2-28 夢
「せい!」
俺は伸ばした如意棍をヤツの頭のご立派な角に引っ掛けてしばらく力比べをしている。
だがここは10番地区、初めてハガネイノシシを狩ったときにホーヅが夜になると吸血蟲が出ると言っていた地区だ。その場所はかなり離れているがここに出ないとは限らない。さっさと目的の木にたどり着きたいので重複化を更にかける。如意棍を両手で持ってこっちの凶悪なツラ構えの牛を角を引っ掛けた如意棍で右へ左へ転がして戦意を殺いでみる。三度立ち上がったやつはこっちをじっと見てから頭を動かして如意棍を角からはずし、ゆっくりとこっちを見据えてから反転するとすぐに走り去った。
走り去ってくれてよかった。
一人で巨獣を狩れたからといって買い取りに出すわけにもいかない。パーティーを組んでる意味がなくなってしまうものな。このまま殺ったらヤツは無駄死にだし。いや放置したら他の巨獣に食われるから無駄ではないのか。 そんなことを思いながら急いで輝虫の発生木の巨木の立ち枯れに向かう。重複化したところで一人じゃ複数の巨獣が来たらかなり危険だ。
ここに来たのは今なおサンタシ私室に飼育しており、カサカサと音を立てて周りの窓口受付嬢たちを恐怖に陥れている輝虫の餌のため。
巨木であるために枝は高所になるので如意棍を伸ばして落としてたやつを籠に入れてるのだが樹冠にいるってことは若い葉が好物なのだろうと思い、それを採取に来たわけだ。
それにもう一回ぶっ叩いて追加の個体を得て個体変異がどんなもんかも知りたい。他の色があれば儲け物だし。
まずは若葉だ。
如意棍の柄を両の手の平で包む込むようにして土に差した如意棍の先を伸ばすように念じる。はっきりいって不安定なのだが怖がってると枝に頭をぶつけそうなのでそうも言っていられない。めざすは10メイト以上は上にあるだろう太い枝だ。日本じゃまず見ない巨木だがここじゃこれくらいそこかしこにある。
枝に手が掛かると如意棍を伸ばしたまま枝に立てかけてロープを枝に結びつける。ここから落ちたら重複化しようがなんだろうが死傷は免れない、と思うんだがどうなんだろう。重複化して重さが増せば落ちた衝撃が増すが中身は詰まってるしなぁ、まぁ怖いから考えないでおこう。ここから如意棍を上に伸ばしてガシガシやれば枝は落ちるだろう。
(ん? 下からは見えなかったけどこれは洞か? そういやこっちでも梟みたいな夜行性の猛禽がいるのかな? こんなところに巣穴を作るらしいけど。)
太い枝が生えている根元にかなり大きい穴が開いてる。下からはこの枝があったせいで洞の存在が分からなかった。人一人が余裕で入れる大きさのもので中身にはおがくずをもっと細かくしたようなフカフカのフレークが詰まっており足を踏み入れると少し沈むがそれ以上落ちることはない。
思わぬ安定した足場を得て枝の先や樹冠に向けて如意棍を伸ばして枝を落とす。
(さて、これで終了。あとは下に降りて枝を拾い集めて帰るか。しかしこの洞やっぱりなんかいるのか?なんかへんに甘いというか、変わった匂いがするな。)
そう思った俺は暗がりの洞をみるとなにやらフレークからキノコが生えている。見た目はキノコをネットで調べた時に見たトンビマイタケに近いが色はもっと白い。近づくと匂いが強くなった。
(んっ! なんだこれ? 甘い。砂糖じゃないな。ああムスク?に似た感じなのか?でもちょっとスッとするメントールっぽい匂いも混じってるな。 だがこんな甘い匂いがするのに群がりそうな甲虫がいない。 人間がそう感じるだけなのか?)
食べられるかどうかは分からないし、こういった洞に貯まったフレークに生えるキノコならコウサ師匠も見たことがないかもしれない。持って帰ることにして最も大きい株を籠に入れて地上に降りる。上るときは違ってかなり怖いので如意棍を突き刺し、両手で柄を持って大木に足をつけてゆっくりと降りた。
今日も一人で大森林に入ったけれど慢心に過ぎるかな?とは思う。さすがに今日は巨獣にも遭遇したし。でも個人の用向きでメンバーの時間を割いてもらうわけにも行かないし、他人を雇おうにも輝虫のことがばれてしまう。痛し痒しの思考を続けながら10番大門を記帳を済ませて通り抜ける。そういえば今日は予定外で『偏食』とあったけど赤髪亭を手伝うって朝に言っちゃったから今からコウサ師匠のとこに寄っている暇はない。そのまま装備だけを0番詰め所に戻して籠を持って赤髪亭に向かった。
-*-
「カイル、唐揚げを20個ほど、全部同じ皿に盛って!」
「了解したけど材料がほとんど終わりだ。唐揚げメニューは今日はお仕舞いだだな。」
午前は狩り、毎日ではないが夜は手伝った分、家賃が割り引かれるのでたまにこうやって赤髪亭の手伝い。昼はコウサ師匠かオウノじいさんの元に通ってキノコの資料作りか工術士の練習。
勤労青年ここにありぃ!もういい加減ゆっくりしたい。
それこそコウサ師匠にもらったやつって興奮剤ならアップ系のドラッグみたいに疲れを飛ばしてくれないかな?と危ないことを考えながら菜箸で揚げる。日本人の四方堂一樹でもある俺には箸の扱いも慣れたものだがこの年輪都市にはない。なので夜のメニューで唐揚げ出す時には暗に手伝ってくれないかといわれている。トングはあるのだが油に近くなるので不便みたいでマリアさんとアンジェに使い方を教えてはいるのだがまだ習得には至っていない。昼の定食で出すときにはマリアさんが悪戦苦闘してあげているようだ。手伝ってもいいのだが狩りがあるしなあ。
