25話 2章 ~日常編~ - 02
食事を終えた後、いつもは部屋に帰ってぼーっとするところだったが、この日は違うことをしようと思った。
きっかけは先程のユウリくんの言葉だ。
『チハヤがなんであんなことしたのかってこととか、本当のこととか、なんか考えていることとか、もしかしたらコータになら教えてくれるかもねー、ってこと』
チハヤくんが唐突にみんなと敵対するような行動をしたことに、思うところがないわけではなかった。
その理由が分かるのならば是非とも聞いてみたいと思ったのだ。
なので、僕は体育館へと向かった。
体育館はあの事件の後、きれいさっぱりと片付けられていた。
ペンキで塗りつぶされていた正面の入り口も元通りになり、床にあった血の跡もすっかりと消え、上にあった壊れたスポットライトも直されており、そして――壇上にあったタケルくんの死体もすっかりと無くなっていた。
あの後、死体安置室に行って彼の死体もきちんと保管されているのは確認していた。……流石にカプセルの表面の透明部分越しに顔を見ただけで、実際にカプセルを開けて中を確かめる勇気はなかったのだが。
そんな何事もなかったかのように元に戻った体育館の正面側の扉を開くと、中にいたのは予想通りチハヤくんだった。
「あ? あんだけ言ったのに来るのかよ……って、なんだコータか」
「こんばんは、チハヤくん」
「ああ、こんばんは。で、どうした? 死にたくなったのか?」
「そ、そんなわけないよ。チハヤくんに聞きたいことがあってさ」
きちんとあいさつは返してくれるんだな、と思いながら体育館のど真ん中にいる彼に問いかける。
「さっきの食堂での出来事について教えてもらいたいんだけどさ、なんであんなにヘイトを買うような真似をしたの?」
「ヘイトも何もそりゃあ本心に決まって……」
そこまで口にして、チハヤくんは僕の背後をじっと見つめる。
「コータ、ここに来たのはお前だけだよな?」
「ああ、うん。そうだよ」
「後ろに誰かついて来てたりするか?」
「そんなことないと思うけど……」
(ああ、誰かに聞かれたくないんだな)
察した僕は入り口付近まで歩いて確認する。
誰もいない。
「大丈夫だよ、チハヤくん」
体育館の扉を閉めて、僕は彼の方へと歩み寄る。
「察しがよくて助かる。が、いいのかよ」
「え?」
「お前、自分が殺される可能性とか考えなかったのかよ」
「あ、そっちもあったね。思いもしなかったや」
「ぷはっ」
チハヤくんは弾けたように笑った。
「いやいや、ちゃんと理由はあったんだよ。ここで僕を殺したりしたら、あれだけ言ってたのに速攻で手をかけたことになったり、しかも他の人の目を気にしたりとか、そういうのダサいじゃん。だからチハヤくんはやらないと思ってたんだよ」
「はっ。それほとんど後付けだろ?」
「……」
バレてた。
結構うまく理由付けできたと思ったのに。
「まあどっちでもいいや。俺様はお前を殺す気なんてないからな。結果的には正解だ」
チハヤくんは体育館の床に座り込んだ。
「お前は神になる対象じゃねえから言うが、俺様は無差別に誰かを殺すつもりなんてサラサラねえよ」
「え?」
「あ、最初に言い忘れたが、これは誰にも言うなよ」
声のトーンを落として彼は続けた。
「タケル殺人事件が起きて、犯人のサイが処刑されただろ。あれで雰囲気悪くなっているじゃねえか」
「うん」
「その原因は殺人が起きたことだろ? で、殺人しないと終わりのない環境に放り込まれちまっているんだから、そりゃ仕方ねえよな。いつか誰かが自分を殺すかもしれないんだし、そんな状況じゃ、ストレスが溜まったら、誰かをふとした勢いでやっちまうかもしれないだろ。この先よくなる見込みなんかねえよ」
「そうだよね……」
チハヤくんの言う通り、誰かを殺さないとここからは出られない。
しかもそのルールにのっとって殺人を犯した人が出てきたのだ。
