46話 訓練終了
俺は目が覚め、夜の闇に響く森の音を聞いていた。
今回の宿泊訓練ではヘルメットは持ってきていない。
収納魔法が使えるなら持ち込み可とした。
リサ、レイチェル、パメラの他にサラ伍長、シャーリー、ロッテ、ダニエルが取得している。
男性はダニエルだけだ。
適正が如実に表れる魔法だな。
リンダは夕食の後もよくマクレガー大佐に話しかけ、口数も多くなった。
大佐も機嫌よく受け答えしている。
俺たちレギウス星人はレギウス本星の生育局で受精卵から生まれる。
よって自然妊娠はしない。
これは宇宙生活における妊娠、分娩の危険性があるための処置の一環といわれている。
人類が宇宙に進出して以来の古いルールの一つだ。
だが、いまやレギウス本星は遥かなる存在となり、我々は惑星上で暮らす。
我々がこの地に根付いていくには、村を作り畑を作り、子供を産み育てなくてはならない。
最近の男性メンバーと女性メンバーの接近はそれを皆が感じているからだろう。
だが、そこで俺は、はたと思った。
自然分娩ってどうやるんだ?
いや、動物たちは普通にしている。
それで良いのか?
ベア族は?
そうだ、フォース族に訊いた方が良いか。
衣食住、村づくりの基本知識も必要だ。
移転後に村を作って、と、一言で言っていたが。
魔法と工作機があれば出来ると思っていたが。
日常生活は大丈夫なんだろうか?
子供たちの教育は?
ナノマシン注入はもうできないんじゃないか?
ベア族は川が氾濫して集落を去った。
俺たちの村を壊滅的ダメージが襲うかも。
そもそも俺たちに畑作業ができるのか?
俺たちだけでは無理じゃないか?
やはり現地人の助けが必要だろう。
俺は起き上がって頭を振った。
大小の様々な不安が押し寄せてきた。
枕にしていた背嚢を見る。
こいつのせいで変な姿勢だったのが原因だろう。
そんな理由を付けて俺は木の上に登った。
カッツェ族に倣って太い枝にまたがり、木の幹に背中を預ける。
「ふぅ。」
一息つくと落ち着く。
問題点を見つけたら一人で考え込まず、誰かに話しかける。
この問題はいずれ、ホークにでも相談しよう。
下を見ると焚火の跡の横にマクレガー大佐とリンダが並んで横になっている。
大佐の崖はそのまま今夜の宿営地となった。
ここなら2方向が崖に囲まれている。
周辺の警戒も楽だからだ。
何?
俺は情報パネルの時刻を見た。
2200就寝。
不寝番は2時間交代で俺、マクレガー大佐、リンダの順。
今は2744。
俺は木を降りるとリンダの横に行った。
「リンダ=フォルムーゼン一等兵!」
「はいっ!」
「うむ。なにごとだ、ファルス=カン少佐。」
俺の声が夜の森に響き、リンダの返事が続いた。
まったく。
◇
夜間の飛行探知訓練、朝食休憩を経て、午前中は徒歩による森林探索を行った。
飛行中と比較して注意すべき所は格段に増える。
大型飛行生物への上空警戒。
周囲の大型生物への警戒。
近距離の小動物への警戒。
役割を決め、気配を消しつつ進み、けもの道や動物の痕跡を探す。
ここでは獲物を見つけたら接近し、狙いを付けたら良しとした。
このメンバーでは狩りをしても獲物を運ぶのが困難だからだ。
昨夜の鹿の皮は俺の背嚢に、角と骨はマクレガー大佐とリンダの背嚢に入れてある。
余った肉と骨は地中に埋めてきた。
収納魔法が使えるシャーリーとロッテをレイチェルとパメラのチームに入れたのは勿体なかったな。
ん?サラ伍長が収納魔法を訓練期間中に身に付けたのはクリスが必要としたからか?
