11
アステルは新たな装備で身を包む。対竜属性の鎧、竜術を弾く大盾、竜殺しの長剣。
しかし、ガルラと対峙はしてみたものの、足下が覚束ないアステル。
トリスと違って、魔族のアステルは、神造の防具である身代りの盾を装備できない。ガルラの攻撃は呪いの武具でなんとか防いではいるが、それでも打ち身や擦り傷で全身が負傷していた。
「人族ごときにご執心か」
ガルラの嘲笑に、アステルは顔を歪める。
「好きで護っているわけじゃない」
では、なぜだ。とは聞かない。聞く必要はない。これから殺す相手には。ガルラは全身に竜気をみなぎらせると、アステルに近づいていく。
アステルは目くらましの魔法を放つと同時に、ガルラへ接近する。
ガルラは、魔法を避けようともしなかった。
強い閃光を放つ魔法。その隙にアステルはガルラに肉薄し、長剣を振るう。竜殺しの刃はガルラの鱗に僅かな傷をつけるが、それ以上は身体に食い込まない。
目くらましの効いているガルラは、身体への衝撃を頼りに適当に腕を振り回す。
とっさに長剣を手放し、後方へ退くアステル。なぎ払われた長剣は、小枝のようにあっけなく真っ二つに折れた。
アステルは後退した場所で投げ槍を創り、投擲する。しかし、槍はガルラの表皮に跳ね返され、地面に落ちた。
視力の回復したガルラは、哀れそうにアステルを見た。
「これほどまでに弱いとは。放つ魔法は下級魔族以下。我への対抗武器を創り出しても、技量なくただ振り回すだけ。よくもまあ、四百年も生きてこられたものだな」
アステルへと無造作に歩み寄るガルラ。アステルは大剣を出して振るうが、はじき返される。ガルラに払われた大剣はアステルの手を離れ、遠くへ飛んでいく。
「彼の御方も、なぜこのような雑魚に魔王位を与えようとしたのか、理解に苦しむ」
「ふふん。力だけのお前が魔王になんぞなれるものか。わたしを倒しても、きっと昇格の話さえ来ないわ」
「情けない命乞いだな。だから殺さないでください、とでも言いたいのか」
「命乞いじゃない!」
アステルはひと振りごとに様々な魔剣を創り出し、ガルラを斬りつける。
ガルラは避けることもなく強固な身体で攻撃を受けるが、どの斬撃も鱗を僅かに傷つけるだけだ。
「たしかに、貴様を倒しても実力の証明にはならんな。弱すぎる。雑魚を倒しても、我は魔王にはなれぬだろう。だが、しかし。貴様を倒すことで、実力のない魔王の誕生を阻止できる。それは彼の御方の支配する世界にとって良いことであろう」
「竜人族のくせに魔族の社会を憂うとは、気持ち悪い奴め。それに、わたしは魔王になんぞ興味ない」
アステルが渾身の魔力を込めて放った魔法の炎は、しかしガルラの服さえも焦がすことが出来ない。
「魔王位を侮蔑し、彼の御方から与えられた機会を無駄にする貴様は許せぬ」
怒気とともに、さらに膨れあがるガルラの竜気。アステルは気圧される。それでも繰り出す攻撃は全くと言っていいほど効かず、ガルラは弄ぶかのようにあしらう。
ガルラの丸太のような腕が振り下ろされる。アステルは大盾で防ぐが、難なく砕かれてしまう。続けて竜の尾がアステルを横から襲う。鈍く重い衝撃で鎧は粉々になり、吹き飛ばされる。しかし、アステルは立ち上がる。そして、新たな装備でガルラに向き合う。
だが、それはむなしい反抗でしかなかった。アステルがどれだけ高性能な装備で身を固めようとも、ガルラは一撃で粉砕する。何度となく立ち上がっても、ガルラに傷を負わせることも出来ず、逆にアステルの方が反撃を受けて一方的に負傷していくだけ。
しかしそれでも、アステルは立ち上がり続けた。
アステルの全身は傷つき、動きも鈍くなっていく。右腕はいつの間にかだらりと垂れ下がり、動かない。全身が傷だらけ、血だらけでも立ち上がり、ガルラに向かう。
「畜生……くそう、くそったれっ!」
アステルとガルラから離れた場所で、トリスは動けなくなっていた。
何度、死の恐怖を感じただろう。身代りの盾がなければ、自分は死んでいた。
トリスは倒れ込んだまま、力の入らない膝を抱えて震えていた。
恐怖で視線を地面から動かせない。いまガルラを見てしまえば、死の絶望に取り込まれた自分はもうまともではいられなくなる。
