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15話 1章 ~日常編~

 この建物に来てから数日が経った。


 その間に大きな諍いなどはなく、至って穏やかに時が過ぎていっているように見えた。

 各々何か行動し、食事の時は集まり、夜になったら就寝する。

 その繰り返しだった。


 でもそれは結果そうなっていただけであって、みんな行動していた。


 特に、ここから出ようと抗う人達は何人もいた。


 屋上から外に出ようとしてもダメ。

 壁を壊そうとしてもダメ。

 クウギョを問い詰めようとしてもダメ。


 色んな人達がやっているのを僕も何度か手伝ったが、全て徒労に終わっていた。


 もはや手を尽くした感じが出ている中で、再び朝を迎える。


『ピーンポーンパーンポーン』


『皆様おはようございます。6時になりましたのでお知らせします』


 何度も聞いた朝のアナウンスで僕は起床する。

 目を覚ますためにシャワーを浴び、7時の朝食のアナウンスまでゆっくりするのがルーティンになりつつある。時計がないのでアナウンスを待つしかないのだ。


「……暇だな。散歩でもするか」


 そう思った僕は、クローゼットに入れられている服の内から一つ手を取る。因みに服については同じものがたくさん入れられており、脱いだ服もいつの間にか回収されていた。ずっと着ていたらどういう扱いなのか、は試したことはないが……ここは現実とは少し違うから色々と異なるのかもしれない。

