第221話 一人じゃない
「リーラ嬢。私がいることを、忘れないでください」
ヴィオラが扉の枠に手をついて立っていた。息が切れている。
神官服は灰と埃で元の色が分からない。髪に硝子の破片がいくつか引っかかったまま、深紅の毛先が汗で頬に張りついている。
でも銀の目が燃えていた。
「ヴィオラ」
「一人で全部背負うのは、もうやめてください」
ヴィオラの髪が蒼銀に変わった。
「さ。やるよ、リーラちゃん。あのクソ爺ぶっ飛ばして、火山止めて、帰ろう」
笑った。唇の端が切れていて血が滲んだけれど、止められなかった。
「また出たの、そっち」
蒼銀の前髪の下で、銀の目が獰猛に光っている。
「こーゆー場面、あたしのが向いてるっしょ」
「やれやれ。女が二人とも壊れた」
ノクスが瓦礫の上から飛び降りて、肩に戻ってきた。子猫の体が軽すぎて、着地の衝撃もほとんどなかった。
「ノクス」
「ああ。やるか」
「やる」
構えた。
結界砲。
かつて組んだ術式。ヴェルガリオンの心臓を撃ち抜いた魔法を、根源語で編み直した。両手の間に白い光球が生まれ、空気が凝縮されて周囲の温度が下がった。
ヴィオラが横に並んだ。蒼銀の結界語が唇から紡がれ、光球の周囲に共鳴の環が浮かんだ。
二番目使徒の力が増幅器になっている。
結界砲の規模が、桁が、一つ上がった。
ノクスは何もしなかった。
ただ肩にいた。子猫の額が首筋に押しつけられて、小さな体温が伝わってきた。
「俺はここにいる」
それだけだった。
それだけで、詠唱が安定した。震えが止まった。
五千年前からずっと、たった一つの拠り所が、ここにいた。
結界砲が発射された。白い光が大聖堂の空間を切り裂いて直進した。
ヴィオラの増幅が乗った光は壁を蒸発させ、床の石畳を溶かし、崩れかけた天井を吹き飛ばした。教皇の根源魔法の残光が白い奔流に飲み込まれ、灰色の光が塗り潰されていく。
セレスティアスが手を翳した。間に合わなかった。
光がセレスティアスの全身を包み、壇上の奥の壁ごと砕いて大聖堂の外壁を突き破った。
聖都の広場まで、瓦礫と共に転がっていく体が、灰の向こうに消えた。
大聖堂の壁に大穴が空いた。そこから灰色の空が見えた。
火山の噴煙と、降り続ける灰と、赤い光。
「やったね、リーラちゃん」
ヴィオラが手を上げた。
蒼銀の髪が灰まみれで、神官服の肩が破れている。手のひらを合わせた。
乾いた音が廃墟に響いた。
「うん」
「やれやれ」
ノクスの尾が一度だけ揺れた。瓦礫の中から手が伸びた。
聖都の広場に散った石壁の破片を押しのけて、セレスティアスが立ち上がった。黒衣が裂け、額から血が流れ、右の袖が肘から消失している。
だが、立っていた。
額の血を拭いながら、笑っている。
「三位一体か。なるほど。連動している。猫と、お前たち二人」
灰色の瞳が三者の間を行き来して、構造を読み取った。
「繋がっているなら。断てばいい」
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