今後も出てくるはず、として疑心暗鬼になるに決まっている。
「そこで俺様は考えた。ならそのヘイトを、誰かが一心に受けりゃいいじゃねえか、と。とりあえずは当面の問題は防げる」
「確かにそうだけど……って、え?」
「そういうことだ」
チハヤくんが白い歯を見せる。
「タケルもサイもいなければ、後は俺様に体力面で勝てそうなやつはいねえ。あってケンタロウくらいか? まあそれでもいけるだろうがな。俺様がそのヘイトを向けるのが一番無難ってわけだ」
「いや、理屈上はそうだけど……どうして……」
「どうして俺様がそんなことをするのか、か?」
「そうだよ。言い方が悪いかもしれないけれど、チハヤくんがそんなことをする義理なんかないじゃないか」
「義理、ねえ」
彼の表情に陰りが見える。
「……なあ、俺様さ、ちょっとは責任を感じているんだぜ。タケルのこと」
「え?」
額に手を当て、チハヤくんの表情が歪む。
「部屋で一人になった時とかに考えちまうんだよ。俺様が考えなしにあいつに挑んだ真似をするなんて余計なことをしなければ……もし俺様とバトらなかったら、疲労とか何もなく、サイの攻撃を避けられたかもしれない、ってな」
「それは……」
「そうじゃない可能性が高いのは分かっている。けど、どうしても後悔しちまうんだよ」
僕にはこれ以上何も言えない。
それを否定できる言葉を持っていないから。
「でもさ、ずっとチハヤくんだけがみんなのヘイトを受け続けることは無理なんじゃないかな」
「……どういう意味でだ?」
「ずっとみんなのヘイトを受け続けるのは辛すぎるよ。そんなの、チハヤくんが壊れちゃうよ」
「そんなやわじゃねえよ。……と言いたいところだが、確かにそうだな」
短く息を吐く。
「俺様は別段弱くもねえが、強くもねえからな。だが、そんなことは百も承知でその役目を負う覚悟は出来ているんだよ」
「それは……」
「それによ、コータ。お前勘違いをしてねえか?」
「勘違い?」
「俺様は一生、ヘイトを稼ぐつもりはねえよ。というかここに一生いるつもりはない」
「え? ここから出るってことはつまり……」
誰かを殺す、ってことになる。
「そうだな。必要あれば誰かを殺す、ということも選択肢に入るだろうな」
「そんなの――」
「まあ話は最後まで聞けよ」
手で制してくる。
「さっきも言ったが、俺様は無差別に誰かを殺したりなんかしねえ、ってな。この言葉の意味、分かるか?」
「えっと……無差別じゃない、ってことは誰かを殺めるのに条件が必要ってこと、かな」
「正解だ。その条件ってなんだかわかるか?」
「条件……例えばチハヤくんを襲ってきた人への反撃で殺してしまった、とか」
「んー、まあそうならないようには頑張るけどな。それもそうだが、それよりも明確な相手がいるんだよ」
「明確な相手?」
「主催者側の人間、つまり黒幕だ」
「黒幕……」
「そうだ。根津アユムのやつの投票の時に1人だけ反対したやつがいただろ。あいつが黒幕だ」
確かにそうだ。
この13人……今はもう10人になってしまったが、この中に明らかな裏切り者がいるんだ。
「でもそれが誰だか分からないし、むしろ分からないからこそ、みんな疑心暗鬼になっているんじゃないのかな」
「そうだ。分からないからこそ、だな。そういうことが起きているのは」
チハヤくんが膝を叩く。
「だったらよ、分かるようにすればいいんだよ」
「分かるように?」
「なあコータ、このまま俺様がヘイトを一身に受けて、殺人事件なんか起きさせなかったら、黒幕としてはどうする?」
「黒幕としては……主催者側だし、神を決めてもらいたいわけだから、誰かに殺人をさせるために策を講じるはずで……」
「状況が動くわけだよな。でも、そんな中でいつでも殺人を犯しそうなやつがいて、しかもそいつが殺されそうな候補ナンバー1だったら、どう動くよ?」
「それだったら……放置する方向じゃないかな。だって放っておいても殺人は起きそうだし」
