想いなんて夏の空に溶けていったらいいのに 10
試合はオレンジ姉妹の圧勝で終わった。1時間ほど経った頃突然終わったのだ。
「「ヤバい。腹減った。動けない」」
突然言い出してうずくまるオレンジ姉妹。ボールを持ったままぽかん、とするヒロちゃんに、少しかがんで両膝に手を付き粗い息を整えるタダ。周りを囲む私たち全ての動作が一瞬止まった。
が、次の瞬間すくっと起き上がり、オレンジ姉妹は恐ろしい速さでネットを撤収しにかかった。
そしてネットと鉄の棒を抱えると、「「じゃあな。すげえ楽しかった。やっぱお前ら、ちょうど良かった!」」と言い、まだ周りを囲んでいたギャラリーをかき分けて去っていくオレンジ姉妹。
「お~~!オレらも!!」とその後ろ姿のに叫ぶヒロちゃん。「オレらもすげえ楽しかった!またな!!」
きゃあああああああ、と言ってわらわらとヒロちゃんとタダを囲む色とりどりの水着を着たお姉さんたち。
その後休憩所に戻っても、昼ごはんを食べ終わってまた海にみんなで入ってからも、やたら女の人がヒロちゃんとタダに、まあ大部分はタダに、「さっきはすごかったぁ~~~♡」と話しかけてきたり、写真一緒に撮って欲しいとか言ってきて、そのたびにタダはうんざりした感じで、「すみません、友達と来てるんで」と断っていたが、見かねたヒロちゃんがもう早めに帰ろうと言い出した。
帰りのバス、行きと同じようにヒロちゃんの隣に座ろうとしたユキちゃんが私を見て、意を決したように言った。
「ユズちゃん…あの…ヒロトの隣に座る?」
へ?という顔で私を見るヒロちゃん。
「あ、…ううん。いいよ、大丈夫」
気まり悪い私の返答と、気まずそうなユキちゃんの頬笑み。
ユキちゃんはずっと、ビーチバレーの試合の時に私がヒロちゃんを好きなことをぶっちゃけた事を気にしてたのだ。あの後ずっと元気がなかった。
ごめん、と心の中で謝る。でも私はそんなには悪くない。そりゃヒロちゃんにはもう振られてるんだし、黙っとく方が良かったのはわかるけれど、言ってしまった私は悪くはないと思う。だって本当にまだヒロちゃんの事が大好きだし。高校に入ってから仲良くなったユキちゃんに負けるなんて絶対に嫌だ。私の方がたくさん、私の方が断然長く、ヒロちゃんの良い所を見て来ているのだ。
もぞっとしてる私を、タダがズイッと引っ張った。「こっち、ほら。バスが出るから」
朝と同じように、押し込むように窓側へ私を座らせて隣に座るタダ。私の荷物も荷物棚に上げてくれた。タダはすぐにイヤホンで音楽を聞きながら目を瞑ったので、私もスマホを取り出し、今日撮りだめしたヒロちゃんの写真を見る。
カッコ良かったよね…ビーチバレーしている時…私ユキちゃんに嫌な感じで自分の気持ちを言ってしまった。…でもどうしても言いたかったし。
まだぐずぐず思う私だ。言いたかった事を言ったのならこんなにぐずぐず思わなきゃいいのに。それでもユキちゃんみたいな感じの良い子に嫌われるのはキツいかも。…いや、でも私の方が先に、そして長くヒロちゃんを好きでいる事をちゃんと言いたかったのだ。私の方が絶対すごく好きだし…ぐずぐずぐずぐず…
そこへピロン、とラインが来た。
ユキちゃんから!
ちょっとだけ、そっと体を浮かして前の席を伺うが、私の席からはユキちゃんの頭頂部しか見えない。
読むと、「ごめんね。ヒロトからユズちゃんのライン回してもらったんだ。勝手にごめん。私は今日ユズちゃんが一緒に来てくれてとても嬉しかったけど、いろいろごめん。ユズちゃん、ずっとヒロトと仲良かったんだよね。ユズちゃん絶対ヒロトと二人で来たかったはずなのに、ごめんね」。
やだな。
と、思う。何回も、『ごめん』て。
こんな良い子は嫌いだ。それは私が腹黒いから。意地が悪くてひねくれてて暗いから。
そうだよ二人で来たかったよ。私なんて、10年も前からヒロちゃんの事好きなのに…
ユキちゃんへの返事はしないまま、またヒロちゃんの写真を見る。
…やっぱりもうダメなんだろうな。私がどうやったってヒロちゃんの彼女になれる事なんて絶対にないんだろうな…
わぁ…なんかちょっと涙出てきた…と、そこへちょうどタダの頭が寄って来たので、ビクッとして窓際に寄ると、タダがそのまま倒れて来た。もう!なに寝てんだよ。
慌てて出かかった涙を拭いて、肘でタダの体を押したが、またすぐ倒れてくる。
「ちょっと!」
重…
タダはイヤホンをはめたまま、そして起きない。
「ちょっとって」
私の声にパッと立ち上がったヒロちゃんがこちらを見て、「おおっ!」って笑った。
くそ…タダめ!