金属が弾ける音、爆発音、ガルラの咆哮。見なくても聞こえてくる戦闘音に、身体だけでなく魂までもが縮こまる。
そして、アステルの悲鳴。
聞こえてくるたびに、身を抉られるような心の痛みを感じる。
もうこれ以上、なにも聞きたくない。トリスは耳を塞ぐ。
「そうやって怯え震え、耳を塞げば、現実から逃げられるのか」
塞いだはずの耳に、明瞭な声が聞こえた。
うずくまり震えるトリスの耳元に、シェリアーが現れた。
「怖いんだ……。もう、嫌なんだよっ!」
シェリアーを見ようとしないトリス。
「なんで俺が魔族の争いごとに巻き込まれなきゃいけないんだっ」
「そうだな。お前には関係のない争いだ」
静かに答えるシェリアー。
「お前とアステルが出会ったとき。奴隷商とお前との事もまた、アステルにはまったく関係なかった。だが、それを助けてもらったのだろう?」
あれは、アステルの気まぐれだ。トリスは叫びたかったが、なぜか声が出ない。
「助けてもらった恩を返す。さっきまでの意気込みはどうした?」
意気込みだけではどうしようもない事だって、世の中にはある。
「お前はまったく役に立っていないな」
淡々と、トリスの返答を待つ事なくシェリアーは話を続ける。
「役に立たない奴を護るために、アステルは何度も何度も盾を創っていた。巻き込んだお前を、必死に護っていたように私には見えたな」
「巻き込ませたくないなら、最初から、そもそも俺は屋敷で待機していれば良かったんだ」
トリスが絞り出した言葉は、嗚咽に震えていた。
恐怖、悔しさ、憎しみ。
そして、命の恩人に対して負の感情を出してしまった、自分の卑怯さに。
「アステルの考えは、私にもわからない。だが、それでもお前を全力で護ろうとしていることだけはわかる」
言ってシェリアーは、尻尾でトリスの盾を叩く。
盾は、真っ二つに割れた。
割れた盾の代わりに、瞬時に新たな盾がトリスの左腕に出現した。
「盾は自動再製ではないぞ。壊れるごとに、アステルが新たに創り出しているのだ。ガルラと戦い、いまや瀕死になりながらもお前を護ろうとしている」
瀕死に、という言葉に、トリスは青ざめた。
恐る恐る、視線を地面から上げる。すると見えてきた風景。
アステルは倒れ込み、ガルラは勝ち誇ったように敗北者を見下ろしていた。
アステルは顔をこちらに向けていた。唇が微かに動く。
「にげろ」
そう読み取れた。アステルとトリスの距離はかなりあり、唇の動きどころか顔の表情さえまもとに確認できない。それでも、トリスにはなぜかわかった。
ガルラが吠えると、手に巨大な漆黒の槍が顕現した。
「ああぁぁっっっ! シェリアー様、助けてください!!」
なんで傍観しているんだ!
あんたたちは何百年も一緒に暮らしていた友達なんだろう!
目の前で殺されそうになっている友を見殺しにするのか!!
発狂するトリス。
「お願いします。アステル様を助けてください!」
しかし、シェリアーはじっとトリスを見つめたまま動かない。
「これは、お前とアステルが受けた勝負だ。私はどんなことがあっても助けない。魔族とはそういうものだ」
お前等が死んだときは、敵討ちくらいはしてやる。シェリアーの冷徹な対応に、トリスは絶望する。
「なぜだ。魔族とか関係ない。友達を、大切な人を助けようと思わないなんて、絶対に間違ってる!」
泣きすがるトリスに、シェリアーは牙をむいて怒りを表す。
「魔族に人族ごときの感情を当てはめるな。アステルを救いたいのであれば、自分が動け」
トリスとシェリアーのやりとりに構うことなく。ガルラは竜術の槍をアステルに振り下ろそうと、構える。
「甘えるな、トリス。ここは魔族の世界だ。成すべき事があるのなら、他人を頼るな。己で道を切り開け」
シェリアーは叫んだ。
「アステルを想うのであれば、怯えて震えてなんぞおらずに、果敢に戦え!」
「あああぁぁっ! くそがぁっっ!!」
吠えるトリス。
ガルラが怖い。死の恐怖はぬぐい去れない。魔族同士の争いなんて、自分には関係ない。
だが……
絶望のとき、瀕死だった自分を助けてくれた、護ってくれたアステルを助けたい。
