12話 偽善者の告白
「ようこそ! 君も今日から、私の子どもだよ」
鳳雛の家の経営者だというその男・鳳空貴は、年齢を感じさせないキラキラした瞳で少年を迎え入れた。誰も信じず一人で生きてきた少年にとってその笑顔は胸やけしそうな熱さだったが、まあ良い人なんだろうなというのは伝わってきた。
「君はね、鳳雛なんだよ」
「は? ほうすう?」
「無限大の可能性がある、ってこと! 私はいつでも、君の味方だよ」
俺と夕陽は一足先に山頂にたどり着いて皆を待っていた。登山入門の受け売りだけど、道が分からなくなった時は山頂を目指すのがセオリーらしい。出発前にも口酸っぱくして言っていたから多分みんなもここに来てくれるはず。心配なのは涼音だけど、ヒバリも一緒だし大丈夫だろう。一人にされたのが涼音じゃなかったのは不幸中の幸いというべきか。
「二人とも無事だったんだ……」
「銀子さん。一人で大丈夫だった?」
「え? 一人じゃないよ……あれ?」
あの人かな、あの人だろうな。やっぱりあの人来てたのか……。多分今もどこかで俺達のこと品定めしてるんだろうな。でも銀子さんなんか嬉しそうだな。
「あ、いましたよ!」
少し遅れて涼音とヒバリもやってきた。空貴さんが住んでいるという別荘には空を飛んで向かうことにした、もう隠れる意味がないし。
木目の鮮やかな大きな門の前には守衛が二人立っていた。
「……八田玄雄です。空貴さんに話は通してあります」
「……どうぞ」
「あ、はい……」
あっさり通してくれたな。やっぱりさっきの連中と空貴さんは無関係ってことか。応接間に通されると、空貴さんが椅子に腰かけて待っていた。
「よく来たね、玄雄君。夕陽ちゃん、ヒバリちゃん、涼音ちゃん、銀子ちゃん。みんな大きくなって……」
空貴さんが感慨深そうにつぶやいた。空貴さんはすっかり老け込んでしまって、初めて会った時のような瞳の輝きは失われた弱弱しい目つきになっていた。
「空飼さんのことで聞きたいことがあってきました」
「……分かってる、君たちには全部話そう。私にはその義務がある」
そういうと伏し目がちになりながら話し始めた。
「空飼はね、小さいころから、正真正銘の天才だった」
「え?」
「親バカで言っているわけじゃないんだ。でもそれ故に、彼の周りには彼のことを理解してくれる人間は誰もいなかった。……私も含めて。天才だった父……空飼の祖父でさえ、彼の心を満たしてあげられなかった。寂しかっただろうに、彼は周りの人間に気を使って常に明るく振舞っていた」
「……空飼が」
「でもね、中学生のころだったかな。学校から帰ってきた彼がやけに嬉しそうだったんだ。友達ができた、って。それからの彼は本当に生き生きしていたよ。私もうれしかった。顔を合わせるたびに楽しそうに学校での話をしてくれて。フライングスーツの開発の中心者も彼なんだよ。友達が空を飛びたがってるんだ、って一生懸命で」
「それでバードロイドを?」
「まだ続きがあるんだ。その友達が病気にかかって入院してね。彼も毎日のようにお見舞いに行っていた。でも結局、……その子は死んでしまった。葬儀が終わると彼は一目散に自分のデスクに向かった。それからの彼は、誰が何を言っても何の反応も示さなくなって、一心不乱に何か調べていた。そして……」
「……実験が、始まってしまったんですね」
「ああ。止めようとした者は全員…私は彼が怖くなってしまった。それで、私は逃げるように会社を去った」
「……その友達は、なんていう名前ですか?」
「天道昇瀬という女の子だ」
じゃあその人を生き返らせるのが空飼の目的ってことか? 唯一の理解者だった友達を失って、それであいつは……
「私は偽善者だ。子どもたちのためと言いながら、自分の息子の心一つ救えず逃げ出してしまった。君たちにはいくら責められても仕方ないと思っている。私が鳳雛の家を作らなければ、君たちは……」
空貴さんが沈痛な面持ちで謝罪した。するとヒバリが飛び出して来て空貴さんの肩を掴む。
「ちょっとヒバリ、よせ……」
「……あなたがそんなこと言わないで下さい。鳳雛の家は、私の思い出で、故郷で、家族で、それから……それから……」
空貴さんの肩を掴むヒバリの背中が震えている。
「とにかく、鳳雛の家があったから、みんなと仲間になれたんです。だから、作らなければなんて言わないで……」
「ヒバリ……そうです。間違ってるのは空貴さんが鳳雛の家を作ったことじゃない。俺達が必ずあなたの子どもを……子どもたちを救ってみせます」
「玄雄君……それは……」
「“今日から君たちは私たちの子どもだ”でしたよね?」
「憶えてくれていたのか……そうだったね。でも、これは私の責任だ。空飼と、直接会って話してみるよ」
俺とヒバリの肩に手を置くと、決意のこもった、真っすぐな目でそう言った。
「社長、空貴さんがお見えですが……」
「ムネタカ? それ誰だっけ?」
「父親ですよ、あなたの!」
「そういえばそんな名前だっけか。うん、通して」
扉が開いて空貴が入ってくる。親子のおよそ10年ぶりの邂逅である。
「久しぶり……だな、空飼」
「父さん、でいいんだよね? 人のこと憶えるの苦手でさ」
いくら苦手でも限度があるだろうと空貴は思ったが、自分のしたことを考えれば文句を言う権利はないと思い呑み込んだ。
「なあ、空飼。会社の方はどうだ? 経営には……」
「そんな話しに来たんじゃないんだろ?」
「……お見通しか。もうあんなことやめにしないか? 私はお前が一番つらい時にそばにいてやらなかった、今更父親面する権利などないのは分かってる。でもお前のしていることは間違っている! 今度は私もそばにいる、だから罪を償って……」
「父さん。何か勘違いしてない?」
空飼が父の言葉をスパっと断ち切る。空貴は唖然とした。
「僕は頭がおかしくなってこんなことしてるわけじゃない。生き返らせたいんだよ、えーと……まあ、いいや。とにかく僕には歴とした目的がある。邪魔した人たちがどうなったか忘れてないよね?」
「空飼、昇瀬ちゃんがそんなことを望んでいると思っているのか?たくさんの子どもを苦しめて、自分の体も犠牲にして……」
空飼がしばらくうつむいた後、父の方を向いてニコリとほほ笑む。
「ごちゃごちゃうるさいな」
「すか……」
空貴の体がパカリと開く。空飼は少しだけ寂しそうにため息をついた。
「やっぱり僕の理解者は彼女だけか……ノボセ? そういえばそんな名前だったな。まあ、どうせすぐ忘れちゃうけど。…………何で憶えてられないんだろう」
天道昇瀬
空飼の中学時代の同級生で唯一の友人だった。15歳の時に病気で他界した。空飼は彼女を生き返らせることを目的としているらしい。




