非情なる戦闘狂の傭兵 PART4
ドサッ、と目前で顔も体も無残に焼き焦げ、本人だと判断できなくなったエサウの遺体が崩れ落ちたのを見て、アーヴェインを除くリーガル・モントルー社の傭兵たちがほぼ同時に恐れ戦いて後退りする。
金魚のようにパクパクと口が何度も開け閉めする様が、彼らの茫然とした状態を物語る。隊長であるアーヴェインが傍にいながらもだ。
「エサウの奴がやられちまった。何てことだ、もう七人も俺たちの仲間がやられたぞ!」
「アフガニスタン紛争のグリーンベレーを三十人相手に手こずらせた俺たちをたった一人で。しかも齢二十にも満たねぇ子供同然の女相手にだぞ!?」
「ば、化け物だ、そうじゃなきゃ俺たちは何と戦っているんだよ! ライフル弾を大量にブチ込んだはずなのにかすり傷どころか命中してる様子すら見せなかったし、空飛ぶナイフを出して意のままに操ってたし、人間以外に何て言えばいいんだよ!」
「ば、化け物相手に俺たちはもう無理だ! 用意していた弾の補給も切れてしまった!」
銃火器や戦闘ヘリや戦車が当然のように横行し、それが戦場や紛争地域で活躍する現代。科学が世界のほとんどで人の意識に同化している中で非科学は抹消されつつある。
その中で尤も現代に同化している傭兵には非科学など次元の異なる話である。
だからこそ魔法について何も知らない様子の傭兵たちは、彼女が繰り出した構築魔法が不可思議に見えるか、または名も知らぬ兵器開発研究所が生み出した最新兵器といった狭い視野でしか考察できないのだろう。
(傭兵さんたちが結構狼狽えているみたいね。よし、少し驚かせてみようかしら)
エサウに向けてピンを抜いた手榴弾を蹴った後に爆風から逃れていた悠華は、口元を悪戯っぽく笑ってみせてから右手を上空に翳す。
魔力回路からごく僅かな量の魔力を右手に集中させると、そこに野球のボールサイズの、球形の熱を帯びた白光を具現させる
「リリウム・ウォーム!」
ゆらゆらと炎のように揺れる白色の熱球を手の上で形を維持したまま、投げるようにしてピッチャーのフォームを構えてから制止する。
見た途端にアーヴェインの部下の傭兵数人が、悠華の勢いに圧倒されてひどくたじろぐ。
「リーガル・モントルー社だったかしら? それもソドムさん、ゴシェンさん、ゲラルさん、エフェルさん、ラバンさん合わせて倒れていない傭兵は五人」
「う! 貴様何で俺たちの名を知ってやがるんだ! 魔法ってやつの超能力か!?」
「隊長がさん全員の名前を私に堂々と喋っていたわ。それに傭兵さんたちも仲間がやられる度に名前を言っていたじゃない、知っていて当然よ! さて、私にはこの魔法が手中にあるわけだけど大人しく投降すればこの魔法は使わないわ」
「抵抗すればどうなる?」
「必ず放つ、何回も撃つ、叩きのめす!」
「…………化け物めっ!」
「化け物はそっちよ! 親友を人質にして! それ以前に人を平気で殺している傭兵さんが化け物じゃないっ!」
「うぐっ!」
白色の熱球を握る悠華の手に更に握力が込められる。
怒りに身を任せている彼女に気圧された傭兵たちが、戦意を完全に喪失されて互いが互いの視線を巡らすこととなった。
傍らには彼女の親友である奏美という人質が手元にあるというのに、まるで一歩でも踏み外せば千尋の谷に突き落とされそうな崖っぷちに立たされているような気分だ。
人質を盾にすれば十分な脅迫材料にもなるはずなのに、もし人質に害為すことがあれば逆にこちらが跡形もなく抹消されてしまう、という恐怖が傭兵たちの間で湧出していた。
――投降しよう。
その結論に至って、M4カービンを捨てようとした時だった。
「てぇぇぇめぇぇぇぇぇぇぇらぁぁぁぁぁぁぁ!!! あんなクソガキの命令に何従ってんだ!?」