トリスは起き上がると、全力で駆け出した。
そばに落ちていた武器を拾う。
魂霊の座だった。
最初に弾き飛んだ魂霊の座が、たまたまそばに落ちていた。
トリスはしっかりと両手で魂霊の座を握りしめ、ガルラ目がけて無我夢中で走る。
今にもアステルにとどめを刺そうとしていたガルラは、トリスの突進に舌打ちした。持っていた漆黒の槍を、アステルにではなくトリスに投げつける。
恐ろしく速い大槍の直撃を、トリスはまともに受ける。
起きる大爆発。
これまでで一番の爆発に、魔都の被害はさらに広がった。
この威力でも盾は身代りになるのか。僅かな好奇心で、ガルラは爆心地を凝視していた。
案の定、トリスは爆発の中から姿を現す。
漆黒の大剣をしっかりと前に構え、ガルラ目がけて一直線に走ってくる。だが、トリスの左腕には、すでに盾はない。
ほぼ命が尽きかけたアステルには、もう盾を創り出す力は残っていない。
ガルラは再度、勝利を確信する。
アステルはすでに死にかけており、足下に倒れ伏している。最大の懸案だったシェリアーの介入は、どうやらないようだ。
トリスの手にする漆黒の大剣、魂霊の座。これはアステルが創り出した偽物だ。ならば、避ける必要もない。
竜殺しの武器よりも脅威にならない。
自慢の鱗で弾き返せば良い。
ガルラは、竜の口を残忍な笑みの形に変えて笑った。
トリスは知っていた。
アステルでさえ、魂霊の座は創り出せない。だから、手にしたこの魂霊の座は、本来は魔王が所持する至高の魔剣その物。
魂霊の座がどのような魔剣なのかは聞いていなかった。だが、魔王が持つべき魔剣だ。アステルが創る竜殺しの魔剣よりも威力はあるはずだ。
いや、属性や付与といったものは、なにも関係ない。
トリスは、アステルを助けたい、その一心でガルラに魂霊の座を突き立てた。
人の倍ある身の丈。全身が竜の鱗で覆われた、ガルラの強靱な肉体。
魂霊の座は、ガルラの腹部を貫く。
「ぐっ!? がはっ。……ば、馬鹿な」
ガルラは驚愕に目を見開く。
「畜生がっ、くたばりやがれええぇぇっ!!」
トリスは強く念じる。
意思の強さは気の強さ。気力が強ければ、神剣だろうと魔剣だろうと、威力は上がる。
トリスはありったけの想いを叩き込んだ。
くたばれ。死んでしまえ。滅びろ。倒れろ。邪魔だ。
憎しみ、恨み、怒り、全ての感情を、魂霊の座を通してガルラにぶつける。
「アステル様は、俺が助けるんだっ!」
何よりも強い気持ちを解き放つ。
魂霊の座を握りしめていた両手に、不意に重さが伝わってきた。
見上げると、ガルラはすでに息絶えていた。
「うわっ」
思わぬ光景にトリスは驚き、ふらつく足で後退る。
腹部に魂霊の座が刺さったまま、ガルラは前のめりに倒れ込んだ。
本当に今の一撃だけで死んだのか。まだ生きていたら、と思い、魂霊の座を引き抜こうと魔剣の柄に手をかけようとして。
トリスは、自分の腕の異変に気づく。
両腕が、指先から黒く炭化し始めていた。そして、あっという間に肘までが炭になる。
己の身に起きた恐ろしい事態にトリスは理解が追いつかず、呆然としてしまう。
「にゃっ」
シェリアーが駆け寄り、短く鳴く。すると、炭化したトリスの肘から先が爆散した。
「な、なにをするんですか!?」
なにも考えられなかった状態から、混乱に変わるトリス。
なぜ、両腕が炭化したのか。なぜ、シェリアーにその腕を吹き飛ばされたのか。
「魂霊の座の呪いだ。相応しくない者が持てば、必ず呪われる」
シェリアーが説明している間も、トリスの腕の炭化は止まらない。
腕が炭化していく恐怖に、トリスはとうとう恐慌状態に陥り、暴れだした。
「炭化した部分をなくしても駄目か」
舌打ちするシェリアー。
シェリアーがもう一度、炭化した部分を吹き飛ばそうとしたとき。
シェリアー、アステル、そしてトリスを、無数の鎖が縛り上げた。
鎖に縛られ、地に伏した瞬間。トリスの腕の炭化が止まる。すでに、肩近くまで腕は炭化していた。
「やれやれ、ですわね。大暴れして魔都を半壊させてしまうとは。主様は大変お怒りでございますわ」
いつの間にか、ガルラの死体の上にはエリザが座っていた。