 それはさておき。 

 僕はまだ1時間は経っていないのを承知の上で、いつもの服を着て部屋を出た。


 すると階段付近で、マシロくんと遭遇した。


「あ、コータさん、おはようございます」

「マシロくんおはよう。朝早いね」

「コータくんこそ。いつもは食堂にギリギリ来てなかった?」

「ああ、今日はなんか散歩したい気分だったんだよね。一緒に行く?」

「せっかくだから行こうかな」


 そう言いながらマシロくんと一緒に向かった先は中庭だった。


「んー、やっぱ朝の空気は気持ちいいねえ」


 マシロくんが伸びをする。

 僕も同じように深呼吸する。


「確かに、なんか違う感じがするよね、朝だと」

「たまには朝に散歩するのもいいかもね」

「いっつもだとマシロくんは何しているの?」

「えっと、食堂に先に行ってぼーっとしていたり、カフェテリアで飲み物の準備とかしているかな」

「ああ、カフェテリアのあれ、マシロくんがやってくれてたんだ」

「ここにいても暇だし、何か体動かしていないと変なことを考えそうだったからね」


 マシロくんの顔に影が出来る。


「暇だとね、考えちゃうんだ。誰かを殺せばここから出られる、っていうあのクウギョの言葉を。どうしてもね」

「……」


 それは仕方ないことだと思われる。

 ここから出られる方法がそれしかないのならば、思考が向くのは当然だ。


「ねえ、コータさん。君は――」


 マシロくんが何か僕に言おうとした、その時だった。


「ん? あれ? なんか来てる?」

「え?」


 後方を指差す。

 するとどんどん近づいてくる影があった。


「あれ? コータ君さんにマシロさん、こんな時間に珍しいですね」

「ヒナタくんか」


 汗だらけで息を切らしている彼は遠目から大声で声を掛けてきた。


「ヒナタさんっていつも走っているんですか?」

「あー、いや、ちょっと運動不足かなーって思って今日走ってみたんですよ」

「確かに、運動する場所ってここか地下の運動場しかないもんね。ランニングなら外の方がいいよね」


 そう言いながら彼に近づこうと足を踏み出したところ


「あーあー! 近付いちゃ駄目ですよ!」

「え?」

「今、自分、汗だくだくで汗臭いので!」

「え? そんなことないと思うよ」

「だよね。それに外だし」


 僕とマシロくんが首を傾げながら近づくと、ヒナタくんは更に焦った様子で


「匂いって外でも結構するんですよ! あーあー! ほら! パンの匂いがしてきたじゃないですか!」

「え? そんな匂いは……」


 しない、と言おうとしたその時

 強烈な小麦の焼けるいい匂いがしてきた。


「あー! 今日の朝食は焼き立てのパンが出てくるんですかね楽しみですね! じゃあ自分はシャワー浴びて来るんでこの辺でじゃあ!」


 イヌだが脱兎のごとく、ヒナタくんは僕達の横をすり抜けて建物内へと行ってしまった。

 ウサギのマシロくんと僕は目を丸くしてお互いに見合った。


「なんであんな焦っていたんだろうね?」

「もしかすると、あれがヒナタさんの『能力』なのかもしれませんね」

「『能力』?」

「はい。鼻がとてもいい、っていう能力なんじゃないかと」

「あー、だから匂いについてあんなに神経質になっていたんだね」


 パンの匂いにすぐに気が付いたのも納得だ。

 ある程度すっきりしたところで


『ピーンポーンパーンポーン』


『皆様7時になりました。朝食の時間です』


「もう7時なんだね。ご飯食べに行こうか」

「そうだね。あ、マシロくん」

「どうしたの?」

「さっきなんか僕に言おうとしてたよね。それって何?」

「んー」


 人差し指を顎に手を当てて数秒後、


「なんか忘れちゃった。何でもないよ」

「そう? それならいいんだけど」

「それよりお腹減っちゃった。行こうよ」

「うん」


 僕とマシロくんは並び歩いて、食堂へと向かった。



        ◆



 食堂についた僕はいつもと同じメンバーと食事をとった。

 因みに今日の朝食は和食で、パンは出てこなかった。何故なんだろうか。


 それはさておき。

 いつものように淡々と、それでいて少しの会話をしながら普通に食事をしていた、その時だった。



「皆様、お食事中に失礼します」


 クウギョがふわふわと、上空から現れた。


