13.◇◇◇『私』は『わたし』と出逢う◆◆◆
こうして、わたしは『星美ユナ』になった。
はじまりは冗談みたいな事故で、翻弄されたわたしたちはお互いにすれ違ってばかり。
季節も変わっていろんなことがあった。
だけど、わたし達は今ここに居る。
二人そろってインタビューに答えるなんて、去年の夏には考えられなかった。
南からの明るい日差しが入る事務所の応接室。
今は夕焼け空の茜色の光がが窓からさし込んでくる。
――ありがとうございました。
わたしたちにインタビューをしていた記者さんはいそいそと荷物をまとめると、次の取材があるからと足早に立ち去ってしまった。
事務所の一室、残されたのは、わたしともう一人の『わたし』だけ。
夏の始まりから、もう、一年近くたった。
いろんなことがあって、わたしとよく似た顔の女の子は、ユニットのアイドルとして売り始めた。結果はもちろん成功。だって、最高のアイドルが隣に居るんだから。
大切な人の今の名前は『ミナ』、本当は名前を返そうかと思ったけど、本人から猛烈に拒否された。
「ユナちゃん、お疲れ様」
「うん、ありがとう、ミナちゃん」
わたしよりちょっとだけ大人びた顔の女の子。世界で一番素敵な子と一緒に、歩いて行ける。
「ねえ、この後どうする? 寮に戻る前にどこかに寄っていく?」
「んー、そだね、どこいこっか」
「それじゃあ、お互いに頭に浮かんだ場所を言ってみようよ」
「じゃあ、せーの」
声が出てきたのは、本当に同じタイミング。
「お洋服を見に行こう!」
「カフェに寄っていこう!」
口に出した場所は二人とも違っていた。
声を出すタイミングは一緒。顔もそっくりなのに、お互いなんだか違っている。
◆◆◆
「本当に、二人は仲良しですね」
ため息交じりの呆れ顔。今日はちょっとしわくちゃな寮母さんの顔を前に、ふたりしてごめんなさい。
結局、二人のそれぞれの行きたい場所をあちこち回ってたら、門限ギリギリになってしまった。
食堂にはもう誰も残っていなくて、わたし達はお腹を空かせて寮母さんに叱られてる。
「ごめんなさい」
「ちゃんと時間を見ます」
二つの言葉を一つみたいに言ってしまう。
「本当に、そっくりですね」
「うん、同じ人から生まれたから」
ミナちゃんはちらりわたしを見る。瞳の中にうつるわたしは、ミナちゃんと同じような顔立ち。
でも、ミナちゃんはわたしに比べると頬がすらっとしていて大人っぽい。
同じ人から生まれたけれど、だいぶ違ってきている。
「そういえば……」
わたし達は、オリジナルの『星美ユナ』さんから生まれた。
じゃあ、その『星美ユナ』さんはどんな人なんだろう。
「私たちのオリジナルも、そっくりだったのかな」
ミナちゃんは顎に手を当てて目をつぶる。何を考えているんだろう。
「私たちのオリジナル、どんな人なんだろう」
「うん……どんなアイドルだったんだろう」
数百年後まで伝えられるアイドル、それはどんな人なんだろう。
わたしたちは、その人から生まれて何になったんだろう。
「見てみますか?」
頭を抱えるわたしたちに、寮母さんは優しく語りかける。
「きっと、今の二人なら大丈夫ですから」
◆◆◆
翌日、わたしたちは電車に乗っていつか訪れた時間の止まった街にやってきた。
「もう、来ることはないと思ってたから」
ミナちゃんの顔は晴れない。
相変わらず灰色の街を見つめて、浮かない顔をしている。
「ユナちゃんが居なければ、私はずっとこの町に隠れていたのかな」
「違うよ、ミナちゃんがユナちゃんだったから……」
「うん、ごめんね」
もう、どうしようもないと分かっていても、わたしが『星美ユナ』を奪ってしまったことは変わらない。
誰かが許しても、わたしはそれを覚えていて心のどこかで悔い続けると思う。
足が重くて、前に出ない。
ひび割れたアスファルトの隙間は、地獄の底に通じているかもしれない。
「……行こう」
ミナちゃんが、一歩前に出る。
二歩、三歩と進むと、わたしに振りかえる。
瞳が訴えている。一緒に行こうと。
「うんっ」
大丈夫、一緒なら歩いて行ける。
