答案用紙とモデルと攻撃ヘリと
久しぶりの投稿です。後半から走り書きで適当になってます。
「うーん……」
週末の夕方。一日の授業を終え部活動を済ませた奏美は、学生寮の自室で苦々しそうな唸り声を上げていた。
机の上には数枚の答案用紙が置かれている。その中の一枚を拾い上げ、用紙の右上に書かれた数字と睨めっこをしていた。
――75点。
「国語でこの点数はやっぱりまずいよねぇ……」
そして、恐る恐る他の答案用紙に書かれた点数にも目を配った。
――数学69点、英語76点、理科70点、社会74点。
「くわぁぁぁぁぁぁぁ、こんな点数じゃパパとママに見せられないよぉ」
苦悩の表情を繕い、奏美は頭を抱えて机に突っ伏した。
先週末に行われた期末試験。1週間の準備期間を経た後に試行されたそれは、まさに学生を悩ます種そのものだったろう。
通過儀礼と言っても遜色はない。試験は学生の本分だ。
ある者は浮き、ある者は沈む。結果がどうであれ、試験の点数は容赦なく己の実力を悟らせる。惨憺たる試験の点数に苦悶するのは奏美だけではない。幾人かの生徒も同様の醜態を晒しているのだろう。
優良、平凡、劣悪。
必ずしもというわけではないが、どうしても学生という身分はこれらの枠組みに影響されやすい。勉強が学生の義務というのであれば、それは彼女らのステータスとして今後の人生に大きく関わることになる。特に有名大学への入学を目的とした進学校なら尚更の事。
そして此処――橙ノ木高校付属細江中学校も進学を目的とした女子校なのだ。
「音楽の筆記試験があったら90点以上は確実なんだけど……あるわけないよねぇ」
細江中学の試験科目は五教科の他にも音楽、美術、書道といった芸術科目があるが、大抵は普通の授業で行われるだけで、しかも出題された題目をクリアするだけという比較的容易なものが多い。
奏美は音楽家の家系なので芸術科目――特に音楽は絶対の自信が備わっている。音楽という教科に筆記試験があるのかは兎も角、そう願うのも無理はなかった。
「二年生になってから急に教科書の内容が詰め込みすぎて、中間試験はどうにかなったけど……期末はどれも80点以下。ママになんて言われるかな」
――平均で80点以上は取りなさい。それが出来なければお小遣いを減らすから。
母との約束は些細なものだが、穏やかな口調に秘められた威厳を知る奏美に悪寒が走る。
「……成績表、家に届かないといいな」
試験の成績は数日後に通知表にまとめて渡される。自宅から通学する生徒は本人へ手渡されるが、寮生の場合は自宅に郵送される。両親宛なので嫌でも自分の成績を閲覧されることになる。
しかし回避できる手段など無い。後々に来るであろう、母からの連絡と長い小言を覚悟しなければならない。
はぁ、と奏美は溜息を吐く。
どうしようもない状況の彼女を煽るかのように、上空でヘリのローター音がけたたましく響いていた。
「くぅ……もう食べられないのです……」
すやすやと安眠しているフィーの寝顔が苛立たしい。
「ああ~もう! やってらんなーい! 大体、試験の範囲が雑多すぎるのよ! 国語は源氏物語の全部が範囲で、数学は関数・因数分解・方程式、理科は生物と物理混ぜ込んでいるじゃない!」
投げやりといった様子で、クシャクシャになった答案用紙を空中に散らす。
ふと真横に視線を見遣ると、悠華が上の空といった様子で頬杖を突いていた。彼女の机の上には奏美と同様に答案用紙が何枚か置かれている。
「どうしたの? ははぁ~ん、ま・さ・か、期末試験の結果が悪かったりして~」
「……そうかもね」
「ほほぅ、この学校きっての才女が自信のないことを仰る! じゃあ答案用紙見せてもらってもいいかしら」
「どうぞ」
心ここにあらずといった態度の悠華から返事を聞き、お構いなく答案用紙を覗き見た。
国語97点、数学99点、英語95点、理科94点、社会96点。
「うへぇ……すっごい」
