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 トリスは神剣を振る。

 連続して二度振ると、光の刃がふたつ、ガルラ目がけて放たれる。

 アステルは魂霊の座を両手で構え、突撃する。


「貴様の創りだした魂霊の座の偽物など、恐れるものではないわっ!」


 ガルラはアステルを迎え撃つ。光の刃には見向きもしない。


 アステルが手にする魂霊の座は、彼女が創りだしたものではない。しかし、ガルラには見た目で区別できず、さらに、まさか正式に魔王になっていないアステルが所有しているとは思わないのだろう。

 わざわざ教えてやる義理もない。


 先に到達した光の刃は、ガルラに直撃すると霧散する。

 アステルは間合いへ踏み込むと、大きく剣を振りかぶった。

 しかし、ガルラが後から放った拳の方が先にアステルの腹部に襲いかかる。


 アステルは瞬間で鎧を纏う。

 ガルラの一撃を受け、吹き飛ぶアステル。

 鎧は簡単に粉砕されてしまう。

 かなりの距離を飛ばされ、地面に転がるアステル。腹部を押さえ、そのままうずくまる。


 魂霊の座は、ガルラに到達する前にアステルの手元から離れ、あらぬ方向へと飛ばされていた。


 トリスのことは完全に眼中にないガルラは、うずくまり苦しむアステルの方へと向かい、余裕の足取りで近づいていく。


「くそったれ! 人族の意地を見せてやるっ」


 そこへ、神剣を片手に肉薄するトリス。ガルラの無防備な背中に向けて、剣を振り下ろす。


 斬れろ!

 強く念じる。


 修行中、光の刃はどれほど強い意思を乗せても威力は変わらなかったが、神剣自体の斬れ味は乗せる気迫によって威力が増減した。

 強い意思を乗せて振り下ろされた神剣はしかし、ガルラの硬い表皮にあっけなく跳ね返される。

 トリスは何度も神剣を振り下ろすが、ガルラの服に斬り傷をつけるだけ。十回ほど斬りつけたとき、ガルラの太い尻尾が振れた。


 木の枝のように簡単に吹き飛ばされるトリス。

 ガルラは、トリスを見ようともしない。

 激しく地面に叩きつけられるトリス。左腕に括り付けて装備していた盾が、真っ二つに割れた。


 ガルラは、アステルへとさらに近づく。

 勢いよく飛ばされたおかげなのか、アステルまでの距離はもう少しだけ余裕があった。

 しかし、未だにうずくまり苦痛に顔を歪めるアステル。


「やはり、こり程度の者か」


 ガルラは失望したように吐き捨てた。

 背中の翼を大きく数度羽ばたかせると、ガルラの周りに黒い飛竜の幻術が出現する。そしてガルラの咆哮とともに、幻の黒い飛竜は長い尾を引いてアステルに向かい放たれた。 黒い飛竜は大きく口を開け、アステルに迫る。


 動けないアステル。


 アステルの傍らで、空間が揺らいだ。

 黒い球体が出現し、中からシェリアーが姿を現す。

 現れたシェリアーごと、黒い飛竜は襲いかかった。


 光を飲み込むような漆黒の闇の大爆発。

 魔都がさらに破壊される。

 立ち上がろうとしていたトリスは、爆風でさらに吹き飛ばされた。

 ガルラは爆心地近くで仁王立ち、術の破壊力に満足そうな笑みを浮かべた。


 しかし爆発が収まり、世界に光が戻り始めたとき。ガルラは自らの目を疑う。

 黒い飛竜が起こした大爆発の中心には、相変わらず苦悶するアステルと、大あくびをするシェリアーが当たり前のように存在していた。


 シェリアーは何事もなかったかのように、後ろ足で白い耳をかく。アステルはうずくまったままだが、外傷が増えている様子はない。


 遠くに吹き飛ばされていたトリスにも、アステルとシェリアーの姿は見えていた。


 シェリアーが戻ってきてくれた。

 喜びの気持ちと、畏怖の念を同時に感じる。

 戻ってきたということは、六魔族との勝負がすでに決着した、ということ。


 魔都ルベリアの守護を司るガルラ。彼が決戦の際に露払いの役目として連れてきた腹心は、魔族のなかでも選び抜かれた精鋭だったはず。その六人の魔族が、こちらの決戦の合図となった爆発音からほんの僅かな時間で倒されてしまった。


