14話 健全な関係
あいつを止められる可能性が少しでもあるなら、俺は賭けてみたい。
「分かりました、やります」
「それでこそ玄雄だぜ。よし、俺達のアジトに招待するぜ」
そう言って連れてこられたのは山奥にポツンとたたずむボロボロのプレハブ小屋だった。これ逆に目立ってないか?
「ちょっと狭いけど気にすんな。その辺座ってな」
「あ、はい……」
そんなに言うほど狭いとは思わないけど……でも案外綺麗にしてるんだな。
「ほい、これお前の布団な」
「え? ここで寝泊まりするんですか?」
「ここ以外にどこがあるんだよ? 3人だからちょっと狭いけど、大丈夫だろ?」
「三人って……あの、ひょっとしてお二人は普段からここで……?」
「そうだけど、それがどうかしたか?」
「ああ、いえ、別に、はい、大丈夫です!」
年頃の男女がこんな狭い場所に二人きりって……あんまり詮索しない方がいいのかな……
「あ、お前なんか誤解してるだろ。ちゃんと健全な関係を……痛た!」
彩さんが巌さんの手の甲を思いっきりつねる。そのあとまた何か耳打ちする。
「うん、うん。いっけね、そうだった。玄雄! お前が強くなるヒントを授ける!」
そうだよ、そのためにここに来たんだ。
「“鏡の声を聞け”だそうだ!」
「あの、それってどういう……」
「詳しいことは俺にもわからん!」
なんて無責任な……彩さんの方を見るが黙って首を横に振る。鏡の声……
「あっ! そうだ、確かめたいことが……はああ! スマホ水没してる!」
「ん? どっか連絡入れときたいのか? 俺の携帯貸すぜ」
他人の携帯でも大丈夫なのかな……試しに『960』にかけてみるが通じない。やっぱり俺の携帯じゃないとダメか……
「あ、大丈夫です。ありがとうございます」
「ん、よかったのか? 3ケタ……何だこの番号? 110番の仲間か?」
「何でもないので、気にしないでください」
ああ……元の世界と俺の唯一の結び目がほどけてしまった……
「お前、ひょっとして……」
巌さんが携帯の画面を見つめながらつぶやく。マズい、少し迂闊だったか。
「960って9(く)・6(ろ)・0(お)ってことか!? はっはっは! お茶目な奴め!」
「え……ああ、ははは、そうなんですよぉ! 気づきました!?」
……大丈夫だったか。
「まあ、お前の携帯は修理しといてやるから。せいぜい修行に励めよ」
そう言って肩を2回ポンポンと叩かれる。励めよ、って言われてもどうすればいいのか……
「それから、ちょっといいか?」
今度は小声でささやかれる。連れられていったん外に出る。何の話だろう。
「お前も大体察してると思うけどな、彩は喋ることができない」
「え? でも巌さんに何か耳打ちしてましたよね?」
「ああ、いやあれは違うんだ。俺の耳を噛んで言葉を伝えている。まあ一種の暗号だな」
「喋れないなら筆談でもいいのになぜわざわざそんなことを…やっぱりお二人は……」
「だから健全な関係だって言ってんだろ? ……あいつの言葉や文字は相手を傷つけちまうんだよ。精神的じゃなくて物理的に。」
「それってどういうことですか……?」
「あいつのハバタキ、羽根で書いた文字を現実にする力だった。強くなりすぎたんだよ。やがて文字だけじゃなく声にも反応するようになって、そのうち羽根を介さなくても力が発動するようになった。制御できないからって言葉を全部封じ込めちゃってんだよ」
「……そうだったんですか。でも、羽根を介さずにハバタキを使うなんて、本当にそんなことが……」
「“鏡の声を聞け”って言葉の意味はよく分かんないけど、お前のパワーアップにも役に立つんじゃないかと思ってさ」
「さっきから気になってたんですけど、その鏡の声、って誰から言われたんですか?」
「ああ、カリンさんだよ」
カリンさんが? あの人は一体何を知ってるんだ……
「お前のこと、正しく導いてくれってさ。何が何だか分かんねえけど、あの人が言うなら間違いねえだろ。見ててやるから、色々試してみろよ」
巌さんはそう言ってニカっと笑って見せた。小屋に戻ると彩さんが鏡を持って待ち構えていた。……よし、やってみるか。
「よ、よお! 鏡の中の俺、えーと……元気か? お前の声を、聞かせてくれ。えーと……」
巌さんが「見てらんねえ」と言いながら目を押さえる。彩さんの肩もかすかに震えている。
「ちょっと楽しんでません!? 俺真剣なんですよ!?」
「ブフッ、いや、流石にそれは違うだろ!」
巌さんが耐えられずに噴き出してしまう。彩さんの肩の震えも激しくなっている。
「もう、ちょっと……」
「ああ、悪い、悪い。はぁー、この感じ懐かしいな」
「懐かしいって……?」
「いや、前までもう一人仲間がいてな。その時のこと思い出しちゃったんだよ。ごめんな」
「へえ、それって誰ですか?」
「隼人、早間隼人だよ。お前昔仲良かったろ? 突然いなくなっちまってさ。今どこで何してるのか……」
隼人が……? でもあいつは今空飼の指示で動いて……あいつに一体何があったんだ。
「おい、空飼! 玄雄が死んだとはどういうことだ!」
空飼の実験室に隼人が血相を変えて飛び込んでくる。
「ハヤト、今は呼んでないからいいよ」
「質問に答えろ!」
「人の思い出に土足で踏み入るなんて許せないじゃん。しかるべき罰を与えてあげたんだよ~」
「確かか?」
「高度2000mから海に向かって真っ逆さまだよ。まあ、死んでるでしょ」
それを聞いた隼人は少し落ち着きを取り戻す。
「玄雄の死体を直接確認したわけじゃないんだな?」
「あのねえ、命って案外脆いんだよ? 君が希望を持ちたいのは分かるけど、助かんないって」
空飼が軽々しく言い放つ。しかし隼人はそれを鼻で笑った。
「あいつはそんな簡単に死ぬ奴じゃない。必ず生き延びている」
「ライバルの奇妙な友情ってやつ? 羨ましいねえ。じゃあ暇なときに探してみたら?」
「ああ。もし見つかった場合は……」
「はいはい、君が倒していいよ。どうせ最初から殺す気だったし」
空飼が心底どうでもよさそうに返事する。隼人は勇み立って実験室を飛び出した。
どこかで生きているはずの玄雄を見つけ出すために。
「どうすればいいのかなぁ~」
玄雄はそんなこととはいざ知らず、間抜けな顔で鏡を見つめていた!




