58話 3章 ~捜査編~
猿島サスケ。
ビリヤード台にもたれ掛かるように倒れていた、彼の目は閉じられており、一見穏やかにも見えた。
だが首から下は血に塗れており、その腹部には包丁が刺さっていた。
既にその命がないのは、誰が見ても明白だった。
サスケくんが死んだ。
そう認識した瞬間、僕の頭の中に浮かんできたのは昨日の花火の出来事だった。
楽しそうに笑う彼の姿。
しかし目の前の彼は、二度とその笑顔を見せることはない。
『ピーンポーンパーンポーン』
部屋の中に響いたチャイムが、僕を思い出から引き戻す。
『死体が発見されました。場所は娯楽室です。その為、全員、娯楽室に集合してください』
「ちょっと待って」
僕は思わず声を出してしまった。
するとクウギョがどこからか現れ、僕の目の前までやってくる。
「何でしょうか、猫泉コータ様」
「全員集合って言ってたけど、ちょっと止めた方がいいんじゃないかな」
「何故です?」
「それは・・・・・・」
口を噤んでしまう。
僕がそう言ってしまった理由は明白だ。
サスケくんの死体を、ヒナタくんに見せてはいけないと思ったからだ。
ツバメくんに続きサスケくんが死んだ、しかもこんなに無惨に殺されたと知ったら、彼の精神状態がどうなるか計り知れない。
だが、それを言っていいものかどうか、口にする直前で迷ってしまった。
結果的に、その葛藤は無意味だった。
「サスケ・・・・・・さん・・・・・・?」
その声は上の方から降ってきた。
気がつけば、ヒナタくんが乗り越えるためにビリヤード台の上に乗っていた。
真上から、彼の姿を捉えたのだ。
「っ・・・・・・!」
ヒナタくんの目に涙が溜まる。
それを堪えるように俯いた後、彼は娯楽室から出て行った。
ビリヤード台があって、後を追うことが出来なかった。
いや、それだけではない。
声を掛けることも出来なかった。
なんて言葉を掛けるべきか、咄嗟に思い当たらなかったから。
なんとも言えない気分になった所で、続々と娯楽室に入ってくる。
彼らが集まったところで、クウギョが声を発する。
「犬飼ヒナタ様以外は集まったようですね。まあいいでしょう。
ではいつものようにお伝えしますね」
こほんと1つ咳払いをして、告げる。
「猿島サスケ様が死体となって発見されました。これより1時間後に『円卓』にて会議を行います。それまでの時間、皆様は猿島様を死に至らしめた犯人についての手掛かりを見つけるなど、捜査を行ってください。以上になります」
いつもの台詞を受けた僕達は、それぞれ捜査へと向かった。
◆
いつものようにみんな散会していく中、僕は前回、前々回と同じように死体発見現場から捜査を始めることとした。
サスケくんの遺体の検分はジンくんに任せて、娯楽室内を調査する。
とはいえ、血の臭いが充満していて辛い気持ちはある。扉を開放して空気が入れ替わりがあっただろうけれど、それでもまだ残り続けている。
「・・・・・・この場にヒナタくんがいなくてある意味よかったよね・・・・・・」
思わず呟きを零す。
被害者がサスケくんだったこともそうだけれど、臭いの面でもこの場には居られないだろう。
ここまで臭いが籠もるということは、この部屋はあまり換気がよくないのだろう。
窓もないし、換気扇もないし、当然と言えば当然かもしれない。
――このことは覚えておこう。
それと周囲を探っていると足下に落ちていたあるものが気になった。
それは、血まみれのビリヤードのキューだった。
しかも、ゴム状の先端が外され、鋭い切っ先が剥き出しになっていた。
意図的に外さないとこうはならないはずだ。
これも覚えておこう。
更に気になるのは、そのキューを握る部分が全て血で塗れていたことだ。
頭から先っぽまで真っ赤。
まるで血の海の中で転がしたかのように――
(・・・・・・こんな風になるのかな・・・・・・)
疑問に思いつつ、僕は他の所に目を向ける。
他にあったもので目を引いたのは、くしゃくしゃになって床に落ちていた大きな黒い布だった。
大きさから、これは恐らく、ビリヤード台にほこりが積もらないようにするテーブルカバーだろう。
ただ、これがビリヤード台に掛かっていた記憶はない。
(多分、サイくんが外して適当なところに置いていたんだろうな。気にもとめていなかった)
その布が死体の近くに落ちていたことが気になったので手に取る。
すると気がついた点が2つあった。
1つはそのカバーの裏側には血が付いていたことだ。
黒いから気がつきにくかったが、目を凝らしてみると染みた様子があった。
ただ、大量ではないことが気になった。血だまりの中に置かれていたわけではないのである意味それは正しいかもしれないが、しかしならば何故付いたのだろうか。
そしてもう1つは、その布に中央部に裂かれた跡があったということだ。
しかも微妙に丸い形になっているように見える。
――これらも覚えておこう。
その他にないかと辺りを見回した時に気がついたのは、ビリヤード台の付近の床だった。
血まみれになっているが、その血だまりとは少し離れた所に、テーブルの脚に続くように何やら移動したような跡があった。
(これは・・・・・・ビリヤード台を動かした時に付いた跡かな?)
