第55話 新たな影
「はあっ……はぁ……!」
「ま、こんなものかな~」
流石に体力の限界が来たのか、アリアは地面に膝をつく。私にただの一撃も入れることが出来なかったからか、少し悔しそうだ。
「はあっ……イロハさん……貴方、何者ですの……?」
「秘密♪」
口元に指を当てて悪戯っぽく笑って見せる。
アリアはそれにムッと不満顔を浮かべた。
「いつか、言わせて見せますわ」
うん。目標があるのは良いことだ。特に、心に傷を負った人間には良い栄養剤だ。
ま、それが実現できるかどうかは別問題だけどねっ!
「お疲れ様2人とも。それで、どうなのイロハ。私にはアリアは充分強く見えたけど」
……ああ、冒険者になれるかどうか、か。そういう趣旨だったね。忘れてました。
「…………」
セリナは特に何も言わない。私に任せると言う事だろう。つまり、連れて行っても問題はない、とセリナは判断した訳だ。
「そうだねぇ……」
腕を組みながら考える。
実力はある。正直、想像以上に。少なくともそこいらの魔物に後れをとることは無いだろう。
けれど、いくら実力があっても危険な職業なことに違いはない。誰とは言わないけどトラブルメーカーもいる訳だし……。
自分の意志で冒険者になった私達と違い、アリアは私達に協力したいと言う意志だけだ。そんな娘をわざわざ危険に巻き込んでいいものか。
「……イロハさん、お願いですわ。元々は意地の様なものでしたけど、先ほどのイロハさんの言葉を聞いて考えが変わりました」
アリアが強い意志を眼に宿す。力強い、決意の炎だ。
「わたくしには必要なのです。力が……お兄様の元へ行く力が、お兄様の想いを受け止めるだけの、力が……。弱いわたくしのままでは、例え相対しても、お兄様は何も語ってくれない。そんな気が、するのです」
「…………」
黙ってアリアの想いを受け取る。
アリアはあくまでお兄さんを信じるつもりらしい。そして、その想いを受け止める強さが欲しいと。
その“強さ”は冒険者になることで得られるのかというと甚だ疑問ではあるが、何もせずにはいられないのだろう。それこそ、手探りでも進もうとしているのだ。
そんなアリアを止める言葉を、私は持ってはいなかった。
「……わかった。実力は充分だと思うしね。ただし、無茶はしないこと。勝手な行動はとらないこと。この2つは守ってね」
「イロハさんっ……! ――ええ! お願いしますわ!」
現金にも元気を取り戻したアリアに苦笑しつつ、手を差し出した。
「改めて、これからよろしくね。アリア」
「ええ。こちらこそ、よろしく頼みますわ。イロハさん」
アリアは私の手を取り、そのまま立ち上がる。
――パチパチパチ
感動的な場面に割って入った拍手。私が音の方向へと顔を向けると、見知った顔があった。
「げ……」
「“げ”、とは失礼じゃの。せっかく知った顔に挨拶してやろうと思ったというのに」
何故かイラッとする笑みを浮かべながら、ガルバさん、王都ギルドマスター様がそこにいた。
「やあ。数日振りだね」
「……ソウデスネ」
その隣にはサブマスターのナルディさん。なんでこんなとこにいるんだと言いたいくらい、錚々たる顔ぶれだ。
私はこの2人にあまりいい印象は持っていない。なにせ突然威圧喰らったし。まぁ私が悪い部分もあったんだけどさ。詳しくは44話参照ね。
そんな2人の突然の訪問に、周囲がざわめき始める。だが、ガルバさんはそんな周囲を意に介さず話を続けた。
「なにやら1人増えとるの? さっきの手合せも少し見させてもらったが、見事なもんじゃ」
(少し前から見られてたのか……。大丈夫、アリアの身分に関して核心的なことは言ってないはず……)
昨日までアリアが身に着けていたドレスはごく一般的な服に着替えさせたし、ガルシャークの紋章が描かれていたブレスレットは既に外させた。外見からその正体に辿り着かれることは無いはず。
なにせ、この2人にバレたらめんどくさい未来しか見えないからね……。
気付かれない様に細心の注意を払いながら、私は2人の応対をする。
「ありがとうございます。それで? わざわざそんなことを言いに来たんですか?」
「相変わらず敬意を持たんガキンチョじゃな。まぁ、何やら面白そうなことをしておったから観に来たのと……例の件で、進展があっての」
その言葉に、私とミシェル、セリナは真剣な表情を浮かべる。アリアが困惑しているようだけど、訳は後で話そう。
「進展……ですか? 調査の報告にしては随分と早いように思えますけど」
王都に来て、ギルドで報告してからまだ3日である。加えて、件の現場に行くまで馬車で数日はかかる。あの後すぐに調査クエストを発行、受注されたと考えても、些か早すぎるだろう。
「調査クエストはまだ報告を受けておらん。今回は別口じゃ」
「別口?」
「うむ。正直、進展と言ってよいものか……後退と言えるかもしれんの」
話の要領を得ず、眉を顰める。すると、見かねたナルディさんが詳細を放してくれた。
「……先ほど、ペラム商隊という商隊が王都に到着してね。話を聞くと、ペラム商隊は王都へ商品を搬送している途中……連中の襲撃を受けたそうだ」
「――っ!!」
ナルディさんの言葉に耳を疑う。
あまり情報を漏らして混乱を誘発させない為か、“連中”などと遠回しな言い方をしているが間違いない。徒党を組んだ魔物、私達を襲った魔物の集団、いや、軍団のことだ。
「いつ……?」
「襲撃はおよそ4日前、君らが王都に着くより前だ。場所は君らと同じ街道上。ただし、場所はより王都に近い」
