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リリの怒り

何を聞きたくて、あの閣下の側仕えの男性は自分にあれこれと聞いてきたのだろう。

たとえどんな意味があったとしても、自分が思い切りお姫様のあれこれに関わるわけもない、というのがリリの考えであった。

単なる雇われた踊り子が、お姫様のあれこれに口を出す理由などないのだし、あちらはこちらの事など大変無関心な状態なのである。

それはお姫様の心一つで待遇が変わる身の上の踊り子に対しての、お姫様の使用人達の態度からも明らかだ。

お姫様が重んじれば、待遇は重んじられるだろうし、そうでなかったらその程度の扱いになる。

それが単独で雇われた踊り子の運命である。

これを自分の力だけで切り開いてどうにかしよう、というのは極めて難しく、そもそもお姫様の踊り子として連れてこられたリリに、身分を証明したり自分だけで稼いだりするのに必要な手形などは持ち合わせがないのだ。

証明手形がない身の上は、極めて軽い扱いになるし、宿を取るのにも苦労するだろう。

それくらいの常識は知っていたので、リリはここから逃げ出すという選択肢はとれなかった。


「私にあれこれを聞いても、身になる事なんて何も返ってこないって事くらい、あの側仕えの男の人だってわかっていそうなのに」


やけに色々聞かれたのはどうしてだろう。……好奇心がくすぐられるくらい、リリのような立場の人間との接点がない人生だったのだろうか。

その可能性は極めて高いような気がした。閣下というとんでもなく高い身の上の男性の側仕えという立場は、ほいほいと踊り子の一晩を買うような気晴らしをしないだろう。

初めて出会った立場の人間に、あれこれ聞きたがるのはありふれた話のような気がしたので、リリはそれ以上の事を深く考えないと決めた。

無駄に色々考えるだけでお腹がすくし、もったいないくらいに時間をとられてばかりなので。

そう割り切ったリリを待っていたのは、一人部屋に戻った途端に、わらわらとお姫様の使用人が部屋に入ってきて、頬を叩かれたりするという扱いだった。


「この愚か者が!」


「よくもまあ、要らない事をあれこれと言ってくれたわね!」


「おかげで姫様にもこちらにも、どれだけの迷惑がかかったと思っているの!!」


ばちんばちんといきなり何度も頬を叩かれて、さすがに何か異常な事態を招いてしまったらしい、というのくらいは察しがついた。

だがはて、要らない事とは一体何を、自分が言ったとされたのだろう。

ただ、簡単に自分の過去を側仕えの人に話しただけなのだが。


「あんたが要らない事をあれこれと言ってくれたおかげで、閣下が三日にあげずに様子を見に来るとおっしゃってしまったのよ!」


閣下が奥方であるお姫様の様子を頻繁に見に来るというのの、どこに問題があるのだろう。

その問題の争点が全くわからないリリは、ただ、何度も叩かれて腫れ上がった頬を押さえて、黙っている事しかできなかったのであった。

しかし使用人達の怒りの声は止まらない。


「あんたは出しゃばった事をしないで、ただ、体を好きにさせていればよかったのよ! それがあんたの仕事で、ほかにあんたに用事なんて何一つないんだから!」


「踊りを気に入られたのではなかったんですか!!」


まさかそういった事だけを、踊り子に求めて連れてきたというのか。リリはさすがにあまりの考え違いと侮辱に、痛む頬の事も忘れて叫んでしまった。

リリは、娼婦さんではないのだ!

だが、お姫様の使用人達はそんな踊り子をせせら笑い、嘲笑う顔で言う。


「そうよ! あんた程度の踊りなんて、だーれも求めていないわ! もっと素晴らしい踊りを、この国の劇場でいくらでも見られるんだからね!」


「私は踊りをお姫様が気に入ったと聞いて、ここに来たんですよ!?」


体のみが目的なら、団長だって断ったはずだ。専門分野が違うのだし、すみ分けというものもあるし、そういう扱いは旅の踊り子でもかなりの侮辱になる。


「あーら、そんなあり得ない夢物語を信じちゃって、おとなしくついてきちゃったの? おめでたい頭ね!」


「本当に。踊り子の踊りが褒められた、と大喜びして見送った、あんたの所の団長と同じくらいに馬鹿でおめでたい頭ね!」


使用人達がそう言って醜悪な顔で笑うのがあんまりすぎて、リリは言葉を失った。


「あんたなんて、国一番の金の髪の毛と褒め称えられるお姫様と、同じくらいの金色の頭をしていなければ、ただの醜い不細工な下賤な、体を売る以外に役に立たない女よ!」


「同じ女とくくられるだけで、本当に腹立たしい不愉快なモノですよ!」


「これ以上、余計な接触をされても困りますので、あなたはここでもう、おとなしくしていらっしゃいな」


侮辱の数々に、リリの思考が停止している間に、お姫様の使用人達は高らかに笑って、そしてこちらを十分に痛めつけ、支配できるようになったと気分がよくなったのか、全員一人部屋から去って行った。