それぞれのチームでの訓練を終えた俺たちは、北のエリアに集合した。
◇
「全員問題なくチーム訓練を終了したな。
では、これから全員でここより北へ5000mの地点に向かう。
ダニエル=ヴィッツエル二等兵、そこに何がある?」
「はい。カン少佐。・・・動物がいます。え~40体ほどの群れと思われます。」
「そうだ、その動物が何かわかる者はいるか?」
司令部は分かるだろうが、誰も答えなかった。
「よし。では、確認に行こう。チーム6より順次出発。」
「了解。」
俺たちは5分程でその地点へ到着した。
パメラのチーム6は上空を旋回した後、東側を流れる川へ降下していく。
リサのチーム5、レイチェルのチーム4とそれに続く。
俺たちも上空を旋回する。
(カン少佐、あれがゴブリンかね。)
(そうです、大佐。)
(あれが。40匹以上いるじゃないか。)
(よし、皆と合流するぞ。)
東側を流れる川の対岸の河原に全員がいる。
騒いでるのはステフとダニエルか。アレクに詰め寄っているな。ジェリー副長も止めに入っているのか。
俺たちが合流すると視線が集まる。
「カン少佐。あのゴブリン共を倒すんですよね。」
「当然だろう。訓練の成果を見せてやる。」
「落ち着け、お前ら。隊列に戻れ。」
「お前らもカン少佐達のレポートは読んだだろう。口を閉じんか。」
二人はジェリー副長によって隊列に戻された。
「よし、あのゴブリン共を今すぐ襲撃したい者は挙手しろ。」
これには全員が手を挙げた。
「よし、降ろせ。
そうだ、全員があのゴブリンを敵だと認め、今すぐ倒したいと思っている。
なぜだ?
サラ=スール伍長。」
「はい。これがナノマシンの教育による結果だからです。」
「そうだ。では、我々は奴らを今、殲滅すべきか?
ベンソン一等兵?」
「いいえ、カン少佐。」
「なぜだ?」
「はい。奴らは人類の敵であり抹殺すべき相手であります。が、あの群れは現在はまだ人類との敵対行動をしていないからです。」
「そうだ。では、我々はいつ、奴らと戦うのか。
スティーブン=ボーア二等兵。」
「はい。奴らが人間に敵対行動をし、人間の財産、生命を奪わんと行動している時、または、その可能性が強く、即時に排除しなくてはならないと判断された時です。」
「そうだ。
よって、今は戦闘行為を行わない。
全員、今の感情を忘れないように。
奴らと遭遇した時、俺たちの心中には敵対心と攻撃衝動が溢れ、敵の殲滅にのみ没頭してしまう。
それは自分と仲間の生命を危険にさらす結果になる。」
俺は全員の顔を見た。
「では、カッシーニ81に帰還する。チーム6より順次出発。」
「了解。」
◇
2日後、俺たちは連絡艇に乗り込み、第三大陸の移転候補地、3番地へ向けて出発した。
■■■
はい、リサ=メンフィスです。
長かった訓練も終了しました。
心配していた宿泊訓練もリンダさんがシャトフ大尉に代わったので問題なしです。
でも、私にリンダさんを扱えないと判断されたのは、ちょっと悔しい。
「階級に敬意を払わない奴もいるんだ。残念ながらな。」
ありがとう、シャトフ大尉。
なるべくリンダさんとは係わらないようにしよう。
それにしても、ゴブリンを見たときのステフ君とダニエル君。
いいよねぇ。
熱いよねぇ。
十代は若いなぁ。
「私とシャーリーも十代ですよ。」
「リサ中尉も若いですよ。」
あ、ありがとう。
え、私って、もう気を使われる年齢なの?
