(7)
(これ、避けられないわね……)
瞬時に、霊夢は、自身と周囲の状況を把握した。
閃光は、しっかりと霊夢を捉えており、このままいけば、喉もとを貫かれるだろう。
(痛いのはイヤなんだけどなぁ。しかも、喉もとってことは、苦しみながら死ななきゃいけないじゃない)
どうせなら、心臓辺りを貫いて、苦しむ間もなく死なせてほしかった。
痛みに苦しみ、血を吐きながらせきこみ、徐々に衰弱していくという醜態を晒さなければならないのかと、霊夢は、この後の自分の姿を想像した。
(まぁ、人生ってのは、思いどおりにならないことの連続よね)
と。
このように、死を受け入れた霊夢の胸中は、実に穏やかで、この後、死ぬ人間とは思えなかった。
霊夢自身が、緊張感が無いなぁと思ったくらいだ。
それにしても、死を覚悟してから、死ぬまでが長い。
自分に向かって飛んで来る閃光も、必死の形相で、こちらに飛んで来ている魔理沙の動きも、非常に鈍い。
これは、死ぬまえに好きなことをしなさいという、神や仏からの計らいなのだろうか。
(極楽に行けるように、祝詞なり、念仏なり唱えろって? 御免こうむるわ)
博麗の巫女というのは、わたしがわたしとして、現世にとどまるための手段だった。
最期の最期くらい、それを脱ぎ捨てて、わたしとして生涯をまっとうしたい。
わたしが死ねば、戦いは終わりだ。
紫や藍が、すぐに出張ってくるだろうし、おっつけ、妖怪の山からの援軍も駆けつける。
そして、わたしの死をもって、スペルカードルールは、強固なものになる。
それで幻想郷も、新しい時代を迎えることができる。
血を流して異変を解決するような、生臭い時代は幕を閉じるのだ。
贅沢を許してくれるなら、アリスのことも、なんとかしてあげたかったが、それは高望みというものだ。
(紫に大口を叩いたわりには、たいしたことはできなかったわね)
でも、最善は尽くしたつもりだ。
その結果がこれならば、これで良しとしておこう。
閃光が、目のまえまで近づいてきた。
(ごめんなさい。結子さん……)
生を手放そうとした霊夢の脳内に、結子の顔が浮かんだ。
―――霊夢ちゃんに、名付け親になってほしいの―――
霊夢は、閉じかけていた目を、かっ、と見開いた。
「まだ、逝けない!」
まだ、自分にはやることがあった。生きて帰って、結子の子どもに、名前を付ける仕事が残っている。
だから、まだ、逝くわけにはいかない。
宙返りをするように体を倒して、閃光を避けようとした。
髪が炎の壁にかすって、ちりっと焦げる。
炎の柱と閃光が、通りすぎていく。
「霊夢! 霊夢っ!」
「いっ……! つぅぅぅっ!」
苦痛に顔が歪む。
最悪の事態は回避したが、閃光は霊夢の左肩をかすめていた。
魔理沙に抱きかかえられながら、霊夢は装束の袖を破って、傷口を縛った。白い布に、血の朱色が滲んだ。
「魔理沙。血が止まるまで休ませて。その間の時間稼ぎ、よろしく」
「ま、まだやる気か!?」
「あたりまえでしょ。私たちが死ぬまで手を出すなって、紫と約束したもの」
「それは、そうだが……」
魔理沙の脳裏には、ここまでよく戦ったとか、もう十分だろうとか、閉めの言葉が浮かんでいた。
実際、人間二人で良くやった。
親玉には近寄れないし、霊夢は怪我を負ったし、もう潮時じゃないだろうか。
「魔理沙」
「いてっ!」
霊夢は、魔理沙のおでこを、人差し指で弾いた。
「あの子に近寄ることができさえすれば、私がなんとかする。だから、どうにかして突破口を開いてほしいの」
「本当か!?」
「保証は無いわよ。それが上手くいかなかったら、今度こそおしまい」
「なんだと?」
先の見通しが無さすぎる。
だいたい、突破口を開けと言うが、トランプ兵たちの壁をどうやって破っていいのかすらわからない。
やはり、ここを潮時にして、妖怪たちの力を借りるほうが、賢明じゃないか。
「魔理沙」
「いてぇ! なんだよさっきから!」
霊夢が、人差し指で魔理沙の額を弾いた。
「神様とか仏様ってのはね、賢ぶってる奴よりも、なにも考えてない馬鹿のほうが好きなのよ」
だから……、と、霊夢は魔理沙から離れた。
「考えてもどうしようも無いことを、ぐじぐじ考えるの、やめなさい」
「ぐ……」
「それじゃ、私は止血に専念するから、あとよろしく」
まるで、風呂場の掃除を頼むがごとき口調。
生き死にがかかっているというのにあの態度。
(難儀な奴と友人になっちまったなぁ)
でも、霊夢と出会えたおかげで、だらだら生き長らえているよりも、よほど有意義な人生を送れている。
その終着点がここになるのかもしれないなら、全力を出しきらないと、後悔する。
(やってみるか……!)
腹が決まると、気持ちも晴れ晴れとする。
天気はあいかわらずの曇天だが、魔理沙には、満点の星空がたしかに見えた。
闇に包まれた、そんな夜でも。
絶えることの無い、星の煌めき。
進むべき道が、見えなくたって。
こころの光彩が、地図になるから。
(そうか。そうだった)
魔理沙は、失いかけていたものを取り戻した気分だった。
人間としての器、分際、限界。
そんな小さいことにこだわるから、世界が小さく感じてしまう。空が狭いと錯覚してしまう。
自分が、自分をあきらめさえしなければ、空は、どこまでも広くて大きい。
(撃てる!)
予感がした。
根拠は無い。
だけど、振り返ってみれば、そもそもわたしの生きかたに、根拠なんて無かった。
わたしが、こうしたいと思った方向に、まっすぐ進んで行く。
わたしが、こうしたいと思ったことに、ひたすら恋をする。
誰に言われるでも無く、わたしはこれまで、そうやって生きてきた。
そしてこれからも、そんなわたしでありたい。
ポケットから、まっ白なスペルカードを取り出した。
無いのなら、自分で描けばいい。
星くずを集めて、キャンバスに散りばめる。
「初弾だ! 手加減はできないぞ!」
祈り、願い、自由に塗って、わたしを描く。
例え不出来だとしても、いまはそれでいい。
スペルカードに、力が籠っていくのを感じる。
自分が表現したいもののイメージが、はっきりとしてくる。
高く、高く、星雲を駆ける、一筋の光。
空のかなたにまで届く、まっすぐな想い。
「恋符、マスタースパーク!」
そのスペルカードの名を告げると、八卦炉から膨大な魔力が放出された。
敵に向かってまっすぐに伸びていくそれは、弾幕などという代物では無い。
「あれじゃ、砲撃よ」
霊夢は思わず笑い声を漏らした。
魔理沙が放ったスペルカードは、天まで届くのではないかという轟音を伴いながら、次々にトランプ兵をなぎ倒す。
(魔理沙。やっぱりあんたはおもしろいわ)
あいつを友人に選んだ自分の目が、霊夢は誇らしかった。
(でも、問題はここからね)
魔理沙は、見事に役をはたしてみせた。
ここからは、霊夢の出番だ。




