97話 屋敷を買う
冒険者ギルドでは月の人とはあえて名乗らず、オの国からの冒険者として登録した。
エの国の冒険者ギルドに届いた書類と同様の書類が、こちらにも届いているはずだからだ。
余計な騒動はなるべく避けたい。
受付係の女性は、俺たちの揃いの装備が素敵ですね、と言った位で、俺たちをDランクハンターとして認証してくれた。
これでこの国でも冒険者として活動できる。
「すごいですーーー!
こっちは金貨500枚、そっちは800枚ですよ。」
「これは、貴族の屋敷か?」
掲示板の一つが家の案内状で埋まっている。
所々外された様に空いているのは、買われた、という事か。
「あら、皆さん家をお探しですか?」
「そうです。この人数ですからね。宿よりも家を買って住んだ方が安いでしょう?」
「ああ、そうですね。」
「しかし、ずいぶんと豪華な屋敷が並んでいるな。」
「はい。それは元々貴族だった者が王都に所有していた屋敷です。もう貴族ではないので、手放したんですね。」
「ほう。その者たちは何かやらかしたのか?」
「あら! この国で戦争があって、貴族が全員、平民になったのです。ご存知じゃないですか?」
「なんと! 内戦状態だったとは聞いていたが、そんな事になっていたのか。詳しく聞かせてくれ。」
事前に打ち合わせしていたので、クリスとリサは受付係から上手に話を聞きだすことに成功した。
ロッテとシャーリーも話を合わせて盛り上げている。
受付係に奥にいた職員も加わって、カウンターは内戦と貴族の話でにぎやかだ。
さて、男共はせっせと屋敷の間取りを確認しては、カメラにそれを収めている。
それらは全てナンドゥールに送られ、将来レギウス村に建てられる日が来るかもしれない。
俺は一つの案内状を手に取った。
金貨500枚。
オの都のレギウス邸に近い大きさの屋敷だ。
母屋は地上2階建て、地下室あり。2階は8部屋もある。
さらに離れがある。
こちらも2階建て。2階の部屋数は4部屋でレギウス村の外政官の館と同じ位だ。
外政官の館は、オの都の金貨500枚の家がモデルなので、同じ値段で3倍の広さの屋敷が手に入る計算になる。
場所は川沿い。
対岸には王城と書かれている。
俺はそれを持って空いている受付カウンターへ行った。
「すまない。この屋敷を見せてくれ。」
「はい、こちらですね。只今、案内係を呼びますので、お待ち下さい。」
「良い家があったのか?」
「ああ、アレク。これは良いかもしれん。」
「ほう。見取り図を見せてみよ。ファルス。」
「おっ、話は終わったのか、クリス。」
見ると女性陣は話を終え、俺の周りに集まってきている。
「うむ。面白い話を聞けた。後で話そう。」
「お待たせしました。私が屋敷をご案内させていただきます。」
ギルド職員の女性が俺たちを先導して屋敷まで歩いてゆく。
冒険者ギルドからは橋を渡り15分ほどで着く。
街の中を流れる川の川幅は15mほど、川岸を含めると40m程だ。橋から見ると左手に王城の城壁が見える。
右手には屋敷の庭の木々と塀が見える。
庭の中に離れの建物が建っている場所が、目的の屋敷だ。
「こちらが母屋です。中央に玄関ホールと応接用の小部屋が一つ。
左翼は一階が応接間と大広間となっております。2階は来客用のお部屋が4部屋。
右翼は一階に炊事場、支度部屋、食堂。2階はご主人方のお部屋が4部屋。
水場は中央の裏手にございます。
裏手からは地下室に降りる階段もございまして、地下室は道具置き場や食料の貯蔵庫となっています。
さらに、裏庭には離れの建物がございまして、こちらも後ほどご案内いたします。」
「これは広いな。」
「壁に絵が一杯ですよ!」
「足元ふかふかしてますよ!」
「椅子にテーブル、家具はそのまま残っているのじゃな。」
10分ほど見廻して、裏の水場を確認し、離れに向かう。
「こちらが離れになります。1階に炊事場と食堂がございます。2階には4部屋ございます。
ここは屋敷の使用人達の住居として利用されていました。」
俺は2階の部屋に入り、窓から外を眺める。
光る川面に、石造りの壁、その向こうに見える王城の尖塔。
「ファルス、ここが気に入ったのか。」