サスケくんの死体は既にジンくんによって広い場所に移動されていたので、試しにビリヤード台を両手で持ち上げて、入り口から遠ざかる方向に動かしてみようとした。
少々力はいるが、引きずるような形で移動できた。
逆に体重を掛けて押してみると、今度は先程よりは簡単にビリヤード台は動いた。
どうやら押す方向であれば、誰でも1人でも動かせるのは間違いないだろう。
となると、やはり扉が開かなかったのは、ビリヤード台に加えて、サスケくんの全体重がのし掛かっていたからだろう。
まるでビリヤード台に力を加えて、扉を開けないようにするために――
「・・・・・・そういえば、ビリヤード台って最初はどこにあったっけ?」
「扉の付近だ、猫泉コータ」
ジンくんから返答が飛んできた。
「あ、声に出しちゃってたのか。教えてくれてありがとう」
「ついこの間にビリヤードはやったからな。君もいただろう」
「そうだったね」
あの時はこんな地獄のような光景になるとは思わなかったけれど。
「そういえばジンくん、遺体の状況から何か分かった?」
「まだ調査中だな。少々時間が掛かる」
「そっか。じゃあまた後で聞きに来るね」
他に調べるところはなさそうだと判断した僕は、ビリヤード台を引っ張って入り口までの通路を作って、他の所へと向かった。
◆
次に向かったのは電気室だった。
昨日、いつもと変化点があるとすれば停電が起こったことだ。
何か事件と関係があるに違いないと思ったので向かうと、そこにはナギサくんがいた。
「ナギサくん、何かおかしいところはあった?」
「あ、コータクン」
しかしナギサくんは首を横に振る。
「それが何もないんだ」
「何もない?」
「そう、あの停電だけど、何らかの仕掛けとか使って起こしたのかな、と思ったんだけど、どうやらそういうものは何もないみたいだった」
「つまり、停電は誰かの手で自らブレーカーを落としたってこと?」
「もしくは大量に電気を使って落とした、とも考えられるけど、そんなに落とすほどの大量の電気を使うものなんて、この建物内にはないと思うんだよね。ブレーカー容量を見てもそう易々と落ちはしないよ」
「そっか。じゃあ誰かがブレーカーを自分の手で落とした、って考えた方がいいんだね」
顎に手を当てて頷いた時だった。
僕は目の端にあるものを捉えた。
「ナギサくん、これ」
僕はブレーカーから少し離れた所にある床を指さす。
そこには赤黒い染みがあった。
「こんなの前にあった?」
「いや、ない。もしかして、これって・・・・・・」
「うん。多分、血じゃないかな」
電気室に少量だけど血が落ちていた。
これも何かの手掛かりになるかもしれない。
と、ふと思いついたことがあったので訊ねてみる。
「ねえ、ナギサくん。指紋キットを見つけていたから聞くんだけど、血液が誰のモノか採取するキットとかあるの?」
「え? うーん・・・・・・おれが探した中には見た覚えはないな」
「そっか。あったら誰の血液なのか分かったのかもしれないのにね」
「そうだね。これが犯人のモノかもしれないね。・・・・・・よし。ちょっと倉庫行って調べてくるよ」
そういってナギサくんは電気室を退室していった。
その後、しばらく電気室を探して回ったが、これといった何かが見つからなかったので、僕も別の場所へと向かった。
◆
次に向かったのは体育館だ。
昨日の変化点の1つは、ここでチハヤくんが襲われたことだ。
電気室側からの扉を開けると、そこにいたのは、ヒナタくんだった。
「あ・・・・・・」
彼は僕の方に視線を向けると、悲しそうに目を伏せた。
「ヒナタくん・・・・・・その・・・・・・」
「・・・・・・いいんです。すみません、現場から逃げ出したりして」
ヒナタくんは静かに首を振る。
「あいつとはケンカばっかりしていましたし、昨日も、ああやって、色々言っていたのに・・・・・・もう、いないんですね」
「ヒナタくん・・・・・・」
彼の目には涙が溜まっていた。
「・・・・・・ヒナタくん、絶対に見つけよう。サスケくんを殺した犯人を」
「コータさん・・・・・・」
彼は袖口で目を拭うと、パン、と自分の頬を叩く。
「そうですね。あいつだってこういうのは望んでいないはずですよね。ならば現実を見て、きちんとしないと、ですね」
