元令嬢、最強の魔獣と対峙する
「がっ!」
突然の衝撃、それが身体を襲ったその瞬間テミスの思考は止まった。
何が起こったのか、全く理解することが出来ず、恐怖により軽いパニック状態に陥る。
そして次の瞬間テミスの身体にまるで死神に鎌を振り上げられているかのような悪寒が襲った。
通常ならば、衝撃を自分に与えた何かが自分を襲おうとしていると理解することが出来ただろう。
しかし今のテミスの頭にはそんなことを理解する余裕はなくて……
「っあ!」
だが頭がそんな状況になってもなお、訓練してきた身体は反射的に反応していた。
のしかかってきた何か大きな物体。
それを蹴り、後ろに飛ぶことでテミスは無様に転がりながらもそれでもその物体から距離を取ることに成功する。
「はぁ、はぁ、」
そして次の瞬間耳に入ってきた何かが裂けるような音と、倒れてきた直ぐそばにあった木を見てテミスは自分が間一髪で命を永らえたことを悟る。
その瞬間、ようやく動き始めたテミスの頭がまず最初に警告を上げたのは未だどんな姿をしているのかも分からない敵の手強さだった。
テミスは決して油断していたわけでは無かった。
それどころか、明らかに強敵だと分かる威圧感に警戒心は最高の状態にまで高められていた。
だが、それでもテミスは今の攻撃を事前に察知することが出来なかったのだ。
いまテミスが相手の攻撃を避けられたのは、それはただの偶然でしかない。
あの時少しでも動きに恐怖が混ざり鈍っていればテミスは今頃死体となってあの木が倒れている場所で寝ていることになっていただろう。
そしてこの敵は今までの魔獣達とは一線を画す存在だと、そう確信してテミスは顔を上げ……
「SYAAAAA!」
「っ!」
ーーー そして黒い魔力を全身に覆った大蛇の魔獣の姿にその認識でさえ、未だ不十分であったということを悟ることになった。
◇◆◇
「ふははは!」
ラミスの従者が、魔獣の姿を見て固まっているその様子に男、サリートは嗜虐的な笑いを上げた。
その大蛇の魔獣は、サリートがマートライト家に復讐を誓ってから作り出した、最強の魔獣だった。
全身に黒い魔力を覆ったその姿は見るからに、身体の一部分しか魔力を覆えていなかった他の魔獣とは違うことを周囲に知らしめている。
「こいつには禁呪で命を10人以上込めている。
ーーー それも魔法保有者の命をな。こいつはS級冒険者など凌駕する実力を持っている」
「っ!」
だが、違うのはその程度のことでは無かった。
普通、全身に魔力を覆えるようになった冒険者は少なくともA級、S級レベルの実力を誇るようになる。
だが、そのさらに上に最強だと今世界的に認められている特殊能力を発揮したそんな冒険者達が存在する。
ーーー そして、この魔獣はそのレベルさえも凌駕した力を持つ。
「なぁ、知っているか魔法保有者が極めた、特殊能力、魔法にはそのさらに上の力があることを!」
「SYA!」
そのサリートの言葉に反応するかのように魔獣が口を大きく歪める。
「なっ!」
次の瞬間、ぼこりっと魔獣の頭部から何か黒い角のようなものが生えた。
それは大柄な身体から見ればあまりにも小さな変化。
しかしテミスはその角のが生えた瞬間魔獣の纏う雰囲気が変わったことを悟る。
そう、自分が反応できていなかった先程さえ比にならない程の。
「これは消費の激しい技でなぁ、おそらくその魔獣は死ぬ。だが、貴様らもここで終わりだ!」
そしてそのテミスの顔に張り付いた恐怖にサリートは哄笑を上げる。
自分に恐怖するテミスの姿、それが見たかったのだとそういうかのように。
「貴方は自分の力の顕示、その為だけにまた私の大切なものに手を出そうとするのですね」
「っ!」
だが次の瞬間、横からかけられたラミスの声にサリートの表情は固まった。
「な、な、な」
そしてまるで言葉を忘れたかのように、口を無意味な言葉を羅列しながら開閉する。
ーーー そのサリートの目は、まるで魔獣の角のように魔力を纏ったラミスの剣に向けられていた。
「その程度の発見でよく驕り高ぶることが出来ましたね」
次の瞬間、冷ややかなラミスの言葉がその場に響いた……




