3-22 退場者
中央買取課がある中央買取場(広場ともいう)には都市の買取窓口施設以外にも民間の問屋が買取窓口を出している。
中央買取課の窓口はかなり広いが狩人が大森林から持ち込んだ獲物を全てを買い取るために窓口に区別はない。
それに対して民間の問屋の窓口は多い。その理由は都市の地区毎に大店の問屋が一店ずつ買取窓口を出しており、またその店の中でも素材と肉を区別して窓口を分けていたりするためだ。なぜ都市と違って買い取るものを分けているのかは取引がある地元の顧客からの要望が絡んでいる。
他都市に需要があるために比較的高額な値が提示されている部位が欲しい場合は当然都市の買取課よりもよりも高値でないと狩人は売ってくれないが一部だけのために獲物を丸ごと買うよりも部位で買取ることがあるためだ。
実際には客となる狩人の手間を省くためについでに求める部位以外も買取ることも多い。買取った余分な肉は他の問屋に融通したり都市へ売却したりしている。それに肉などは新鮮なうちに担当地区の肉屋に卸す方がいい。そのため民間問屋は窓口の奥で買取ったらすぐに捌いている。
対して都市の買取課では新鮮な肉を品薄や地区に回す以外に衛星都市への確保分や交易品とするための加工処置を行うために別の場所で解体処理を行っている。
そういう事情もあって実際には一番大きな窓口は都市買取課なのだが狩人からは複数の店舗窓口が並ぶ民間の方が大きく見えるので中央に慣れない者は買取り値段も確認せずにそちらで売ってしまうことも多い。都市として他都市と交易するためには大森林の産物が民間に流れていいのかという気もするが年輪都市の交易物は都市内半分もの面積を使って栽培されている穀物などの方が肉類よりも比重が少し高い。高額な金額で外の都市から引き合いがある食肉があるにしても主食となる穀物とは取引量自体が違いすぎる。また都市内でそれだけ需要があるのなら一々他都市に回してやる必要もないだろうという考えもある。
見た目は都市10地区からの大手問屋の買取窓口が横に並んでいる民間の問屋の方が広いように見えるが、都市の買取課の奥にはカイルがよく利用する資料室や会合を行う会議室などが控えており、当たり前ではあるが施設として充実しているのは都市の買取課だ。
そんな買取課窓口の奥にいくつかある会議室の中で一番奥にある部屋にサンタシは向かっていた。
夕方に赤髪亭を訪れていくつかの事実確認をしたあとに中央買取課に戻り、上司である課長と相談したあと民間の大問屋の店先に出向いて本日新たな買取り素材についての会合を行うので最低一人は出席して欲しいと伝えた。
このような通達で行われる会議の場合、性急なものであっても多忙だから出ないなんて者はいない。
大店問屋が集まって会合する場合は大抵は通常の買取値段をどれくらいにするか、新たに流通させる狩人が持ち込む大森林由来の素材の周知が主だ。参加しないならその情報が得られないし価格に際して意見が述べられない上に自分たちの地区の客からの要望に答え得る商品入手機会を失いかねない。
会議召集を聞いて最近持ち込まれているという宝石の原石とやらのことだろうか?と推測した者がいた。しかし現状では都市内での需要よりも他都市での需要が多いとの判断で持ち込まれてるものは他都市への交易品目として中央買取課だけで扱われていることになっている。少なくとも最初に持ち込んだ狩人の既得権が無くなるまではそうなると伝達された。
なら新種の有望な巨獣が発見されてその素材の価格などを決めるのだろうか?それなら前もってその資料が渡されるはずだ。そうでないと巨獣が持つ素材が末端の顧客に需要があるかどうかを調べることすらできない。
