正面対決
メルグは馬から降り、森の中を歩きながら考えていた。
(最高だな……あの子は少し手伝っただけで、魚を釣って、今度は母さんの牝馬まで乗りこなすってわけか。次は何だ?! 養子にでもするつもりか? それとも新しい弟にでも?)
鹿の鳴き声が聞こえ、メルグは弓を構えてその方向へ走った。
数分後、遠くにカエリアンが息を整えようとしているのが見えた。その瞬間、メルグは口元に笑みを浮かべて思う。
(あの子、農場の生活にずいぶん馴染んでるな……少し怖い目に遭えば、すぐにでも出て行くだろう)
メルグはカエリアンに向けて弓を構えながら近づいた。
***
夜、メルグは森の中を全速力で馬を走らせていた。カエリアンを探すためだ。
(くそっ!)
顔に手を当てながら考える。
(なんであんなことを……殺してたかもしれないじゃないか。俺は馬鹿だ……父さんとスイに知られたら殺される)
拳を強く握りしめる。
(……ぐっ、早く見つけないと)
その時、馬のひづめの音が聞こえてきた。近づいてきたのはギュルデだった。
「メルグ! スイを見なかったか!」
「スイ? 父さんと一緒に探してたんじゃないのか?」
「そうだったけど、一瞬で彼女を見失ったんだ!」
「あの馬鹿…………どうせ一人であのガキを探しに行ったんだろ」
「それがそんなに変かよ? お前も知ってるだろ、母さんと同じくらい優しいんだ!」
「同じくらい馬鹿だって言いたいんだ! 見知らぬやつのために命をかけるのは馬鹿だけだ!」
ギュルデは目を細め、馬から降りた。
「今の言葉を取り消せ」
「嫌だね」
メルグも馬を降りて答える。
次の瞬間、ギュルデの拳がメルグの顔面に直撃した。メルグは地面に倒れ込み、ギュルデはその上に乗って殴り続けた。
メルグは腕で顔を庇い、ギュルデの攻撃の隙をついて顔面に一発を返し、ギュルデを押しのける。反撃しようと覆いかぶさろうとした瞬間、ギュルデが足を蹴り上げ、メルグは体勢を崩した。
ギュルデは立ち上がり、叫ぶ。
「もう撤回する気になったか!」
メルグも立ち上がりながら叫び返す。
「ならない!」
「スイにも 同じ過ちを繰り返させたいのか!」
「最初は彼女、次は父さん……今度はお前か! どうなってるんだ! 母さんの優しさがあの結末を招いたんだぞ、同じ死に方をしたいのか!」
ギュルデは頭を押さえる。
「見てろ、カエリアンのために危険を冒すほど気にはかけてない。だが誰が気にかけるか分かるか? スイだ!」
「父さんがあの子を最初から行かせていれば、こんなことにはならなかった!だが、父さんまで母さんの馬鹿らしさに感染しなきゃいけないとは」
「父さんが自分の意思でそうしたと思うのか?! スイのためだ!」
「……なんだと?」
「カエリアンがあの状態で出て行ったら、スイが黙って見送ると思うか? 絶対に追いかけただろ! 父さんはそれを分かってた。だからスイを守るために、あの子を守ったんだ!」
「……」
「母さんを殺したのは優しさじゃない。放浪の錨だ……お前が一番分かってるはずだろ」
ギュルデは背を向け、再び馬に乗る。
「俺は二人を探しに行く。お前は勝手にしろ」
***
ケルグは馬を駆り、森の中を全速力で走っていた。風が髪を乱し、思考が次々と浮かんでいく。
(ノヴァラの手綱を握っていたのに……逃げられた。でも、もし彼女を見つけられればカエリアンも見つかる。カエリアンを見つければ、きっとスイも……)
背後から複数の足音が近づく。
ケルグが振り返ると、そこには一群のダイアウルフがいた。
馬が嘶き、木々の間を必死に駆け抜ける。
ケルグは微動だにせず弓を取り、二本の矢をつがえる。放たれた矢の一本はダイアウルフの首に突き刺さり、もう一本は外れた。
(……くそ……)
***
スイナはカエリアンの名を叫びながら馬を走らせていた。しかし、その声を聞きつけたのは別のダイアウルフの群れだった。狼たちは即座に襲いかかってくる。スイナは弓を構え、一本目の矢を放ち、一匹の脚を撃ち抜いて転倒させる。次の矢で首を貫き、もう一匹が跳びかかってきた。スイナが弓につがえた矢を放とうとした瞬間、青い閃光が走った。
それは火花だった。ナリスの爪でダイアウルフを真っ二つに裂く。残る二匹が逃げようとしたが、火花は空へ向けて爪を振り上げる。ナリスの刃が放たれ、逃げる狼たちに突き刺さった。