「そうだよ。サスケくんを殺した犯人を神なんかにさせるわけにいかないからね!」
どうやら立ち直ってくれたようだ。
今はそれが感覚が麻痺している中での出来事だったとしても。
前に進むしかないんだ。
「・・・・・・そういえば、昨日ここでチハヤさんが刺されたんでしたよね?」
「そうだよ。ほら、ここに赤黒い血の跡もある」
床を指さす。娯楽室ほどではないにしろ、多少の血の跡は残っていた。
「こんな真ん中の場所にしかないということは、チハヤさんが刺されたのはここなんですかね」
「そうだね。・・・・・・あれ、でもおかしいよね」
言われてみて気がついた。
「チハヤくんがこんなど真ん中で刺されるなんて、しかも犯人の姿見ていないらしいし・・・・・・」
「それはきっと停電の最中だったからじゃないですか?」
「あ、そういえばそう言ってたね」
「だったら気がつかないのも無理ないですよ」
「・・・・・・いや、ちょっと待って」
僕は違和感を覚える。
「チハヤくんが気がつかないのに、どうして犯人は停電中にチハヤくんの位置が分かったんだ?」
「あ、確かにそうですね」
ヒナタくんが顎に手を当てる。
「停電をさせた後にここに来たのならば、今のコータさんみたいにこちらから入ってくるでしょうが、こんな真ん中の位置にいるチハヤさんをピンポイントで狙って襲撃することなんて不可能ですよ」
「それこそ暗視スコープとかないとね・・・・・・そんなものあるのかなあ」
「ちょっと探してみますよ。自分、倉庫行ってきますね」
「あ、うん、お願い」
チハヤくんは反対側の扉から体育館を出て行った。
残った僕は体育館内を調べてみたが、特に捜査に役立つモノが何もなかったので、体育館を出て行った。
◆
次に倉庫に向かおうとも思ったが、既にナギサくんとヒナタくんが行ったと考えると他の部屋に行った方がいいなと思ったので地下を出て上階に向かう。
娯楽室はどうせもう一度行くので、先に他の部屋を見ておこうと食堂に入る。
そこにはチハヤくんとマシロくんがいた。
「あ、コータさん」
「なんかいい情報はあったか?」
「ああ、うん。色々とあったよ」
僕は今までの情報を2人に伝える。
「あー、確かにそうだよな」
体育館の件を伝えると、チハヤくんは首を傾げた。
「暗い中でじっと耳を澄ましていたわけじゃねえから、暗い中で扉を開いた音は分かんなかったかもしれねえけどよ。つーか停電の時に俺様は多少動いているからな。俺様を刺したやつがどうして正確に俺様の位置が分かったかは分からねえな」
「そういう道具がないかは、今、ナギサくんが探しているよ」
「そうか。ってか1回目の停電は短かったし、そういう道具がないとまっすぐ俺様の方に来るのは無理かもな」
「え・・・・・・?」
思わず声が出てしまった。
「チハヤくん、『1回目の停電』ってどういうこと?」
「どうもこうも、停電は2回起きただろうが。1回目は感覚だけど1分足らずくらい、2回目はそこそこ長かったけれどな」
「いや、そんなことなかったよ。ね、マシロくん?」
「う、うん。停電は1回だけでしたよ」
マシロくんも驚いた様子だ。
「ちょうどその時、カフェテリアでキッチンタイマーを掛けていたのですが、停電は5分程度でしたよ」
感覚的な話だが僕も同じくらいの時間だ。
つまり、チハヤくんの言う2回目の停電が、僕達にとっての停電に当たる。
体育館だけ2回停電があった、ということか。
これは一体どういうことだろうか。
「悩んでも分かんねえな・・・・・・っつ」
チハヤくんが顔をしかめる。
「大丈夫? まだやっぱり痛むんだね」
「・・・・・・まあ、背中を刺されたからな。刃物が手が届く範囲ですぐ抜けて助かったけど」
「あれ? 刺されたら刃物抜いちゃ駄目なんじゃなかったっけ。それが栓の役割を果たして出血を止めるとかなんとかあった気が・・・・・・」
「あ、僕もそれ聞いたことあるよ。ドラマとかで見たことがある」
「あー、だからか。俺様以外の血が体育館になかったのは」
チハヤくんは納得という表情を見せる。
「俺様が刺し返した刃物を、犯人は身体から抜かなかった、ってことだな。・・・・・・ってことは、犯人はまだ刃物刺しっぱなしってことか」
「いや、全員姿を見せているし、流石に夜中の内に刃物は抜いて治療も済ませていると思うよ」