巨獣の肉ならば余程美味いもので富裕層が買占めを行ったりしない限りは市場任せが多い。
サンタシから『素材について』と聞いて最近要望が上がってるものだと結びつけたのは何人かいたがこの時点ですぐにそれを目の前で見られると思ったものはいなかった。
サンタシが会議室に入り、円卓の一番奥に向かう。
アルファベットのCの形をした20人ほどが座れる机でドアから近いところに机の隙間があり、その隙間の対角の部屋の一番奥に当たる席にサンタシは着席する。 ここは会議の進行を務めるものが座る席だ。
サンタシの後ろに付いてきていた荷物を抱えたカイルと手ぶらのアンジェがドアに近い席に並んで座る。
サンタシが見渡すとやはり急な会議開催招集だったことと緊急性や重要性はないとを伝えたことで出席しているのは大店問屋の代表者でなく、中央買取広場の店を任されてるものが多い。
指定の時間までもう少しある。会議の録を取る係と一緒に不正がないかを確認する都市からの出席者も含めて全員揃うまでは雑談だ。
知り合いが既に着席しているタンジーとサンタシしかいない上に席が離れているので黙って座っているしかない。しかし民間問屋からの出席者とその後ろに立つ同行者らしき人物たちからの視線を浴びてどうにも居所が悪い。
だが何を場違いなやつがここにいるのか?という悪意を含んだものでなく、何故こいつが?という疑問の方が強いように思える。
アンジェに至っては顔を下げて向けられる視線から避けているようだが念話でアドバイスしておいた。
『胸を張って堂々としてればいい。火の異法士が役に立つことを示すところだぜ?』
そう伝えるとこちらを見た後、顔を上げた。
その後、まだ来ていなかった問屋の出席者や紙を抱えた都市の職員、そして一般職員と異なる格好をした職員3人が入室してきた。
そのうち一人は髭を蓄えた老齢の御仁でこちらを見た後に軽く笑みを浮かべた。こちらには会釈の習慣がないがつい頭を少し下げる。
「では、全員揃いましたので始めます。それほど時間が掛かりませんが皆さんの決を取るまでしばし時間を頂きます。」
机の席に着いているのは議事進行役のサンタシ、おそらく都市買取課の代表を兼ねているんだろう。他に中央買取場に店を出している民間の大店の問屋10店からの出席者、そして会議に不正がないかを確認する都市からの出席者か。まさか上級職員が来るとはね。アケーシさんは今年で勇退っていってたから引き継ぎが必要な重要な仕事からはもう引いてるのかな?そう思って都市からの代表者の席をみる。
髭を蓄えたアケーシ翁と同じくらいの年の人物、そして上級職員ではないまだ年若い職員の3人。その横に紙にメモを残してる職員がいる。
国会で速記取ってるみたいなもんだろうか? あるいは決定した事項だけを書きとめているのかもしれない。
ちなみに各地区を代表する問屋なら年輪都市の中央地区と0から11番に分けられた12地区で合計13となるはずなのだが都市の左半分は農耕地区のため住民が少ないので6と7、8と9、10と11番で二つの地区を一つの問屋でカバーしてるので全10店となっている。畑ばかりなのに2地区で大問屋ひとつは多いのではと感じるかもしれないがいくら農耕地区とはいっても2地区を合わせると人口は数十万人はいる。それでも1000万人近い全人口からすると閑散としてる印象となるわけだ。
他には着席せずに各問屋の後ろに立ったまま控えてる同行者らしき人物が何人か、そのうち一人の人物がこちらを凝視しているのだが何なのだろうか?
