11話 今ここにいる俺を
取りあえず山頂を目指して下っていく。多分みんなだったらたどり着いてくれるだろう。しかし、こうも容易く分断されてしまうとは。最初から敵の罠に嵌ってたってことか。
「こんなことになるなら最初から飛んで行った方が良かったかもな……」
「まあ、それは結果論だし……」
夕陽になだめられてしまう。確かに、後悔しても仕方ないか。
「みんな無事かな……」
「あいつらなら大丈夫だよ」
「うん」
「…………」
ついつい会話が途切れがちになってしまう。この間のこともあって変なことを言って俺の正体に勘付かれてしまうんじゃないかと警戒してしまうような形になってしまうのだ。これはもう仕方ないことだ。
「ねえ、この間のこと、やっぱり気にしてる?」
「えっ!? いや、全然?」
夕陽の方から聞いてくるので思わず声が上ずってしまう。
「そっか。でも私、良かったと思ってるの。玄雄が……」
そこまで言って夕陽の言葉が途切れる。なんて言おうとしてるんだ?
「夕陽?」
「何で変わっちゃったの?」
「……へ?」
「今までの、一人でも突っ走る玄雄のままでよかったのに。今の玄雄は私が信じた玄雄じゃない」
何で急にそんなこと……いや、まあ夕陽の言い分もあながち間違いってわけではないんだけど……今の俺は俺であって俺じゃないわけだし……
「お前らが面倒くさいからだろ? 役に立たない癖に頼ってやらないとすぐ落ち込むし」
無理にぎこちない笑顔を作る。普通に考えたらそうだよな、ずっと一人で戦い続けてたこっちの俺の代わりが、俺なんかに、務まるわけないしな。
「ノワール、首尾はどうですか?」
「話してる内容は知らんが険悪な雰囲気だよ。全く気付いてないみたいだ」
「好機ということですわね、行きますわよ!」
「はいはい」
夕陽の奴何怒ってるんだよ。そんなに今の“俺”が気に入らないのか? まあ、今は仲間割れしてる場合じゃないし落ち着かせないと。
「何イライラしてんだよ? どうでもいいけど足引っ張んなよ?」
「な……そんな言い方ないじゃない。だいたい、玄雄が頼りないから私たちが頑張らないといけないんでしょ?」
なだめるつもりが余計に怒らせてしまった。どうしてこうなるんだ……
「あらあら、喧嘩ですか? 感心しませんわね」
「私たちには関係ないがな。仕留めさせてもらうぞ」
オオトリの奴らか……ん? こいつら……
「泉とノワールか?」
「あら、憶えて下さってたのですね、嬉しいわ」
「何でお前らが……」
「お前に答える必要はない」
話が通じないようだ。ここは夕陽と協力してさっさと片付けよう。
「夕陽、お前は足手まといだ俺一人でやる」
「玄雄の方こそ引っ込んでなさいよ」
引っ込んでろってなんだよ。今は喧嘩してる場合じゃないだろ。鳥獣化して左右から回り込む。
「ノワール、話が違います、喧嘩してても息ピッタリではありませんか!」
「ごめん、ごめん。頼むよ、泉」
「もう、仕方ありませんわね」
衝突の直前に泉とノワールが姿を消した。そのまま逆サイドから突っ込んでいた夕陽と頭からぶつかってしまう。
「痛……おい! どこ見てんだよ!」
「……そっちこそ」
地中から泉とノワールが俺達の右側に姿を現す。どっちかの能力か。そのまま羽根を飛ばされる。
「夕陽、右だ!」
「分かった!」
夕陽が右に跳ぶ。……右だっつってんだろ! 何やってんだよ。さっきから全部、俺の思惑とは逆の結果になりやがる。……いや、さすがにおかしいだろ。
「……お前たちが何かしたのか?」
「察しがいいな。私のハバタキだ。この能力にかかったものは、あらゆるものが逆転する。相手を思えば思うほど、その言葉はナイフとなって相手を傷つける。お前たち仲良し二人組にとっては最悪の能力ってわけだ」
