表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/23

リリとお茶会

「気づかなくって申し訳なかったなあ」


リリはいつの間にか部屋に用意されていたお茶の支度を見て、呟いた。

柔軟体操からの基本の踊りの型をさらうという、準備運動を熱心に彼女が行っている間に、もうお茶の用意を持ってきてくれる時間になっていて、支度をした人達は、おそらく彼女が踊りのあれこれに没頭しているからこそ、何も言わないで去って行ったのだろう。

もしかしたら、何度も声をかけていたかもしれない。

だが、残念な性分をしているリリは、練習中に何かを話しかけられたり、準備運動を行っている間に声をかけられても、まともに返事が出来た試しがないのだ。

これをどうにか出来た人間は、五本の指で数えられる程度しかおらず、その誰もがそうとうに強引な手段を使用して、リリの動きを止めていたのである。

そう考えると、きっと普通に声をかけてもかけても、自分は返事もしないで踊っているいやなやつに見えただろうな、とリリは反省した。

だがしかし、一体どうやったら踊りを止めて人の声が聞こえるようになるのか、というのはリリの方も本気で知りたい中身であった。


「持ってきてくれてから、そんなに時間が経過してないみたい。……時計は」


リリはお茶の入ったポットを持ち上げて、それの重さや温かさから、用意をしてくれた人達がそんなに前に来たわけでないという事に気づき、それからやっと時計を見た。

ネジ巻き式の高級時計は、リリにとってはとんでもない高価な物であるが、一応それの読み方は習ったので、知っていた。


「……四時と五分。たった今来ていたみたいだ。……ちょうどいいところが、四時とかだったらよかったのに」


リリはそうすれば、ここでお茶の用意をしてくれた人達とおしゃべりの一つでもできたし、挨拶だってきちんと出来たのに、と少し後悔した。

ジョージに、彼らと挨拶がしたいと言えば案内してくれるだろうか。リリはこの本宅の使用人達の空間の位置を知らないので、誰かに頼まなければそこにたどり着けない。いらぬ迷子は遠慮したかった。

そんな事を思って、お茶をカップに入れようとしたその時だった。


「だから本当に!」


「私達見たんだから!」


「黄金色の髪の毛で、澄み渡った緑の瞳で! 間違いなくお話通りの奥様よ!!」


「でも奥様が、踊りの練習をするなんておかしくない?」


「舞踊は隣の国の基礎教養だって聞いた事があるわよ!! きっとあのすごい踊りが、隣の国の子女が習う舞踊なのよ!!」


という大騒ぎの声が扉の向こうからいくつも響いて、そして一人の誰かが


「静かに! ご主人様の前でまで、こんな大声で騒ぎ立てたら皆でクビよ! 奥様だって不愉快なお気持ちになるわ! 整列!」


というどこかしっかりしている声が響き、その騒ぎは収まった。それから扉が丁寧に叩かれて、


「失礼いたします。入ってもよろしいでしょうか?」


という、騒ぎを止めたしっかりした女性の声がまた聞こえて、リリは返事をした。


「どうぞ」


「失礼いたします。どうしても奥様にお目通りしたいと言う女性の使用人達を、連れてきました」


「オクサマ」


何か聞き間違いじゃないのかな、とリリは真剣に考えてから、その言葉を咀嚼して、それから緊張したように、しかし期待に満ちた瞳をこちらに向けてきている使用人達を前にして、あ、これは誤解を解かなければ、と頭が回転した。


「あの、私はオクサマではありません。本日よりバラ様に雇われる事となった踊り子で、皆さんと同じ使用人の立場なんです」


「うぇ?」


変な声を出したのは、そこにいた女性の使用人全員だった。皆してリリを見て、何を言い出しているんだろうと言いたげな視線で、じっとこちらを見て、それから一人が挙手した後に問いかけてきた。


「えっと、それではあなたは、ご主人様の巫女様なのですか」


「ミコサマ」


また聞き慣れない単語が出てきたぞ、とリリは心の中で思ってから、それの意味を聞く事に決めた。


「……私は踊り子として雇うと聞かされた以上の事を、知らないのですが、あの、何故皆さんは私を、奥様だったり、巫女様だったりと考えるんでしょうか。あ、申し遅れましたが、私の名前はリリと言います」