実にお見事。これで結果が悪いなど何の冗談か。上には上がいるのだとつくづく体感させられる。
それはさておき、奏美は先程から放心しては溜息を吐く友人の姿に心配せざるを得なかった。
「悠華ったら落ち込んでいるなんてらしくないよ。一体、何に悩んでるの?」
「うん……そうね、今度の日曜日のことが気になって仕方ないのよ」
「日曜日――あー……そういうことか。家の用事があるんだっけ」
「そうなのよね~。あー早く過ぎ去ってくれないかな~」
先週の日曜日――期末試験の終了に伴って振舞われたティータイムの後、彼女の口から聞いたのを覚えていた。なんでも賓客が訪れるというので総員で「おもてなし」をするのだと。
あまり乗り気ではないのが今の彼女から汲み取れるし、それは先週の時点でも察していた。嫌々でも親の命令で参加しろと言われたら気怠くなるに決まっている。それが神田家との諍いが未だに絶えない悠華の立場なら尚更だ。
そういえば、と奏美が疑問の声色で問う。
「その、今度の日曜日に来る賓客って誰なの? 海外の人とは聞いたけど……結構なお金持ちの人だったり?」
「うーんと……確か、若い女社長って言っていた気がする。シゼル・エクザルホプロスっていう――」
「えっ」
間の抜けたような声が聞こえたので振り向くと、奏美が驚愕の表情を繕ってこちらを見ていた。
――何かおかしな事でも言ったのだろうか。
そう思った時、目の前の友人が素っ頓狂な声を上げて椅子から立った。
「シゼル・エグザルホプロス……本当にその人なんだよね!?」
「そうだけど……有名人なの?」
「有名人もなにも、パリコレモデルで今人気沸騰中の超有名人だよ! 悠華、知らないの!?」
いささか興奮気味に本棚に駆け寄ったかと思うと、そこから一冊のモデル雑誌を取り出す。そしてペラペラと捲って特定のページを悠華に見せた。
そのページには1人のモデルが特集で紹介されていた。
透き通るような白い肌、アッシュブロンドのショートヘア、青い瞳。
恐らく、いやこの人物がシゼル・エクザルホプロスなる女性なのだろう。同性の悠華でも誌面に写る彼女の美貌は魅力的だ。
それ以上に身体から出る自信と気丈さが独特の個性を醸している。
「この人が…綺麗な人ね」
「そうよ。ヨーロッパ中の男性がハートを射抜かれて、女性が羨望と嫉妬の眼差しを向けるぐらいよ。悠華、そんな人にお近づきになるのよ! すごいじゃない!」
「別に本人と会うつもりで呼んだわけじゃないわよ。父の事業の関連で今回来日するわけだし」
「そういえばこの人、モデル活動をしている傍らでフランス産ワインの輸出を目的とした商社を営んでいるみたいね。その手があったかー」
「その手って何よ……」
呆れる友人を余所目に、机の引き出しを開けて物色する奏美。しばらくして「あった」という声を出すと共に悠華の眼前にサイン色紙を突き出した。
「……これで私に何をしろと?」
「わからないかなー。サインに決まっているじゃない、サ・イ・ン! こんな街に商談で来るということはお忍びで来るってわけでしょ。空港も関門市から遠いし。と、なれば悠華に頼むしかないじゃない。お願い! ここに私の名前とサインを書かせて欲しいの! その代わりに食堂のデザート、私の小遣いでおごってあげるから!」
目が輝くばかりの眼差しで詰め寄る。あまりにも顔が近すぎるので後退りし、椅子から転げ落ちそうになる。
友人からの期待に応えたいが、再び父と弟に会わなければならないと思うと消極的な感情が悠華の全身を包んだ。
未だに学生寮の外ではヘリのローター音が響いている。自衛隊のヘリが巡回でも行っているのだろうか。その音が彼女を苛ませる要素として一役買っていた。
「悪いけど、私そういう気分になれないのよね」
「ええ~! 何でよ、別にいいじゃな~い! 確かにツラいけどさ、そこを耐えて何とか」
「無理なものは無理よ。週末の予定を少しでも考えるだけで気だるくなるんだから」
