9話 ナノマシン通信
3日目。
0600に中央指令室に出勤した俺は時間割を決めた。
まずは惑星開発部隊の資料解析。
俺が月面基地開設時からの行動調査。
ホークは5番艦が惑星上に着陸した時代からの動植物の繁殖状況調査。
リサは現在の知的生命体、現地人の動向調査。
そして1130からひとり10分の報告を行い知識共有を行う。
昼食後1800までは運動場で魔法の練習。
夕食休憩の後は基本的に自由行動とした。
俺とホークは工作機の操作教習、リサは魔法練習をやるそうだ。
外は夜闇で外部映像は暗かった。
どうやら濃い雲が懸っていて夜明け前には雨が降りそうだ。
「メティス、今まで外部の気候について考えていなかったが、問題ありそうか?」
『申し訳ございません。データ不足で正確な気象予測は不明です。
レギウス本星の気象情報も本艦には搭載されていませんので、推測もできません。
また、第四惑星衛星軌道上には現在5機の通信衛星がありますが、その機能は地上と月面基地の通信に限られています。
映像による気象現象の確認もできません。
月面基地からの画像撮影については、現在の位置関係では撮影不可です。』
「通信衛星が5機?あるのか。」
気にしていなかった。
そうか、月面基地と地上にあるカッシーニ81でお互いの位置関係に関係なく通信できていた。
普段と変わらずに行っていた事が特別な意味を持っていたのか。
「良く生き残っていたな。」
地上に設置したナノマシン発生機への指示伝達用に10機ほどの通信衛星を配置したはずだ。
資料検討を行い、それぞれの報告を交わす。
俺からは、カルー少佐とそのグループと思われる一派が研究設備として大量の遺伝子情報とレギウス本星の標本サンプルを持ち込んでいたこと。
これは惑星開発計画外の行為であり、違法行為となりえる。
彼らは各自に割り当てられた月面基地内の研究室内で生育環境を構築し、数多の標本を作ったことを報告している。
つまり、今の状況はレギウス本星出発前に計画され準備されていた、という事だ。
そうなると、一つの疑問が、大きな疑問が、ある。
ジャンプゲートでの2番艦オシリス64の爆発。
あれは、事故だったのか?仕組まれたのか?
仕組まれたとしたら、首謀者は惑星開発部隊のメンバーなのか?
今後の資料解析を冷静にする為にも、この疑問は頭の隅に追いやった。
ホークからの報告によると、例の”脱出艇の改修計画”から開発部隊は月面基地に置かれていた10機の脱出艇と5番艦の脱出艇を利用して、地上に動植物の種をばらまいた様だ。
その後の育成補助と観察をナノマシンにやらせている。
そして、5番艦による上陸だ。
動植物の繁殖を確認したら、近くで見たくなるのが人情なのだろう。
5番艦をあの地点に降ろし、陸上施設を建造し、観察と、さらなる研究を続けた様だ。
地上での活動内容の詳細は月面基地宛ての報告情報として残されている。
5番艦の着陸した島に行けば、地上での活動記録の詳細が入手できる可能性がある。
この時点で、惑星開発がスタートしてから53年が経過している。
開発メンバーは相当な年齢になっているはずだが、これは”人類種の育成計画”にあったクローン計画が成功したのだろう。
老いた肉体を捨て、若いクローン体に記憶を移して研究を続ける。
しかし、惑星開発部隊のメンバーは42名。
一体何人がこの計画を企んだんだ。
いや、この地で計画に参加した者もいるのか。
レギウス本星への帰還が叶わなければ、選択せざるを得ないか。
リサからは知的生命体について、だ。
まずは現地人の人々だ。
彼らは遺伝子操作されている。
つまり、熊、犬、サイ、猫、馬、牛との混血6種とレギウス人だ。
彼らが第一大陸から第七大陸で生活しているという。
この遺伝子操作は知的生命体以外にも行われていて、数多の異形のモノが生み出されていた。
今後は俺たちの居る第一大陸の住民、熊種の人々の詳細を探っていく。
午前中の作業はメティスの補助で大きく進んでいる。
◇
「大尉、提案があります。」
リサが食堂での昼食を終えて、コーヒーを飲んでいる時に手を挙げて言った。
「なんだ?」
「はい、午後の魔法の練習ですが、運動場での練習は船内設備への被害が発生します。
ですので、船外での練習をしませんか?」
「船外?」
「はい、ナノマシンが頑張ってくれるんですが、船内だと実現できない物もありまして。」
「船内でできないって、何をするつもりだ?」
「え、いや、土を使った魔法とか、船内に素材が無いからナノマシンも実行できないじゃないですか。
まぁ、危ないのも幾つか考えてますけど。」
「そうですね。自然環境下で練習するのが良いかもしれません。」
ホークが賛成した。
まぁ、俺も反対する理由はないな。
「じゃあ、船外にでるか。」
「海岸まで船首から100mです。脱出艇を連絡艇として運用するのが良いでしょう。」
ホークめ、準備していたか?
