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⑰救済という名の契約

 ——ヴァンとノアの邂逅


 黒いコートを着た男は、柔らかな笑みを浮かべていた。


 初めて会ったはずなのに、不思議とその雰囲気に飲み込まれていく。


「認識阻害か……珍しいね」


 男は興味深そうに俺を見つめる。


「君、名前は何て言うんだい?」


「……ヴァンです」


「お、おい、ヴァン?」

 

「ヴァンくんか……僕はノア、怪しい者ではないよ」


 そう言って差し出された手を、俺は反射的に握った。


 怪しくないなんて自分で言う人間が、怪しくないわけがないと頭では理解してるのに、その場から動けなかった。


「今の話、少し聞こえてしまったんだけど」


 ノアは申し訳なさそうに笑う。


「君、自分の能力に悩んでいるんだね」


 その言葉に胸が痛んだ。


「別に……」


「隠さなくていいよ。能力が発現したばかりの子は、みんな同じ様な悩みを持ってるからね」


「……」


「珍しい能力だと、特にさ」


 まるで、こちらの心を見透かしてるかのような物言いに、何故か『この人は俺のことを分かってくれる』って思えてしまった。


「君は、その力で何ができるか分からないんだろう?」


「……」


「これからの将来に不安があるんだろう?」


「……」


「誰に聞いても、その答えは出ない」


 気付けば、俺は黙って頷いていた。


「こいつ、なんかやべぇって! 行こうぜ、ヴァン」


 そんな俺の様子を見かねた友達が、手を引こうとした時、ノアはわざとらしく溜め息を吐いた。


「はぁ……君には用はないんだよ。何処かへ消えてくれないかな」


 そう告げた瞬間、凍てつくような視線を友達の方へ向け、ノアが詰め寄った。


「ひっ……!」


 その途端、友達は唇をカタカタと震わせながらその場から動かなくなってしまった。


「あらら、消えて欲しかったんだけどなぁ……まぁ、いいか」


 ノアは然程気にかける様子もなく、ヴァンへと向き直った。


「さて、ヴァンくん? 君の能力を、喉から手が出るほど欲しがってる人がたくさんいるんだよ……僕なら、君の欲しがっている答えを出してあげられる」


 そう言って、懐のポケットから名刺のような物を取り出した。


 そこには、時間と場所だけが書かれていた。


「ああ、そうそう……必ず、1人で来てね? 定員があるから」


 明らかに危ない話だってことは、誰にでも分かるはずなのに……気付けば、その紙を受け取っていた。


 ――


「……それで、その場所へ行ったのか?」


 エリオが静かに尋ねる。


 俺は俯いたまま、小さく頷いた。


「行ったよ」


 乾いた声が出る。


「そこで、ノアと契約したんだな?」


「……」


 ヴァンは黙って頷いた。


「契約っていうのは、ノアの能力なのか?」


 エリオの問いに、ヴァンは少しだけ考える。


 あの日のことを思い出しながら。


「そうだよ……でも、詳しくは知らない」


「覚えてる範囲で、何か気になることはなかったか?」


「……確か、仕事の内容を口頭で伝えられたんだ。その内容から逸脱? なんか、失敗したら契約違反になるとか言われた」


「契約違反ね……そうなるとどうなるのか説明されたのか?」


「説明っていうか、違反したら次はないって言われただけだよ」


 そりゃ、失敗したら次はないんだろうなって漠然とイメージはしてたけど……あの時は、それがどういう意味か深く考えてなかった。


「なるほど……契約を交わした相手が違反をすれば、罰を与える。それが、奴のアビリティなのか?」


「わからない……でも、本当に死ぬかと思った」


 首を横に振る。


「でも……どうして、俺は助かったんだろ?」


「契約の力を断ち切ったからだ。うまくいかなければ、お前はあのまま死んでただろうな」


「死んで……」


 ヴァンの表情から血の気が引いていく。


 実際に自分が死にかけたことと、ノアという得体の知れない人間への恐怖心が胸を締め付ける。


「他にも、協力者はいたのか?」


「わ、わからない……少なくとも、ノアと、ジブって呼ばれてるおっさんが指示を出してたし」


 ヴァンは何かを思い出したように顔を上げた。


「それから、瞬間移動で人を転移させる人がいたと思う……あとは、念話を使う女の人もいたはずだよ」


 ヴァンの話を聴き、エリオは腕を組みながら黙り込む。


「……かなり、組織的なグループと考えるべきか」


 その時だった。


 バンッ!


 病室の扉が勢いよく開いた。


「兄貴ぃーっ!」


 ビビは息を切らしながら病室へ飛び込んでくる。


「見つけてきたっすよ!」


 その後ろには――


 見覚えのある二人の姿があった。


「……え」


 思わず声が漏れる。


 母さんと父さんだった。


 母さんは俺の顔を見るなり目を見開き――


「ヴァン!」


 叫ぶように名前を呼んだ。

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