闇の一端
「――――ぷはっ! ありがとうラビス」
起床後、喉の渇きを感じた俺は彼女に水を飲ませて貰っていた。
無論、本意ではなかったが戦いでバキバキに折られた左腕と斬り落とされた右腕は使い物にならず、人の助けを頼らざる負えなかった。
「ううん全然、っていうか今日中に両腕の完治は無理って話だから困ったことがあったら気にせず頼ってね」
「ホントありがとうな」
「ふっ。激闘のあとは一日中寝て、起きたら彼女に介抱だなんて平民にしては贅沢な暮らしだな」
「羨ましいのか? だったら是非とも変わってほしいね」
ラビスの優しさ、そしてセロブロの嫌味な物言いに日常に戻ってきたことを深く感じた。
「で、俺とベレスの戦いが終わってからどうなったの?」
魔導大会五日目のほとんどをベッドの上で過ごす事が確定しているが、明日の朝にはエンドリアス王国に帰還する以上は現状を把握しておきたい。
セロブロとラビスはお互いに補完しながら説明を始める。
と言っても内容は至ってまともであり、気に掛けることがあるとすれば今の状態と一対一の準決勝戦くらいだった。
「なるほどねぇ、確かに焼かれた喉とか治ってんね」
あまり思い出したくはないがベレスとの戦いを思い返せば、今は身体の痛みはほとんど感じていない。
右腕は感覚が戻って来てないだけかもしれないけど、頭蓋骨や顎骨を優先的に治癒してくれたのは助かった。
「右眼の治療が後回しなのは驚いたけどな。痛くないのか?」
「痛いっていうか感覚がないな……目を瞑ってる感覚に近いかも」
「感覚が無いというのはやや怖いが、機能停止に近いのかもしれない」
「まあ医者が言うんだから間違いないでしょ」
「またお前は適当な事を、自分の身体という自覚が……何を笑っている?」
ジロリと動く金眼、俺の事かと思ったが彼の視線はベッドの反対側のラビスに向けられていた。
「ごめんなさい、ふたりが仲良さそうに話しているのが嬉しくて……」
「おいおいラビス、お前も相当疲れているんだな。一緒に寝るか?」
「全くだ、一晩中付き添っていたことを考慮して此度の失言は許してやるが」
セロブロと珍しく考えが一致したようだ。
とは言え仲良さそうでは断じてないがこうして話せるのは悪い気分じゃない。
全ては昨日の試合で踏み止まれたから。一線を越えなかったからに他ならない。
視界がじわりと滲み、輪郭が溶けていく――――。
「……どうしたのアルム?」
「えっ?」
「何で泣いている?」
顔に触れない俺は泣いているのか分からないが、視界がぼやけて見えた。
「ごめんラビス、拭いてくれ」
「うん……」
情けないが彼女に頼り、顔をハンカチで綺麗に拭き取られた。
「戦闘で脳に何度も衝撃を与えられたから少しおかしくなったのかも。あ、別にアルムの頭がおかしいって言っている訳じゃないよ」
「大丈夫、言わなくても分かってるって」
「だがさっきも涙を流していたからな。本当に異常はないんだな?」
「本当に問題はない、心配してくれてありがとうな」
「なら良いが、あと心配はしていない! 勘違いするな」
「はいはい、分かったよ」
あれだけ脳を揺らされれば訳もなく涙が溢れてしまう事もあるだろう。
思い出せない妙な夢も脳の一時的な機能障害に近いものだろう。
原因を結論付け忘れようとしていると病室の扉からノックの音が聞こえる。
俺は入っていい事を告げると扉が横にスライドし、白髪金眼で顔の整った男が入室する。
「失礼します」
「「……⁉」」
「レイゼン、理事長……」
和やかな空間は彼の登場で一転し、俺は刺すような鋭い視線を向けた。
「意識が戻ったようで良かったです」
「わざわざご足労いただき感謝します。しかし魔導大会はまだ終わっていないのに生徒のお見舞いに来ても良いんですか?」
「ご心配は無用です。ライザ君の試合までまだ時間はありますから」
さっさと出て行けという思いを込めたがあっさり躱されてしまう。
届かなかったのか、はたまた気付かないふりか……どちらにしても訪問のタイミングが良すぎる。
「さっき伝えたはずだろ、それにその言い方は失礼だ」
「そうだよアルム、理事長先生はアルムの対戦者が棄権したことを知られに来てくれたんだよ」
「……確かに失礼でしたね、申し訳ありません」
こちらにも非があると謝罪を受け入れるレイゼン。
「彼には少々お話がありまして二人だけにして頂けませんか?」
ラビスたちがいることを承知の上で接触して来たんだ。
ライオスが言っていた死神教に関する情報なのは間違いない。
ふたりは魔導大会関連だと察し、レイゼンの申し出を快く受け入れた。
「私たちはマインちゃんたちを呼びに行って来るから」
「それに昨日から何も口にしていないだろう。貴様のバカ舌に合う食べ物も買って来てやる」
そう言って彼らは部屋を後にした。
「素晴らしいご友人に出会えましたね」
「俺には勿体ない奴らだ。手は出すんじゃねェぞ」
「勿論です。大切な生徒ですから」
「はっ、それで話の内容は死神教だろ? 役には立たなかったが打倒を心に誓った仲だ。包み隠さず話してくれよな」
「ではどこからお話ししましょうか……?」
長い話になるのかレイゼンは付近の椅子に腰かける。
「じゃあまずはエミリーたちに『黒玉』をばら撒いた黒幕から聞かせてくれ」
「分かりました。魔導大会の裏で選手たちに黒玉を配っていた者は『ケイラ―卿』と名乗り、信者は彼女たちを『清廉なる教徒』と崇めているようです」
レイゼンは淡々と、そして僅かな怒気を含ませながら本題に入り始めた。