「いやはや、皆様、なかなか神の選定に動いてくれませんので、主催者側から新たなる情報をお伝えするように命じられましたので、この場を借りてお伝えいたします」


 みんながざわつく。

 何を言われるのか。


 心構えをする前にクウギョは告げる。


「皆様、ここにきて数日が経過していると思います。その間ですが、当然、皆様がもといた場所と同じだけ時間が過ぎております」


 それはそうだろう。

 ここが現実ではないのは知っていたが、かといって精神的な世界でないのも知らされていた。



「その間、皆様の家族、友達、知り合い。その方達が――何もないと思っておりますか?」


 家族。

 友達。

 知り合い。


 その言葉に皆が絶句する。


「皆様が数日間も行方不明であれば、世間では大騒ぎになるでしょう。そう。大騒ぎする相手がいれば、の話ですけれどね」

「てめえ! 何しやがった!?」


 チハヤくんがテーブルを、ダン、と叩く。

 だが、クウギョは淡々と告げる。


「何をしたのか、それをお伝えすることはできません。ですので――ご自分の目で確かめてみてはいかがですか?」

「――っ! そういうことかよ……っ!」


 チハヤくんが歯を食いしばっているのが見えた。


「つまり、心配だったら誰かを殺して確認すればいい、ってことなんだねー」


 ユウリくんがいつもと変わらない声でクウギョの言いたいことを代弁する。

 周囲を見回し、青ざめた顔をしている人達を見回しながら彼は続ける。


「ユウリには誰もいないけど、みんなにはいそうだねー」

「ユウリくん、そういうのはあまり言わない方が……」

「んー、でも、口に出さないとみんな抱えちゃうしねー」


 ダン、と机を叩く音が再び鳴る。


「ふざけんな! クソがっ!」


 チハヤくんがそう言って退室していった。


「……拙者もあまり気持ちのいいものではないな」

「そうだな。食事がまずくなったな。ここは退室する方に自分の運命を委ねよう」

「うっ……」

「お、俺っちも食欲なくなったっす……」

「……」


 タケルくん、サイくん、マシロくん、サスケくん、ツバメくんが続いて退室していく。


 扉が閉まる音がした後の部屋は、気まずい空間になってしまった。


「ちょっとユウリくん。何であんなことを……」

「ねえ、コータ。よく見ておいてね」


 ユウリくんは鋭く言葉を放つ。


「今出ていった人達は、元の生活に戻りたい動機が強い人達で、殺人を犯す可能性が高い人達だ」

「っ! そんな……」


 確かにそうだ、と言わざるを得ない。

 彼らには大切な誰かがいるのだろう。

 僕だっていないわけではない。


 お父さん。

 お母さん。


 だけど、僕には手段がないから諦めているだけだ。


 しかし、彼らには手段がある。


 『殺人』という手段が。


「ユウリ達は仲良しこよしの共同生活をしているわけじゃないんだよ」

「そう……だね……」


 いきなり知らない場所に連れてこられた、同じ境遇の人々。

 みんなもその感覚だったのだろう。


 それを突き崩された。


「……」


 その後の食事は、とても美味しくなかった。




           ◆



 先の食堂での出来事の後。

 僕は自分の部屋に戻ってベッドの上で考えていた。


 このまま引きこもる。

 それも一つの選択肢だ。


 だが、昼間は部屋に鍵は掛からないし、逆に殺される可能性が増える。

 ならば僕がやることは一つだ。


「みんなと仲良くして、殺される可能性を少なくするんだ……」


 何の能力も持たない僕のメリットは、その人を殺しても何のメリットもないことだ。

 つまり僕だけが、唯一、犯人になりえない人になる。


 みんなと交流して、殺人なんて起きないようにケアできるのは、僕しかいないのだ。

 だったら、行動するしかない。


「よし」


 僕は部屋を出て、色んな部屋を回ることを決めた。



            ◆



 どこに向かうかの当てもなく歩いていた僕が向かった先は、とりあえず地下だった。

 下から上に上がっていこう、という何の根拠もない思い付きだった。


 だが、それは結果的に正解だった。


「ちょ、何をしているんだ!?」


 地下に降りようとした直後、そんな驚いた声が聞こえた。

 駆け降りると、そこにいたのは、ツバメくんとサイくんだった。