「確かにそうか。ってか全員、怪我しているようには見えなかったしな。隠しているだけかもしれねえけど」
「隠している・・・・・・ねえチハヤくん、犯人のどこら辺を刺し返したの?」
「刺してきたやつの身長とか分かんねえけど、多分腹のあたりじゃねえかな。高さ的には」
じゃあそこら辺の怪我している人が、チハヤくんを刺した犯人なのだろう。
この後、様子見をしておくか。
「ぐっ・・・・・・」
再びチハヤくんがうなり声を上げる。
その背中にじんわりと赤が広がってきている。
「チハヤさん! 傷が開いてきているんじゃない!?」
「ああ・・・・・・なんかそうっぽいな。包帯まき直しだな。背中だから自分で出来ないのはつれえな・・・・・・」
「ちょっとぼく、チハヤさんを保健室に連れて行きます」
「うん。お願い」
よろよろと歩くチハヤくんを支えながら、マシロくんは食堂を出て行った。
それを見送った後、食堂を調べたが特に何もなかった。
僕は次の部屋を調べに食堂を後にした。
◆
そろそろ死体の状況が分かったかなと思い、娯楽室へと向かおうと思った僕は、その廊下で彼と出会った。
ユウリくんだった。
「ユウリくん、何か見つけた?」
「あ、コータ。ここ見てみて」
下をよく目を凝らして見ると、そこには染みがあった。
「床の色的に分かりづらいけれど、これって、血、かな?」
「そうだよ。点々としているけど、地下から上がってくる階段から娯楽室の前まであったよ」
「娯楽室の前まで・・・・・・?」
チハヤくんを刺した犯人が、そのまま娯楽室に入ってサスケくんを刺した、ということだろうか。
「娯楽室から先にはあった?」
「んー、なかったよ」
この事実は何か重要なものに思える。
きちんと覚えておこう。
「そういえばユウリくんは昨日の22時の放送前あたりの時、どこにいたの?」
「いやー、自分の部屋にいたよー。ご飯食べすぎてお腹痛くってさー」
腹部を押さえるユウリくん。
「今、ここも血の匂いがかなりしていて、お腹の具合も悪くて気分は最悪だよー」
「だよね。廊下まで臭いがかなりあるよね」
「多分扉を開いた状態じゃなくてもめちゃくちゃするよね。
ねえ知ってた? 血って大体20から30分後から酸化して、あんなくさい臭いになるんだってさ」
「へー。そうなんだ。あの臭いって酸化した臭いなんだ」
「推理小説に書いてあったから間違いないと思うよー。名探偵の豆知識ねー」
そう言ってユウリくんは両手を広げて僕に背を向ける。
「そして名探偵はアイドルなのでトイレに行ってきまーす」
「え?」
「んじゃー」
ユウリくんは猛ダッシュでどこかへ行ってしまった。
色々と突っ込みたいことはあったが、今は捜査を進めるべきだ。
僕はそのまま娯楽室の中に入った。
◆
娯楽室の中にはジンくんしかいなかった。
「ジンくん、どう?」
「猫泉コータか。今ちょうど、調べ終わったところだ。ちょっと不可解なこともあり念入りに調べていたら時間が掛かってしまった」
汗を拭きながらモノクルを上げるジンくん。相当集中していたようだ。
「で、早速結果を共有するが、猿島サスケの死因は失血死だ」
「失血死・・・・・・まあ、あれだけ血を流してたらそうか・・・・・・」
「重要なのはそこではない」
ジンくんは首を横に振る。
「ショック死でも臓器不全でもないというのが、重要なのだ。これがどういうことか分かるか?」
「えっと・・・・・・分からないんだけど、どういうこと?」
問いかけると、ジンくんは横たわっているサスケくんの腹部を指さす。
「あの包丁が凶器ではないと言うことだ」
「え?」
「あれは抜かれた形跡がない。ずっと刺さりっぱなしだ」
「なんでそんなことが言えるの? 包丁でめった刺しにした後に最後に腹部に刺した、ってのもあるんじゃない?」
「胸の傷口から分かる。あれは包丁でつけられた傷ではない。
そして、その胸の傷が致命傷だ」
「胸の傷・・・・・・」
そんなものがあったのか。身体の前面が血まみれだったので分からなかった。
「もしかしてサスケくんの首から下が真っ赤だったのは、その胸に刺された凶器が抜かれた時に血が噴き出したからなのかな」
「そういうことだな。だが、奇妙なことがもう1つあるのだ」
