チケット10枚目 妖怪タカセさん女
先週は隣の◇◇県のコンサートを電話でゲットした。
今夜は自県のコンサートのために商店街に段ボールをひき、同好の士とお菓子をつまみながら談笑をしている。
「◇◇県のライブは行く予定?」
「先週電話予約で取ったよ」
「もちろん。毎回行ってますよー」
「◇◇県文化会館さあ、タカセさん女出るからちょっと最近行きたくないんだよね」
「ああ、出るね……」
「もう四回連続ぐらい出てるね」
「あれが出ると気分が落ちるんだよねえ。せっかく遠征までしてるのに」
タカセさん女。
それは、隣県に出る妖怪の名前である。
☆☆☆
コンサートの本番が終わったら、だいたいアンコールがあって追加で何曲か歌う。
アンコールの最後のほうに大抵いい感じのバラードがあって、ファンは彼らとの別れの予感を感じながらしっとりと時に涙を流しながらそれを聞くのだが、妖怪はそこを狙って現れるのだ。
「タカセさんタカセさんキャーーーー!」
メンバーの一人、タカセさんの熱狂的ファンだかなんだか知らないけど、本当にいい感じの、バラードのサビのサビの、観客がシーンとなっている最高潮のタイミングを狙って叫ぶ。観客である私たちも気分が悪くなるが、当のメンバーたちのほうがよっぽどムカっぱらが立っているだろう。
「私◇◇県ファンクラブの上層に友達いるんだけど、いつ◇◇県がツアースケジュールから外されてしまうかと戦々恐々としてる」
「ああ……わかる」
「だからファンクラブ総力を上げてタカセさん女を捕まえようとライブ終わった瞬間声が聞こえたほうの席に走るらしいんだけど、いつも見つからないままなんだってさ」
「いつも後ろのほうだしね」
妖怪はいつも一階席の後ろのほうにいる。
すぐに逃げれるようにしているのか、最高の、いや最悪のタイミングを熟知しているわりにはチケット取りは適当なのか、いつも電話予約の私よりも後ろのほうから叫び声が聞こえる。
その県のファンクラブの人たちは前のほうにいる。妖怪のためだけにいちばん後ろを取る勇者はいない。
近県のファンクラブの人たち(私のようなの含む)は中間くらいか二階席三階席にいる。『あの人が叫びました!』と告げる協力者もいない。
ゆえに妖怪は野放しにされていた。
☆☆☆
今日は◇◇県文化会館のコンサートの日だ。
たくさんのファンが会場の周りを埋め尽くしている。
きっと、この中に、妖怪もいる。
案の定アンコールでのバラードでヤツは現れた。
しかしいつもと違うのは場所。
私は一階席の中間、十八列目左にいたのだが、叫び声は同じくらいの列の右から聞こえたのだ。
へー、ちょっと前が取れたんだ。
ムカつくなぁ。
☆☆☆
半年後、◇◇県は無事ツアーから外されることはなく、また彼らは来て、私たちも行った。
しかし妖怪はなぜか出なかった。
その次のツアーも発表され、チケット取り民たちはまたチケット取りに興じていた。
「◇◇県のライブは行く予定?」
「先週電話予約で取ったよ」
「もちろん。毎回行ってますよー」
「そういえば前回、タカセさん女出なかったね」
「ああ、あれね……」
話し出したのは、◇◇県ファンクラブに友達がいると言っていたお姉さんだ。
「前回の前回かな? 珍しくちょっと前の席で叫んだのよあれ。でとうとう『あの人が叫びました!』みたいな目撃情報がファンクラブ上層の人たちに伝わって、コンサート後すぐに確保して然るべき措置をしたらしい」
「然るべき措置」
「然るべき措置」
「どんな…………」
「うん、聞いてない」
その後、妖怪は二度と現れなかった。
然るべき措置、気になる。
<然るべき措置とは?問題>
時効……いやフィクションなんだから追求してはいけない。