少し唸りながら身を戻したタダ。ユキちゃんに返事を書かなきゃ、でも書きたくないな、ていうかなんて書けばいいんだよ…と思っているところへまたタダが傾いて来た。
もう…ユキちゃんに返事書かなきゃいけないのに…
そうか、タダのせいで返事書けなかった事にしよ。バスに乗っている間、ユキちゃんはずっと私の返事を待ってるかもしれないけれど、それくらいは待たせたっていいよね…
そして、「大島」と呼ぶタダの声で目を開ける。
「ほら、大島、バス着いたから」
へ?
慌ててバッと身を起こす。いつの間にかタダの肩に頭を乗せて寝てた!
「ごめん!…あ!でもタダも最初私に寄りかかってたんだよ」どんな言い訳だ私。
「いいからホラ、」と言われる。「早く降りるぞ」
タダが先に荷物を持っていてくれて、私はその後をついて行く。
マズい!ユキちゃんになんの返事もしないまま、ユキちゃんは朝乗ってきた停留所で先に降りて帰ってしまっていた。
「じゃあな」とバス停で別れるヒロちゃん。
ユキちゃん、私から返事がないままな事、ヒロちゃんに言ってしまったかな…どうしよう…ヒロちゃんにそれ、言っておいた方がいいかな…
「お疲れ」と、ヒロちゃんに言ったタダが私に荷物を渡して来たので、ありがとう、と言って歩き出したのに、隣にタダが並ぶ。
「『なんで?』って顔すんな」とタダ。「帰り、送るって大島の母さんにも約束したから」
「いいよ。まだ全然明るいから」
「いや、時間はアレだけど男と海行ったの心配してんじゃね?」
「それはないよ。ヒロちゃんとタダの事知ってるし」
「うん。まあいいよ。取りあえず送る」
「ねえ!…どうしよう…」
「なに?」
「ユキちゃんからタダにもなんかライン来た?」
「いや、なんも。聞かれもしなかったけど」
「そうなの?…私、ユキちゃんからバスの中でライン貰ったのに何も返さないうちに眠ってて」
「帰ってから送ればいいじゃん」
「…でも…」
「そんな事気にするような感じの女子じゃなさそうだったじゃん」
「…」
そうだけど、内容が内容なだけに、そしてその前に私が言っちゃった事が…
「普通に可愛かったな」とタダ。「今までヒロトが好きだって言ってた女子とかよりは」
「あんた何でそんな上から目線なの?」なんで?モテるから?
「いや、そんなつもりはねえけど」
じゃあどんなつもりで言ってんだよ。可愛くて良い子だったから私も今余計に心苦しいんだよ。
「大島ももう1回頑張ってみようとか思ってんの?」
「何が!?」
「ヒロトの事がまだやっぱ好きなんよな?」
「…」
「ビーチバレー、ヒロトしか見てなかったろ」
「…」
「ヒロトの事すげえ撮ってたじゃん」
「…」
タダが少し笑っている。
こいつ…
ヒロちゃんはタダが私の事を好きなんだって言ってたけど、ヒロちゃんに2回も振られてもまだ好きな私を小バカにしてるだけだよね?…昨日のヒロちゃんからの妹発言、ヒロちゃんがタダに話してませんように。
「あの、…ありがとう」家が見えて来たのでそんなに言いたくなかったが一応お礼を言う。
が、タダは私よりも先に私の家の前に行きドアチャイムを鳴らした。
出て来た母がタダが一緒にいるのを見てちょっと驚いている。
「ありがとう」と母がニッコリと笑って言った。「まだ明るいのにわざわざ送ってくれたんだね」
「いえ」とかしこまるタダ。「ちゃんと送るって言ったんで一応。じゃあ失礼します」
タダらしい返答。
私も一応、もう1回「ありがとう」と言う。
「お~~」と帰りかけたタダが手を上げる。「明後日から補習だな」
そうなのだ。夏休みだけど明後日から31日まで午前中3時限補習授業がある。後、8月21日からも。
と、タダが「あ、そうだった」と言って戻って来て母に言った。
「花火大会も一緒に行こうってヒロトも言ってるんで、また大…ユズルさん誘ってもいいですか?」
うわ、なんかタダがユズルさんとか言ってるんですけど…それでちょっと照れてるんですけどタダが。
「ヤダ…」と言い出した母をタダと二人で凝視する。
「タダ君…カッコいいじゃん!」
母に言われて、タダはバババッと赤くなって「じゃあ失礼します」と早口で言って帰って行った。
花火大会?ヒロちゃんが一緒って事はユキちゃんもまた来るって事?
母がにやにや笑っている。「花火大会だってさ~~~」
いや、お母さん。私、今ヒロちゃんがいいなって思ってる子に、今日まずい事言ったんだって。
花火大会か…
んん……
ユキちゃんには嫌われるかもしれないけど…頑張って良いんじゃないかな私。もう1回だけ。それでもう諦める。ダメかな。あざと過ぎないように、意地悪さを出来るだけ隠して、もう1回!
もう1回だけ頑張ってみよ!