ジンくんはサスケくんの死体の左胸を指差す。
「猿島サスケが刺されたのは左胸だ。だが、彼の死因は失血死だ。
つまり即死はしていないのだよ」
「え?」
左胸なんだから心臓に刺さっている。
なのに即死じゃなくて失血死なのはおかしい。
――と思ったところで気がつく。
サスケくんの場合は左胸に心臓がないんだった。
「――その反応だと知っていたみたいだな」
モノクルに触れながら、ジンくんは僕に冷たい視線を向けてくる。
疑われているのかもしれない、と思ったので、正直に打ち明ける。
「うん。サスケくんは内臓が全部反対なんだってさ。だから左胸を刺されても即死じゃないのは不思議ではない話なんだ」
「やはり完全内蔵逆位か」
「そっちこそ知っていたの?」
「死体を調べていた時に気がついた。ただ解剖の経験などはないし、レアケースだから確証は持てていなかった。むしろ何故君が知っている、猫泉コータ?」
「前にサスケくん本人から聞いていたんだよ。ただ、サスケくんは他の人には言わないでほしいって言われていたから、他に知っている人はいなかったんじゃないかな」
「ふむ。一応治療するような立場にはあったから、何かあった時のために真っ先に私に教えるだろう。そんな私にも秘密だったということは、仲のよい人にしか打ち明けていないのかもしれない」
「話の流れでたまたまだったっぽいよ。ヒナタくんにも言ってないらしいし」
サスケくんにとって僕が特別だとは思わない。
「・・・・・・ジンくんに言った手前何をって思うかもしれないけれど・・・・・・もう故人ではあるけど、他の人には言わないでほしいみたいだったし、事件に関係なさそうだし、この件は他の人にはあまり表だって言わないでほしいな」
「ふむ。まあ、犯人が猿島サスケに明確な殺意があったくらいにしか情報はないからな。分かった。その通りにしよう」
「ありがとう」
「ただし、事件に関係ある場合は開示するからな。隠しておくことで真実がゆがめられてしまう恐れがある場合は」
「うん。その場合はいいと思う」
故人の意思を尊重するのは大切だが、そこを割り切るのは必要だろう。
「他に何か分かったことはある?」
「ああ。猿島サスケの死亡推定時刻だが、死後6~10時間程度経っていることから、昨晩の21時から24時になるかと思われる」
「え? だったら昨日、犯人捜しに見回っていた時にもう中で死んでいた、ってこと?」
「・・・・・・いや、自分で言っておきながらそれは考えにくいな」
ジンくんは首を横に振る。
「今もそうだが、大量の血の臭いが充満しているだろう。これだけ出血していた場合は、廊下にも確実に臭いが漏れてくるはずだ」
「あ、血って大体20から30分後から酸化して臭いが出てくるんじゃなかったっけ」
「確かにそのくらいだな。よく知っていたな」
「ユウリくんにさっき教えて貰ったんだよ」
「だとしても、あの場には犬飼ヒナタもいたはずだ。そういう少量の臭いも気がついたはずではないか」
「確かに・・・・・・」
でもあの時のヒナタくんは臭いに関しては何も言っていなかった。
「ならば22時の施錠後に殺害されたと考えるのが自然だろう」
「そうだね。だったら昨晩のアリバイをみんなに聞いて――」
『ピーンポーンパーンポーン』
その時、チャイムが鳴り響いた。
『捜査時間終了の時刻になりました。皆様、円卓の部屋にお集まりください』
「え!? もうそんなに経っていたの?」
ケンタロウくんの事件の時もそうだったが、時間が短く感じた。
「犯人については私にもさっぱり見当が付いていない。君はどうだ、猫泉コータ?」
「僕もだよ。でも、絶対に犯人は見つけなくちゃいけない・・・・・・」
「・・・・・・今回は特に思い入れはあるだろうからな」
同情するような目で一瞥すると、ジンくんは「先に行くぞ」と一声掛けて娯楽室から出て行った。
「・・・・・・そうだよね」
僕は床に横たわっているサスケくんに視線を向ける。
今はもう動かない彼に。
「サスケくん、どうして君が殺されなくちゃいけないのか、何があったのか。
――きちんと、暴いてくるね」
当然、彼は応えてくれない。
(・・・・・・絶対に、犯人を神になんかさせないから)
僕は強い決意を持って、円卓の部屋へと向かった。




