊だ。公儀を向こうに張って、逃げるつもりはないらしい。江戸に潜伏し続けて丸ひと月、尻尾も掴ませないか。手鎖を受けた私並みの辛抱強さだよ」
江戸市中は今や、昼夜の別なく町方同心や岡っ引き、町内自警の見廻りも連繫して、巾着切り(スリ盗)すら仕事をさせてなるものかと厳戒態勢を敷いている。
山東京伝手鎖の一件を機に、瓦版屋は葵小僧の報道をぱったりとやめた。それまでの阿鼻叫喚の怪画から目を逸らすように桜見の名所を紹介したり、両国回向院で毎春開催される将軍臨席の大相撲を報じ始めた。
瓦版が葵小僧の承認欲求を満たす指標になっているという長谷川平蔵の読みが的を射た。
世間が恐怖し、騒いでくれなければ葵小僧は次の檜舞台の幕を上げられない。
いつまでも鎖に繋がれた〝京伝鼻〟ばかりを持て囃す世間の浮気癖に、焦れた。
そして強盗計画がなった時、瓦版屋で自分が出ていく花道をお囃子に使ったのだ。
それがおのれの居場所を告げる花火とも知らずに。
「これで、私はお役御免だな……やれやれ」
伝蔵は手鎖の重みを心中に感じながら、目を閉じた。
……本当か? 本当に、これで終わりか。
「なあ、大栄山人」
「だからそれ、もういいです。馬琴で」
戯名をつけてやった時は感激していたのに、今は気に入ってないらしい。ひどくないか。
「お前さんは今、天下御免の葵のご紋を持っていたとする。捕物役人に取り囲まれたとき、どうやって切り抜ける?」
左七郎は少し黙考していたようだが、ぽつりと口にした。
「大名のフリでもしてみますか。それなら町方も火盗改も手が……まさか先生っ?」
「走れっ、駕籠を使え、板橋宿だ。代金は長谷川平蔵でも蔦屋重三郎でもいい。急げ!」
「なら、わたしも行きますよ」
廊下を踏み鳴らし、百樹が道着姿で軽く息を切らせて入ってきた。
「長谷川様も馬面なんか見たって、どこの誰が追っつけてきたのか分かりませんからね」
弟の悪態を無視し、左七郎が板橋宿のかわら版を持ったまま庭を飛び出していった。
「百樹、大名駕籠だ。長谷川様に報せてくれ。だが怪我だけはするなよ。お前は今、大事な体なんだからな」
「わかってます!」百樹が脇差[水心子正秀]を腰に差しながら家を飛び出していく。
伝蔵は足裏でバタバタと廊下を叩いた。
デンデデン デンデデン デンデデン
「くくくっ、葵小僧よ。吉原の〝俄〟でもあるまいに、大名に成りきって押し込みたあ道理で捕まらねえわけだ。おめえ元役者だろ。だから瓦版が世間に流す〝評判〟てヤツが気になって気になって仕方がなかったんだ。こっちはおめえの悪行三昧で、えれぇめにあったぜ。知ってるか? 評判ってのはな、大根役者ほど気にするんだぜ。くしっしっしっ。ざまあみろ」
お菊が心配してやって来たが、伝蔵は嗤い続けた。
その夜。
火付盗賊改方頭取・長谷川平蔵は総人員の与力三十騎、同心五十人を本所菊川町の役宅に集め、三組に分けて板橋宿へ急行させた。
そして未明。同宿場内で慌ただしく市中へ向かう大名駕籠の二十人行列を止めた。
大名駕籠の屋根蓋には葵のご紋。その駕籠を止める権限は、町方や火付盗賊改方にもない。
当然、脇についた近習は怒り心頭に発した。
「慮外者、下がれ! 松平小島藩、松平のぶよし(信義)様の御輿と知っての阻止かっ、推参なり、下がれ。下がりおろう!」
長谷川平蔵は下馬するなり、その近習を抜きざまに斬り捨てた。
「な……なっ!?」
「松平小島藩主は松平のぶのり(信義)様であるっ。主の名を間違えるとは言語道断、無礼討ちも覚悟せよ、田舎役者ども! ──かかれぇ!」
火付盗賊改方頭取の号令で、板橋宿は市街夜戦の様相を呈した。
