95話 新王の誕生
楽団の演奏が始まり、前方左側の入口から国王マクシム=ニコルフ7世が入ってきた。
その足取りはしっかりしているが、年齢相応の頼りなさも感じられる。
前方の高座に設けられた国王の座に座る。
王冠の下に見える顔にはしわが多く、白髪と比して影が色濃く暗い印象を受ける。
国王に続き、王妃殿下、ユーリ第一王子、カール第二王子と続き、国王の座の左右に並び立つ。
ユーリ第一王子は独身だが、カール第二王子は既に結婚し、子供もいる。
彼ら王族に連なる方々も会場入りした。
彼らの周囲には黒鉄騎士団が護衛に立っている。
近衛ではないのだな。
「我が王国の臣下諸君。新しい年の幕開けじゃ。」
国王の声は力無く細い声だ。宴の間に声が届いているのは彼の前のテーブルに置かれた魔道具のお陰だ。
「そして、今日は新しい時代の幕開けの日でもある。
我、マクシム=ニコルフ7世はエの国国王を退位し、この座を息子に譲る。」
おおー。
会場内に静かな驚きの声が響く。
多くの者にとっては規定のことであり、準備も進められてきたことなのだろう。
「新しい時代の王に、この座を譲る。ユーリ=ニコルフ、これへ。」
おおー!
何と!
馬鹿な、ユーリ様だと!?
会場内に大きなどよめきが起こる。
これは、多くの者にとって想定外の事のようだ。
王族の護衛が黒鉄騎士団であったのは、これが理由か。
ユーリ第一王子が国王の前に跪き、立ち上がった国王から王冠を譲られる。
マクシム7世は王妃の横に並んだ。
ユーリが頭上に王冠を戴き、国王の座に座る。
傍らのカール第二王子は表情を硬くして立っている。
ユーリは国王の座からゆっくりと部屋の中を見廻す。
そして、口を開いた。
「王国の臣下諸君。新しい時代の幕開けだ。
余、ユーリ=ニコルフ2世はこれより3つの事を行う。
まず1つ目、王位簒奪の憂いを消す。やれ。」
ユーリ第一王子改め国王ユーリ2世の下命を受け、黒鉄騎士団が動いた。
マクシム7世の首が落ちる。
王妃の胸には背中から剣が突き刺さる。
カール第二王子の首も落ちた。
その背後には、あの女剣士、ユリアが立っていた。
惨劇は王族のテーブルでも起きていた。
護衛だと思っていた黒鉄騎士団が処刑執行人となって襲い掛かったのだ。
会場内に悲鳴が響き、多くの婦人が倒れる。
「ファルス=カン、皆様、動かないでいただきたい。」
「シャトフ、これが、お前がここにいる理由だったか。」
「ほう。お主らにうちらが止められるか?」
「思っておりません。ですのでお願いしています。どうか、陛下が何をしようとしているのか、見届けていただきたい。」
シャトフはまっすぐに俺を見てくる。
後ろにいるソフィアは、俺たちではなく周囲を警戒している。
「わかった。」
「ふん。」
◇
「2つ目、王国に蔓延った腐敗を正す。やれ。」
きゃぁー!
た、助けっ。
ぐふぅ。
前方のテーブルにいた貴族の数人が倒された。
「そして、3つ目だ。貴族院を廃止し、貴族制を廃する。
これまでの職務は継続するが、その職務は相続できない。
王国の土地は王国民のものであり、領主は土地の管理担当官となる。
春訪祭にて、全ての者に新たな職務任命状を送る。
収穫祭にて、貴族は貴族でなくなり、王国民全員が同じ平民となる。」
ユーリ2世は、部屋の中をゆっくりと見廻した。
声をあげる者は、誰もいなかった。
◇
ユーリ2世が退席し、シャトフが俺たちを王宮の外まで送ってくれた。
帰りの貸し馬車に乗り、レギウスの館まで戻ってくる。
「しかし、でかい爆弾だったな。」
「まったくじゃ。宴はつまらなかったが、明日からこの国は荒れるな。ファルス。」
「そうねぇ。貴族が貴族でなくなるなんて、どうなるのかしら?」
「貴族が貴族でなくなる?エの国でですか?」
貸し馬車の中では御者に聞かれないように黙っていた俺たちは、レギウスの館の玄関ホールで出迎えてくれたルーカスとリリアナの前で話をした。
彼らはレギウス村の人間だから良いと思ったが。
「ルーカス、リリアナ、この話はまだ貴族社会の中での話だ。街中では話さないでくれ。ワーニャとナタリーにも注意しておいてくれ。」
「かしこまりました。カン様。」
「でも、私達の国と一緒ねぇ。内乱が起こるのかしら。」
「なに?ウの国の内乱の原因は貴族制の廃止だったのか。」
「領主様のお話ですが、我々と敵対していた第三王子派がそう言ってました。"貴族を平民に"と。
領主様はそんなことをしたら、管理する者がいなくなって村に物資が届かず、村は荒地になってしまう、と言って反対しました。
そして、私達の息子達を連れて戦争に参加したのです。」
「そうだったか。」
ウの国は内乱の結果、第三王子派が勝ち、敵対したルーカスたちは難民となり、レギウス村の村民となった。
ユーリ新王はいつか、どこかで、このウの国の第三王子の考えを聞いたのだろうか?