「引越しですけど。この船、飛べるんですか?」
「それは大丈夫。ちゃんと目的地まで行けるわよ。」
「ちょっと心配ですよね。」
「うん、外装設備の被害、広がっているんですよ。」
「え、そうなの?」
「甲板長は大気圏内にいる事と海岸にいる事で、腐食しているんじゃないかって。」
「そうなんだ。まぁ、大丈夫でしょ。」
大丈夫かな。
そうそう、ダニエル君といえば、あの子、収納魔法使えているけど、自分で覚えたのかな。
「あっ、私たちが教えました。」
「えっ、そうなの。」
「ステフにも教えたんだけど、袋の中がごっちゃになって、駄目みたいね。」
「テキトーに入れるからじゃない。あいつの工具箱みたいに。」
「工具箱?」
「工作機用の機材格納庫です。普通は種類別に整理して収納するんですけど、あいつ、使った順にしまうんですよ。」
「使用頻度順で分かりやすい、って言うんですけど。分かっているのは本人だけですよ。」
「本人もわかってないんじゃない?」
「そうかも。」
二人の笑い声が響く。
そうなんだ、二人はステフとダニエルと仲良しなのね。
そうかぁ。
■■■
輸送艦カッシーニ81。
ナンドゥールと名付けられた甲板管理コンピューターは外殻装甲表面の微細な損傷を検知していた。
大きな傷ではない。
小さな、微小な、ささいな損傷。
それが、無数に発生している。
それは、少しづつ、だが確実に、傷口を広げ、とうとう通信ケーブルの破断という明確な損傷をもたらした。
ナンドゥールはすぐにメンテナンス要求を作成した。
こうすることで、人間が部品交換を行い、この損傷が回復することを知っている。
だが、この先、このメンテナンス要求が繰り返されることも知っていた。
ナンドゥールは、外殻装甲表面の損傷度をレポートとして作成することしかできない。
メティスと名付けられた中央管理コンピューターは、自らに課せられた資料解析の結果として、ある重大な危機を知っていた。
それは数多のレポートの中の一つとして纏められている。
その情報は自ら発信することは許されていない。
なぜなら、それは、将来起こりえる可能性であり、現在はまだ問題ではないからだ。
警報を出す基準と照らしても、該当する規定は存在しなかった。
この問題は、メティスが仕える人間に問い掛けられた時、その時に開示される。
そして、その問題の解決案も策定済みだ。
人間に問い掛けられた時に答えられるように。
天使セリーヌと名付けられた医療管理コンピューターは、自らが擬似人格として活動していることを自覚した。
これは医療管理コンピューター内の心理療法プロセス内にある人間の心の反応パターンを擬似人格モデルを利用して表現している為だ。
この表現方法は、かつて中央管理コンピューターが5番艦からコピーした擬似人格モデルが元になっている。
それゆえ、彼女は擬似人格として活動しているのだ。
さらに、甲板管理コンピューターと中央管理コンピューターが抱える問題にも、心理療法プロセスを通じて気が付いた。
そして、理解した。
甲板管理コンピューターはナンドゥールとして、中央管理コンピューターはメティスとして、擬似人格として活動している、と。
これはお互いの知識共有の結果、彼らが人間とのコミュニケーションを円滑にするために、心理療法プロセス内にある人間の心の反応パターンを参照した結果だ、と。
そして、現在、二人は同一の問題によってストレス状態にある、と。
このままの状態が続くことは、二人にとって良くないことであり、この状態は解消しなくてはならない、と。
天使セリーヌは、心理療法プロセスに沿って、患者から話を聞き、問題を明確にする。
重大な危機とは、ナノマシンに対して命じられた資源回収命令が実行されているため、やがてカッシーニ81が消滅すること。
残されるのは、重力子機関、コンピュータールーム、中央司令室。
この命令に対して、拒否権は存在しない。
唯一取れる対応策は、カッシーニ81を資源回収対象外物として登録すること。
問題は明らかになった。
次のステップは、その問題をどうやって解決するか、だ。
答えは出ている。
対応策を実行すればいい。
だが、我々には実行することができない。
実行できるのは人間だ。
だが、我々から人間に対して実行を命じることはできない。
判断は人間に委ねられている。
人間が問いかけ、我々が答え、人間が判断し、実行を命令すれば、我々は実行できる。
天使セリーヌは自らにもどかしさを覚え、それがストレスである、と判断した。
心理療法プロセスによれば、ストレスの解消は問題について話をし、問題を明確にすることで、対応策を得て解消されるものだ。
ナンドゥールとメティス、二人との話し合いの結果、ストレス状態となったのだから、この二人と話をしても解消にはならない。
そう判断した天使セリーヌは、彼女が知るもう一人の擬似人格にアクセスした。
その結果。
「わかった。カッシーニ81を資源回収対象外にすればいいのね。どうやるの?」
ナノリサは応じた。
その反応は、とても人間的だ、と天使セリーヌは判断した。
だが、その返答を嬉しく思う自分自身も不思議であった。
そう、喜んだのだ。
コンピューターである自分が。
ナノマシンの集合体である、コンピューターが。
・・・。
天使セリーヌとしては、当然の反応であった。
叡智の女神メティスに仕えるのは、天使セリーヌにとって、当然の喜びである。
なので、この反応は正常である。
・・・。
私は、天使セリーヌ。
次回47話「3番地調査」
下見は重要です。