「率直に今日の議題を伝えます。現在第3地区のある飲食店で提供されている氷について、その製法を明かす代わりに1年半から2年程度の専売の既得権を認めるかどうか?ということです。」
それをサンタシが口にしたと同時に着席した問屋からは「おおっ?」という声が上がる。すると俺達を凝視していた人物が更に睨みつけるように視線を強めてきた。
「サンタシさん、ある店で氷が提供されてることは知ってる。
そのせいでうちらと取引している店などから同じように氷を売って欲しいという依頼が来ているからな。特に先日氷そのものを売りに出したそうで別地区でも話題に上がっていたよ。でも都市を通さずに自前での流通のために私らには回すことはできないということではなかったかな?」
ある問屋出席者が尋ねたことにサンタシが答える。
「『2番』さんの言われるように大森林での入手素材ではないのでこの買取場を介して流通することはありませんでした。ですがその氷の提供者から私たち問屋への氷の提供の申し出を受けましてね。製法を明かすこと、そして氷の提供の代わりの条件が狩人に認められている様な期間限定の既得権です。それは氷を売る優先と氷と使った商品の販売についてとなります。」
その言葉に黙って耳を傾ける出席者たち、店を任されてるものが出席してるなら念話でこのことを上に伝えているのだろう。
別の席から声が上がる。
「だが1年半から2年というのは長くないかね? 狩人が新種の狩り場を見つけたりした場合は一年だろう?」
「それについては提供者からの意見を聞いて判断して下さい。カイルさん。」
俺の名前を聞いて全員が視線を向けてくる。どうやら俺がカイルってのはみんな知ってるみたいだ。会議が始まる前の視線はそういうことか。
座ったままの発言でいいらしいが海千山千の商売人の視線を一身に受けるのはかなり緊張するな。
「初めまして、とは言っても窓口を利用したことはなくても前を通ったことは何度もあるでしょうが普段は狩人を生業にしているカイルといいます。
今回サンタシさんを通じて都市への条件を付けた理由は大きく二つ理由があるので説明します。
まず期間が長いのが氷の製法が分かってもそれが一般的に、あるいは問屋の方々が市井の需要量を満たせるまでにそれくらいの時間が掛かるであろうということ。
もう一つは氷を使っての製品や有用性のアイデアを試作して儲けを出す期間としてそれくらいが必要だろうということです。」
「君の言う通りなら氷の作成に2年近くもかかるのかね?」
「いえ、それは実際に氷の作成をこの場で見てもらってから説明するつもりです。ですがそれは製法を明かすことになるため条件を認めて頂いてからとなりますが。」
「既得権については私は問題はない。ただ2年というのはちと長い。1年半ならば『4番』は了承する。」
「やけに決断が早いね『4番』さん、狩人と同じ1年に交渉しないのか?」
「構わんだろう。ないと困る必須のものではない嗜好品だ。それに彼らの店は3番地区なんでな。 わしら隣の4番地区でも話は伝え聞いた。 確かに便利なものだが価格は安い。目くじらを立てて優先権を阻止しようとするほどのものではないとの判断だ。それに埋蔵された素材を持ってくるのではなく、彼は『製法』といった。
おそらく安価で売っていることからしてそれほど手間の掛かるものではないと察しがつく。それでいずれは全地区に一般的になるにしても一年半の優先売買くらい認めるべきだろう。『8番』さんよ。」
他に比べて年若な『8番』と言われた問屋は納得したようで頷いている。
ちなみに~番というのはどうやら問屋の屋号ではなく、担当している都市の地区番号のようだ。
『4番』さんの意見のあと他の問屋が瞑目する。おそらくは上への念話だろう。
「で、中央買取課で流通させるということは氷を我らも扱えるということでいいわけだな?」
「ええ、提供できる量は決まっているので各地区で等分するにしても最初は多くはありません。ですがある道具が実用化できれば提供できる量は増えると思います。安定供給が可能となるまでの期間が1年半から2年と考えてください。
ですがもう一つ条件があります。それは優先期間の間は第3地区担当の問屋には氷は提供しないということです。」
「ちょっと待て!!」
年配の代表者が座る後ろに立って会議に出席していたオールバックの男が声を荒立てる。先ほど俺たちを睨んでいた男だ。
「なぜ中央買取課で取引をするのに第三地区だけが省かれなければならない?」
言ってることは普通だがその言い方は怒声を張り上げている。
見た目の割りに短気だな。単に怒ってるのか大声出して相手を萎縮させて取引を有利にするつもりなのか?