「どうしたの、ツバメくん?」

「あ、コータ君。サイ君が……」

「おお、猫泉ではないか」


 そう声を掛けたサイくんの手にあったのは、ハケだった。


「サイくん何を……」

「見てわからないか。アートだよ」


 足元にペンキの缶を大量に置いた状態で、彼は言った。


「この体育館の扉はひどく殺風景でね。見栄えが良くないと思っていたんだよ」

「サイくんって芸術に興味があったんだね」

「いや? なんとなくだが」


 なんとなくなのかい。


「だからって勝手に塗るのってどうなんだ?」

「別にいいだろう。誰も文句はないのだから」


 そう言ってべちゃべちゃと無造作に扉にペンキを塗りたくるサイくん。


「あーあー、それってアートじゃなくて適当じゃないか……さらに汚く」


 足元のペンキの缶の一つを手に取って、ツバメくんは嘆く。


「しかもこのペンキ、24時間は乾かないじゃないか。そんな乾かない内にベトベトとやったら色が重なって見た目も汚くなるぞ」

「そんなの関係ない。それがアーットッ!」

「ケンタロウくんが聞いたら怒りそうだね……」

「む? 虎賀が芸術に長けているとな」


 そう言いながら彼が振り向いた直後。


「あ」


 ガシャン、とペンキの缶が倒れた。

 体育館の入り口方面へと、液体が流れだす。


 サイくんは運動神経がかなり良いのか、流れ出る前にこちら側に飛んできた。


「あーあーあー」

「おお、豪快にやってしまったな」


 どこか他人事のようなサイくん。


「うむ。こうしたら何もできないな。帰るか」

「は?」


 他人事のよう、じゃなくて、他人事だった。

 サイくんはそのままその場を去っていってしまった。


 残された僕とツバメくんは、ただ立ち尽くしていた。


「どうしよう、これ……」

「流れ出る方向がよかったから倉庫とか電気室には行けそうだけど……この体育館の真正面の扉はしばらく使えそうにないね……」


 ツバメくんの言う通りだった。

 体育館の入り口は左右の2つしか使えないだろう。


「なんか色々と自由な人だね、サイくん」

「はた迷惑なだけだけどな」


 ツバメくんが深いため息をつく。

 このままどうしようもないので、僕とツバメくんもその場を離れた。




             ◆



 地下から出てツバメくんと別れた後、僕は中庭へと向かった。

 そこにいたのはユウリくんとタケルくんだった。

 2人は建物に近い場所にある樹の影で何やら話していた。


「ユウリくん、タケルくん、こんな所で2人とも何しているの?」

「あ、コータ。今、タケルとちょっと色々話してたんだよね。ね、タケル」

「……ああ」


 タケルくんは目を瞑ったまま頷く。


「拙者、少し考えていたことがあってな。ユウリ殿に話を聞いてもらったのだ」

「それって……僕も聞いてもいいこと?」

「うむ。だがどうせ今晩、皆の前で言うことだ。焦らずともよいだろう」


 今晩言う、ということは食事の時に何か言うのだろうか。

 ならばここで聞きたい、とごねる必要はない。

 そもそも、もし聞けるのであれば聞かせて、程度だったので食い下がる必要も最初からなかったのだが。


「そうなんだ。じゃあそこまで待つよ」

「うむ。そうしてくれ」

「それにしてもコータは何しているのー?」

「ああ、実はね」


 僕は、みんなと仲良くして殺人を起きないようにケアすることを2人に話した。


「コータ殿。それはいいことだな」

「うん。コータにしか出来ないことだよー」


 2人は褒めてくれたので僕はいい気分になった。


「じゃ、僕は他の人の様子を見てくるね」


 足取りが軽いまま、僕は中庭を離れた。




          ◆


 娯楽室、プール、食堂には誰もいなかったので3階に上がってカフェテリアに入ると、そこには意外な組み合わせがいた。


「お前、なかなか見込みあるな。すごいと思うぜ」

「あ、え、そ、そう、なの、かな?」


 チハヤくんがマシロくんを猛烈に褒めていた。

 その様子に目を丸くしながら立ち尽くしていると、おろおろしているマシロくんと目が合った。


「あ、コータさん。何か飲む?」

「え、あ、うん、じゃあコーヒーでも」

「分かったよ!」


 小走りでマシロくんは裏の方へと走っていった。


(逃げた、のか?)