「何にも知らないんだ……」


「何も聞かされていないんだ……」


「ご主人様がこういった事を教えないのかしら」


女性の使用人達は顔を見合わせてひそひそした後に、一人が代表として話し始めようとした。

そこでリリは彼女たちの人数を目だけで数えて、そうだ、これこそお茶の時間に聞くべき話題かもしれないと思いつき、彼女達に椅子を勧めてこう言った。


「皆さん、あの、長い話になりそうなので、皆でお茶を飲みながら話しませんか」


「よろしいのですか?」


「お茶も冷めてしまいますし。こんなに大きなポットのお茶を飲みきる自信も、このおいしそうな軽食をお夕飯の前に全部食べて、お夕飯が入る自信もないですから」


リリが皆で食べて飲んでお話ししよう、と誘ったとはっきりわかったらしい彼女達は、笑顔になって頷き、卓を囲んでのこの本宅という場所での説明が始まったのだった。




「ご主人様は、この国の神依のお一人なんです」


「本来ならば、降りていらっしゃる神様の巫女様が、本宅にいらっしゃって、神様のご機嫌を取ったり、神様と神依が問題なく生活するように努めるんです」


「しかし、ご主人様の神様が大変に気難しくて、巫女様を次々とクビにしてしまって」


「もう三年も、ご主人様は巫女様のいらっしゃらない生活を送っているんです」


バラの事でまた新たな情報が入ってきたな、とリリはお茶を飲みながら、彼女達の言葉を聞きながら思った。

使用人の女性達は親切にあれこれと教えてくれる。それは新参者のリリに、教えた方がいい情報だと思っているに違いなかった。


「そのため、新たな巫女様はどのようなお方がよいかと神託で聞いてみたところ」


「隣の国にいる、稲穂の髪の毛に常磐の瞳の女性だと言う答えが返ってきまして」


「ちょうど隣の国一番の美少女だと名高い、国王の第三妃の一人娘のリリービアンカ様が、そのお方に間違いなしという事で、こちらの国の陛下が、停戦の条件としてリリービアンカ様をご主人様に嫁がせるようにといい、条件を隣の国が飲んだ形になってます」


「ですが、あなたはリリさんで、違うんですよね?」


確認されたリリは真顔で頷いた。

頷きながら思ったのは、つまりバラが、ロビの教えてくれた大将軍閣下なのだな、という事でもあった。

リリをこの地に連れてきたお姫様の、旦那様である。

なるほど、お姫様とお夕飯を食べる予定があって当たり前だ。


「違います。私はただの踊り子のリリですから。確かに色味は金髪で緑の目ではありますけど、リリービアンカ様って、国一番の美少女で、花が恥ずかしがって枯れちゃうほどの美少女で、微笑むと星が衝撃を受けて落っこちる位の美少女だって聞いてますよ」


「……リリさん自分の顔面に対しての自覚、なかったりします? 嫌みにしか聞こえない」


「は?」


リリは妙な事を言われたために、問い返した。美少女だと言った事を嫌みと言われるとは何事だろうか。


「……まさか、リリさん、あなたその人生で一回も、かわいいとかきれいとか美少女だとか言われた経験がなかったりしますか」


使用人達がこちらの反応を見て、まさかという調子で聞いてくるが、リリはこれにもきちんと頷いてから返事をした。


「はい、ありません。……だって団には、私よりもきれいな女の子は山ほどいて、美女といわれる歌姫もいて……私なんて路傍の石ころでしたよ?」


「いやいやいや」


「まってまってまって」


使用人達がそうぶつぶつ言った後に、こちらも真剣にこう言った。


「リリさん、あなたは噂のお姫様だと言われても納得できるくらいに、美しい人ですよ」


「うそだあ」


リリは今まで地味だの目立たないだの平凡顔だのと言われ続けてきた人生である。

それをいきなり、すごい美女だと言われても、全然納得できなかったのだった。

しかし。


「神様が気に入っちゃって、ご主人様に巫女にしろって命じたとしても納得しちゃう位の美人ですあなた」


「踊り子としてって所がもう、巫女としてと同義語」


とも言われたので、これが気になり、自分が美人だと言う話は脇に置いて、リリは聞き返した。


「巫女と踊り子が同義語? 違いませんか、それ」


「違わないんですよ」


「この国で、神様の巫女というのは、処女だろうが既婚者だろうが、踊りを捧げて神様を楽しませたり、慰めたり、怒りをなだめたりする役を担ってるんです」


「とっても重要な立場なんですよ。でもご主人様に降りていらっしゃる神様は、大変に気難しくって、二ヶ月も持った巫女様がいらっしゃらないくらいで」


「だから、ご主人様の体に、神様が不機嫌だという印の、青い光の文様が浮かんでいる時は、誰もおいそれと近づかないっていう、暗黙の了解が出来ちゃうくらいなんです」


「えっ、バラ様の体のぴかぴかは、神様のご機嫌が見える形で現れていたって事なんですか!?」


あんまりにもわかりやすい現れかたに、リリは突っ込み、それから、納得した。

自分の見た目の状態がよくわかっていたからこそ、バラは、自分の体が光っているというのに、べらべら喋るリリを面白い生き物扱いしたに違いない。


「なんだかいろんな事がわかっちゃった感じがします……」


「え、退職します?」


「いいや、しませんよ。でも、……うーん、神様のために踊るって、ものすごい大役ですね、ますます気合いを入れて最高の仕上がりを決めなければ」


リリがもっと気合いを入れて準備を続けて、バラが踊りを所望した時に、不愉快にならないものに仕上げなければ、拳を握ると、使用人達は顔を見合わせた後にこう言った。


「これくらいの踊りの玄人じゃないと、もしかしたら神様の巫女様としてやっていけなかったのかもしれませんね」


「今までの巫女様って、踊りを義務でやってた感じあったらしいですしね」


「踊りよりも贅沢を優先してる巫女様も多いって聞きますしね」


「皆さん、色々言ってますけど、たくさんの事を教えてくれてありがとうございます。一層練習に励んで、バラ様の神様にも、バラ様にも気に入られるくらいに、立派に踊り子を務めますね」


「ありがとうございます。リリさんのお力になれて、こちらもリリさんの事を知れてよかったです」


こうして女性の使用人達とリリのお茶会は和やかに進み、もしも空いた時間があって都合が合えば、リリの踊りを見たいという彼女達にも、一曲踊る約束をして終わったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