魔力庁
「微量な変化が見えますか?」
「あ…見えるな…」
魔力庁調査部特務課
魔力の流れをチェックしていた。
巨大なドームの内部。
天井も壁も見えないほど広い空間に、
無数の光点が浮かんでいた。
それはランダムに流れているように見える。
それは、この国に存在する“魔力”の流れ。
通常なら――
小さな粒が、あちこちに分散している。
企業、人間、土地。
それぞれに紐づいた、緩やかな循環。
だが今。
「……止めてくれ」
中央の観測台で、男が低く言った。
データが固定される。
「拡大」
視界が寄る。
無数の光の中に、
わずかに大きな塊が、二つ。
「……なんだ、あれは」
誰かが呟く。
本来ありえない規模だった。
魔力は分散するものだ。
いや、分散させている。
魔力の集中は危険な行為として処罰される。
規制があるのだ。
特定の一点に集中すること自体が異常。
なのに――
「流れてる……」
別の観測員が、震えた声で言う。
細い光の線。
無数の小さな魔力が、
ゆっくりと、しかし確実に、
その二つの塊へと吸い寄せられている。
まるで、重力のように。
「ログ確認しろ。いつからだ」
「全然検知できていませんでした……今初めて検出されてます。これくらいになったのは最近みたいです…でも、おそらく推定ではもっと前からかと……」
「どうして今頃になって…」
「規制値超えてなかったのか?」
「今も規制値は超えてません…」
「カムフラージュされていたのか?」
「はい。自然な変動に見せかけて……」
空気が張り詰める。
「規制値超えました!消えた!固まりが消えました!」
「何かが働きかけている…誰かが、やっているのか…いや、そんなことは…」
その結論は、誰も口にしなかったが、
全員が理解していた。
「……つまり、“二つ”ある」
小型の球体上にデータを投影しながら、上司が言った。
男の名は、レオニード・ヴァルク。
無駄のない動きと、冷静すぎる判断で知られる調査官。
向かいに座るのは、若い部下。
ミレイア・クロス。
鋭い観察眼を持つが、まだ経験は浅い。
「はい。しかも、どちらも正体不明です」
「片方だけなら、事故や新技術の可能性もある」
レオニードは指でデータを叩く。
「だが、二つ同時に存在し、しかも互いに干渉している」
「……意図的、ですね」
ミレイアが小さく言う。
「そうだ」
レオニードは即答した。
「誰かが、魔力全体の流れ…そのものを動かしているのか…全体の流れが…」
その言葉の意味の重さに、ミレイアは息を呑む。
「そんなこと……可能なんですか」
「理論上はな」
淡々とした声。
「だが、実現できるとは考えられていない…あくまで理論上のはずだ…全ての未来を作り出す…」
「……?」
レオニードは一瞬だけ考えた。
そして、口にしなかった。
「まずは仮説だ。仮説をいくつかたてる。その仮説を検証していく…どこかに痕跡があるはずだ…ある時点からの現象ならなおさらだ…その痕跡らしいものをなんでもいいから拾っていく。それしかないだろう…」
オフィス街のカフェ
昼下がり。
人の出入りが多い、雑多なカフェ。
ミレイアは一人、奥の席に座っていた。
調査の一環だ。
コーヒーを口に運びながら、周囲の会話に耳を澄ませる。
その時。
「だからさ、流れが変なんだって」
隣の席。
新聞記者らしき男たちの会話が、ふと耳に入る。
「変って、何がだよ」
「全部だよ。企業の動きも、政治も」
「また陰謀論か?」
笑い声。
だが、一人だけ真顔だった。
「違う。誰かが流れを作ってる」
ミレイアの手が止まる。
「は?」
「自然じゃないんだよ。全部同じ方向に動いてる」
「だからそれが時代の流れだろ」
「違う」
その男は、静かに言った。
「導かれてるんだよ」
空気が少し変わる。
「……誰にだよ」
短い沈黙。
「――わからない。でも、いる」
「バカなこというなよ(笑)導かれてるってなんだ?それ(笑)」