 あっけにとられる僕に、チハヤくんは気にしていない様子で「よう」と声を掛けてきた。


「チハヤくん、なんか珍しい組み合わせだね、って思ってたんだけど」

「あ? 俺様がカフェテリアで茶を嗜んでいるのが似合わねえってのか?」

「そっちよりも、マシロくんと話していたことについてかな。しかもめちゃくちゃ褒めてたね」

「そうなんだよ、あいつはすげえな」


 チハヤくんは明るい表情を見せてきた。


「茶がよぉ、うめえんだ。こんなに美味い茶を飲んだのは初めてだ」

「そうなんだ」

「あいつは見込みあるぜ。すごい奴になるかもな」


 かなり褒めている。

 その様子に僕は驚きを隠せなかった。


「チハヤくんってなんかそういうことを言わなさそうなイメージがあったから、意外だね」

「そういうおめーは俺様に対しても物怖じせずに言ってくるのが意外だな。この前のやつらみたいに普通はビビるだろう」

「あー、うん。普通はそうだけど……もしかしたらユウリくんのおかげかもね」

「あのチビか……」


 チハヤくんは、チッ、と舌打ちをする。


「あいつ、なんか得体の知れないから気持ち悪いんだよな」

「そんなことないと思うよ。ちょっと明るすぎるな、と思うことはあるけど」

「まあ、俺様が言うことじゃねえけどさ、お前も注意しておけよ」


 真剣な表情になり、チハヤくんは告げる。


「ああいうやつほど、裏で何考えているのか分からねえからな」


「……肝に銘じておくよ」


 そう答えたところで


「コータさんお待たせしました。兎沢スペシャルブレンドコーヒーだよ」

「ものすっごい名前だね……」


 見た目は至って普通のコーヒーっぽかった。

 近くの席に座ってそれを受け取り、口に運んだ。


「……っ! うっま! なにこれ!?」

「だろ? こいつの入れる飲み物、めっちゃうめえんだよ」

「そんな……大げさだよ、2人とも」


 その後は照れるマシロくんをチハヤくんと2人で絶賛するという、至って和やかに時を過ごした。



            ◆



 カフェテリアでゆっくりした後、僕が次に向かったのは医務室だった。

 そこにいたのは予想通りの人物と、少し予想外の人物の2人だった。


「何の用だ、猫泉コータ」

「あ、コータっち」


 ジンくんとサスケくんだった。


「なんとなくふらっと入っただけなんだけど……ジンくんがいるのは分かるけれど、サスケくんは何でここにいるの?」

「あー、俺っちはちょっと最近眠れなくて……」


 無理もない。

 ここから積極的に出たがっていた内の1人が、サスケくんなのだ。


「睡眠薬は処方できる、猿島サスケ。だが飲みすぎは身体が慣れてしまうから1日1包を守ること。いいな?」

「はいっす。ジン先生!」

「ジン先生!?」

「よせ。私はただの学生だ。知識だけはあるがな」

「まあでも、ジンくんは医者の先生って雰囲気があるよね」

「そうか? 自覚はないが」


 落ち着いている所もそれっぽいんだよな。


「ご迷惑をおかけするっす、ジン先生」

「気にするな、猿島サスケ。君以外にも睡眠薬を所望する人がかなり多いから迷惑ではない」


 そっか。みんな表には出ていない人も参っているんだ。


「取り出すのが面倒くさくて大量に棚にまとめていたのだが、どこから知ったのか、勝手に持っていった人もいるようだ」

「え? それは大丈夫なの?」

「毒ではないから大丈夫だろう。大量に摂取するとまずいことにもなるが……まあ、昏睡程度で死にはしないだろう。あと、そういう毒劇物は鍵が付いている所に管理しているからな。私以外には絶対に持ち出せないはずだ」


 ジンくんはそう言うが、少し不穏な気持ちになる。

 睡眠薬を誰が持っているか分からない、ということは、誰かに昏倒させられる恐れがあるということだ。

 そこから殺人に繋がる可能性もある。


 ただ、先ほどの話で一つ安心したことがある。

 それは、毒殺はない、ということだ。

 毒劇物が使われれば真っ先にジンくんが犯人だとバレるからだ。

 ジンくんが襲われない以外は――


「あ、ジンくん! 毒劇物の管理をしていること、他の人に言っちゃった?」

「いや? この場で初めて口にしたな」

「だったら言わない方がいいよ! 君を襲って鍵を奪う人が出てくる可能性があるから」

「ふむ……確かにそうだな。忠告ありがとう、猫泉コータ」

「サスケくんも他の人には言わないでね」

「了解っす。こうするっす」

「むぐっ」


 サスケくんが口を塞いだ途端、僕も言葉が出なくなった。

 能力を使われてしまった。


「むーっ! むーっ!」

「むーっ! むーっ!」

「……何をしているのだ、君たちは」


 ジンくんにじとっとした目で見られながら、サスケくんが気が付くまで、僕はもごもごとサスケくんに能力の解除を訴え続けた。




       ◆



 保健室でドタバタした後、次に僕が向かったのは美術室だった。

 そこにいたのはケンタロウくんと、もう一人、意外な人物だった。


「おー、コータ」

「あ、コータクン」


 ケンタロウくんと、ナギサくんだった。

 2人は美術室の入り口近くのかなり大きいキャンバスの絵画の前に立っていた。

 その絵画は……いや、絵画と言っていいか分からないが、ただ単に真っ黒に塗りつぶされていた。


「ケンタロウくんはもう主みたいなイメージだけど、ナギサくんもいるのはちょっとびっくりしたよ」

「あ、うん。絵とか見るの、ちょっと好きなんだよね」

「ナギサは芸術に理解があるぞ。素晴らしいな!」


 ケンタロウくんが大喜びで彼の手を握る。ナギサくんは「あはは」と苦笑いを浮かべるのみだった。

 しかし、芸術、か。


「ケンタロウくん、今、絶対に地下に行かない方がいいよ」

「ん? なんでだ?」

「いいから」

「お、おう。分かったよ」


 あれを見たら発狂するのかもしれない。

 僕はケンタロウくんを守ったのだ。


「それはそうと、2人は絵を見ていただけ?」

「うんにゃ。そうじゃないんだよなー」 


 ケンタロウくんが目の前の絵画を指差す。


「ナギサにも言っていたんだが、オレの能力は絵であればどんなものにも潜れるんだよ。んでもって……」


 ケンタロウくんは入口の方までスタスタ歩いて行ったかと思うと、そこから急にダッシュをして


「とりゃ」


 大きいキャンバスに描かれていた絵の中に入った。

 そしてすぐに出てくる。


「な? こうしてすぐに逃げ込めるんだよ」

「成程。どの絵に飛び込むかを考えなくてもいいんだね」

「そうだ。オレって頭良くない?」

「頭良いかどうかは別として、こういう避難手段を考えておくのは凄いと思うな」


 結構辛らつだね、ナギサくん。

 お前が言うなという声が聞こえてきそうだが無視しよう。


 それより、気になっていたことを訊こう。


「ねえケンタロウくん、この絵ってなんで真っ黒なの?」

「ん? ああ、飛び込んだ後の世界がきちんとしていないといけないからな。だからオレはこの絵で『暗闇』を描いたんだ」

「暗闇……」

「水色に塗りたくったら『水中』になって溺れ死んじまうからな。暗闇ならば万が一相手がオレの一部を掴んで追ってきても、絵の中では追ってこれないだろう、っていうのもあるんだよ」