一生の頼み、とばかりに奏美が両手を合わせて拝む体勢を構える。その手のお願いを何度も見てきた悠華にとっては最早呆れしか出てこない。
彼女の上目遣いも何一つ効かない。絶対に効くものか。
「やっぱり駄目?」
「駄目なものは駄目よ。全く……週末といい名無しの権兵衛といい、どうしてこうも私の頭を悩ませてくれるのかしら」
「名無しの権兵衛? 何それ」
首を傾げているルームメイトの姿を横目で捉え、話を逸らすチャンスと判断した悠華は先日の出来事を大まかに呟いた。
浜辺で休憩を取っていたら只ならぬ雰囲気の男に心配されたこと。その男が慰めてきたこと。「名乗る名前などない」と吐き捨てて、その場から立ち去ったこと。
悠華の脳内で生じた、「名無しの権兵衛」に悪いイメージが織り交ざってはいるものの、自身が体験した一切を聞かせた。
「ふ~ん、そういうことがあったんだ。いくらイケメンさんでもその手の男性は私でも無理かなぁ。いきなり現れて、いきなり去るっていうのも正直意味わかんないし」
「でしょ? 本当にあり得ないっていうか……あーもう! 今度出会ったらバイクに蹴り入れてやるわ。機体凹む程にね!」
苛烈に意気込む悠華の様子に奏美はつい苦笑を浮かべた。
これまでに何度か魔女の眷属としての振る舞いと力を見せ付けられた側の人間としては、それが只の冗談で済む話ではないことは重々承知していた。
最近は力の制御に慣れ、以前の生活と変わりなく学生の本分を謳歌している。しかし、悠華とて理路整然とした態度でいても感情の処理が出来ない時がある。そういった時は少ないながらも力が入りすぎて彼女の私物が犠牲になる。特にこの数日間はそういった事象が顕著になりつつある。
先程は有名モデルが悠華の家に来ると知ってサインをねだっていたが、冷静になるにつれて申し訳なさを感じてしまった。
「ま、まぁ熱くなるのも何だし、ここは一旦頭を冷やそうよ。もう夕方だし、少しは涼しい風が――」
そう言いかけながらガラス窓に手を伸ばして開けた途端。
――ごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!
奏美は轟音と共に吹き寄せてくる大量の熱風を受け、尻餅をついて倒れた。
さほど近い距離にいた悠華も熱風を受けたが、すぐに奏美の傍へ寄って起こした。
「奏美! 大丈夫!?」
「いたたたたた……あー、お尻がいったーーーい!」
臀部を強く打ったようだが、それ以外の箇所に異常は見られなかった。無事であることを悟り、安堵の表情を浮かべる悠華だったが、油断は禁物とばかりに窓の外を凝視する。
先刻まで夕日で染まっていた学内の景色は、至る所に炎が燃え盛る地獄絵図となっていた。そこには二人以外に人の気配はなく、まるで彼女達だけが異世界に飛ばされたかのような寂寥が混じっていた。
「こ、これはまさか〈虚空間〉……!?」
異様な光景に圧倒される二人に更なる脅威を与えるかのように、眼前に黒々とした鉄の塊が浮上する。
唸るローター音と共に出現したソレは、機首下に30ミリの機銃、機体側面のスタブウイングに対戦車ミサイルとロケット弾ポッドを装備していた。
――攻撃ヘリ。
その名称が口にせずとも二人の脳内に浮かび上がる。
だがそんなものが学生寮に、ましてや眼前で捉えられる程の低空にいるはずがない。つまりは目前にいる攻撃ヘリが、窓の外で燃え盛っている炎の光景を展開した原因だとでもいうのか。
突然の事態で思考と判断が出来ていない彼女達を嘲笑うかのように攻撃ヘリが機銃の銃口をこちらへと向ける。
「や、ば――」
〈絶避の魔眼〉が発動した悠華が告げるも虚しく、攻撃ヘリの銃口が吼えた。
――スダダダダダダダダダダダダダン!
30ミリの弾丸が二人の部屋を容赦なく狙い、追い打ちをかけるように対戦車ミサイルまで発射した。
こうして直撃をまともに受けた学生寮は爆音と共に崩落し、大量の瓦礫と化して辺り一帯に飛散した。