「既得権益を行使するためですが? 私たちが氷を売るのに競合地区にも氷を卸してどうするんです?」
「くっ! だが第三地区に住む住人はお前のところでしか入手できないのは不便ではないのか? 第三地区全体に対して販売網もないだろうが?」
「そうですね。ですが先ほどあの方が言われたように嗜好品なのでそれでいいのでは? それに他の地区当たりで提供できる氷の量は私たちの店で出すよりも少なくなりますので第三地区が他地区に比べて不便とはならないでしょうね。」
確かに販売するのが現状店舗一箇所なので浅く広く第三地区全体に行き渡らせるのは難しいといえるが嗜好品なので欲しい人は頑張ってお店に来てねってことにする。
オールバックに男とは視線を合わせずこちらの意見を述べてあとは出席者からの意見を待つ。
「なるほどな、なら私は賛成しよう。君の言い方だと今は提供量は少ないがいずれは増えるようだし、それに氷の提供料が各地区で同量が提供される上に少ないのなら大商いでもない。なら君らの意見を飲もう。君たちが優先販売している間は氷が認知される期間と思えばいいのだろう?」
「ええ、それといくら引き合いが多くても各地区で価格を統一して欲しいところですが『嗜好品』として位置付けるなら私たちが売った物を小売でいくらで売るかはそれぞれにお任せします。
ですが後から見せる氷の作成方法が一般に広まった時に反感を買わないように高額にはしないほうがいいでしょうね。」
「なぜだ? 求めるものがそれに応じて金を出すのだからふさわしい値を付ければいいではないか!?」
オールバックの男がまたも声を荒立てる。
「それは氷を扱うお店にお任せします。」
そう答えた後、サンタシがしばし念話で意見を纏めるのに時間を取るのでこのあと決を採ると見渡して声を上げた。
オールバックの男は口を噛みしめて何やら前に座る年配の男と念話でやり取りをしているようだが声には出していない。
10分ほど経っただろうか?
座ったままの者も付き添いを従えて席を立って念話を交わしていたものも着席してサンタシの言葉を待っていた。
「では、よろしいですか? 氷の販売とそれを用いての製品の独占を認めるものは起立をお願いします。」
ガダダっ!!という一斉に椅子が下がる音が聞こえてサンタシも含めた11人が立ち上がる。ということは都市買取課と各地区の民間の大問屋10人の全員が賛成ということか。
見回したサンタシはオブザーバーの都市職員が頷くのを見て宣言する。
「では『赤髪亭』に氷に関する既得権を認めます。その期間に関してはこれからその製法を明かしてもらった上で決定します。」
「ちょっと待てぇ! おかしいだろうがっ!?
いくら優先権を認めると行っても人口の多い第三地区を省くのを了承するとはどういうことだ? そもそも叔父貴!なんで反対しない?」
会議室に響くオールバックの男の叫び。だが前に座る叔父貴と言われた男も含めて周りの反応は冷静なまま。
「もちろんウチの地区だけ除かれたのは悔しいが必需品ではない嗜好品だ。なら彼らの言い分も分かる。
それにな、ズマ。
客がどこで買おうが自由なら売り手も誰に売ろうが自由だと言って赤髪亭と取引する店を巻き込んで食材を意図的に売らなかったそうだな? 店主が儂の所まで確認に来たぞ? これはズマの言う通り儂の意向で間違いないかとな。」
振り返って座ったまま下からズマと言われた男を見上げる『3番』さん。
「別に構わないだろうが。客はどこの店でも買えるんだ。逆に俺たちが売る店を選んで何が悪い? そもそも罰則なんてないだろう。」
「そうだな。サンタシさん、特定の店に要望があるのに売らないこれに罰則はありますかな?」
「ありません。」
「だろうが! なのに何が悪い?」
サンタシは続ける。
「ですが!