 アステルとトリスだけでなく、ガルラも驚愕していた。


「名声は伝え聞いていたが。まさか、これほどとは……」


 明らかに、ガルラの表情には焦りの色があった。


「私を知っていて、あの程度の小物しか差し向けぬとは、舐められたものだ」


 シェリアーは、暇つぶしにもならなかったともう一度大あくびをする。


 六魔族を一蹴したシェリアーが戻ってきてくれた。形勢逆転できる、と喜ぶトリス。

 しかしシェリアーは、傍らでうずくまるアステルと遠くのトリスを、蔑むような瞳で見つめた。


「なんと、情けない。この程度の竜人族にも勝てないのに、魔王になるならないという選択肢が自分にあると傲慢していたか」


 この程度だと、というガルラの怒りは流される。


「トリスよ。貴様もなにを魔族に頼っている。ここは魔族の世界。貴様の味方など、誰もいない。死にたくなければ、自分自身で道を作れ。そもそも、村を襲撃した魔族が憎いのだろう。アステルのような変わり者に助けられたからといって、憎しみは消えたのか」


 距離はあったが、トリスはシェリアーの強い視線を感じていた。


「奴隷商から逃げ、一矢報いてやろうと、死にかけた身体で魔族に体当たりをしたのだろう。恩人であるアステルが危険なのだ。そのときと同じように、死に物狂いで意地を見せてみろ」


 シェリアーの言葉に、トリスは思い出す。

 まさにそうだ。

 魔族には、村を襲った恨み、家族や友人を殺されたり連れ去られた憎しみがある。そして、この理不尽な世界への怒りしかない。しかし、そんな憎悪の世界にも、たったひとつだけ残されたものがある。