二人の会話の、流れが導かれてる…その言葉にミレイアは引っかかる。
その言葉は、くすぐったかった。
ざわざわしていた。
その話をしていた新聞記者?が席を立った。
ミレイアの横を通り過ぎようとした時わざと彼女も席を立って出ようとした。
わざとだった。
予定通り、ミレイアの体が新聞記者にぶつかった。
「あ、すいません…」
彼女は白々しく謝った。
「いえ、大したことないですから…」
ミレイアは席を立ち、男の前に立った。
「すみません」
男が顔を上げる。
「小説のアイディアですか?今の話、面白そうですね(笑)少し詳しく聞かせてもらえませんか?」
「は?……あなたは?」
彼は警戒していた。
ミレイアは自然に笑った。
「魔力庁の出版課のものです。(笑)」
嘘だった。
でも、名刺はあるのだ。
カムフラージュのために用意されている。
「魔力に関する文書にはいろんな規制があるのはご存知でしょ」
滑らかに出てきた。
「いやいや(笑)私は記者ですから小説なんて書きませんよ(笑)」
「そうでしたか〜」
記者は今度は名刺を出した。
これが狙いだ。
これでこの男はリストにあがる。
リストにあげられた記者は過去を全て調査された。
そこでわかったのが、過去にある小さな、ほんとに小さなある魔力に関する事件を取材していたことだった。
そこで出てきたある人物。
名前はシエラ。
何かが形になりつつあった。
ミレイアは再び記者に接触した。
「この前はどうも(笑)」
「笑えないなぁ…二度も会うのは偶然じゃないな…いやな予感しかしない…」
「あら(笑)ずいぶんな仰っしゃりようですね(笑)」
「少し調べさせていただきました。」
「やっぱりな…カムフラージュの名刺まで用意して…周到なことだ…で、用件は?」
「話がシンプルで助かります(笑)シエラという人物ご存知ですよね?あの魔力事件の…それでこの前のお話…何かお考えがありそうです。ぜひ、お聞かせ願いませんか?」
「要は情報を得たいというわけだ…なら、見返りはなんだ?提起するだけというのは勘弁してくれ(笑)」
「ええ…わかりますよ…お気持ち…でも先程調べさせていただいたとお伝えしましたよね?私達を舐めないでいただきたいです…」
ミレイアの口調が厳しいものに変わっていた。
すると同時に、いつの間にか、屈強なスーツ姿のサングラスの男が二人記者の横に立っていた。
記者は少し考えていた。
「……面白い話じゃないぞ」
と言った。
「構いません」
ミレイアは椅子に座る。
「むしろ、興味があります」
男は、じっと彼女を見た。
やがて、小さく息を吐く。
「で、“流れ”の話だが」
カイは、低い声で続けた。
「誰かが、全部をコントロールしていると思う…」
ミレイアの瞳がわずかに揺れる。
「コントロール?」
「消えてる。抵抗も、障害も…そしてどこかに向かっている…」
「……それが、なぜそんなこと?」
「いや、これは私の推測でしかない…なんだろう…思い切り俯瞰して見てみる。自然にしては、綺麗すぎる」
その一言で十分だった。
「マークしろ」
報告を受けたレオニードは、即座に言った。
「対象は?」
「そのシエラだ」
「理由は?」
ミレイアが問う。
レオニードは短く答える。
「“勘”だ…確信のあるな…」
それは、彼が最も信用する判断基準だった。
「あと」
彼は付け加える。
「そいつが気づいている“流れ”は、本物だ」
部屋の空気が冷える。
「つまり……」
ミレイアが言いかける。
レオニードは静かに頷いた。
「ああ」
「俺たちと同じものを、別の視点で見ている」
見えない接近
魔力は、今も流れている。
二つの塊へ。
一つは――ラプラス。
もう一つは――
まだ、誰も正体を知らない。
だが確実に、
調査官と記者は、
その両方に近づき始めていた。
そしてそれは、
神に触れる行為だということを、
まだ誰も理解していなかった