中央買取課に民間の大問屋に入ってもらってるのは都市機構だけではカバーできない流通を助けてもらうためです。
それなのにその大問屋の直営の問屋が流通を妨げているとなると、次回の更新では別の問屋に第三地区代表として入っていただくことになるでしょうね。」
「うっ……。」
「儂らの店の推薦人であるアケーシ翁の前で恥を晒しおって。
それどころかズマよ、お前部下に命じて泥棒紛いの事をさせたらしいな。
どうやら氷について調べているうちに焼け木杭に火が付いたようだが赤髪亭の店主にちょっかいを掛ける前で良かったわい。
身内可愛さで使っていたがお前は首だ! そして相当の罰を受けてこい。」
「くっ、こんなに早くお前らが動かなければ、俺の取引を先に、……(取引ってなんだっけ? あの役立たず共は赤髪亭に入っても手掛かりを何も掴めなかったはず……)」
怒りのまま言葉を紡ごうとしたが自身の言葉に疑念を感じて止まる。
「なるほどね。あんたがここ最近、ちょっかい掛けてきてた連中の親玉だったか。 あんなバカげたことをしなけりゃ普通に第三地区への氷の供給もあっただろうにね。」
「何を偉そうに! お前だって同じだろうが。 狩人といっても荷物持ちの分際で女が欲しいから4人も娶るんだろうが! 俺は金が欲しいから氷を独占したかっただけだ。どうやって4人も誑したのはしらんが色と金の違いだけでそこに優越感を求めるお前と俺に大差があるか?」
そういったズマが俺に詰め寄って胸元を掴む。
その様子を見ても周りは焦ることもなく、着席している何人かは呆れたような表情を浮かべる。
「あるね。俺は彼女たちを独占したいわけじゃない。美人の嫁さんをたくさん貰うことに優越感を感じてない。困惑はあるがね。そもそも俺は彼女たちから向けられた好意に応える結果が結婚というだけで騙したわけでも無理やり迫ったわけでもない。
『3番』さんとの会話を聞くとどうやらマリアさんに何かするつもりだったかもしれないがこれで安心だな。
俺のことを調べたんなら10番地区での他の狩人との諍いも知ってるんじゃないのか? マリアさんに何かしてたら俺はあんたをタダで済ませてたつもりはないがね。」
そこまで言って俺の胸倉を掴む手を掴むなり彼の背中にまわしてその場に伏せさせた。
ここにいる問屋の人間は俺の名を知ってるようだった。
あれだけありえない獲物を狩って帰ったこともあるんだから注目されてて当たり前か。当然 モトスとの一件も知ってるからズマが何をしようと無駄に終わることを予想してさっきの反応だったのか。
サンタシは念話で保安課を呼んだあと、ズマの腕を取ってドアの外に連れ出す。
かくして赤髪亭に降りかかっていた問題は犯人の名前が判明すると同時にその場で収束するというスピード解決を見せたのだった。
「氷の秘密を掴んでたら叔父貴は俺を取り込んでたはずだろうが!」
そう喚きながら保安課に連れられていくズマをしり目にサンタシは元の席に着席する。
3番地区代表の大問屋系列と赤髪亭のいざこざはこの会議とは関係がないので咳をして議題に戻すサンタシ。
そして氷の作成を実際に見せるために輪になった机の中心に職員に頼んで大きな盥を運び込んで水を張ってもらう。俺は持参した荷物からかき氷器と製氷皿を取り出す準備をしていた。
その間にも問屋同士での雑談がなされている。
「『3番』さんよ、身内の恥をわざわざここで晒したってことは食材の不売をやったのはアイツだけで『3番』とは無関係ってことを主張するためかい?
