第19話 船上にて
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自由商業港コスカからロシマ連邦首都キアは海路で三日間の日数を要する。初めのうちは落ち着かなかったサンゴも、航海の後半となった今は落ち着いてノートの隣でおとなしくしている。
『上手なものだな』
サンゴはハーモニカを吹いている。このハーモニカは先のコスカの町でノートがサンゴに買い与えたものだ。ビーストテイマーは魔物の邪気をやわらげたり、はぐれた時に手元に呼び戻すために笛を使う。それっぽく見えるだろうと二人で楽器店に入り、サンゴが選んだのがハーモニカだった。
「セイレーンちゃんに習ったんです!」
サンゴはハーモニカから口を放し元気よく答えた。
『セイレーン…海の歌姫と伝わる幻獣か…』
「今のは海の平和を祈る曲です!」
「なるほど、航海にはうってつけの曲だな」
そう言ったのは貨物船の船長だった。あごひげを蓄え、健康的に日焼けをしているいかにも海の男と言った風情だ。
「こんにちは!船長さん」
「グヮー」
ノートは立ち上がって丁寧にお辞儀した。
「グヮー」
「ごめんなさい、うるさくありませんでしたか?」
ハーモニカの音がうるさく注意しに来たのかもしれないと思ったノートが、怒られる前にサンゴに牽制させた。
「いや、海の上は娯楽が少ない。船員連中も楽しんで聞いているよ」
ノートはその言葉を聞いて安心し、腰を下ろした。
「セイレーン、と言ったね。君はセイレーンを見たことがあるのかね?」
船長の興味の対象は先ほどサンゴが口にしたセイレーンのようだ。船乗りなら誰でも名を知っている幻獣だ。
「はい!お友達です!」
サンゴは即答した。ノートはやれやれという表情を浮かべた。
「おじさんは子どものころから、三十年ほど船に乗っているが、まだ見たことがないな。一度でも見てみたいものだが…」
グランディアナ王国近辺の海域でもセイレーンの目撃談は複数報告されている。
美しい歌声を持つ絶世の美女の姿をしていると噂され、航海の安全を司る幻獣であると伝わる。嵐の時、セイレーンの歌声で嵐が収まった、海の魔獣に襲われた船が助けられたなどという話もある。そのため、船乗りからは聖女のように崇められている。
「セイレーンちゃんに会いたいなら簡単ですよ!」
「簡単…かね?」
「ブランド物の香水を海に放り込めば一発です!」
「……」
『……』
船長とノートはものすごく渋い顔をした。
「ブランド物の香水、かね」
「はい!高いやつが好きみたいです!」
『すげえ俗っぽいな…海の聖女』
「嵐の時はブランド物のお財布を放り込むといいですよ!嵐の日は儲かるわーって言ってました!」
『それは船に乗っていた人の財布が波にさらわれただけじゃないのか…?』
「でもブランド物でもバッグだけは放り込んじゃ駄目ですよ!」
『……一応聞くけど、なんでだ?』
「モトカレを思い出すからって言ってました!」
聞かなきゃよかった、とノートは思った。
「はっはっは!さすがコスカの英雄だ。この年齢で冗談もうまいとは」
「冗談じゃないですよ~!」
「わかったわかった、今度嵐に遭遇したらブランド物の財布を海に放り込んでみることにしよう!」
後日、嵐に遭遇し転覆の危機に瀕したこの船長はブランド物の財布を海に投げ込んで九死に一生を得ることになるのだがそれは別の話。
「セイレーンちゃんから嵐を呼ぶ曲も習ってますから吹いてみましょうか?」
『それはやめてくれ…』
ノートとサンゴはまた二人きりになった。今度は二人ともぼーっと空を見上げている。
『幻獣と言えば、今他の幻獣は何をやっているんだ?』
「うーん…サンゴもよくわかりませんが、多分いつも通りです。ゴッツ様から指示が出されたのは今のところサンゴだけですから」
ゴッツ様はなぜこの子を選んだのだろう、とノートは思ったが、何かしら考えがあるのだろうと自分で結論付けた。ゴッツ様にお会いできればはっきりすることだ。
幻獣神の聖廟のある神都マクイは、ロシマ連邦首都キアの都からそう遠くない。
街道を行き、馬車では数日の距離だ。ロシマ連邦は四つの自治区からなる連合国家で、首都キアのある海沿いは肥沃な平野が広がり、北の山岳地帯では豊富な資源が算出されることから工業も発達している。
『海鳥の鳴き声だ』
ノートは、その声にそろそろ陸地が近いことの意味を含ませた。