「でも起きない。なら黒幕は無理矢理動くしかねえよな。殺人を犯しそうなやつ――つまり俺様に何かをさせるために」
「っ! そういうことか」
ようやく彼の考えに辿り着いた。
「チハヤくん! 君は自分自身を色んな意味で『おとり』にして、黒幕を暴こうとしているんだね?」
「大正解」
パンパン、と彼は拍手する。
「俺様の食堂での言葉は、こういうこった。んで、黒幕を殺して神の投票をすぐに行えば、今度こそ全員一致でこのクソみたいなやつが終わる、ってわけだ」
「すごい……そこまで考えていたとは……」
「まあな。俺様、頭はそんなに悪くねえんだぞ」
自分の頭を指しながら口角を上げるチハヤくん。
「んで、他の誰かに聞かれるわけにいかないのと、お前だけに話したのもこれで分かっただろ?」
「うん。僕は神になるメリットがないから、黒幕になりえない、ってことだよね」
「そういうこった。流石に黒幕の目的は、自分がまた神になる、しかも手を汚さずに――ってことしかねえからな」
「自分の手を汚さないで神になる……」
「大方、根津アユムの時にやった神になる投票を、人数が少なくなって信用を集めたところで行う算段なんだろよ。だから同じようなことをしようと言い出すやつが怪しくなってくるぜ」
その理屈で言えばチハヤくんが一番怪しくなってくるのだが。……それは口に出さないでおこう。
何故ならば、こういう行動しているチハヤくんは明らかに黒幕ではないのだから。
……黒幕、か。
「ねえ、チハヤくん。誰が黒幕だと思う?」
「正直分からねえな」
チハヤくんは即答した。
「誰もが黒幕になりうるし、誰もがそうじゃないようにも見える。だけど、根津アユムに反対票を入れた黒幕がいるのは確かだからな」
「そうだよね……」
「だが、確実に黒幕じゃないやつはいるぞ」
「え? それは誰?」
「ナギサだ」
蛇目ナギサ。
彼の名が出てくるのはある意味予想通りではあった。
「ナギサくんとは友達だって言っていたよね。だからかな?」
「そうだ。あいつはダチだし、こういうことをするような奴とは一番離れているんだよ」
「そうなのかな」
僕は疑問を呈す。
「ナギサくんのことは詳しくないけれど、でも、あくまで一般的な話をするんだけど、ほら、ナギサくんってインドア系じゃない。こういう黒幕的な立ち位置には一番当てはまりそうだ、ってなる人もいるんじゃないかと」
友達を侮辱しているような言葉に思われて怒られるのではないか。
そう思って身構えたが、意外にもチハヤくんは「まあ、そう思うよな」と落ち着いた様子だった。
「あいつは見た目と喋り方と趣味で勘違いされるけど、あいつの性格はインドア系じゃないんだよ。むしろ俺様よりも熱血系だぞ」
「え? そうなの?」
「意外に思うだろ。あいつは昔、俺様のために半グレに立ち向かったことがあるんだよ」
「ええ!?」
あのナギサくんが半グレ相手に立ち向かう絵が思い浮かばない。
「あれで俺様は救われたんだ。そういうやつが、こんな悪趣味なことをするはずがない」
「そっか。長い付き合いだからこそ、そういうのが分かるもんなんだね」
ナギサくんに対しての印象がちょっと変わった。
同時に、チハヤくんの印象も大きく変わった。
粗暴なイメージだったが、人のことを考えているし、よく見ている。
もしかすると、彼もここに連れてこられて最初は混乱していたのかもしれないな。
だから自分より強い人とケンカしてみたいだけ、みたいなことをしたのだろう。
それが彼にとっての日常で、心の平穏を取り戻そうとしてそういうことをした。
今ならそんな理由付けができるだろう。
「だからこれから俺様が暴れまわっていても、そういうことだから」
「分かったよ。僕だけはその意図をきちんと理解しておくね」
「そうしてくれると精神的に助かるわ。んじゃよろしくな」
「うん」
少し晴れやかな顔になったチハヤくんにそう返して、僕は体育館を出て行った。