 気まぐれだったかもしれないが、助けてくれたアステルへの恩があった。


 今更、惜しむような命ではない。

 たとえ恩人が魔族だとしても、恩に報いるのが人族の矜恃だ。

 人族の誇りと意地を見せるときは今だ。

 下等と見なす人族に倒された魔都の守護役。汚名を着せて、末代まで笑い者にしてやる。

 そして、人族でもやれば出来る、ということを世界に広めてやる。


 トリスの瞳に、強い意志が宿る。


「公爵と人族、合わせて二対一の勝負だ。よもや、今更三対一と卑怯なことは言うまいな?」


 トリスが決意を胸に秘めたのと同時に、ガルラが釘を刺してきた。ガルラとしても、シェリアーが参戦してきては不利になると判断したのだろう。トリスたちの気勢を削ぐ。


「まさか。他人の争いに首を突っ込むほど愚かではない。たまたま戻ってきた場所が悪かったから竜術は相殺させてもらったが、あとは知らん。好きに暴れるがいい」


 言ってシェリアーは、アステルの傍らを離れる。

 離れる間際、シェリアーはアステルを見た。

 アステルは未だに苦しそうではあったが、立ち上がれる程度には回復していた。


「ふふん。もとよりシェリアーの力なんぞ当てになんてしていない。いまの無駄話のおかげで、いい休憩になった」


 アステルの強がりに、そうかそうか、とシェリアーは苦笑しながら去って行く。

 立ち上がったアステルは、新しい鎧に身を包む。そして、右手にはのこぎり刃の長剣、左手には大盾を装備する。

 トリスの盾も、新しく創られた。


 アステルとトリスは、同時にガルラへと突進する。

 先に肉薄したのはアステル。のこぎり刃の長剣で突く。

 剣先を払おうとしたガルラの腕が小さく斬れた。


「っ!?」

「竜殺しの剣でも、この程度か」


 アステルは悔しそうに声を零しながらも、何度となく突きを繰り出す。


「我が鱗は、竜の強度を上回る。貴様の創り出すなまくらな竜殺しの武器など、恐れるに足らず」


 斬られたことに一瞬だけ驚いたガルラだったが、すぐさまアステルの動きに反応する。長剣を素手で受け止めるガルラ。しかし、掌は全く斬れていなかった。


「この肌に竜気の鎧を纏えば、ご覧の通り」


 嫌みたらしくガルラはにやけると、のこぎり状の刃をへし折る。同時に放たれた拳を、アステルは大盾で受けた。

 大盾は砕け散り、またしてもアステルは吹き飛ばされる。


「無視すんなっつうの!」


 背後から、トリスが斬りかかる。全力で振った神剣は、ガルラの巨大な翼に当たる。だが、最初と同じでむなしく弾かれるだけだった。

 ガルラが翼を羽ばたかせると、風圧でトリスはたたらを踏む。

 直後、ガルラの放った竜術がトリスを直撃した。


 今度は確実に死を与えた。確信の後、ガルラはアステルへ改めて向き直る。

 アステルは新たに創った大剣を振り上げ、斬りかかる。

 ガルラは腕を振り、弾き返す。すると、大剣は砕け散った。ガルラの身体を覆う鱗には、傷ひとつ付いていない。


 咆哮一発。


 衝撃波がアステルを襲う。とっさに、両手に大盾を創り出す。しかし、瞬時に砕ける。大盾二枚でも防ぎきれず、後方へと吹き飛ばされるアステル。

 かなりの衝撃だったのか、アステルは倒れたまま悶絶する。


 ガルラは自らの手でアステルにとどめを刺そうと、一歩前へ踏み出した。そのとき、背中に鈍い衝撃を受ける。


 なんだ、と訝しんでガルラが振り返ると、先ほど確実に殺したはずのトリスが、槍を突き立てていた。


 槍は、竜殺しの属性。

 槍先がガルラの鱗に僅かに刺さっていた。


 反撃されたことよりも、殺したと確信していたトリスが生きていたことにガルラは衝撃を受ける。


「なぜ、生きている」


 トリスを睨むガルラ。


「お前の攻撃なんて、効かねえんだよっ」


 馬鹿にしたようなトリスの挑発に、ガルラは怒りのまま腕を振るう。

 人族の小僧ごときに舐められるとは。

 殺意の塊となった竜の爪がトリスの白い鎧を砕き、内臓を破壊した。

 勢い余って吹き飛ぶトリス。地面に転がり、動かなくなる。

 ガルラの爪は、トリスの血で真っ赤に染まっていた。


 今度こそ、殺した。生意気な人族だ。動かなくなったトリスを、ガルラは忌々しそうに一瞥する。

 トリスが左腕に装備していた盾が、粉々になるのが見えた。

 すると、苦しそうではあるが、トリスが立ち上がる。


「なぜだ……!?」


 ガルラは、我が目を疑う。

 血に染まった自分の手。トリスの腹部の鎧は砕け、真っ赤に染まっている。それでも、トリスは腹部を押さえ苦しそうではあるが、生きている。


 苦痛に顔をしかめながら、トリスはガルラを見る。

 鎧、盾、そして竜殺しの武器が換装される。

 一歩一歩、ガルラとの距離を詰めるトリス。


「人族のくせに、再生獣並みの生命力だな」


 嘲笑するガルラ。


「だが、頭が吹き飛べば生きてはいられまい!」


 吠えると、ガルラの手元に漆黒の槍が出現した。トリスの頭部を目がけ、投擲する。

 避ける間もなく、トリスに直撃する。


 なぜか爆散する、左腕の盾。

 トリスは崩れ落ちるが、頭部は無事。

 そして、瞬時に再生される盾。


「なるほど、そういうことか」


 人族どころか、上位魔族でも直撃すれば一撃で倒せると自負するガルラの攻撃を受けても、しぶとく生き残るトリス。そして攻撃の都度、破壊と再生を繰り返す盾。


 仕組みを理解したガルラは、トリスの相手をすることを止めた。

 再生を繰り返すトリスの相手をいちいちする必要はない。アステルさえ倒してしまえば良い。


 ガルラは当初のように、トリスを無視してアステルに向き直った。

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