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チャプター27

〜エッセン通りに向かう馬車の中〜



 ガタゴトと音を立てながら、馬車はエッセン通りへ向かっている。中では、エルリッヒとエルザが隣り合って座り、それぞれ左右の窓の外を見ながら進んでいる。

 お城の近くは、お堀や騎士団の詰め所などが見えていたが、次第に屋敷が見えてくる。貴族や富豪の屋敷が多いエッセン通りだが、何もエッセン通りにしかないわけではない。公爵や一部の大貴族などは、それよりもお城に近い、いわば地価の高い地域に屋敷を構えている。これは、有事の際に、より早く城に駆けつけられるように、という意味もあったが、富と権力の誇示という意味もあった。

 とにかく、この辺りは豪邸ばかりの景色が続いていた。

「あの、エルリッヒさん」

 しばらくすると、エルザがおもむろに話しかけた。エルリッヒは、視界を隣に座るエルザに向け、答える。

「ん、なんですか?」

「収穫、ありました?」

 この数時間の出来事を思い出してみる。急遽城を訪ねる事になり、心躍る華やかなドレスを借り、それを着てこのような豪華な馬車で城に赴き、城内では王様の城内視察騒動で不審者扱いをされ、その後王様が自分の事を覚えてくれていたのをきっかけに、トントン拍子に話が進んだかと思いきや、なぜかエルザの父親と戦うハメになった。

 圧勝してはプライドを傷つけると思ったために手加減をしたら、思いもよらぬ伯爵の強さと竜殺しの力に、不覚にも手傷を負ってしまった。その後、つい我を忘れて伯爵の命を奪いそうになり、エルザに止められた事で、ようやく話が先に進んだ。

 伯爵は何かを隠している様子だったが、それでも興味深い話を聴く事が出来た。

 なんとも、波瀾万丈な数時間である。

「んー、それなりには。エルザちゃんは? 何か収穫、ありましたか?」

 優しく微笑みかけて、エルザの反応を見る。エルザはエルザで、少し考えていたようだったが、こちらもにっこりと微笑みを返してくれた。

 お互い、それなりに収穫があったという事を伝え合う。

「わたくし、お父様がどのようなお仕事をしているのか、今まで知りませんでしたから、いい機会でした。期せずして陛下にもお目にかかれましたし」

「そっか。そういうのって、大切ですよね。特に、貴族ともなるとなかなかふれあいも持ちにくいでしょうし。よかったですね。っとと、ごめんなさい、私が無茶したせいで、せっかくのドレスが切れちゃって」

 胸元の切れ目に手を添える。思い出されるのは、伯爵の圧倒的な速度や、木でできた模擬剣とは思えない切れ味、そして、忌々しい竜殺しの力。

 ゲートムントとツァイネの強さにも驚かされてばかりだが、この国の騎士団には、これほどまでに強力な騎士が揃っているというのか。

 などという、いささか以上に無骨な感想に混じって、切れたのがドレスの一番上の一枚だけで済んでよかった、という乙女らしい感想も少しはあった。さすがに、あの衆人環視の中下着などが見えてしまっては、末代までの恥である。

 本来の姿でいる時には、着衣という概念すらないというのに。

「ドレスの事など良いのです。まだまだありますし、お父様も新しい物を仕立ててくれると仰ってましたし。それよりも……」

 エルザが急に身を寄せる。そして、エルリッヒの頬に手を寄せると、目を潤ませて表情を曇らせた。

 不意の事に戸惑ってしまい、何もできない。

「大事なお顔に、傷を付けてしまいました。わたくしのした事ではないとは言え、なんと言って謝ればいいのでしょう。あまりの事に、謝罪の言葉すら思い浮かびません……」

「そ、そんな。謝らなくても大丈夫ですよ。元はと言えば私が挑発しちゃったせいなんですし、それに、怪我ももう治ってますから」

 そう言って、エルザの手に自らの手を添える。そうして、頬を撫でさせた。嘘ではない。傷はもう治っているのだ。

「ほら、ね?」

「本当……なのですね……よかった。女の子の顔に傷が残ってしまっては、エルリッヒさんにもご両親様にも、合わせる顔がありませんから……」

 そこまで気に病まれては、少々重たい。だが、そこまで気遣ってくれた事は素直に嬉しく思うし、そういえば自分は「女の子」だった。忘れるわけもない自分自身だが、周りが思うよりは、少々粗雑に自分を扱っていたのかも知れない。