がちゃん、と外から扉に鍵をかけて。


「……一体……私には何が求められて……何がどうなって……え……?」


一人取り残されたリリは、頬を押さえて、これはしばらく腫れるなと経験から判断した。

だが、言われた事が自分の知っている情報と大違いであったため、なんとか状況を整理するために、そこに座り込み、指を折って情報を数えて考え始めたのだった。





「団長は私が踊りを気に入られたから、私がこっちに来ると喜んだ。……私もそう思っていた。でも実際は……体を使うために、ただ金髪という事だけで連れてこられた」


その理由は何だ。

金髪だから連れてこられた。つまり金髪じゃなければ、リリなど目にもとまらなかったという事実だろう。

踊りが目を引いたとかではないと、使用人の女性達は言っていた。それの方が多分真実だ。

だが、それが団長とかに知られると不利な状況になるために、踊りを気に入って引き抜いたという事にした。

それは何を意味する。


「……金髪じゃなければだめ。……金髪が好みの誰かに献上するため? いや、それなら閣下の側仕え程度の人に、お姫様の使用人が私を差し出すわけがない。お姫様の方が遙かに立場が上のはず」


リリは知っている事と、可能性を一個ずつ拾っていく。


「金髪に対する異常なこだわり……そのこだわりが意味するのは? ……だめだ、手持ちの情報が少なすぎて思いつかない……」


もっと情報が欲しかったけれども、お姫様の使用人達はリリと接点を持たないようにしていたし、嫌っていたから、話すなんて事をしてこなかった。

そのため、リリの手持ちの情報は決定的に少なくて、あー、と彼女は声にならないうめき声を上げた後に、……視線が床の隠し部屋に続く場所に向いた。


「頭痛くなってきた。……もうふて寝してやる」


隠し部屋に入っちゃいけないなんて言われてない。ここのモノは好き勝手使えと言われたんだから、隠し部屋だってその範疇だ。

リリはそう開き直る事を決めて、隠し部屋に続く穴を通り、素敵な寝台のある隠し部屋には入り、そこの布団に潜り込んで、目を閉じた。

部屋に戻ってきた途端に頬を張られて体を揺さぶられて、罵倒されたので、ご飯にもありついていないけれども、精神的に疲れ果てたので、休みたくなったというのもあったのであった。

それに、眠ればお腹がすいている事をちょっとはごまかせる、というのもあったのであった。





「目が覚めてもお腹がすいた。……戦記物だったら、こういう隠し部屋に、脱出用の経路があるって事になるんだけれども」


頭を十分に休めたリリは、布団から起き上がり、お腹が余計にすいたような気がしつつ、一体どういう仕組みなのか、起きると明かりがつく隠し部屋の、あちこちを物色しながら大きな独り言を漏らした。

上から何か、リリがいない事で騒ぐ気配がない。つまり誰も様子見にも来ないというわけで、多分罰だとかで食事抜きという考えなのだろう。

食事抜きの罰は、どこの世界でも意外と転がっている方法で、保存食をつまみ食いした人を、怒るために団長が、一食だけ食事抜きにする事はあった。

ちなみにリリは、集合時間を忘れて、姿の映る湖のそばで踊りの練習をし続けて、団長に心配されまくって、食事抜きになった事が片手で足りないほどある。


「これだから踊りばっかりで! 飯を食う時間を忘れるな!!」


とは団長のお言葉で、リリの分まで余計に食べられると喜んだのは、体力勝負の男の人達だった。

彼らはにやっと笑って


「たまには俺達のために、食事抜きになってくれよリリちゃん」


「次のご飯の時は大盛りにしてやるから!」


という謎の取引をした事も数回ある。彼らはお給料前にそういうお願いをしてきて、リリは次のご飯が大盛りになるならと、踊りだけに集中したい時はその罰を利用したりしていた。

なかなか変な友情が、彼らと結ばれていたのは確実である。

実際に彼らは、ご飯抜き明けのリリのご飯を、大盛りにしてくれたし、こそこそととっておきの甘い物をちょっと分けてくれたりした。

そのため、食事を抜くつらさは理解しているが、一食や二食抜くくらいだったら、リリには耐性がついていた。

普段ここでも、食いだめをする勢いで食べているので、一日食事抜きでも、気絶をしないというのがリリの今の状態だった。


「抜け穴ー、抜け穴ー。踊りが気に入られてたなら、それだけで色々妥協したのに。踊り子は本職の水商売の女の人とちょっと違うんだ! そっちだけを求めるなら、玄人求めろよ!」


ぶつぶつと言っていたリリは、がん、とタンスの角にいらだちのあまりつま先を思い切りぶつけ、しばしうめいた。


「うがあああああああ!」


つま先をぶつけるあれは大変に痛い。それ故リリも悶絶し……その時だった。


「……これちょっと回った?」


彼女は、そのタンスが微妙に壁の方に回ったという事に気がついたのである。

そのため、それ以上タンスが回転しないか調べたが、びくともしない。こう言うのは、旅の吟遊詩人達の歌の中では、回転用の取っ手があったりするのだ。

あるかもしれない。戦記物も役に立たないわけじゃなさそうだ。

リリはさらに周囲を調べまくり、タンスの置かれた部分に円形の筋があり、そこに固定のための小さな出っ張りがある事にも気がついた。


「……やるか、やらないか。……踊りを求められてるわけじゃないなら、やったっていい!」


体を売るだけを求められているのは業腹だし、リリにもちんけだが踊り子としての矜持がある。踊りではなく体だけを求めて、ただのお人形のように使われるなんて、この待遇でやれと言われたってごめんである。

お人形にしたいなら、もっとそれに利点があるような待遇にしろ。

と心の中で突っ込んだリリは、その出っ張りを外し、ゆっくりとタンスを回した。

タンスのある床はするりと動きだし、壁の一部に穴のような通路が現れ、リリは大きく息を吸い込んでから、その通路を進み出したのであった。

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