「!?」
野獣のような咆哮にリーガル・モントルー社の傭兵と悠華=リリウム・セラフィーが驚倒すると、傭兵たちの背後から単発式のグレネードランチャーのMGL140を突きつけるアーヴェインの姿があった。
その表情には青筋が立っており、ひどく顔を歪めていた。
「ひ、ひいいいい、隊長! グレネードを向けないでください!」
「何を偉そうに俺に向かって言ってるんだぁ!? 俺が隊長だ、命令を下すのは俺だ! 黙って言う事を聞けばいいんだよ!」
「ですが――――うぉふぐ!?」
倒れずにいる数人の傭兵がMGL140を眼前に突きつけられて、そぐわない悲鳴を上げて脅えている中で唯一口出しする部下の傭兵――ソドムがアーヴェインに胸倉を掴まれる。
そして間もなく、体重八十キロ以上はありそうな巨体の足が地上から離れていった。
仲間に容赦なく暴力を振るう非情さに、悠華は侮蔑の目を向けるしかなかった。
「うぐぐぐぐぐぐぐ……!!」
「いいか! 俺らは社会のクズだ、人間社会に戻ったところで普通の生活なんぞ送れねぇ野良犬なんだよ。ゴミだ、処分されるだけのゴミかまたはその以下のカスしか価値がねぇんだよ! いやカスでも甘い、踏んづけられても気にされないようなアリだ! そんな価値しかねぇ俺らがこの世間を生き残るには牙を生やした獣になるしかねぇんだよ! 人殺し、強姦、略奪、上等だぁコラァ!! ソドム、俺の言ってることは間違ってるか? ああ、どうなんだ?」
「た、隊長のおっしゃる通りです」
「それとよぅ、まさか忘れていたわけあるめぇよなぁ? リーガル・モントルー社の約定ってもんを」
「お、覚えています。わ、忘れるわけがありません。リーガル・モントルー社は他のPMCとは違い信用を深める為、雇われた場合は何があっても途中で裏切るようなことはしない。例え戦地で対立することがあっても戦う、戦闘不能の味方は情報漏洩を防ぐためその場で殺す、決して投降はしない、投降した場合は制裁が下される……」
「よし、ちゃんと覚えているようだな。だがな、貴様らはなその最後の約定を破るところだったんだぞ? あのクソガキ如きに降参してたら木端微塵になってただろうな。危ない、危ない。十万ドルの首がチョンパだぜ?」
「っ!」
「まぁいい。リーガル・モントルー社の傭兵としての自覚が足りなかったてめぇらに、再教育として俺の戦いを見せてやろう」
ポイッ、とやはりゴミでも捨てるかのように部下のソドムを投げ捨てると、MGL140のトリガーをすぐさまに引いた。
「優秀な部下を投降させようとした罰だ、五体不満足でバラバラになりやがれ!」
「そうはさせないわっ!!」
MGLから六発も続けざまに射出された40×46ミリのグレネード弾を直線状に捉え、悠華=リリウム・セラフィーは魔力回路で維持し続けていた「リリウム・ウォーム」を投擲した。
――瞬間として轟音が轟いて、爆風と煙幕が辺り一帯に拡散する。
煙幕のせいでアーヴェインと彼の部下の姿が見えなくなった。
「視界が遮られてる……でももう一回『リリウム・ウォーム』を撃ちこめば……!」
「ひゃっはあああああぁぁぁぁ!!!」
「えっ!?」
夜景のグラウンドに広がる煙幕の中から、いつの間にかMGL140からバスタードソードに持ち替えていたアーヴェインが重量を感じさせない驚異的なスピードで出現してきた。
鍛え上げられた硬い筋肉で、バスタードソードを縦に振るった。先には悠華の頭があり、もしバスタードソードの刃が直撃するようなことがあれば、魔法少女である彼女でも即死だ。
「絶避の眼」を発動させた状態の悠華でも容易に判断できた。
(避けきれない! 何か防御になるものが……そうだ!)