スイナが尋ねた。
「火花、カエリアンがどこにいるか分かる?!」
火花は空を見上げた。
「いや、どうして?」
「彼が隊から離れてしまって、どこにいるのか分からないの」
「ふむ……まあ、探せると思う」
火花は目を閉じ、周囲のナリスを感知することに集中した。すると、周囲とは異なるナリスの流れを感じ取る。
「見つけた!」
***
馬を走らせながら、メルグの頭の中には母が亡くなった夜の記憶がよみがえっていた。救えなかった無力感と、もう少し早く着いていればという後悔が胸を締めつける。
(……思い出す……小さい頃、ギュルデと俺が怪我をするたびに、母さんとスイがいつも薬や包帯を準備してくれた……あの人は……いつも俺のそばにいてくれた……なのに、あの時、助けられなかった……)
その瞬間、メルグの脳裏にあの夜の光景が蘇った。森は静まり返り、彼はついに母の姿を見つけた。ほんの数メートル先に彼女はいた。木の陰から見守るメルグの耳に、突然、放浪の錨の咆哮が響き渡った。その恐ろしい声が二人を凍りつかせる。重い足音が近づいてくる。メルグは母のもとへ駆け出そうとしたが、メリテアは危険を理解しており、手で動くなと合図を送った。次の瞬間、放浪の錨が姿を現し、彼女はメルグとは反対方向へ走り出した。それが、彼が母を見た最後の瞬間だった。
(……もしあの夜、母さんがあの男を助けに行かなければ……今も家族はそろっていたかもしれない。でも俺が何か……ほんの少しでもできていれば……母さんは生きていたかもしれない……!)
その思いが込み上げ、メルグは馬に拍車をかけて速度を上げた。
(……ずっと間違った相手を憎んでいた……だが今度こそ、俺は何かを成し遂げてみせる!)
***
カエリアンは二人の男の前に立ち、即座に状況を分析した。
(相手は二人。一人は武装している……剣で、もう一人は武装していない。おそらく魔術師だ。ノヴァラを巻き込まずに強力な術を使うのは難しい……)
考えが終わる前に、剣を持つ男が突進してきた。同時にもう一人が両手を掲げ、極めて細い水の杭をいくつも生成し、高圧で放った。
カエリアンはナリスで障壁を展開したが、水の攻撃が直撃すると砕け散り、いくつかは地面に深い穴を穿った。
カエリアンは右へと走るが、剣の男がすぐ後ろに迫る。
カエリアンは自分の足元に土の柱を作り、それを利用して跳び上がった。だが剣士はすぐに構えを変え、一撃でその柱を真っ二つにした。
(……なっ?!)
カエリアンはナリスの泡で自分を包み、頭上に巨大な水球が現れた。それが凄まじい勢いで彼に向かって撃ち出され、ナリスの泡に衝突した。泡はわずかにひび割れ、その衝撃でカエリアンは地面に叩きつけられる。衝突と同時に泡が消えた。
剣士が飛び上がり、突きを放とうとした瞬間、カエリアンは土の魔術で地面を柱の形に変え、それを動かして空中の男に叩きつけた。
カエリアンは立ち上がろうとするが、魔術師がすでに数十発の水の弾丸を生成していた。
カエリアンは火炎の奔流を放ち、風の魔術でそれを強化し、水弾を即座に蒸発させる。彼は立ち上がり、魔術師へ突進するが、魔術師は動かない。だが、すぐそばで剣士が跳びかかってきた。カエリアンはナリスの障壁で剣を防ぐが、男は空中で身をひねり、カエリアンの脇腹に蹴りを入れた。その打撃の圧力により、間にあった衣服は関係なくカエリアンのアレルギーが発症した。背骨には針が突き刺さるような痛み、焼けた鉄が通るような感覚を覚えた。
今回は息を失わずに、断末魔の叫びを上げながら地面に倒れ込んだ。
剣士が言った。
「見たか?! 言っただろ、こいつなんて楽勝だって!」
魔術師がカエリアンの胸に足を乗せた。
「そうだな……ただ、もう少し手こずるかと思ったけどな」
カエリアンは必死にナリスを操ろうと集中するが、激痛で制御ができない。
男は足を上げ、再びカエリアンを殴るために踏み下ろした。カエリアンは再び激しい痛みを感じ、別の叫び声を上げた。
「うああああああああ!!!」
痛みはあまりに強く、涙が目からあふれ、一秒ごとに意識が遠のき、気絶しそうになる。
遺産が言った。
(耐えて、助けるわよ!!)