「へえ」

「どうだ! 頭いいだろう!」


 胸を張るケンタロウくんを他所に、僕は思考を別に向ける。

 この絵、『暗闇』じゃなくて『無』と表現できるけれど、でもそれはケンタロウくんが意図的に『暗闇』と描いたから中身もそうなっているのか。

 それは『能力』が。


「……『能力』、凄いね」


 ナギサくんが影を落とす。


「ケンタロウクンの『能力』、めちゃくちゃ有用だよね……おれの『能力』なんてこんなことしかできなくて……」


 いつの間にかナギサくんの手にはヨーヨーがあり、伸びたり縮んだりしていた。


「……それって『能力』なの? 普通のヨーヨーじゃない……?」

「というかナギサ、どこでヨーヨーなんか見つけて来たんだ……?」

「倉庫だよ。あはは」


 ナギサくんはずっとヨーヨーを伸び縮みさせる。

 その姿には哀愁が漂っていた。


「……」


 いたたまれなくなった僕はそっと美術室を後にした。




       ◆



 一通り回った後、お昼ご飯を食べ、その後も他の人と交流を図りながら、ゆっくり過ごしていたところで



『ピーンポーンパーンポーン』


『19時です。夕食の時間になります』


「もうそんな時間か」


 自室にいた僕は食堂へと向かった。


 食堂に辿り着くと既に全員がいた。

 いつものように食事が出てきて、そしていつものように僕は声を上げる。


「じゃあ今日も情報を入手した人がいたら共有してもらえないかな」


 夕食時に僕がそう声を掛けてみんなで情報共有する流れが初日からできていた。

 最初はポツポツと出てきていたが、最近は出てくる情報の方が少なくなってきていた。


 今回も誰も口を開かなかった。


(そりゃそうだよな)


 無理もない。

 何日も同じことをやっていたら無くなるに決まっているのだから。


 そろそろこの問いかけもやめようかな、と思った、その時だった。


「皆の者、聞いてくれ」


 突然、そう声を上げて席を立ったのはタケルくんだった。


「タケルくん、なんかクウギョに新しく聞いたことがあった?」

「いや、そうではない。昼にコータ殿にも話したことだ」


 そういえば言っていたな。

 夕飯時にみんなに言うって。

 すっかり忘れていた。


「ああ、あの時のことね。じゃあお願い」

「心得た」


 タケルくんは、すぅ、と息を深く吸うと、真っすぐな目を向けて口を開いた。



「殺人を考えているものがいたら、拙者を標的にしろ」



 ……え?

 予想外の言葉に僕は言葉を失った。


「拙者は本日から夜の間、寝室ではなく体育館にて挑戦者を待つ。正々堂々と殺人者に対して迎え撃つ。殺したい者はいつでも掛かってくるがいい」


「ちょ、ちょっと待ってよタケルくん!? 何を言っているの、自ら殺させるなんて!?」

「これでよいのだ、コータ殿。まだ続きがあるのでな」

「続き……?」


 呆気に取られる僕達に向かってタケルくんは告げる。


「但し、拙者に挑戦してくる者にただで殺させるつもりはない。当然、こちらも反撃を行う。武器などは使わず、素手ではあるがな」


 だから『挑戦者』なのか。


「そして皆にお願いがある」


 タケルくんはみんなの顔を見回す。


「もし反撃をした際に、誰かが命を落とした場合は、犯人は拙者となる。そうなったら――拙者以外に投票し、拙者を神にしてくれ」


「タケルくんを……神に……?」


「ああ。そうすればこんな生活は終わる。根津殿とは違い、全員投票せずとも賛同者が多ければ神になれる。そしてみんなに悪いようには当然しない。だから認めてほしい」


「……」


 皆が黙り込む。

 タケルくんはそんな僕達をもう一度見まわした後、ふぅ、と1つ息を吐く。


「21時には体育館に向かう。拙者と殺し合いをする気概がある者は来ることだ。以上」


 そう言って彼は席に座り、黙々と食事を始めた。

 一方的な宣言を受けた僕達は、ただただ黙り込むしかなかった。


 タケルくんが言ったことは衝撃的だった。


 殺すなら自分を殺せ。

 定時、定位置にいる。

 素手で迎え撃つ。


 但し、殺される覚悟があるやつだけ来い。

 それで殺されたら、自分を神としてこの宴を終わらせる。


(無茶苦茶だ)