魔眼によって遅くなった時の合間に構築魔法を発動させ、構築する物体をイメージで補足して、材料となる物質とその形状を記憶を探ることで完全にあらゆる物体を再現させる悠華。
彼女が構築魔法で再現させたものは―――――――身体を覆うほどの盾だった。
バスタードソードと大盾が金属特有の喧しい摩擦音を生じさせて衝突した。
アーヴェインにしてみれば彼女が一瞬で盾を具現したように見えたので若干動揺したフリを見せたが、すぐに取り直してもう一度振るった。
「ぐぬぬぬぬぬ!」
「クソガキ。その盾は確かバチカンの騎士様の得物だったな。てめぇ、まさかあの女の五臓六腑を引きずり出して嬲り殺しにしてから強奪したのか?」
「違うわ! アンジェさんは殺してなんかいない! あの人の盾をただ再現しただけよ!」
「ヘッ、そうかよっ!」
自分の首元までに迫る巨大な盾を相手にアーヴェインは焦る様子すらみせない。
だがバスタードソードを振るっても、追撃しては防御され、追撃しては防御され、追撃しては防御されての繰り返しだった。
大質量のバスタードソードを難なく振るい続けるアーヴェインもそうだが、扱い慣れた剣捌きに臆しない悠華の防御と足捌きにリーガル・モントルー社の傭兵たちが感嘆せざるを得なかった。
「すげぇ。あの女、隊長の大剣のリーチを読んであしらってやがる!」
玉のような汗を流しながらも、アンジェが対戦の時に行っていた足捌きと防御法を記憶の限り探り出して、それをうまく自分に取り込む。
だが強化された身体と言えどもやはり無理は生じるもので、アーヴェインが重い一撃を加える度に地面を抉って少しずつ後退していく。
劣勢に追い込まれていく悠華を更に追い込んだのは、大盾に生じたひび割れとアーヴェインの変化だった。
「ヘッ、盾を剣で叩いても仕方がねぇ。そういや矛盾って言葉があるが、その言葉を砕くほどの手段があったとしたら、思いっきり砕くほうがいいよなぁ?」
「何を――――――!?」
意味深なアーヴェインの言葉に突っかかっていると、彼がバスタードソードの柄の部分から垂れていた紐が引っ張っていることに気づく。
バスタードソードが、ジャキィィィィン! と奇妙な機械音で吠えた途端、両刃がバクリと口を開いて切っ先も頂点から柄にかけて左右に離れた。
口を開いた両刃の間からは牙―――――正確には鋸の如く、サメの歯にも似た凶悪な刃が現れる。
――バスタードソードは変形して巨大なチェーンソーとなったのだ。
「只の武器じゃなかったの!?」
「ヘヘ、そうさ只の武器じゃねぇ。対人用にチューンナップされた、剣とチェーンソーのハイブリッドだ。ついでに言っておけば、これで廃人にした魔女の配下の首を吹き飛ばしたぜ!」
「ひどい……!」
「おっとぉ? てめぇにそんな余裕があるのか?」
二回ほど紐を引っ張ると、本物のチェーンソーと同様にバスタードソードのチェーンが唸り声を上げて高速回転を始めた。
間もなくチェーンが悠華の構築魔法で具現された大盾に触れて、チュイイイィィィィィィィン! とまさに切断しようとする喧しい金属音が響く。
「盾が!」
キリスト教の象徴である十字架の彫刻が彫られた大盾にバスタードソードのチェーンが喰い込み、やがて真っ二つに割れた。
防御する手段がなくなった悠華の眼前にアーヴェインが突き出したチェーンが迫る。
それは絶避の眼を発動しても不可能なことであり。
彼女の華奢な肢体に凶悪なバスタードソードのチェーンが突き刺さって背中ごと貫いた。
「ぐ、ぐふぅぅぅ!!」
「オラオラオラオラ、この程度で終わらせる俺じゃねぇよ! 喰らいやがれ!」
チェーンが発生した時に現れた、ハンドルブレーキに似た突起物を引くとチェーンの刃が激しく回転し始めた。
突き刺さった時に流れ出た鮮血がチェーンソーの高速回転で更に迸ることとなり、グラウンドに飛び散って濡らすこととなった。
チェーンは彼女の肋骨を砕き、中身の内臓の欠片を刃に食い込ませて体外へと散らせる。
それでもアーヴェインはチェーンソー状態のバスタードソードを抜くことはせず、再生治癒が追いつかないように刃の高速回転を維持し続けた。
悠華は抵抗しようとしてチェーンソーに触れるが、逆に手を切る結果に陥ってしまう。