「ああ、ここなら王城に飛んでいけそうだと思わないか。クリス。」
「なるほど。」
冒険者ギルドに戻った俺たちは金貨500枚を積み上げ、この家を買い、権利書と屋敷の鍵束を受け取った。
今日到着したばかりの冒険者パーティー。それも全員がDランク。
それが金貨500枚を払い、元貴族の屋敷を買った。
俺たちの噂は瞬く間に広がってしまった。
◇
屋敷には転送門を置き、俺たちはカッシーニ81に戻り、作戦を確認する事にした。
「さて、金貨500枚も使って買った屋敷ですからね。しっかり有効活用してくださいよ。」
「金貨500枚は、やっぱり高かったか。」
「当然ですよ。私達が使えるお金は私達が倒したゴブリンや飛竜の魔石を交換した分ですからね。もう金貨は20枚も残ってません。」
「そうなのか。エの国での売り上げは、かなりあるぞ。」
「そうです。ですけど、それは村の売り上げでお金の管理はマーカス財務管理官です。
それに、そのお金は外政部が使えるお金じゃないですよ。」
「スプリングクッションの売り上げは村と生産部で分けているな。」
「ファルス。おぬし、買い物に慣れておらんな。」
リサに釘を刺されてしまった。
女性陣は服等をこまめに買うことで買い物慣れしていたのか。
そして、お金の管理もしっかりしている。
俺はリリアナ達に任せっぱなしだ。
反省しよう。
「で、ファルス。今夜王城に忍び込むのか。」
「ああ、警備兵も警戒しているだろうが、空から飛んでくるとは思っていないだろう。」
「現地との時差は4時間か。こちらの2800が、あちらの2400だな。」
「今夜は俺とクリスで行く。国王の寝室を見つけて、謁見の申請書を置いてくるだけにする。」
「それだけか。」
「ああ、忙しいらしいからな。睡眠の邪魔はしないよ。さて、貴族達の話を聞かせてくれ。」
クリスが姿勢を直して、皆に向かって話す。
「冒険者ギルドの職員じゃからな、戦争中の噂と終了後に王城から発表された事と、その後に起きている事の話じゃ。
なので、戦争の始まりは不明じゃ。
噂では、ジャミル第三王子が冒険者としてイの国から帰還した後、貴族を平民にしよう、と言い出したそうじゃぞ。」
「それはいつの事だ?」
「一昨年の終わり、冬の始めぐらいという事じゃったな。冬の内に内戦が始まって、昨年の夏の終わりには終わったようじゃ。」
「ずいぶん早いな。」
「そこじゃ。貴族を敵に廻したジャミル第三王子に味方はいない。王も貴族も軍も敵じゃ。だれが味方したと思う?」
「噂を聞いた。イの国か。」
「なんじゃ、聞いておったか。そうじゃ、イの国の魔法兵団がジャミル第三王子に味方して、あっと言う間に前国王を始め、主だった貴族どもを暗殺したそうじゃ。
頭を取られた軍は抵抗をやめ、貴族の私兵どもも蹴散らされたそうじゃ。」
その中にルーカスの息子やワーニャの旦那もいたのだろう。
「その後、終戦宣言が出され、貴族の財産は国に没収された。没収作業は冒険者ギルドにクエストとして依頼されたそうじゃぞ。」
「そうなのか。軍は動かなかったのか。」
「そのようじゃな、聞き忘れた。
で、王都にいた冒険者達は貴族の屋敷に押しかけ、金品を漁り、一部を懐にいれたのじゃ。
そいつらは冒険者を廃業し、家を買って豪勢に暮らし始めたそうじゃぞ。」
「高い屋敷が数件売れていたのは、そいつらか。」
「市場や店に対しては価格の変動をしないように通知されているそうじゃ。それでも少しは物価が高くなって、王都から出て行く者も出始めておるらしい。」
「貴族がいなくなって、王城の仕事が遅くなっている、とも言ってましたね。」
「冒険者ギルドの倉庫には没収した貴族の金品が王城に引き取られもせずに放置されているって。」
「城の衛兵達は賃金がちゃんと支払われるか心配してるそうです。」
「うーん。戦争には勝ったが、戦後処理を考えていなかったのか。」
「そのようじゃ。ジャミルは25,6歳。その辺りを諭す者が身辺にいなかったのであろう。」
「そんなに若いのか。」
ユーリ国王は54歳。彼が"貴族を平民に"と言い出したのは、ずいぶん前だと聞いた。
そして入念に準備をし、今回の行動を実行したと見える。
では、ふたりは別々に過ごし、同じ考えに至ったのか?
