第十五話 艶二郎の誕生
天明五年・正月。
伝蔵の戯作人生において代表作と称される黄表紙が刊行された。
『江戸生艶気樺焼 全三巻』である。
黄表紙を両開きにしたとき紙面が盛り上がる様を関東の背開き鰻に見立て、〝江戸前の鰻の蒲焼き〟を駄洒落た。
内容は、不細工な容姿を持つ豪商の若旦那・仇木屋艶二郎が、吉原でモテようと悪友二人に唆されながら、あの手この手と仕掛けていくがうまく行かず、最後は父親に叱られてまっとうな道へ戻っていく喜劇だ。
本作品は、伝蔵の最高傑作だけに留まらず、黄表紙時代の金字塔を打ち立てることになる。刊行直後から版木が刷り減るまで出版され、十年後の寛政四年まで毎年復刻して刷られた。またこの刊行によって、吉原で「艶二郎」といえば〝自惚れた客〟を揶揄するようになり、「色男はつらいねえ」は見栄を張る皮肉セリフとして定着するほど一大旋風を巻き起こした。
またこの時期、伝蔵は狂歌においても『故混馬鹿集』(朱楽菅江選)と『徳和歌後萬歳集』(四方赤良選)にも狂歌師として一首ずつ入選した。
伝蔵は二五歳で人気戯作者の存在感が増す一方で、岩瀬家に不安が翳を落とし始めた。
医塾・天真楼の塾長である杉田玄白が小浜藩主酒井忠貫の国許下向の参勤交代に従い、若狭国小浜へ向かうことになった。
玄白は小浜藩医としての籍を残したまま、牛込町の小浜藩中屋敷から日本橋浜町の竹本屋敷へ移って町医者を開業した経緯があった。小浜藩も洪水や飢饉に見舞われ、領民が危機に瀕しているという。
伝蔵も、折に触れて妹を気にかけてくれた仁医だけに、江戸を離れられるのは心細い限りだった。そこで蔦屋と鶴屋に相談して、艶二郎刊行の祝宴に玄白を呼んで送別の宴を吉原扇屋で催した。
重三郎も年末にひっくり返ったとき、世話になったので即応した。
ところが、である。
「だめだねえ。目前で舞われる『関の扉』よりも、この揚屋のあちこちから聞こえてくる〝咳の戸〟が気になっちゃうんだよねえ」
玄白は宴の最中、小盃を一杯だけ干すと早々に宴席から出て行ってしまった。
「おい、伝蔵っ?」
「重三、すまない。私は先生について行く。酒宴は任せるよ」
「ちょっ。おい、ふざけんなよ。これはお前たちの酒宴──」
重三郎の慌てた言葉を待たず、伝蔵も玄白先生の小さな背中を追って大座敷を出た。
「ごめんなさいよぉ」
咳に導かれて入っていったのは下級遊女の大部屋だ。客がつかない遊女たちが寝起きしている部屋で、ある意味〝病み〟の本丸だ。
「僕は医者の杉田ってもんだ。咳をしている子から順番に診てあげよう」
「あの、診てもらっても、払えるもんがありんせん」
そういって埃を吸ったような咳をするのは、菊園だった。
「伝蔵くん。頼めないかな?」
「わかりました」
伝蔵は袖に呑んだご祝儀をすべて吐き出す。ざっと二十両はあった。
「いや今夜は、僕に渡されても意味がないよ。墨河に……ほら、おいでなすった」
どすどすと廊板を踏みしめる音が近づいてくる。
「なにしてんすか。先生、伝さんまで!」
口調は親しげだが、声音は妓楼の恥部を覗かれて不機嫌な鍋釜だった。
「墨河。今夜、彼女たちを買うよ」
「買うだあ? 一人で病み遊女を八人もか?」
「それは……先生?」
「うん、労咳じゃない。疲れがたまって重い風邪をひいたんだ。三日から六日だね」
「ということだよ。彼女たちを休ませてやってくれ」
「寝惚けてんじゃねぇよ! おめぇら一体全体、何しにおれの妓楼に来たの。妓楼で中途半端な優しさをかけなさんなよっ」
怒鳴った後に垣間見せたのは泣き顔だった。人の情がぶら下がって苦っている。墨河だって人だ。侠気があり情にも厚い。病んだ遊女たちに手を差し伸べてやりたい想いはある。
だが先立つ金がすべての遊里で、落伍者への憐憫は徒か咎となる。
「僕は医者だ。病をそばで見聞きしたまま酒を飲めない」
「なら、端っからおれの妓楼に来るべきじゃねえっすよ、先生。うちだけじゃなく、揚屋はどこも裏方は地獄なんすからっ」
「そのようだね。扇屋は今日は運がよかった。今夜だけ、そう思ってくれないかな」
「ぐっ。──おい、おめぇらっ、客の気まぐれに甘えんじゃねえぞ。こんな仏心が次もあると思うなよ」
奇妙な捨て台詞をわめき散らすと、墨河は伝蔵がのせたご祝儀包みをひっつかみ、大部屋の襖をピシャリと閉めた。
「診察をやめろとはいわなかったね。墨河は気前のいい男だねえ」
ほほっと微笑んで、玄白先生は遊女たちの診察を続けた。
華やかな妓楼の裏方は、日の射さない闇の底。
遊女に身を落とした以上、生きるためにはのし上がるしかなかった。