「が、がああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ヘヘッ、痛い、痛いだろうなぁ。超絶に痛いだろうよぉ! だが既に数十万ドルもの首がついたてめぇには楽には死なせねぇ!! このまま俺が殺したガキ共と同様に惨めに死んでいけやっ!」
更に高速回転を始めるチェーンソー。
想像を絶した痛みに神経が麻痺したのか彼女は悲鳴を上げる事すらせず、ただ己を破壊しようとするバスタードソードに身を縋るしかなかった。
その様子を見て勝利を確信したと考えるアーヴェインの部下たちが喝采を博した。
「隊長はすげぇや! ガキ相手に容赦ねぇ攻撃をブチ込んでるぜ! 流石俺たちの隊長だ!」
「ああ! これであの化け物もそのうちに倒れるぜ!」
「賞賛どうも。よし、俺が用意した人質にシャブを打ち込んでやれ! クソガキの精神を破壊してからトドメを刺すんだ!」
「Yes sir!」
先程まで敗北を悟っていた傭兵たちがアーヴェインの檄で調子を取り戻したのか、やけに乗り気になっていた。
傭兵の一人がグラウンドで這いつくばっていた奏美を抱え上げ、嫋やかな首元に注射針――以前の眷属の魔法少女を廃人にした、数種類の麻薬が混合された注射針――を首元に向けた。
その距離―――わずか1ミリにも満たない。
チェーンソーに身体を貫かれている悠華にもその様子は見て取れた。
「か、かかかかか……奏美に手を出しあああああああああああああああっ!?」
「てめぇはそこで大事な大事な親友が廃人と化す様でも見てるんだな、グハハハハハハハハ!!」
成人に程遠い女子の身体を貫くという残虐さに愉悦を感じながらアーヴェインはチェーンの高速回転を続ける。
奏美に注射針が刺されようとする寸前、悠華はゴボゴボと吐血しながら声にならない悲鳴を上げる。
(誰かっ!)
――その時、不思議なことが起こった。
一筋の物体が流れると、注射針を刺そうとしていた傭兵が壊れたロボットのように倒れた。同時に奏美の首に押し当てていた注射針も破壊されて中身がグラウンドの土へと染み渡っていった。
仲間が殺された方の傭兵たちとしては非情に困惑していた様子だった。
「ゲラル! どうしたんだゲラル! 駄目だ、ゲラルの奴が死んでやがる!」
「誰だ!? 誰がゲラルを殺したんだ、出てこいよ!」
何処かからゲラルを襲って殺した何者かに警戒しながら振り向いていると、わずかに空気を裂く音が聞こえて、傭兵たちの頭部を突貫し、次々と無様な断末魔を上げて倒れていった。
「ソドム! ゴシェン! エフェル! ラバン!」
仲間の突然死にアーヴェインは驚かざるを得ず、悠華の身体を抉っていたバスタードソードの柄から離して、グラウンドに転がる仲間の遺体を起こす。頭部からは血が流れており、即死だというのが確認できる。
彼は彼らの遺体の傍にあった物体に気づいてそれを拾い上げる。それは先端が丸くなった金属片だったが彼には見覚えがあった。
「これは7.62ミリロシアン! この弾を使うのは――スナイパーライフル。どこかに狙撃手がいるのか!」
だがアーヴェインがそのように考察するならば結界内に狙撃手が潜んでいるはずだが、どこにも狙撃手と思われる人物は見当たらない。
そもそもここは細江中学校のグラウンドで、生徒が運動する場や時には特別集合するような場なので見晴しが良過ぎる。規則的に立ち並んだ木々に隠れて狙撃しようにも不可能であり、相手が視野で確認できる位置にいるような狙撃手は戦場にはいない。そんな奴をアーヴェインは見たこともないし、存在するはずもない。
一瞬だけ審判役の永善を思い浮かべたが、神父である彼が銃火器を使うような道理などなく推察から外した。
(ならば――クソガキの主人である魔女、或いは第三者の可能性がある。しかし前者とするならばいつでも俺たちを狙えたはず。後者はもっと可能性が低い)
そのうちアーヴェインは考えることをやめた。
「おい、クソガキ!! どこにいやがるんだ! てめぇのは仲間はどこに!」
第三者の存在を確認しようとして振り向いたその先には、再生治癒能力を駆使して自身の傷を最大限に回復させる悠華がいた。
「うおおおおおおおおおおおおおおああああああああああぁぁぁぁ!!」