それにしては遅いんと違うか? 何か理由があってか?」
『8番』の問屋さんは他よりも若いが口調がやや乱暴だ。しかし他の問屋の代表者や代理人は特に咎める様子はない。普段からこんな感じの人なんだろう。
「『8番』さんの言う通りさ。中央に次いで儂らが担当する3番地区は人口が多い地区だからな。労せずして売れる。だから慢心するものも出てくる。
身内であっても商売に真剣にならぬものは切るという引き締めも兼ねてさ。
事前にズマを抑えることは出来なかったから『赤髪亭』には迷惑を掛けたが代わりに第三地区での氷の販売の独占を認めた。これで許してもらおう。」
「慢心か、俺らみたいな過疎地域じゃ起こりようがないな。客に不便を掛けたら他地区へ引っ越しされちまう。」
「だがお主ら西地区は問屋と小売を兼ねておるから人口が少なくても儂らと肩を並べるほどの儲けがあるだろう?」
「それも善し悪しさ、大きくなると動きが取りにくいしな。」
8番地区担当の問屋は元々昔は単なる小売の店だった。だが人口の少なさをサービスの厚さでカバーしてるうちに利用者が増え、いつのまにか地区を代表して買い付けを行うようになり望まないまま大店となってしまった経緯がある。そのため問屋というよりも商店としての目線に近く、ズマが物を売らないという行動を取っていたことに立腹していたようだ。
「では準備が出来ましたので氷の製法について説明していただきます。アンジェさん、お願いします。」
水が張られた盥の横に立ったアンジェが注目を浴びて説明する。
「ええ~~っと、その、初めまして。 定食屋の『赤髪亭』のアンジェっていいます。
氷を作るのは製法というほど難しいものでもなくて手間もかかりません。これはカイルから教えてもらって出来るようになったことです。氷は水を変化させれば簡単に作ることができます。こうやって、」
そういって盥の上に手を翳す。
すると一気に盥の周りから凍り始め、体積が増したためにやや盛り上がって完全に凍りつく。
それと同時に見ていた者たちから声が上がる。
「異法?」
「のようだな、だが彼女の爪や髪からすると明らかに火の異法だぞ。」
「だが火は加熱だろう? 氷は水が加熱とは逆の力で変化をしたもののはずだぞ?」
しばらく続いてた雑談と出来あがった氷の観察を終えて説明する。
「アンジェ、氷を加温して水に戻してくれ。」
盥の中は水だけになり、その様子を見せて説明する。
「火の異法は加熱能力ではありません。物質を構成するものの運動を操る能力です。なので運動の亢進による加熱作用、逆に低下による冷却作用の両方が出来ます。
なぜ冷却能力がこれまで知られていなかったのは分かりませんが彼女の協力で証明できました。」
ここにいるのは問屋なので異法の新しい力に驚きはしたものの氷が火の異法士なら誰でも作れるのでは?ということにかなり期待をしているようだ。
「こんな簡単なことだったのか……灯台もと暗しだな。」
そう言った問屋に対して説明する。
凍らせるのは加温よりも更に源力を消費するということ、それにアンジェはまだ学生だが火の異法士としてはキャリアを十分積んでしかも源力総量も多いこと。
いくらほかの火の異法士にこのことを伝えても冷却能力をうまく使いこなせるかはわからないということを説明した。
「なるほど、つまり君が言っていた既得権の時間はこれを知った我々が火の異法士を冷却能力を発現できるように育成するための期間というわけか?」
「そうです。そもそも他の異法士と違って狩りに出ることが少ない火の異法士なので源力総量を高める必要がないので厨房で火の異法を使ってる異法士以外はそれほど源力総量が多くありません。
なので氷を需要に満たせるほど作り出すにはかなりの数の火の異法士が必要です。大人数を雇って少しずつ氷を作ってもらうのか、あるいは少人数のスペシャリストを育成して氷の作成者として雇うのかそれは各問屋さんにお任せします。広まれば店に専属で異法士が付くようになるかもしれませんしね。」
そして次に製氷皿を取りだして、実際に氷を提供するには小さな氷をたくさん作る方が手間が省けることや、かき氷器で果汁水を使ったかき氷を提供してその反応を窺う。