 こんな言い方をして誰が挑むのか。

 しかも、タケルくんだ。


 この中でもかなり屈強で強そうに見える。

 更には怪力の『能力』もある。


 そうなったら誰も殺人なんか――


「あ」


 そういうことか。

 思い当たった僕は、昼間にタケルくんと相談していた人物――ユウリくんに耳打ちする。


「……こうすることで殺人を抑制しようとしたんだね」


 その言葉に、ユウリくんはにっこりと笑った。

 そして耳打ちをし返してくる。


「……体育館で決闘、っていうことは前々から色んな人に話していたみたいだったけどねー。殺人衝動を受け止めるつもりだったみたい。でも、『反撃で殺してしまったら神にするように』っていう条件を付けたらもっと抑制できるよー、って思いついてねー」


 確かにそうだ。

 いつでも襲ってきていいよ、だけだとタケルくんが辛いだけだ。

 ユウリくんが提案したであろう条件を付け加えれば、そもそも襲ってくる人がいなくなるだろう。


 この宣言。

 殺人を抑制するという目的のためだったのだ。


「……」


 しかし、何人か察することが出来る人もいるかもしれないが、今、その意図を理解しているのは、昼間にユウリくんに相談していた事実を知っていた僕と、当人達だけであろう。

 それを口にすることは、目的を達成できなくなってしまう。


「……」


 だからこそ僕は神妙な顔をしたまま、食事を続けるしかなかった。




               ◆



 地獄のような晩御飯を終えた後、僕は自室に戻った。

 ベッドに横たわりながら、思考を燻らせる。


 タケルくんは殺人を抑制するために自分を犠牲にした。


 夜の間中、鍵の掛からない体育館にいるというのは相当なストレスが掛かるだろう。


 いつ襲ってくるのか。

 誰が襲ってくるのか。


 それに気を張りながら長い夜を過ごす。

 どれだけの心労があるのだろう。


「いや、もしかしたらそういう人はいないと踏んで、休んでいるのかもしれない」


 タケルくんは世間とずれている感もあった。だから精神的にもそういう思考になっているかもしれない。

 むしろそう思っていてほしい。


 僕が心配することではない……いや、心配した所で何も手伝えないのだが、それでももどかしい気持ちでいっぱいだ。


「結局、僕は無力だな……」


 そう呟き、僕はアナウンス前に目を瞑って意識を深く沈めた。






       ◆???