しかし今日は危ない。何が危ないのかというと今日はアンジェ、ヴェガが給仕、マリアさんと俺とコーリンが厨房にいるのだが何故かコーリンの様子がおかしい。始めは普通だったのだが体調が悪いのか足元が覚束ない。明らかに変なので体調を崩してるのかと思い声を掛けると
「貴方に心配されるほど弱くはありません。これは別に体が悪いわけではありません。少し、そうほんの少し気の迷いがあるだけです……」
と言ったまま部屋に戻るわけでもなく、俺の横や後ろに来てボーっとしてるのである。鍋板は火を使ってるわけではないが揚げものをしているので高温の油が前にあり、まとわり付かれると危ないことこの上ない。
「きゃっ!」
コーリンからこういう声を聞くことになるとはと思ったが本人は下にへたり込んでいる。皿を取ろうとして振り向いたところ後ろに立っていたコーリンとぶつかってしまったのだ。体調が悪くないというのは嘘なのか立ち上がる気配が無い。
「アンジェ、コーリンを部屋に連れて行ってくれないか? ちょっと様子がおかしい。それと唐揚げ20個な。」
「分かったわ。お客さんに持っていったら連れて行く。」
多忙に加えてトラブルか。しかしこの日はそれ以上の問題は起こることがなく、銭湯で汗を流して部屋に戻った。
寝る前にとりあえず今日入手したキノコの形のスケッチや場所、近くの木などをメモする。今日はホコリタケみたいなのとちょっと珍しそうな大木の洞に生えていたキノコだ。そういえば部屋の中がこのキノコのせいか甘い匂いがするな。
日本じゃ子供の時に見つけたホコリタケをポスポスと指で押さえて上から胞子を出したっけな。そういやこれも同じように出るんだろうか?とやってみたらポンっという音と共に上部が裂けて中からの胞子らしきものが出てきた。結構多い。
「うわっ」
手を左右に動かして胞子を払ったその後にいきなり眠くなってきた。
あれ? 胞子?それとも胞子と一緒に出した中に溜まっていた空気のせい?
気が遠くなって気が付くとベッドの上で早くも朝日と同時に鳴き始めたクマゼミの声が聞こえていた。
(やっぱり、あれで寝ちまったのか。
こっちのキノコに似てるからって安全とは限らないな。有用性の判断の可否のために専門家に判断を仰ぐということでコウサ師匠の名前を出して持ちこみを許可してもらったけど先にコウサ師匠に先に見せておくんだった。)
ベッドの中でそう思い、いつもの起床時間まで二度寝をすることにした。
その後は夏休みを直前にした半日の学校を終えて、休みに向けて長めのシフトのバイトをこなして帰宅し、ネットでホコリタケについて改めて調べてみてようやく自分の勘違いに気付く。
(そうか、ホコリタケって食べられるけどホコリが出るようになる前の若い、中が固いやつなんだ。
考えてみたら外しかないなら食べるところがないもんな。おまけにあっちのホコリタケは胞子だか中の空気だかが催眠作用があるようだったけど。
笑気ガスでも入ってんのかな?世界が違うから当たり前だけど常識が通じないとこだな。)
そして再び年輪都市に誘う睡眠に入る。
-*-
目覚めたのはホコリタケに似たキノコを前に机に突っ伏している状態だった。まだ朝にはなってない夜のままでどれくらい時間がたったのかはカードの表示を見ないとわからない。しかし向こうで笑気ガスかよって思ったけど案外そんなものなのかも知れない。
意識が戻っても思考は戻らない。ただボーっとしている感じで薄目を開けてみる。
しかし変だ。
ここは俺の部屋で他に誰もいないはず、いやキノコのスケッチの途中に意識が途絶えたから部屋の鍵は開けたままだったか。その違和感は俺以外の人の呻き声だ。
うまく腕も足も力が入らないがその方向に視線を向けると……
コーリンが俺のベッドの上にいた。
ベッドに顔を横にして押し当てて、声が出ないように親指を噛み、両膝を立てて尻を上に向けている。
そして彼女の顔の前には洞で採ってきたあの白っぽいキノコ。
そういえばあの甘い匂いがする。うつぶせの上半身のせいでコーリンの胸が押し付けらえて薄着のタンクトップもどきからこぼれそうになっており、彼女の髪は顔の横から垂れて口に掛かっているが払うことをせずに彼女は荒い息を吐いている。彼女のもう片方の手は体の下から秘所に回されており、その……
激しくナニをしていた。
鈍い思考ではそこまで見えた認識が精一杯。普通なら興奮するなり、大声を上げるなりこの状況に対してリアクションを取るんだろうが又も朦朧としはじめた意識ではなにも出来ない。
最後にまぶたが落ちる前に紅潮した顔に汗を浮かべているコーリンと目が合った気がしたがこれはきっと夢だ。
意識がなくなる前も彼女の痴態の声が聞こえたがこれも幻聴。知り合いが自室で自慰をしているなんてわけがわからないこの光景は夢だ。
充実はしているが休息を取ってなかった俺自身の欲求が見せた夢に違いない。そう念押ししたのは否定しきれずに現実だとどこかで思っていたせいかもしれない。
1日二度目の睡眠は日本には意識は飛ばない。出来れば目の前のコーリンが夢であることを確認してベッドで寝たかったが何もかもが億劫になってきて体を動かせない。このままでいいか。
久々にゆっくりとした眠りになるのだろうと意識を手放した。