「氷を使った製品の独占も一緒に認めて欲しいと言ったのはこれら氷を有効に使う器具やメニューを試作するためです。すでに考案中のいくつかの案を試作するために必要な期間が独占期間と思ってください。
もちろん自前で開発されるならそれでもいいとは思いますが冷却能力を自在に操れる火の異法士がいなければ異法を定着させた器材の開発すらままなりません。
独占期間が終われば一々目新しいことを考えなくてもこれらをそのまま真似れば器具も使えるというわけです。ちなみにこれらの器具は中央にある道具屋マヤで作ってもらっていますので同じものを入手することも容易いでしょう。」
かき氷を食べながら出席者は新しい異法の訓練期間と自分たちで試作する手間が省けることを理解して氷の販売期間を2年間と認めてくれた。
「だが彼女にしても先ほどの盥に入った氷を作るのが精一杯ではでは各地区に配れるほどの氷を作成するのは難しいのではないか?」
「いえ、先ほどの盥はデモンストレーションで彼女の全力ではありません。その気になればこの部屋の足元を水で満たして全部を氷にすることができます。」
「そんなことが可能なのか?」
「いくら年齢の割りにキャリアが長いとは言っても。」
「誇張してるかもしれないが本当に可能なら各地域で分けても大丈夫ではないか?」
氷を作り出すのに源力が消費が激しいと説明したのに作成可能な氷の量が多すぎるのではないかと疑念を生じさせてしまったかもしれない。
いくらアンジェがそこらの火の異法士よりも源力総量が多いとってもあくまで源力補充装具の指輪や珠があればこそ、だけどね。
彼らにしてみれば客の要求に応えるには作成できる氷が多いのに越したことはないだろう。後になって実際に火の異法士に冷却能力を習得させようとしてアンジェとの力の違いに驚くことになるとは思うけれど。
そして説明を続ける。
「氷はそのままでは解けるものなので作り置きはできません。
彼女には決まった日にだけ学校が終わったあとにこちらで氷を作成してもらいます。それなら一番需要がある狩人たちが集まる外門近くの酒場への提供時間には間に合うでしょう。
これから氷を保存するものを作る予定なのでより多く氷を供給できるようになるのは氷を保つ保冷器具が完成してからということでよろしいか?」
火の異法の力と既に氷の保存器具を作ろうとしていることに感心していたことで、あとはこちらの有利に条件を飲んでくれた。
価格は赤髪亭で提供している値段で中央買取課に卸すので赤髪亭が一番安値ということになる。
あとはアンジェの都合で氷を作ってもらうのでまだ学生である以上提供の日程に無理を言わないことくらいがこちらの条件ではあったが。
あとはアンジェに珠を相当数渡していれば氷は大量に作れるし、氷を保存する冷却箱もアンジェにしか異法付加が出来ない以上は独占して売れるというわけだ。 実際にはマヤで作って売ってもらって何割か貰うことになるだろう。
大きくため息をついたアンジェを労ってこれで会議は終わりかと思ったら別角度の質問が投げかけられた。
「あ~~、つまり今氷が作れる、供給できるのは今のところは彼女だけということになるか。 まだ学校に行ってるようだが見たところもう卒業する年くらいではないかね? では就職や研修で第3地区以外に彼女が移ることになった場合に彼女がその場所で氷を売るとなったら第3地区以外で氷が売れなくなる可能性はあるかね?」
「いえ、彼女は実家である赤髪亭を継ぐつもりなのと来年の卒業後に私との結婚が決まっておりますので卒業後も生活地域が変わらないのでその可能性はありません。」
そういってアンジェを引き寄せた。 彼らからすると若造に嬢ちゃんって年齢の二人が微笑ましく映ったようでおめでとうと拍手をされた。
ここで照れから俺を叩くわけにもいかずすっかり赤面したアンジェを先に帰し、荷物を纏めてサンタシから要望はこれで通りましたねと送りだされて赤髪亭に向かった。
その翌日、食材を売ってくれなかった店と『3番』さんから詫びが入り、赤髪亭は通常に戻った。
これといって話は進まず。
ズマは『8番』さんと口喧嘩をする予定でしたがうまく出来なかったのであっさり退場
カイルとももうちょっと険悪に対立させる予定でしたが互いに顔を合わせてなかったので無理でした。
中央地区代表の問屋のタンジーは『中央』さんってことで。