そして、エの国も貴族制廃止が決まった。
「この動きが続くとなれば、オの国にも警告せねばいかんな。ファルス。」
◇
レギウス村に戻ったクリスとレイチェルを見送り、俺はザーリ辺境伯邸に向かった。
ザーリ辺境伯邸訪問は予定していたが、日時が未定となっていた。
今日の宴の後で調整する予定だったが、今日の出来事で辺境伯もアラン子爵も混乱しているだろう。
「ファルス=カン殿、このような事態になってしまった。私どもはどうすれば良いのだ。」
屋敷の応接間に入ってくるなり、ザーリ辺境伯は俺に困惑した様子を隠さずに相談をしてきた。
アラン子爵も途方にくれているようだ。
「辺境伯。国王陛下は春訪祭で新しい任命状を渡す、と言ってました。それまでは、これまで通りでしょう。
それに、領主は土地の管理担当官になる、とも言ってました。
辺境伯は、おそらく今後もザーリ領の管理担当官になるのではないでしょうか。」
「うむ、うむ。フィルもそう言っておる。おそらくそうなのだろう。
だが、それは私の事です。私が気にしておるのはフィルの事です。
国王陛下は、職務は相続できない、とおっしゃられた。
これは、私が引退した後は、フィルでは無く、他の誰かが、ザーリ領の管理担当官になる、という事であろう?」
「残念ですが、そうなるでしょう。」
「そうか。カン殿も、そうお考えか。」
「ザーリ辺境伯。私が今、危惧しているのは、まさにそれです。」
「それ?」
「今までと体制が、仕組みが変わり、自分が思い描いていた事が出来なくなる。
それを受け入れれば良いのですが、受け入れられない時、自分が思い描いていた通りに進めようとした時、人は新体制に反発し、現状を維持しようとします。
お分かりですか?」
「う、うむ。」
「今回、現状を維持しようとすれば、それは国王陛下に反旗を翻すしかない。すなわち反乱です。」
「そ、そんな。」
「まさに今、不平不満を抱いた貴族達が集まり、反乱の企てをしている最中かもしれません。
辺境伯、ご自身とアラン子爵とサーシャ様のためにも、反乱には加わらないように。」
「うむ。わかった。」
「カン様、我々は王都を離れるべきでしょうか?」
「それも良い考えだと思います。アラン子爵。もし大規模な内乱になった場合、巻き込まれる可能性も低くくなるでしょう。」
「内乱になる、とお考えですか?」
「どうでしょう。国王側の戦力も反乱側の戦力も不明です。
ですが、国王陛下は今日の宴で王族と有力貴族を処刑しています。
貴族側が反乱を企てるとして、中心となる貴族になりそうな人物はいますか?
その人物には何人ぐらいの貴族が従いますか?」
「公爵様、侯爵様は十数人いらっしゃいますが、一体どなたが処刑されたのか。すいません、私も全くわからないのです。」
「そうですか。」
「そうだ、陛下に手紙を書きましょう!我がザーリ領はユーリ陛下を支持すると。」
辺境伯は、はっきりとした声で言った。
「義父上、手紙ですか。」
「そうだ、フィル。ユーリ陛下は今、貴族の中の敵と味方を見極めているに違いない。
特に我々はモラス候派であった。
こうしてはおれん、こういう事は早いに限る。
そうだ、ブリント伯にも手紙で知らせねば。
カン殿、すまんが失礼する。」
辺境伯は応接間から出て行った。
「すいません、カン様。」
「いえ、手紙は良いお考えだと思います。
しかし、国王派になったと立場を明らかにする以上、反対派からは攻撃されるでしょう。
アラン子爵、王都を離れるならば、準備を急がれるべきでしょう。」
「分かりました。ありがとうございます、カン様。」
「ところで、モラス候は第二王子派だったのですか?」
「そうですね。明言はされていませんでしたが、貴族のほとんどがカール第二王子を支持しています。いえ、支持していました。
ユーリ陛下が、若い頃に冒険者として過ごしていたのは、ご存知ですか?」
「はい。冒険者ギルドのギルドマスターから聞いております。」
「ユーリ陛下はその時の経験を元に全てをお考えです。
ですので、"平民主体であり、貴族の権利をないがしろにしている"、というのが貴族側の意見でした。」
「そうでしたか。」
辺境伯邸を辞し、レギウスの館に戻る。
王都ミラルダは新年の日を祝う人々の明るい声に満ちていた。
新王の誕生か。
馬車を贈る手配でもしておくか。
次回96話「新年の挨拶廻り」
親しい方々に挨拶して近況報告してお年玉をいただきます。