敬語を忘れた問いかけに、ナルディさんは気にした様子も無く応えてくれる。そんな些末事を気にしていられる話ではないということだ。
そして、ナルディさんが語った事実はある可能性を示唆していた。
「まさか……私達を、追ってきた……?」
「……無いとは言わないが、その可能性は低いだろう。話を聞く限り、彼らは君らを見逃したように思える。それをわざわざ追いはしないだろう。それに……」
ナルディさんは私達を気遣ってか、適当な否定や慰めでなく、冷静に可能性で話を進めてくれる。言われてみれば確かに、あの老人の言い方からしてわざわざ追って来るとも思えない。
私は逸る鼓動を抑えつつ、ナルディさんの言いかけた言葉を待つ。
「それに、目撃証言によると、指揮していたのはおそらく別人だ」
「別人……?」
「ああ。連中を従えていたのは同じだが、指揮を執っていた人物は全身に漆黒の鎧を纏っていたそうだよ」
なるほど、それは確かに同一人物とは思えない。
一応老人が鎧を着込むのも不可能ではないが、それをする意味も思いつかない。ほぼ間違いなく、別人だろう。
だが、別人だとしてもそれはそれで問題だ。
(まさか、他にも魔物を従える人間がいるなんて……私達が思ってるより、状況は逼迫しているのかも……)
魔物を従えることが出来る人間が1人じゃない。その事実が持つ意味は多い。
ガルバさんが言っていた、“戦争”という表現も、あながち冗談ではなくなってくる。
「……でも良かった。その商隊は生還出来たんですね」
「…………」
安堵と共に吐き出した私の呟きに、目の前の2人は答えない。むしろ、その表情には暗い影を落としていた。
嫌な想像を脳裏に浮かべながら、ナルディさんの答えを待つ。
「……証言してくれた人は襲撃の際、用足しに隊を離れていたらしい。戻って来て見たものは連中と、それらを従える鎧の人物。そして……変わり果てた商人や護衛達だったそうだ」
「――っ! ……そう、ですか」
その惨状は、私が居なかった場合のイカルト商隊だ。商隊長のエルナーさんや御者の人達。パーティ“黒鬼”のバラスさん、ライラさん。彼らが辿っていたであろう末路だ。
そして、次は彼らが、或いはフィレット商会のメギルさんやガリムさんがそうなるかもしれない。
それだけはさせない。絶対に。
「ガキンチョがそんな顔をするでないわ。子供なら子供らしく、自分のことだけ心配しておれ」
「……私、そんなに子供じゃないです。それと、私の名前はイロハです」
ガルバさんの言い分にムッとして文句をつけると、ガルバさんはむしろ愉快そうに笑みを浮かべる。
「はっはっは! その歳で子供じゃないとは笑わせおるわ! ……ま、お主が他の同年代と違うのは認めるがの。安心せい、騎士団と連携して、既に街道の警戒は済ませてある。同じようなことはもう起こらんじゃろうて」
その言葉に若干の安堵を浮かべた。けれど、同時に最悪の展開も想像してしまう。
「でも、中途半端な戦力だとむしろ被害が増すだけじゃ……」
「解かっておる。しかし相応の人数を出したから奴らもそうそう手は出せん筈じゃ。じゃがそれも一時凌ぎ。本格的な対策は、今から決める」
その言葉で察する。2人は今からその対策を練る会議か何かに出るのだと。だとすればこんなところで話している時間はないはずだが。
「なに、ギルドは無能ではない。儂らが集まる前に有力な策をいくつか練っとるわ。なんにせよ、ここからは大人に任せておけ」
「君の、君たちの報告は無駄にはしないさ」
イロハの心配をあっさりと流す様に2人は告げた。そして、それだけ言って満足した様に2人は元来た道を戻っていく。
(……わざわざ、それを言いに?)
手合わせに興味を惹かれたからって時間を潰していい状況じゃない。つまり、それだけ私のことを気にかけていたのか。
それはただ単に私が数少ない当事者だったからか、それとも前に示した私の実力を評価してくれたのか。
……後者は今後面倒なことになりそうだから勘弁願いたいところだけど。
ともあれ、今はその対策とやらを待つしかなさそうだ。
「あの……イロハさん? 今のはいったいどういう……」
アリアが疑問符を浮かべて問いかけてくる。見れば、周りに集まった幾人かの冒険者たちも、ちらちらとこちらを気にしていた。
「ああー……、それは宿で説明するよ」
私がそう言うと周囲の冒険者たちはあからさまに残念そうにするが、そう他言する話ではないことを察したのだろう。それ以上踏み込んでくる人はいなかった。
「それじゃ、一旦宿にもどろっか」
「そうね。私達も無関係とはいかないし、考えないとね」
「……ん」
ミシェル達も同意を示しながら、帰り支度を始める。
(それにしても……漆黒の鎧、ね)
支度をしながら、私は新たな魔物の頭目について考えていた。
(あのお爺さんが放った漆黒の魔力。そして、襲撃者が纏っていたっていう鎧も漆黒。偶然の一致? それとも連中のシンボルカラーかな。或いは、それ以上の意味が、ある……?)
考えても答えは出ない。けれど、今後“黒”に対して注意を払うには充分な事実だ。
(ナルディさんはああ言ってくれたけど、私は無関係じゃない……そんな気がする)
そう遠くない未来で、再び巻き込まれる。
そんな予感を抱きながら、私達は訓練場を後にした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
タイあっつい……11月の日本が恋しいです…