「傷が残るくらいの怪我なら、もっと怒ってますよ。それに、両親と言ってももう母様は空の上ですしね。郷里の父様も、随分と長い事顔を合わせていませんし。それよりも、こうして気にしてくれる事の方が、よっぽど嬉しいです。だから、安心してください。私は、自分を粗末にするような事はしませんから」

「そうですか? それなら良いのですが……お父様があのような事に及ぶだなんて、思っても見なかった物ですから……」

 また、少し表情が曇った。このままでは、エルザは泣き出してしまうのではないか。なんとしてでもこの場を取り繕わなければ。エルザの笑顔が見たい。

「エルザちゃん、気になさらないでくださいな。そうして気に病んで沈んだ表情を見せるより、さっきまでの大冒険を思い出して笑いましょうよ。私たち、王様にお会いしたんですよ? 親衛隊のみんなが見ている前で、伯爵様と試合をしたんですよ? こんなすごい事を経験して戻って来たんですから、思い出しただけでも楽しい思い出です。ね?」

「そ、そうですね。我ながら、なんと大胆な事をしたのでしょう。それでも、色々と収穫が得られたのですから、成功……だったのですよね?」

 よし。徐々に表情が明るくなって来た。この調子だ。エルリッヒは駄目押しとばかりににっこりと、大きく頷いてみせた。

「もちろん!」

 浮気調査については帰ってから色々とまとめなければならない事があるものの、今は隣に座るエルザの笑顔を守れればそれでいい。友達が増えるという事は、守らなければならないものが増えるのだと、改めて実感する。

 エルザはといえば、ようやく気持ちも落ち着いたようで、正面に向き直ってくれた。フォルクローレの態度もそうだが、急に顔を近づけられると、なんだかドキドキしてしまう。この感情はなんなのだろう。その回答が出るよりも前に、馬車は屋敷の敷地内に入って行った。

「お屋敷、もうすぐですね」

「ええ。少し、疲れましたね。休んでからお帰りになりますか?」

 屋敷が見えるにつれ、確かに疲労感が湧いて来た。この短い間に、色々あったのは事実だ。少し休んで帰りたいのも正直な所である。

「とりあえず、着替えてからにしましょう。私はもちろん、エルザちゃんも、部屋着の方が落ち着くんじゃないですか?」

「そうですね。でも、着替えたら着替えたで、どっと疲れが出そうです」

 疲れた笑顔を向け合う間にも、馬車は広大な庭園を抜け、屋敷の前に到着した。二人は、屋敷のお抱え御者に手を引かれ、馬車から降りる。

 ほんの数時間の事なのに、この屋敷がひどく懐かしい。エルリッヒはエルザに先頭を任せて、屋敷の中に入る。なんだかんだと言っても、ここは余所の家なのだ。遠慮が残る。




〜屋敷内・エルザの私室〜



「さ、着替えてしまいましょう。着慣れないドレス、不自由したのではありませんか?」

「そう、ですね。でも、普段着ないですから、新鮮でした。それに、お城に上がるのには、やはりこういった格好でないと、不相応ですしね」

 以前、初めて城に上がった時は、兵士に招集され、まるで罪人の連行のようだった。それを思えば、大出世である。何しろ、貴族の娘と同伴し、その友人と言う立場での参上だったのだから。

「よかったです。なにやら行き過ぎてはいまいか、少し心配だったんです」

「どんな形であれ、その提案に気乗りしなかったなら、反対してますよ。安心してください。自分の気持ちで、エルザちゃんの提案に乗ったんですから」

 二人一緒に、着替えながらの他愛ない会話。とてものんびりとした時間が流れる。

「とはいえ、私はこうして庶民的な服に戻りますけど、エルザちゃんは部屋着と言っても立派なお召し物に着替えるから、大変ですね。お手伝いしましょうか」

「そうですか? では、お願いします。メイド達がいない中で着替えるというのは、何やら経験が少なくて」

 筋金入りのお嬢様。さすがである。


「よっ、ほっ、どりゃっ! こんなもんですかね」

「ありがとうございます。おかげさまで助かりました」

 コルセットの締め直しから部屋着のボタンを留めるまで、普段なかなか経験できないドレスの着付けを手伝った。これはこれで、貴重な経験だった。

 着替えが済むと、予想通り二人ともどっと疲れが出てきた。どちらが提案するでもなく、二人はのろのろと歩き、ベッドの上に横たわった。貴族の娘が使うようなベッドである。娘二人が休むのには、十分な大きさだった。

「少し、休んでからお帰りくださいな……」

「ありがとうございます。そうさせて、もらいますね……」

 二人は、まどろみの中に消えた。




〜つづく〜

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