この大捕物で葵小僧の手下二十余人は重傷者七人を残して死亡。手下数名は槍を所持していたが、火付盗賊改方の手勢損害は軽傷者が四名出ただけであった。
葵小僧自身も輿の外に出て決死の抵抗を見せたが、目つぶし粉と分銅縄、刺股で封じ込められ、ついに捕縛された。
「首魁は足の腱を断ち切って、おのが輿で護送せよ。治療は牢の中でだ」
手勢が迅速に撤収していく中、長谷川平蔵は視界の隅に襷がけで控える二人の若者に歩み寄った。
「お前たち、よくぞ葵小僧の偽装を報せてくれた。助太刀にも感謝する。まずは先を急ぐ。伝蔵、蔦屋に苦労をかけたと伝えてくれ。気をつけて帰れよ」
「はっ、ははっ」
左七郎と百樹は返り血をあびた大刀と脇差を握り、全身で息をしながら低頭した。
葵小僧の逮捕は、小塚原処刑場で斬首されるわずか十日前に公表された。
板橋宿での市街戦から二十三日後のことである。
その間、下手人への治療と尋問があったことは想像に難くないが、火付盗賊改方頭は捜査権を有しても裁判権がないため、下手人の処罰決裁は老中にお伺いをたてなければならなかった。
無論、お伺いには長谷川平蔵の意見を添えた。
本件は前述した通り、葵小僧の被害者に女性が多く含まれ、性被害件数が甚大であったため被害者たちの精神的苦痛を慮って裁判手続は省略、市中引き回しもなかった。しかし処刑日程も公表せず、死刑執行された事実が五月三日に告示されたのみだった。
なぜか──
「おーい、誰かあ。誰でもいい。おらぁ泣く子も黙る葵小僧だぞぉ。二百の商家を襲い。百人の女を抱いた。誰でもいい、おらの悪業をなじれ。おらの末路を哀れんでくれ。おーい、誰かあ!」
悪の評判を糧にして立ち舞った極悪役者にとって、不知孤独こそが最も重い罰になるからだ。
こうして凶悪強盗団・葵小僧は、衆目に触れることなく断罪の露と消えた。
寛政三年十二月十二日。
真冬にしてはやさしい陽射しの、温かな日和だった。
岩瀬相四郎(百樹の幼名)改め鵜飼助之丞が、鵜飼家へ嗣子として養子に行く日が来た。
年明けを待って篠山藩前の藩主・青山忠高の近習としてお目見えし、十三人扶持を賜ることが内定していた。
「まあ、要するにご隠居様のお世話なんですけどね」
助之丞が照れくさそうに真新しい裃に小銀杏髷のうなじをかいた。
そのご隠居・忠高の三男で現藩主の忠裕は、寺社奉行、若年寄、大坂城代、京都所司代を歴任した官僚で、のちの文化元年(一八〇四年)に老中に就任、以後三一年にわたって文化文政年間の幕閣の中心的人物となる。
すなわち忠高の近習となることは、数年後には藩主忠裕の近習となることがほぼ約束されていた。鵜飼の方が忠裕の実母であることは公然の秘密であるので、その〝見えざる手〟が助之丞を栄達に導くことは間違いない。
養母となる鵜飼の方も、母大森も晴れやかな顔立ちで向かい合った。
「大森殿。恩の貸し借りだとは思っておりません。それでも感謝を述べさせてください」
「掃部様。なにとぞ、助之丞をよろしくお願いいたします」
二人の母が頭を下げ合うと、間にいる助之丞は緊張した様子で居ずまいを正した。
伝蔵もこの頃には手鎖の錆一つ残っておらず、どさくさにお菊の手を握ったりなんかして、恋女房にやんわりと手を叩かれていた。
父伝左衛門が盃をもって音頭を取った。
「それでは、両家の結縁を祝し、繁栄を願いまして、固めの盃をお持ちください」
家族全員が盃を持った。
「兄上……お世話になりました」助之丞が涙ぐむ。
「ばかだね。鵜飼家は江戸留守居って聞いたぞ。お前が鵜飼の家を背負っても、私たちは兄弟で家族なんだから。私もお菊も、父も母もずっとこの家にいるからさ」
「兄上……はいっ」
「乾杯」
新しい家族がそろって、門出の屠蘇をあおった。