「もう限界……」


 彼は告げる。


「こんな所にいるのは無理……早く出たい……でも出るには誰かを殺さなきゃ……」


 彼は、ハッとする。


「殺す……? 殺すって……何の罪もない人を……?」


 彼は、頭を抱える。


「無理……無理無理無理無理! 殺すなんて……」


 彼は、ピタ、と動きを止める。


「……殺してもいいやつがいる……」


 彼は、部屋の隅に置いていたあるモノに視線を向ける。

 それは、倉庫で見つけた刃物だった。


「仕方ない……仕方ない……」


 彼が刃物を見つめる目は、ひどく冷たかった。



      ◆




「……」


 アナウンス前に目が覚めてしまったようだ。

 こんなことは今までなかったのに。


「昨日は色々ありすぎたからかな……」


 逆に疲れてぐっすり眠るかと思えば、早起きをしてしまう。

 人間とは実に不思議なものだ。


 しかし、時計がないのは不便なものだ。

 今、何時なのかもわからない。

 ……となると、もしかしたらアナウンスに気が付かなかった可能性もあるのか。

 確かめる術などは……


「あ。1つだけあるじゃないか」


 僕は起き上がって部屋から出ようとする。


 ガチャ


 出られない。

 鍵が掛かっているようだ。


「やっぱり、まだ朝のアナウンス前だったか」


 僕の感覚は正しかったということだ。

 疲れすぎて逆に寝過ごした可能性も考えていなかったのは、起床直後で頭が鈍っているからだろうか。


「すっきりさせるためにもシャワーでも浴びるか」


 その時だった。



『ピーンポーンパーンポーン』


 いつものチャイムが鳴る。

 どうやら起きたのはほぼほぼ6時だったようだ。


『皆様おはようござい――』


 ――突然だった。

 アナウンスに被さるように、部屋の中に大音量で音楽が鳴り始めた。


「な、なんだこれ!」


 目が一気に覚めた。

 音が割れているほどの大音量で流されていたのはクラシック音楽だった。


 あまりの音の大きさに思わず部屋の外に出て扉を閉めた。

 外に出るとかなり音の大きさは小さくなった。


 と、周囲を見回すとユウリくんとヒナタくんも外に出ていた。

 

 彼らも同じように、耳を抑えながら急いで自室の扉を閉めていた。


「ユウリくん、ヒナタくん」

「コータさん……」

「あー、コータだー。ちょっと耳がぐわんぐわん鳴っているから辛いよー」


 やはり2人も同じ現象に出くわしていたようだ。

 そう観察して少し落ち着いたところで、僕は疑問を投げる。


「でも、あの大音量の音楽ってもしかしなくても体育館だよね」

「ああ、昨日、自分がやらかしたみたいに、ですよね」

「まさかここまで音が響くとはねー。とりあえず止めに行こうかー」


 ユウリくんが階段の方を指差し、僕達は頷いて駆け出した。

 階段を1つ降りるが、この階段からは直接地下へは行けない。

 1階をグルっと半周し、そこにある地下に繋がっている階段を降りようとした辺りで


「また音楽が聞こえて来ましたね」

「部屋で聞いたのと同じくらいになってきたねー」

「とにかく止めに行こう」


 階段を駆け足で降りると、やはりというかなんというか音がかなり大きくなってきた。


「真正面……は無理そうだね」

「まだ乾いていないみたいですね。ウッ……」


 ヒナタくんが顔をしかめて鼻を押さえる。

 体育館の真正面は昨日サイくんがペンキをぶちまけたままだ。そのペンキの匂いであろう。こちらからは微かに思えるが、イヌの干支であるヒナタくんにはまだきついのだろう。

 そのこともあったが、緊急事態であるとはいえ、乾いていない可能性のあるペンキの海を突っ切る余裕はなかった。


「とりあえず左の方から行こう」


 僕が先導して左の方向へ進み、角を曲がって、その先にあった体育館の扉を開く。



 開いた瞬間。

 僕の目に衝撃的な光景が目に入った。


 入った直後。

 その床には、真っ赤なものがあった。


「うっ…」


 ヒナタくんがうずくまった。

 僕は思わず駆け寄る。


「大丈夫?」

「大丈夫……じゃ、ないかも……強烈な鉄の匂いでむせそう……」

「鉄の匂い?」


「血だよ」


 大音量の音楽の所為で聞こえずらかったが、ユウリくんは確かにそう言った。

 床の赤いものに人差し指を這わせた後、自分の鼻元に近づけている。


「血って……こんなに大量に……?」


 青ざめながら僕は更に床に目を向ける。

 その赤い血は、その場に溜まっているだけではない。


「あれ……!」


 僕が指を差した方向。

 そこは何か引きづられた跡があった。


 赤が掠れて、伸びていっている何かが。

 向かう先は舞台の方向――


 と、そこに人がいることにようやく気が付いた。

 あの姿は……


「チハヤくん?」


 血の跡の先にいてこちらに背を向けて立っていたのは、チハヤくんだった。

 僕はそちらの方に駆け寄った。


「チハヤくん! そんなところで何しているの!? この血の跡はなに!? いや、それよりこの音楽を止めないと!」


「……」


 大声を出しながら近寄った僕にチハヤくんは全く反応を示さなかった。

 彼はずっと舞台上に視線を向けている。


「どうしたのチハヤくん! そこに何があるの!?」


 問いかけながら舞台の上を見た瞬間。


 僕は言葉を失ってしまった。





 赤く染まった頭部。

 光を失った目。

 首に巻き付けられたロープ。



 何があったのだろう。

 どうしてこうなったのだろう。



 体育館の舞台上にいたのは大柄な男性。

 いや、()()()、と言った方がもはや正しいだろう。

 



 そこにあったのは、

 ウシの干支である 牛場(うしば)タケルの死体だった。


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