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2羽 運命の執行人

 いくつもの世界を巡って、いくつもの運命と向き合ってきた。最初の方は巡った数を数えていたけど、途中から数えることすらやめてしまった。巡った世界の数がそのまま兄を救えなかった数なのだ、向き合うことを恐れていたのかもしれない。

 ちょっと忘れ物を取りに行くだけのつもりが、随分長い旅になってしまった。俺の心をすり減らしていたのは、もちろん一番は兄の死に様だが、それだけではなかった。だから嬉しかった、あいつが俺のことを──



 「おい、玄雄。どうした?」

 「へへへっ何でもない!」

 「変な奴……本当に何があったんだか……」


 なんとなく流れでこいつと行動を共にすることになったが……どうも様子がおかしい。思い詰めた顔してると思ったら、急にこうやってにやけだすし……


 「確かこの辺にあいつがいるはずなんだよ……」

 「あいつ?」


それに、まるで全部わかってるみたいな言い方すんだよな……一体何なんだ。鳳雛の家の皆は大事な仲間だ。さっきは反射的に判断してしまったがこんな得体のしれない奴、簡単に信用するわけにはいかない。俺が監視しなければ。騙しているようで気が引けるが、仕方ない。人体実験に関する記憶を持っているのは俺と玄雄だけなんだ。


 「お、ここだ。……うーん……やっぱりここは後回しにしよう」

 「何でだよ?」

 「もしものことがあった時にダメージが大きい、っていうか……いや、もちろんみんな大事な仲間なのは同じなんだけどさ」


何を言っているんだこいつは。だがもしかしたら何か狙いがあるのかもしれない。だとしたら思い通りにさせるわけにはいかない。


 「この家に何かあるんだな?」

 「うん、まあ、そう言えばそうなんだけど……」

 「ごめんくださーい!!」

 「ああ! ちょっと!」


大声で呼びかけると、ドアの隙間から黒い髪の美しい少女が顔をのぞかせる。隣にいる玄雄のような奴……面倒くさいから今のところは玄雄でいいや、玄雄はそれを見るとぱあっと顔を明るくさせた。


 「えーと……ひょっとして玄雄と隼人?」

 「夕陽! 無事だったか!」

 「え!? ちょっと、玄雄……」


おいおい、こいつ抱き着きやがったぞ! 握手会の警備員さながらに素早く、玄雄を硬直している夕陽から引きはがす。


 「お前何考えてんだよ!セクハラだぞ、セクハラ」

 「あ、ごめん……嬉しくってつい……ああ、でも良かった……」


今度は顔を押さえてボロボロ泣きはじめる。こいつこんなに表情豊かだったかな……


 「う、うん、気を付けてね……で、何か用?」


気を付けてねって……それで済ませちゃっていいのかよ。実のところ俺も何の用件でここに来たのか分かってないのだけど。玄雄の言葉を待つがなかなか泣き止みそうにない。


 「おいおい、大丈夫か?」

 「ぐすっ……うん、大丈夫。俺のことはどう思ってる?」


急に冷静になると真顔で尋ねた。なぜここでそんなことを聞く。こいつまさか夕陽が好きなだけか?


 「どうって……会うの自体10年ぶりぐらいなのにそんなこと聞かれても……」

 「10年ぶり……そっかぁ……」


答えを聞いてシュンとうなだれた。少なくとも10年振りに会っていきなり抱き着いてくるような異性に好印象はなかなか持てないと思うぞ、かなりオブラートに包んで言ってくれたはずだ。……ていうか俺来る必要あったか?



 「そっか、ここの夕陽は思い出してないのか……」


 帰り道で玄雄が残念そうにつぶやいた。“ここの”夕陽? どういう意味か分からねえな。こいつはもしかして人体実験の記憶を持ってるやつを探しているのか? いや、でも何のためにそんなこと……


 「んー? どうした、隼人?」

 「え? ああ、いや、何でもない。それよりどこに向かってるんだ?」

 「俺の家。二年振りだからなー。父さんと母さん元気かなー」


弾むような足取りで楽しそうにつぶやいた。まあ、二年ぶりの実家なら当然そうなるか。こいつの家にまで俺がついていかなければならない理由は分からないが。


 「たっだいまー!」


玄雄が元気よくドアを開ける。しかし家の中は水を打ったような静けさだった。


 「母さーん? 玄雄だよー。息子が二年ぶりに帰ってきましたよー?」


俺も小声でお邪魔しますとつぶやいて後に続く。……家の中も随分荒れてるな。これはひょっとするとひょっとするかもしれない。


 「なあ、玄雄。どっか出掛けてんのかもしれないし、一旦自分の部屋にでも……」


リビングを覗く玄雄の肩を掴むが、その体は石のように固くなっていた。

割れた窓。真っ白くなった観葉植物。そしてダイニングテーブルを囲む2体の蝋人形。ここにもあいつらが来てたのか……


 「父さんと母さんも……そうかぁ……そういうこともあるよな……」


あまり興味なさそうにポツリと漏らした。どうしたんだよ、さっきまでは表情筋が忙しそうにしてただろ。親が死んでるんだぞ?


 「お前、大丈夫か?」


一応気を遣うつもりで声を掛けてみる。ショックが大きすぎて逆にリアクションが取れないだけだろうし。


 「俺は正常だよ!! 家族の死なんか、何回経験したって慣れるはずないんだ!!」


首がねじ切れそうな勢いで振り返ると目を血走らせて怒鳴りつけてくる。


 「ちゃんと悲しんでるよ! 悲しいに決まってるだろ……!」

 「わ、分かってるよ。何か癪に障ること言っちまったか?」

 「え、あ……急に怒鳴ってごめん……」


突然我に返ったようにしおらしくなる。まあ、こんなの見たら精神も参っちまうよな、仕方ねえか。


 「気にすんなって、仕方ねえよ」

 「……今日は付き合わせて悪かった」

 「別にいいって。また明日な」


踵を返して帰ろうとするが、玄雄に服の裾を掴まれる。……何だこれは。


 「……しばらくお前の家泊まっていいか?」


こいつがかわいい女の子だったら最高のシチュエーションだったんだけどな。


 「……何もないボロ小屋で良ければ」

 「隼人……!」


またその顔だ。ぱあっと顔を輝かせた。泣いたり笑ったり落ち込んだり怒ったり、忙しい奴だな。……いつの間にか気を許していた。こいつが玄雄のはずはない、あいつは二年前、俺の目の前で死んだ。こいつは偽物なんだ。




 「おい、玄雄! ……嘘だろ……おい! おい!!」

 「いくら呼んでも無駄だ。そいつが目覚めることはもう二度とない」

 「お前が玄雄を……」

 「これが正しい運命、世の理なのだ」

 「運命だと? てめえみてえなガキが偉そうに……!」

 「ガキではない。俺を呼ぶなら、白牢(びゃくろう)の使者、とでも呼んでもらおうか」

 「……ビャクローの使者だと?」

 「運命の執行人さ。こいつはここで死ぬべき運命だった」

 「ふざけんなよ……そんなの……そんなのって……」

 「お前の運命はまだ灯っているな。今日のところは見逃してやろう。だが忘れるな。運命のロウソクを吹き消そうとする者がいる限り、俺は必ず現れる」


 何もできなかった。立ち去っていく“白牢の使者”の後姿と、灰になり崩れ去っていく玄雄の姿を見つめることしか。


 この玄雄は、誰なんだ?

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