第18話:補足事項
「才華先生と蜂須賀…さんが付き合い始めたのって、いつ?」
少し間を開けて、彼女は答えた。
「夏休み前だから、7月だね」
交際期間は4か月目というところか。価値観のズレが原因で衝突が多くなってくる時期だ。
「そうか…2人はどうやって知り合ったんだ?」
間髪入れずに純はつけ加えた。
「…あ、悪いな。質問ばかりで」
彼の言葉に、葵は小さく笑った。
「…別にいいよ。あたしも訊かれたことにはできる限り答えるよ」
―あとはジュンに任せるから。純には、葵がそう言っているように聞こえた。彼女の体験談は、今後俺の大きな力となってくれる。
「元々2人は同じ高校の同級生だったんだってさ。同窓会っていう集まり?みたいなのがあって、そこで再会したみたい」
「同窓会か…」
最近初めて知り合ったわけではないということだ。才華先生からしてみても、彼には警戒心がなかったのかもしれない。
「…同窓会って何?ジュン、知ってるの?」
純は葵を見た。彼女もまた不思議そうにこちらを見ている。小学生が同窓会を知っているのは違和感があったかもしれない。
「同窓会っていうのは、んーと…前の学校の同級生達と集まって遊んだりするんだよ。例えば高校生が同窓会をやるとしたら、小学校のクラスメイトとかかな」
「ふぅん…。よく知ってるねぇ」
葵は感心したのか、少し笑みを浮かべた。
「前にドラマで見たんだよ」
嘘だけど。
それは置いておいて、と純は話を戻した。
「蜂須賀さんの見た目を教えてほしい」
葵は思い出すように上を見て、答えた。
「えーっと…まず髪は黒くて、長さはこのくらいかな。後ろで一本に結いてた」
彼女は両手の先を肩のあたりで往復させた。黒髪で、男性にしては長めということだ。
「顔は、目がぱっちりしてて、いつもニコニコしてて、優しそうな感じ」
そう告げた葵の人物像は、純が思い描いていたそれとは大きく異なっていた。もっと人相は悪く、いかにも「チンピラ」って感じの見た目をしているのかと思っていた。
「服は、いつも黄色と黒のボーダーのTシャツだった。あたしが蜂須賀さんと会ってたのが夏から秋にかけてだから、今の肌寒い時期には、何か羽織ってるかもだけど」
「なるほどな」
黒髪のロングヘア、ぱっちりとした眼、優しそうな人相、黄色と黒のボーダーのTシャツ。それが蜂須賀という男だ。元の2006年には存在しなかったかもしれない男。才華先生に危害を加えている男。
「先生のことについてだ」
「先生のこと?」
おうむ返しをする葵に、純は頷いた。
「変わったことはなかったか?その、手とか首に痣があったりとか」
「なかった、と思う」
必死に当時のことを思い返しているようだった。彼女の視線は斜め下を向いていた。
その時には痣はなかった。純はメモ帳にそのことを書き記した。
「これで最後なんだけど…」
「うん」
これを聞き出して、俺は果たして才華先生を救えるだろうか。そんな疑問を抱いた。葵も表情に緊張が走っている。
心臓の鼓動が早くなるのを感じながら、純は口を開いた。
「蜂須賀さんは大学生?分かれば教えてほしい」
その問いに、葵は少し間を置いて答えた。
「蜂須賀さんは、何もしていないよ」
「何も…?」
コクリと彼女は頷く。
「そう。仕事、してないって言ってた。なんかね、音楽にハマってて、それで将来稼ぐんだって、言ってたよ。大学ってところには行ってないみたい」
それって、フリーターってことか?
「今はお金に余裕ないって言ってたよ。よく才華先生からお金もらってるみたい」
「おいおい、マジかよそれ…」
それで葵がいない間に、金銭のトラブルを起こしていたのか。一方的に蜂須賀が彼女を攻めているようであったが。
才華先生を「財布」としか見ていないのだろうか。常識から外れた倫理観に、純は怒りと恐怖を覚えた。
「才華先生…なんてやべぇやつと付き合ってんだよ…」
彼女は優しいから、断れず、受け入れてしまったのかもしれない。それに最初は、蜂須賀もそんなに歪んだ人間ではなかったのかもしれない。彼を庇う気は毛頭ないが。
「才華先生も今、お金ないはずだよ。ほとんどあの人に取られてるから」
葵の声が震えた。当時の事を思い出して、憤っているのだろうか。
才華先生は数か月間、とても辛い日々を送ってきたに違いない。どうにかして救い出さなければ。
と、そこに昼休み終了のチャイムが鳴った。純は、今日の昼休みをこれまでの人生で1番短く感じた。
彼はメモ帳とボールペンをポケットに入れ、立ち上がった。ズボンに付着した砂利を手で払う。
葵も立ち上がり、同じように臀部のあたりを手で数回払った。小さい砂利が地面に落ちる。
「ありがとうな、アッシー」
「ううん。力になれればいいな」
有力な情報をたくさん貰うことができた。葵には感謝しかない。
純が微笑むと、彼女は手を差し伸べてきた。その表情は先ほどとは比べ物にならないくらい明るく、眩しい笑顔に満ちていた。
「今度、銭湯ね。忘れちゃダメだよ」
純は差し出された手をしっかりと掴み返した。
「おう!」
2人は屋上を後にした。