遺産は「導く」を使い、炎が男の剣めがけて伸び、それが飛び出して魔術師の脚に突き刺さった。
「うあああ!!」
魔術師は地面に倒れ、ようやくカエリアンから離れた。剣を持っていた男は言った。
「な、なんだと?!」
彼は助けに走ろうとしたが、ノヴァラの後ろを通り過ぎようとした瞬間、ノヴァラは後脚でその男の頭を蹴り上げ、一瞬で仕留めた。
地面の男は叫んだ。
「いやああああ!!!」
カエリアンは少しずつ起き上がり、荒い息で戦う覚悟をした。
剣が刺さったままの魔術師は立ち上がろうとし、カエリアンに反撃しようとする。
カエリアンは全力で拳を振るったが、拳の圧力は母がくれた手袋でも和らげられず、同じ耐え難い痛みが襲った。
再び悲鳴を上げて震えながら地面に倒れる。
(な、何だ?……まともに殴ることすら……できないのか?)
魔術師は巨大な水の泡を作り、それを杭の形に整えていく。
「持ち主……これでお前は終わりだ! 俺は全てのナリスを使う」
カエリアンは厚いナリスの障壁を展開した。杭がぶつかり、障壁が最初の衝撃に耐えた。
その時、メルグが到着し、馬から降りるが、巨大な水の杭を見て凍りついた。
地面にいるカエリアンは顔を上げ、叫んだ。
「そこで立ってるんじゃねえ、馬鹿!」
メルグは反応して近づこうとする。
「わ、わかった! 今行く!」
カエリアンは彼を止めた。
「だめだ、行け、助けになることは何もない!」
次の衝撃を受ける前に、カエリアンは障壁を解いて身を翻し、攻撃をかわした。
ナリスを伸ばして剣を作ろうとしたが、刃物の想像だけで恐怖が襲い、切れる武器を思い描くことができなかった。彼はこれまでナイフへの恐怖を無視し続け、最初の戦闘でもそうしたが、ついに限界が来ていた。
整えられぬナリスは水の杭に打ち砕かれ、カエリアンは地面に叩きつけられた。
「ふふっ、終わりだ、持ち主」
そのとき、矢が魔術師の脇腹を貫いた。振り返るとギュルデが弓を構えていた。
「てめえは誰だ!」
魔術師は片手で矢を抜き、考えた。
(まだか? 先に持ち主を片付けてしまえば楽だ。先に殺せば余計な面倒はない)
ギュルデを無視してカエリアンを始末しようと身を起こしたが、カエリアンはパニックで全く防御できなかった。その背後から刃物が突き刺さった。メルグはようやく反応したのだ。魔術師は最後の息でカエリアンを殺そうとしたが、ギュルデの別の矢が突き刺さった。それでも止まらず、メルグは刃物を抜いて魔術師の首に何度も突き立て、ついに魔術師は息を止めて地面に倒れた。
メルグは激しい息をしながら、魔術師の死体を見つめた。顔の血を拭い取り、カエリアンの方を見ると、一瞬その顔に母の面影を見てしまった。メルグは涙ぎみで呟いた。
(やった……やったんだ)
カエリアンはあまりの血を見て、その場で気を失った。
ギュルデは走り寄り、カエリアンを抱き起こした。
「そこでじっとしてるんじゃない、狼の声を聞いた、ここから出るぞ!」
***
カエリアンをノヴァラの背に乗せ、手綱を引いて進んでいると、火花とスイナに出会った。
スイナはカエリアンの姿を見てほっと息をついたが、すぐに問いかけた。
「その血は一体……!?」
「心配するな、彼のじゃない」
メルグが答えると、遠くでダイアウルフの遠吠えが響き渡り、全員が一斉に馬を走らせた。やがてケルグと合流する。
「父さん!」
「スイ! 無事か?」
「ええ、でも早くここを離れないと」
その時、ダイアウルフの群れがゆっくりと低く唸りながら姿を現した。完全に包囲されている。
馬たちが怯えて足を踏み鳴らした。
メルグが馬から降りて言う。
「俺が囮になる……お前たちは逃げろ」
ケルグも馬を降りて首を振った。
「無駄だ……逃げ場はない」
その瞬間、カエリアンが目を覚まし、ノヴァラから降りようとしたが、地面に倒れ込んだ。
火花とスイナが同時に叫ぶ。
「カエル!!」
カエリアンはゆっくりと立ち上がり、目を閉じると、残っていたすべてのナリスを広げて天空に巨大な水の球体を形成した。
その光景に、全員が息を呑む。
カエリアンはその球体をいくつにも分け、数百本の水の杭を生み出す。
それぞれを限界まで圧縮し、封じ込められた力を一気に解き放つと、無数の杭が凄まじい勢いでダイアウルフたちに突き刺さり、全身を貫いて一瞬で仕留めた。
遺産が言う。
(お前……その術は知らなかったはずだ、どうして……?)
それは、先ほど彼らが戦った魔導士が使ったものとまったく同じ魔法だった。
しかも、規模はさらに大きかった。