チェーンソーで開いた穴がみるみる内に塞ぎ、彼女は身体を貫いているバスタードソードを掴んでへし折った。
「何!?」
「油断した、わね。私がこの程度の攻撃で倒れるような……者だと判断したのが命取りよ!」
「てめぇ、どうしてそこまで戦う? 愉悦か? 悦楽か? 快楽か?」
「愉悦でも悦楽でも快楽でもない! 私は奏美を助けるためなら何だってやる! 例え化け物と蔑まされようとも、罵られようと、嫌われようとも!」
「ヘッ、それじゃ俺たちと変わらねぇじゃねぇか! それとも違うとでも言うのか?」
「違う! 私は傭兵さんのように優しさを失うようなことはしないっ!!」
「チッ、クソガキが偉そうに語るんじゃねぇぞ!! コラァ!」
「守ってみせる! 『熾天使の翼』!」
バスタードソードが折れてしまい、無防備のアーヴェインは腰のホルスターから唯一の武器であるスプリングフィールドXDを取り出して構えるが、トリガーを引く直前で魔力の翼を展開した悠華に衝突された。
しかも、突撃だけで終わることはなく、悠華はアーヴェインを担いで上空へと最速で上昇した。
アーヴェインは上空から襲う気圧と急上昇で生じた圧力に耐えながら、腰のポケットから必死に探ってもう一つの注射針を手に取った。
それは投与すれば確実に廃人と化し、多量に投与されれば死ぬという、アーヴェイン特別製の合成麻薬だった。
「グフッ。ヘッ、ヘヘヘヘヘヘヘヘ! クソガキに投与すればショック死は免れねぇ。これで俺の勝ちだ!」
「傭兵さんにできるの?」
「何だと?」
「合成麻薬を私に投与すれば確実に廃人と化す。でも私と傭兵さんは確実にここから落ちて死ぬわ」
「のわああああああっ!?」
まさしく正論で彼女が意図するままに下を見ると――そこには夜景の関門市が広がっていた。およそ高さは見当する術もないが、落ちてしまえば即死だ。
数々の死線を潜り抜けた傭兵アーヴェインにとって恐怖はとっくに消滅したはずだ。なのにここで再構成され、彼の心を再び蝕み始めた。
「待て、俺をここから落とす気か!? てめぇはどうなんだ!? 落とせば優しさなぞクソくらえだぞ!?」
「わかっているわ。私が人を殺せば優しさはなくなる。化け物だって侮蔑されてもおかしくはないかもね」
「だったら――」
「でも傭兵さんたちは数えきれないほどの命を奪ってきた。欲望のままに犯した罪の重さを身体で深く味わえ! これは制裁よ!」
――悠華はアーヴェインの重量級の巨体を離し、関門市を臨む海峡へと落とした。
「ちくしょおおおおおおぉぉぉ! てめぇをブチ殺してやるからなあああああああぁぁぁぁぁ!!」
断末魔を最後まで聞き取らなかった悠華は、死を確認することなく背中を向けて、白く輝く一対の翼を羽ばたかせて細江中学校のグラウンドへと帰ることにした。
こうしてリーガル・モントルー社の傭兵アーヴェインと白の魔女セレネの眷属の悠華の対戦は幕を閉じることとなった。
――だが敗れた傭兵のその後は誰も知らない。知る由もない。
細江中学校のグラウンドへと着地すると、彼女の姿は魔法少女の戦闘服からいつもの私服へと一瞬で切り替わり、中央で倒れている奏美の元へと急ぐ。
永善の姿もあったが、彼は未だ気絶している傭兵たちを縄で捕縛し、謎の銃撃で即死した遺体をセレモバックに収納していた。
彼の無情な瞳には「よく戦った。彼女なら大丈夫だ。後は私に任せろ」という意思が込められていたが、決して口には出さなかった。
悠華は触りの良い髪を揺らして、奏美を抱え起こす。命に別状はなく、アンジェ戦のときのように安らかに呼吸を繰り返し、やがて意識を取り戻して目を開く。
「ぁ……悠華?」
「奏美!」
親友の声を聞いた途端、傭兵たちとの戦闘で引き締まっていた顔の筋肉が緩んで、至極真っ当な表情から笑顔そのものへと移った。
反動で涙すら流し始めていた。それがおかしかったのか、奏美は微笑んで左手で悠華の涙を払った。
「私、言わなくてはならないことがあるんだ……勘違いしてた。悠華にとんでもないことを言ってた。化け物って言っちゃった」
「奏美は全然悪くない! 私が全部悪いの! 奏美の知らないところで戦ってた私の責任だから、化け物だって言ったっておかしくないわ! 現にもう只の人間じゃないし!」
