19 [B-side]母購入作戦
「……あいつら死んだのか?」
「いえ。二匹とも元気です」
「……雌を捕獲したのか?」
「えっ?」
鉄製の檻が並ぶ母が待つ区画。
醜悪な臭いが漂う寄生鬼の繁殖地。
そこではいつものように門番が待っていた。
いつもと違うのはベルンハルトの置かれた状況。
それは彼の態度にも如実に現れていた。
事前の情報もあって、いつもの様子の違うベルンハルトの様子を見たハインリッヒはカマをかける。
ベルンハルトの戸惑いは、ハインリッヒに己の予想が正しいと確信させるに十分なものだった。
「やはりか。まあ、若い奴らにはたまにあることだ。銭にせずに自分の雌にしたいもんな。俺もそうだった」
「え?」
ベルンハルトの挙げた疑問の声は、会話の流れが予想だにしなかったものであったからだったが、ハインリッヒはそうとらえなかった。よって彼は己の話したかった会話を続ける。
「少数で雌を飼うのはたいがい失敗する。死なせてから巣で飼うのが一番だとわかるんだ」
「べ……勉強になります」
ベルンハルトは、彼らの元にはデュクシがいるから問題ないと思ったが、取り敢えず話を合わせておいた。
「40な」
「はい」
前回の倍額にも関わらず即金で渡したベルンハルト。
ハインリッヒはしばし考えていたが、20だけ塩銭を受け取り、彼を通した。
ベルンハルトは慣れ親しんだ通路を歩く。
神に救いを求める言葉と、己の軽率な行動を悔やむ嘆きが絶え間なく続いている。
聞こえる歌声だけがその場に相応しくなかった。
「ただいま。母さん」
「……おかえりなさいベルンハルト」
いつものやり取り。
鎖につながれた足首。申し訳程度の肌を覆う布きれ。
行為のときに爪を立てられたのだろうか、太ももからは血が流れている。
ベルンハルトは少女を一瞥した後、魂狂を右手で強く掴んだ。
ベルンハルトは考えていた。
魂狂をその手に入れたときから。
母を助けることは容易であった。
魂狂さえあれば無限に食料と雌を確保することができる。これは塩銭が無限に手に入ることに等しい。ただし、どこに母にいてもらうことになるかが問題になる。母の話をしたときにデュクシが殺すことを真っ先に考えたことが恐ろしい。またこの状態の母を鎖から解き放つことが正解なのか疑わしくもあった。
「今日はどんなお話をしましょうね」
母の言葉に我に返る。
鏡を部屋の一角に置き、ベルンハルトは応える。
「剣を」
「うふっ。男の子の目。……厳しくするわよ」
1匹と1人は向かい合い木剣を構える。
* * *
翌朝、ベルンハルトはハインリッヒから一日分の母の占有権を購入し、巣を後にした。
そして予め決めてあった集合場所へと向かう。
彼が到着する頃には、皆が集まっていた。
「今日は魂狂で食料と雌を集めて、塩銭に替えたいです」
「あの女ですか……」
昨日より明らかに不機嫌になっているデュクシにベルンハルトは困惑する。
昨夜に何かあったのかと、クレメンスに目を走らせるが、彼は首を横に振るだけだった。
しばしの間、誰も発言できないままでいたが、巨人族の腹が鳴ったところで朝食となった。
「これを」
「これは?」
焚き火を起こすベルンハルトに渡された円いガラス。
それを空に翳すと、彼の目には世界が青みがかって見えた。
「使用時以外は魂狂に付けてください」
「あ、ありがとうございます。」
先程より彼女が柔軟な態度になったことに彼は胸を下ろす。
「魂狂で食料などを確保するときは、対象の生物はできるだけ大人しいものを選んでください。肉食動物が竜種になった場合など対応に骨が折れます」
考えていなかった可能性を示され、身震いするベルンハルト。
また、竜相手に「骨が折れる」と答えるデュクシが味方で良かったと彼は心底思った。
* * *
殺す。ひたすら殺す。
初めは三匹のナマケモノだった。
それが、蜘蛛になって、鳥になって、牛になって、鮫になって、神戸ビーフになって、シロナガスクジラになった。
クジラを引き当てた時点で、4匹は必死で逃げる。
無論、4匹目は縛られたパン屋の親父だ。
暴れる尾が暴風のように木々を、岩を弾き飛ばす。
ベルンハルトとクレメンスは器用に避けていたが、オスカーには無数の砕かれた岩がぶつかっていた。親父は空を飛ぶ。
しばらく放っておいたら、勝手に虫の息になったので3匹はトドメを差して作業を再開する。
反射光をクジラに当てたら、7匹のキラーマンティスが現れた。
親父の悲鳴が響き渡る。
キラーマンティスは城級モンスターだ。
災厄級とまではいかないが倒すのに100人からの人員が必要なレベルである。
それが一気に7匹現れた。
必死で戦った。
主にデュクシが。
4匹仕留めて、その間に3匹が行方不明。
作業が再開される。
……
この日の戦果は、多数の食料と2匹の亜人の雌、それにクジラの髭などの加工して道具に使えそうな素材であった。
逃した生物は、キラーマンティス3匹、ワイバーン1匹、キングギドラ2匹であった。
多数強敵が出現したときと、飛行生物。これに関しては現状どうしようもなかった。
「「「ふー」」」
やり遂げた顔をしている3匹と、ため息をつくデュラハン。
その陰で、涙で顔がぐちゃぐちゃになっている兎族が生きる喜びを味わっていた。