二人で灰色の道を歩く。いつか真実を告げられたアパートを通り過ぎると、見えてきたのは古い映画館。昨日、寮母さんが言っていたとおりだ。
誰も居ないけどドアは開けっ放しで、電気はつけられていた。
ガラスの扉を開けて中に入ると、意外にも中は清潔だった。ただ、やっぱり建物自体が古いのか、壁にはところどころ汚れがある。
「確か、シアターの真ん中に座ってって」
「うん、言ってたね」
廊下を歩いて案内板を確認してシアターの扉を開ける。
中は真っ暗だけど、スクリーンは着いていた。
「大丈夫?」
「うんっ」
暗くてよく見えないけれど、真っ赤なカバーの椅子がいくつも並んでいる。
その真ん中まで歩いて、二人声を合わせて座る。
座席は柔らかくて清潔だった。
わたしたちが座ったことを確認すると、ドアが閉まった。
そうしてスクリーンに映像が流れ始める。
真っ暗闇の中、凪のように穏やかな騒めきだけが空間に響いている。
衣擦れ、呼吸――そして、興奮に震える心臓の音。
そこに在るのは期待。世界が変わる瞬間を今か今かと待ちわびる誰かのあふれ出た声。
やがて、鼓動は消えていく。闇と無音は重なっていく。
そうして、微かな揺らめきも消えたころ、待ちわびたかのようにスポットライトが闇を切り裂いた。
四方八方から浴びせられた円柱状の光はステージの上の一点、人工の光に負けないくらい輝く少女へと降り注ぐ。
少女はマイクを片手に走り出すと、後押しをするようにスピーカーからはポップでキュートな音色が溢れ出した。
止まっていた世界にスタートのサインを出すのは、よく通る少女の声。
『星美ユナ』が、そこにいた。
「あれ……もしかして」
「本当に、そっくり」
でも……
そっくりだけど、違う。瞳は大きく見開かれていて、歌声はどこまでも透き通っていて、記録されたものでもわたしの心を鷲掴みにする。
二人してスクリーンにくぎ付けになってしまう。揺れる髪が、はにかんだ笑顔から目が離せない。
そこに居たのは、まぎれもないアイドル。
誰かが、アイドルを復活させようとしたのも分かるくらい、キラキラで素敵な女の子。
わたしたちは顔だけ同じだけど、とても同じだとは言えなくらい、真っすぐで綺麗な女の子がそこに居た。
二人とも、何も言えなくなる。
ライブの映像が終わればドラマの撮影シーン。そうして、それが終わった後に続くのは、普段の景色。
仲間たちとレッスンをしたり、失敗して泣いたりする女の子がそこに居た。
そして、最後に出てきたのは一人のお婆さん。
『いつか、続くアイドルのみんなへ――』
そうして、映像は終わった。
「……すごかったね」
「うん」
ぼうっと、椅子に座ったまま口に出す。
「わたしたち、全然だったね」
無言でうなづいているのが、見ないでも分かった。
わたしたちのオリジナルは、わたしたちが思った以上の人なんだと思う。
だけど――
「ミナちゃんだって素敵だよ」
わたしが知っている女の子も、素敵だった。
「そんなことないよ、ユナちゃんは――『星美ユナ』の意味を変えてくれたのはあなただから」
「違うよ、ミナちゃんが居たから、私は『星美ユナ』の形を見失わなかった」
「ユナちゃんが!」
「ミナちゃんが!」
二人して顔をにらみつける。
そこあるのはそっくりな顔で……同じ顔でいがみ合ってるのが、なんだかおかしくなってくる。
「……ふふっ」
「お互い様だね」
結局、わたし達は似た物同士なんだ。
だから、アイドルになったんだ。お互いの姿に憧れて、それを胸に走ってきたんだ。
それは、この先も変わらない。
◆◆◆
外に出ると、空の彼方が紫色に染まっていた。
星がいくつか見え始めている。
「ねえ、ミナちゃん」
「なに?」
「これからも、よろしくね」
急に何を言っているの――なんて、恥ずかしそうに顔をそらしてしまうミナちゃん。
こんな風にからかって、時々困らせてしまうけど――
この人は、わたしの憧れで、一番大切な人だ。
そして、わたしはたぶん、この人の一番大切な人。己惚れだと思うけど、それくらい思い上がっても許してくれるよね、ミナちゃん。
わたしたちが手をつないでも、まんまるな円にはならない。歪な楕円だけど。
それでも、いいよね。
《了》