「化け物だって言ったのは私が受け入れなかったからだよ。知らない悠華を受け入れたくなかったから。信じれないと言ったのもそのせい」
「でも、でも! 私は本当に奏美の言う化け物みたいな存在なんだよ。切り刻まれて貫かれても回復する! 魔法が使える! 背中から羽が生える! 本当の化け物なんだよ!?」
「それでも、正義のヒーローに見えたよ」
「奏美っ!」
「それでね、一度は切ってしまった絆だけど、やり直そうよ!」
「うん、喜んで!」
お互いが了承を得ると、向かい合って互いの右手を差し出し――そして繋ぎ合った。
『あの、私と友達になってくれませんか?』
『…………』
『聞いてますか?」
『何故、私に構うの? 貴女と友達になってくれるような生徒は他に大勢いるのに。私は友達なんていらないわ。必要としていない。親しくしてもいつかは裏切る、だからいらない。三年間ルームメイトになるようだけど、私には今後構わないで』
『そんなことない。貴女には友達が絶対に必要だよ』
『根拠はどこにあるの? 友達を必要とする理由を証明できると言うの?』
『言えるよ。私と友達になることで変われるよ。絶対に人生を後悔することなんてなくなるよ』
『……フン、その自信がどこまで続くか試してみようじゃない。友達にだってなってやるわ。ほらっ!』
『あ、握手?』
『友達になるんだから挨拶くらいはしておかないとね。これで丁度いいでしょ?』
『なんか違うような気もするけど……わかった! これで私たち友達だね!』
それは入学式の時に結んだ、彼女たちだけの儀式だった。
「仲直りしたのはいいけれど、悠華の体に刺さってるの、何?」
「あ。奏美のことが心配だったから、チェーンソーが体内に刺さってるの忘れてた!」
「チェーンソー!? 何をどうしたら刺さるのよ! 早く救急車で病院に行かないと!」
「大丈夫、大丈夫。私なら別に病院に行かなくたって引き抜けば――ぎゃあああああああああああああああ!! 痛いいいぃぃぃ!!」
「きゃあああああああ!! 出血してる! 出血してるううううぅぅ!!」
無理矢理チェーンソーを引き抜いたせいで大量の鮮血が飛び散り、悠華の私服どころか奏美の身体にまで赤く塗り潰すこととなった。処理に取り掛かっていた永善は「やれやれ」と溜息をつきながらも、悠華の元に駆けつけることなく作業に戻った。
遠くから眺める一人の若者。その姿はほとんどが闇に紛れているが、一部分だけが特定することができた。
服装は細江中学の制服、その左胸に縫い付けられた校章は萌黄。脇に挟んだライフルはドラグノフSVDK。
そんな特徴を持つ人物は、校舎の屋上から静寂を保っているグラウンドに、視線とスナイパーライフルの銃口を向けていた。
その先には――誰もいない。
しかしSVDKの傍には薬莢が転がっており、何発か撃ったことを示している。
誰かと特定できぬ者の目には一体何が見えたのか。
「さぞかしリーガル・モントルー社の傭兵たちは驚いたでしょうね。見えない筈の魔力結界の外から狙撃されるなんて思わなかっただろうし、私のように魔力結界内が見えるイレギュラーがいることも知らないでしょうしね」
SVDKのスコープから目を離し、銃身を分解してトラックケースへと詰め込み、転がっていた空の薬莢を全て回収する。
直後に制服の内ポケットからカーマインのアンダーリムフレームの眼鏡を取り出して、慣れた動作で目線に合わせてかける。
セミロングの黒髪、口元の黒子、そして眼鏡。
その特徴を結びつける人物は―――。
「何にしても知る術もなく散ってしまったら元も子もないけどね。さて――任務は終了。これでまた一つ、あの方からの命令は守れたようね。今のうちに戻らないと」
――あの方とは誰だろうか。それを確かめることのできる人物はいない。
そのうち、細江中学の生徒と思われる人物は屋上のドアノブを捻って校舎の中へと消えた。
これでアーヴェイン編は最終回となります。結構な長文になってしまったので編集をしましたが、もう一度見直していこうかと。
次回からはまとめに入っていく予定です。
あ、でも完結ではないのでまだまだ続きますよ。
僕の駄文を読んでくれた方、ありがとうございます!