「相手を思うが故に傷つけてしまう……素晴らしいですわ! これこそ悲恋ですわ!」
泉が身もだえる。それにしても随分あっさり喋ってくれるんだな。……あらゆるものが逆転か。そういうことなら……一か八か、やってみるか。
「いかがなさいました? ノワールの力の恐ろしさに言葉を失いましたか?」
「なんか盛り上がってるところ悪いんだけど、俺対処できちゃうんだわ」
「なっ……!? そうですの!?」
「大丈夫、どうせハッタリさ。」
この世界は鏡の世界。俺にとっては元々全部逆さまなんだよ。
俺は普通の高校生だし、孤児じゃないし、それに夕陽とも……知り合いですらない。
「夕陽! 今だけでいいから、今ここにいる俺のこと、信じてくれるか?」
「え? うん、当たり前じゃん」
真っすぐ投げた言葉が、真っすぐ夕陽に伝わった。……上手くいったな。
「……どうやらハッタリじゃなかったようだな」
「ちょっと!? ノワールのバカ、バカっ!」
ここからが本当の勝負だ。“反転”がノワールのハバタキってことはどこかに羽根が仕掛けられているはずだ。夕陽はまだ反転の影響をもろに受けているはずだから俺が何とかしないと。
「泉、ここは一度体勢を立て直そう」
「……分かりましたわ」
再び泉とノワールが地中に身を潜める。……あれも何とかしないと。
「玄雄!」
夕陽が空中に自分の羽根を撒き散らす。……そういうことか! 夕陽がまいた羽根と俺自身の羽根を足元に敷き詰め、夕陽を掴んで飛び上がる。
「行くぞ、せーの!」
敷き詰めた羽根の、ハバタキの力を一斉に解放させる。同時に爆炎が噴き上がり、地中から大量の黒い羽根がマグマのように噴き出してくる。
「……こういうことか。お前よく気付いたな」
つまりノワールは地面の中に自分の羽根を埋めて、この場所ごと自分の能力にかけていたんだ。そしてこの手の込んだ作業をやったのが……
「全部掘り返してくれちゃって。せっかく泉がせっせと埋めてくれたのにさ」
泉が自分のハバタキで地中に潜ってやった、ってわけか。周到だな。
「玄雄、なんか色々酷いこと言ったみたいで……ごめん」
「俺の方こそごめん! あいつらやっつけよう、二人で!」
夕陽が微笑んでうなずく。やっぱりきれいだなぁ……。
「やっぱり仲良いね、あいつら」
「感心してる場合!? 悲恋とは程遠いではありませんか! 美しくありませんわ!」
「そうだね、じゃあ逃げるか」
「そうしましょう!」
またもや地面の中に潜ろうとする。そう何度も同じ手が通じるかよ!
「泉、なぜ飛んでいる?」
「何を言っているの? 潜っているではありませんか?」
「お前まさか……」
泉の白い羽根の中に1枚黒い羽根が混じっている。こいつらが地面から飛び出してきたときに爆風に紛れて引っ付けておいたんだ!
「よし、今の内だ!」
「マズい! 泉、私から離れろ!」
「分かりましたわ!」
しかし泉とノワールはさらに強く密着する。夕陽と左右両側から焔を放つ。
「もう正も逆も逃げ場なしだぜ」
泉とノワールが黒焦げになって落ちてくる。死んでは…いないよな。中翼もしっかり燃え尽きている。
「なあ、夕陽。さっきさ、どの辺から……」
聞こうとして呑み込んだ。もしノワールのハバタキの影響を受けていたのが、最初からじゃなかったら?
「何?」
「いや、何でもない。それより!早くみんなと合流しないと!」
怖くて、なんとなく聞けなかった。どんな答えでも、きっと傷つく。山頂に向かって無言で登り始めた。
白鳥泉
白鳥の遺伝子を持つバードロイド。ハバタキは「スワンダイブ」地面の中に潜れる。すました顔をしているが地面の中ではめっちゃバタ足している。
久々井ノワール
黒鳥の遺伝子を持つバードロイド。ハバタキは「高貴なる黒鳥」あらゆるものを反転させる。




