元令嬢、因縁の敵と対峙する
「それは俺の台詞だよ」
テミスでさえ思わず動揺を漏らしてしまう殺気の中、だがそれでも黒いフードのついたコートに身を包んだその男は一切の動揺を見せることはなかった。
それどころかラミスを嘲るような笑みを浮かべて見せて、その光景にさらにテミスは言葉を失う。
その時にはもうテミスは悟っていた。
自分に向けて語るように話されていたラミスの言葉、だがラミスの本当の狙いはあの話を目の前の男にすることだったのだと。
つまり、目の前の男こそがラミスの言っていた黒幕であるということを。
「やはり貴方が関わっていましたか」
そしてその男に対して依然として殺気を放ちながらラミスはやけに静かな声でそう告げた。
それは殺気を放っている人間の声とは思えないほど静かなもので、一瞬テミスはそのアンバランスさにまるでラミスが2人いるかのような錯覚に陥る。
「はっ!やはり?よく言うな!」
だがそんなラミスを前にしても男は一切の動揺を見せることはなかった。
ただ、隠しきれない怒りを浮かべた表情でラミスに向かって鼻を鳴らす。
「自分が手を下した癖に!」
「なっ!」
そして男がローブを捲り上げたその下の身体にはあまりにも凄惨な傷が刻み付けられていた。
それはこんな傷でよく生き延びた、なんてものではなかった。
こんな傷をつけられて、生きているはずが絶対にないというそういう類の傷。
何せ、その傷は心臓のある左胸のあたりに深々と付けられているのだから。
「何で生きている、そう言わせて頂いてよろしいですか?」
そして、その淡々としたラミスの言葉こそがその傷をつけたのがラミスであるということを表していた。
決して感情の見えない酷く冷たい声。
それは普段笑っているラミスの姿、いや、それどころか戦場で戦っていたあの覇気のある姿からも想像もできない。
そしてだからこそ、ラミスの怒りがどれほどのものなのかを示していた。
だが男の態度は始終飄々として変わることはなかった。
「いやぁ、あの時は痛かったぜ。本当に。折角いい実験結果に、目障りな奴らも消えてくれたのに、そんな時に死ななくちゃならないんで酷すぎるだろう?もう殆ど実用化出来るだけの自信はあったのにも関わらずだぜ?
ーーー だから禁呪を自分に試したのさ」
しかし、そう最後に告げた瞬間テミスは息を飲む。
何故なら、男の言葉とその目には確かな狂気が浮かんでいたのだから。
◇◆◇
「それから何とか生き延びてもお前らが禁呪に関して規制を掛けてしまったから中々研究はうまくいかなくてよ、本当にその時は恨んだぜ。マートライト家をさ。どれだけ俺の邪魔をするのだと」
だんだんと男の語る言葉にはどんどんと熱がこもるようになっていた。
それに比例するように男の狂気はどんどんと膨らんでゆく。
「そうだな、王国で錬金術師として活躍していた時に邪魔をしてきた先代も、そして今代のあのボンクラなのに邪魔だけはしてくるあの息子も、そして何より俺を危うく死ぬところまで追いやったお前、ラミスも全員恨んでいたよ」
「王国の錬金術師!」
そしてその途中、男の口から漏れた情報に思わずテミスは驚きの言葉を漏らした。
錬金術師、それは殆どインチキだと言われるそんな存在。
だが正式に国に仕えているのは、研究者としての最高位の能力を持つ存在だと言われている。
そして目の前の男がそんな存在だと知り思わずテミスは動揺を隠せなかったのだ。
「まぁ、でもそのお陰で魔獣に禁呪を使うことを思いついたから良かったけどな!」
しかし男は一切言葉を発したテミスに反応を返すことはなかった。
まるでこの場にいるのは自分とラミスだけだと思い込んでいるように、ラミスを見つめながら笑う。
「なぁ、あの時の痛みを俺覚えているんだよ。忘れられないんだよ。あの時上げた悲鳴がさ、未だ耳に張り付いているんだよ。相手は女、それもガキのだぜ。そんな屈辱忘れられる訳がないだろう。そのせいでさ、今回みたいな小物、それも王国の情報を流せば直ぐに騙せる程度のやつとしか組めなくなっちまってさ……」
そう笑いながら告げる男は酷く虚ろだった。
ラミスとの勝負で負け、そしてそれでも何とか生き延びた男。
だがそれでも完璧にとはいかなかったらしい。
心に無視することのできない、そんな傷を負ってしまったのだろう。
だがもちろん、同情など一切するつもりはテミスにはなかった。
「自業自得だろうが!」
そしてそう男へとテミスは叫んだが、その言葉が男に届くことはなかった。
「がっ!」
「テミス!」
相変わらずラミスだけを見つめながら男が反応しなかった、それだけの話ではなかった。
何者か、それもラミスでさえ知覚できなかった存在がテミスへと襲いかかったのだ。
そこで初めてラミスが動揺を漏らす。
そして、その顔を見て男は狂気を浮かべて笑い、吠えた。
「だからさ、ここで精算しようと思っている!
ーーー ぐちゃぐちゃにしてやるよ。ラミス・マートライト!」