◇
夜。
俺とクリスは昼に買った屋敷に移動し、裏庭を抜けて川辺に出た。
夜空に雲が多く、2つの月の輝きを隠している。
忍び込むには丁度良い夜だ。
黒い城壁が聳え立つ。
川面は静かだ。小船が一艘、城壁の下に浮かんでいる。
「さて、上から行くとして、どの部屋に国王が寝ているのか、見当は付いておるのか? ファルス。」
「上の方で、扉の前に女中が控えていて、廊下に衛兵が立っているんだろう?」
「それは、オの都の話じゃ。まぁ、ここも変わらんか。よし、行くぞ、ファルス。」
「まて、クリス。」
城壁上の衛兵の確認をしようと検知をした所、おかしな所に人間の反応がある。
「どうしたのじゃ、ファルス。」
「先客か?あそこだ、城壁の右側、下側に人間が二人いる。」
「うーん、お、いたいた。ロープにぶら下って、降りているのか?」
「そうだな。脱出するのか。」
「そういう者も出る程、逼迫しているのか。」
「あの小船は脱出用か。」
「うちらは奴らに用があるでもない。ここは見逃すがよくないか?ファルス。」
「そうだな。」
俺とクリスは空へと飛び上がり、城壁を越えて尖塔のテラスに降り立った。
この尖塔に人間の反応があったからだ。
(部屋の中に人はいないな。廊下に居るのは衛兵か?)
(ファルス、何か落ちているぞ。)
クリスがテラスの床に落ちている弓のような道具を拾い上げる。
(ずいぶん重い。弓のようじゃが、握りと引き金もある。これで矢を放つのか。)
クリスがレーザー銃の様に構える。
(まさか、暗殺か!?)
さっきの奴らは暗殺者か!
俺はテラスから部屋の中に侵入し、寝台を確認するが、誰もいなかった。
部屋の中にも争ったような形跡はない。
が、枕の一つに突き立てられた短剣によって一枚の紙片が留め置かれていた。
文面を確認すると、"国王夫妻はその身に罰を受けるであろう"と書かれている。
(誘拐か。)
(ファルス。人数が合わない。ロープで降りているのは二人じゃ。)
(弓は回収したか?直接聞きに行こう。)
(うむ。)
俺達はテラスから飛び立ち、城壁を越えると下降した。
ロープを伝っている二人はあと5mほどで地面に辿り着く。
降りているのは男性と女性。
「もしかして、国王陛下と王妃殿下か?」
「なっ!誰だ、貴様!」
「飛行の魔法!ジャミル、早く地面に!」
「あたり、という事は、誘拐は自演じゃな。ファルス。」
「そのようだ。二人とも、俺たちは敵じゃない。話は地面に着いてからするので、ゆっくり降りてくれ。」
次回98話「国王の事情」
夜逃げの国王夫妻からお話しを聞きます。