「じゃあ、上陸準備だが、現地生物との遭遇に備えないとな。
警備部装備のスタンガンとスタンロッドを持って行くか。」
俺たちは警備部備品庫からスタンガンとスタンロッドを持ち出した。
ちなみに警備部は乗務員がケンカした時の仲裁役で第二勤務の持ち回りだ。
まぁ出番はほとんど無かったな。
だいたい甲板長が一喝して終わりだ。
ホークの案内で脱出艇格納庫に向かう。
通常だと個人用ポッドで乗り込むが、格納庫経由での乗り込みも可能だ。
艇内に入ると、3台の個人用ポッドが用意されていた。
「座席代わりに空いていた個人用ポッドを搭載させました。」
「いつのまに準備したんだ。」
「昨夜の工作機教習の時です。ナンドゥールに依頼しておきました。」
俺たちは個人用ポッドに着席し、出入口となる外部装甲を吹き飛ばして、艦外に出た。
外部装甲はナンドゥールが工作機を操作して回収しておいてくれるらしい。
ならば、工作機操作教習は不要では?と思ったが、それはそれ、これはこれ、だろう。
脱出艇、改め連絡艇はすぐに海岸に着陸した。
「さて、いよいよこの足で上陸するんだな。」
「大尉、第一歩は艦長の仕事ですが、ここは大尉の出番ですね。」
「そんな大層なもんでもないさ。」
連絡艇のハッチを開ける。
外は夜。雨が降っている。波の音が大きく聞こえてきた。
ハッチから地上までは2m程の高さがある。
風はやや冷たく寒い。ボディスーツの体温調節機能が働く。だが顔は寒いぞ。
「メティスに確認し忘れたな。」
『申し訳ございせん。注意すべきでした。』
メティスの声が脳内に聞こえた。
「メティス。そうか、連絡艇経由でここでも通信できるのか。」
『いえ、ナノマシンを利用した通信です。第四惑星上であれば通信可能です。』
「そうか。」
このナノマシン経由の通信には、まだ慣れない。
もしかして、こうして考えていることもメティスに聞かれてるのか?
あれ?もしかしてナノマシン通信だとホークとリサとも通信できる?
振り返るとホークと目があった。
リサはその後ろに居る。
「雨ですね。どうします、戻りますか?大尉。」
俺は頭の中でホークに呼びかけた。
(ホーク、聞こえるか?)
(大尉、これは、ナノマシン通信ですか?)
(そうだ、どうやら相手に呼びかけることで通信がつながるようだな。)
(これも魔法の一種ですね。)
(そうだな、よし、通信を終わる。)
そう念じて、次は声に出した。
「ホーク、どうだ?」
「はい、通信が切れた感覚がありました。」
「二人で見つめ合って、どうしたんですか?」
リサが一歩後ずさっている。
次はリサだ。
(リサ、聞こえるか。)
(えっ、なんですか、頭の中に大尉の声が。)
(ナノマシン通信だ。そのまま待ってろ。ホーク、聞こえるか。)
(はい、大尉。聞こえます。)
(えぇ、中尉の声まで聞こえる。)
(リサ、ホークの声が聞こえ、いや、聞こえた様だな。ホーク?)
(はい、メンフィス少尉の声も聞こえます。)
(なるほど、グループ会話も可能とは、便利だな。)
(通話可能距離はどれ程でしょうか?)
(メティスの説明だと、第四惑星上であれば可能だそうだ。)
(えっ、これって、相手に呼びかけたら繋がるんですか?)
(そのようです。)
(えぇー、迂闊に頭の中で考え事できないじゃないですかぁ。どうしよう、対策、対策を考えて、そうだ!)
(リサ、少しうるさいぞ。)
(メンフィス少尉との通信が切れたようですね。)
(なに?)
「ふふふ、対策完了。」
リサが俺にⅤサインをしてきた。
「対策って、どうしたんだ。」
「イメージです。ナノマシン通信も魔法の一種ですからね。
通信スイッチを作って、それをオフにしました。
オンにすると頭の中で緑ランプが灯ります。
さらに誤って通信しないために、通信するときは、通信オン、大尉、大尉、通信つなぎます。がキーワードになります。
そして、通信オフ。で終了です。」
「なるほど、良いですね。私もそうしましょう。」
「通信オフにしていたら、必要な時繋がらないだろう。」
「いやいや、情報パネル使って通信してくださいよ。」
「あー、そうか。」
俺は左腕の情報パネルを見た。
「しかし、このナノマシン通信は便利だぞ。声を出さないで済むからな。」
「じゃあ、通信灯に呼び出し機能を付けて、緑ランプを点滅させますね。
それで、どうしますか大尉。暗い上に雨降りです、艦に戻りますか?」
「ああ、そうだな。ホーク?」
「夜で視界もありません。今日は戻りましょう。」
俺たちは艦に戻り、運動場で魔法練習を実施した。