媚びも嘘も、躰も髪も、指すら客に売って光の射す水面へ昇る。
それができなくなった遊女から、底なしの泥へ沈むのだ。
伝蔵は、墨河から何度も言われた。
同情するなら金をやれ。金をやって抱いてやれ。
一夜だけも信じた男の夢を、見せてやれ。と。
遊女たちの診断と助言が終わると、玄白先生はお座敷に戻らずふらりと扇屋を出た。
徳医をタダで帰してはならじと、伝蔵は遊郭内の料理茶屋に案内した。
その店は浅草真崎稲荷に軒を連ねる田楽茶屋『甲子屋』にあやかって吉原でも豆腐田楽を出し始めた茶屋で、これがなかなかイケるらしい。
豆腐田楽は短冊に切った豆腐に串を打ち、甘辛い味噌をぬったのを炙って供される。江戸の豆腐は木綿以上に固く、串を打っても落ちなかった。そのため「肌が白くて身持ちも堅い」と吉原で豆腐料理が広まった。崩れた豆腐をけんちん汁にして食べれば、胃の中がずっしりと豆腐で暖まる。
「これ、この葛あんの湯豆腐は初めてだ。江戸に戻る理由ができたよ」
玄白先生は微笑み、気に入ってくれたようだ。ここは田楽だけでなく、葛あんかけの湯豆腐も名物だ。店を教えてくれたのは、森島万蔵だ。伝蔵は再炙田楽にかじりつく。
「伝蔵くんは、どうして戯作をやろうと思ったの?」
玄白先生から訊ねられた。
伝蔵は豆腐を呑みこんでから、いった。
「妹の喜ぶ顔が見たかったからです」
京橋に引っ越す直前のことだ。
ぼうっと縁側に座る二歳のよねのために絵を描いてやった。犬や猫、小鳥。怒った母や眠っている父の顔。今思えば、まだ字も読めかった妹が喜ぶ笑顔が大切なものに思えた。
だから伝蔵は質蔵に入って質草の掛軸から描けそうな絵を物色しようと思いたったのだろう。そこを父伝左衛門に見つかって叱られはしたが、まさか仕事一筋の父があの画匠・北尾重政と知り合いとは何度思い返しても、よくぞと驚かされる。
「とすると、絵描きは十年以上なんだね」
「はい。妹もたまに絵を描くようになって、私の出番は減りましたが」
「それじゃあ、北尾政演の腕が落ちる一方だ」
二人で笑って、また食事に戻る。
玄白先生は冷静な姿勢を崩さず豆腐を少ない歯でかぶりつく。
「戯作、まだ続けるんだよね?」
「はい。今やこれが私の生業でございますので」
「うん……実はね。このあいだ僕の妻が、蓬莱屋にでかけてね。手拭い合わせとかって。桂川の甫粲の誘いで見物にいったらしいんだ。僕は見に行けなかったけど」
甫粲は森島万蔵の医号だ。伝蔵が本人の口から医号を聞くことは滅多にない。
「や、これは……奥方様を存じ上げず、気づきませんで。大変ご無礼をいたしました」
伝蔵がかしこまると、玄白先生は笑顔の前で手をふった。
「僕も、見物から帰ってきた妻から聞かされてねえ。六十以上の手拭いを一度に見せる催しなんて日本橋越後屋ですら、してないと思うよ」
「はい。それが手拭い合わせの密かな自慢でございました」
「うん。その蓬莱屋で、よねさんの雛姿を大層気に入ったらしくてね」
「それは、かたじけないことでございます」
「怒らないで聞いてほしいんだけど。僕はね、あの娘があそこまで快方に向かうとは正直、思ってなかったんだよ。諦めっていうのかな」
伝蔵は背筋にすぅっと冷たいものが伝い落ちた気がした。だがすぐにかっと熱くなって顔を挙げた。
「先生っ。それでは……っ」
「うん」玄白は微笑んだ。歯が悪いので笑うと櫛欠けだ。「戯作に関わって、心に張りができたのかもしれない。僕が江戸を離れてる間も大丈夫じゃないかな」
「本当でございますかっ!?」
衝立ごしから他の客が顔を覗かせたが、伝蔵は気にしなかった。
「もちろん無理をさせちゃいけないよ。心の臓が弱っていくのは変わらないんだ。急な癪が来たらすぐ、天真楼に診せに来て」
「はっはいっ。ありがたくっ、ありがたく存じますぅっ」
伝蔵は鼻水をすすりながら、その場に両手をついて低頭した。
「伝蔵君や大森殿、伝左衛門どのの我慢が一日でも長く、実を結び続けることを願ってるよ。ささ、酌をしてくれないか。温かいうちに食べようじゃないか」
伝蔵はお銚子を傾けながら、歓喜を何度もなんども飲みこみ続けた。
やがて二人で田楽茶屋を出ると、玄白先生を吉原大門まで見送りに出た。
待っていた黒塗りの輿が闇の帳に消えるまで、伝蔵は見送った。
「そうだ。これは祝いだ。祝いなら……振る舞わねば」
伝蔵はとって返し、田楽茶屋で田楽百本を注文すると扇屋の大部屋まで台座をかついで持って帰った。もちろん代金は全部、蔦屋重三郎にツケておいた。
なあに、艶二郎で当てた儲けは、田楽くらいじゃビクともしないさ。




